城での夜会 ⑥
今日は、大忙しよ。まずは、マダムの所へイザベラとお針子の皆さんを迎える準備が出来たので、一時間後迎えの馬車を遣すという先触れを出し、ユリに後のことを頼みました。
「ユリ、皆様が到着されて落ち着いたら、必要な物をリサーチしてそれをオランド商会へ伝えて頂戴。本日の午後1時に伺う約束をしているわ。私は、今から兄様と一緒に女将さんに会う約束をしているから、そちらは宜しくね。後、手紙が来たら、女将さんとの話し中でも持って来るように伝えて。午後から皆でオランド商会へ向かいましょう。」
「わかりました、お任せ下さい。では、本日はリサがお嬢様の側に控えているように手配しておきます。」
ユリが話し終わる前に、ドアをノックする音がする。
「はい。どうぞ」
入室を促すと、侍女が女将さんが来たことを伝えた。
「わかったわ、ありがとう。すぐに行くと伝えて、そうね、狭い方の客間に通しておいて。」
狭い方が女将さんと落ち着いて話ができるわよね。
「ユリ、後は宜しくね。」
客間へ行くと、兄様と女将さんが話してらっしゃいます。
「あんたを信用してない訳じゃないんだよ。でもね、にわかには信じ難い話だろ?侯爵令嬢の経営する店の店長なんて、私は一市民だよ。どこぞの貴族の血が入ってるわけでもない。」
「だから、いいんじゃないか。どこぞの貴族の血が入ってたら、それこそ、その貴族に忖度する連中が出てくる。その上、その貴族を面白く思わない者たちによって、デザイナーやお針子、従業員に至るまで、その過去なり生い立ちなりの粗探しが始まる。しかし、平民の女将なら関係ない話だからね」
そんなものかねぇ。といいながら、女将さんはお茶に口をつけた。
「はあ、やっぱり美味しいね、流石侯爵家のお茶だよ。」
「お気に召して頂いて光栄ですわ。」
良かった、お茶、気に入って頂けて。ユリに女将さんの好みの物を用意させた甲斐がありましたわ。店を引き受けて頂かなくてはいけませんから!
女将さんはマリアンヌの姿を目に留めると、立ち上がり頭を下げ挨拶をし、恐る恐る尋ねた。
「お嬢様、今日はお招き頂き有難うございます。しかし、本当に、私にお嬢様がオーナーとなられる店を任せたいっていうんですか?フリードリッヒ様から伺ったんですけど…。」
「お座りになって。そうです、私の始める店を任せたいんですけれど引き受けて下さるかしら?」
「本当に私でいいんですか?一介の小さな洋服屋の女将ですよ。それも、店員も私ひとり、娘が買い付けに行った物を売るご存知の通り小さな店ですよ。」
娘さんがいらっしゃったんですね、初耳です。お店に並んでいたセンスの良い品々はお嬢さんが仕入れていらっしゃったんですね。なら、お嬢さんも一緒に働いていただけないかしら?後、問題は…。
「オーナーが他にいらっしゃるとかではないんですの?」
「いえ、あれは私の店ですよ。冒険者だった主人が残してくれたお金を全て叩いて始めた店です。」
でしたら、女将さんの意思しだいですわね。女将さんも嫌がってるようでは無いようですし…。
「でしたら、宜しくお願いします。」
「宜しくお願いしますと言われてもねぇ。私がお嬢様の元で働いたら娘が失業してしまいます。ご存知とは思いますが、今、王都で働き口を探すのは至難の技です。それに、失礼ですけど上手くいくとは限りませんでしょ?」
今の店、繁盛しているようですし、保証は欲しいですわよね。しかし、ユリから聞いていたとはいえ王都の失業率は高いようですわね。
「お嬢さんさえ宜しければ、一緒に雇わせて頂きますわ。他の従業員を募集しなければと思っていましたし、貴方の娘なら身元もしっかりしていて安心ですわ。売り上げが軌道に乗るまでは私が金銭面でサポート致しますのでご安心下さい。他にご心配ごとはございますかしら?」
女将さんは考える素振りをしながら、クッキーに手を付け一口で頬張ると、フリードリッヒに目を向けた。
「この騎士様から粗方内容は聞きましたよ。私の仕事は店の切り盛りと接客、客層は今より少し高貴な方も相手することがあるかも知れないってこと。店の商品はお嬢様がご用意下さる。これであってますかね?」
「ええ、その通りよ」
女将さんはマリアンヌを見据える。
「私は自分が認めた品しか売らない。その考えだけであの店をやってきました、私が店長をやる以上はそれだけは譲れないね。それと、娘を雇う。後、会計はそちらで用意しておくれ。難しい計算は苦手でね。これが条件です。利益が出ないあいだも給料はでるんですよね?雇われ店長なんですから。」
良かった。引き受けて下さって!まずは、お給料の相談ですわね。
「それは勿論ですわ。では、商品につきましてはデザインの段階で女将さんに相談という形をとらせて頂きますわ。それはそうと、店の純粋な利益は月にいくらくらいでしたでしょうか?」
最低でも、それ以上はお支払いしなくてはいけませんわよね。
「そんなのわからないわよ?」
「えっ」
女将さんの店ですわよね?
「そんな計算できるわけないだろ?王都は地代さえ月々払えば後は儲け、毎月、地代を貯めて残りをいくらか貯金して後は仕入れに充てる。これが商売の仕方だからね。」
なるほど、丼勘定ですか…。会計はこちらでしっかりした者を用意して、給料も相場を調べて提示する必要がありますわね。
王都の土地は全て国の物となっていて、地代を国に払って借りる。立地や広さ商業地や住宅地、それらに応じて値段は違う。その地代を払う代わりに売り上げに対する税金等は発生しない。マルシェなどの露店はその日の1日分を先払いして場所を借りるシステムだ。先払いなので、国も徴収しやすい。
「マリー、そんなにびっくりする程のことじゃないよ。大手の商会でない限りこれが普通だ。女将さんは文字が読めて、簡単な計算が出来る。市民の中では学がある方だ。殆どの者が文字を読めないし、計算も怪しい。」
そうだったんですね。ですが、文字を読めないと不便ですわよね…。
「ではどうやってお買い物をするのです?」
「ああ、マリーは市井で自分で買い物をした事がなかったね。簡単だよ。この穴あき銅貨一枚が果物や野菜のひと単位となっている。りんご一つ穴あき銅貨一枚。キャベツ一つ穴あき銅貨一枚って単位だ。定食屋は基本的には一品この銅貨一枚。宿屋は一泊銀貨一枚。わかりやすいだろ?それに、看板は全て簡略化した絵が描いてある。御触書は貼る前にラッパを吹き、人を集め、係の者が大声で読み上げてから貼るから問題ないんだよ。」
フリードリッヒは、穴あき銅貨と銅貨を袋から出して説明した。
なるほど、これなら計算ができなくても、文字が読めなくてもあまり問題がありませんね。
明日も、18時頃投稿いたします。




