城での夜会⑤
マダムの処から戻ると、私は急いで使用人用の4部屋の掃除をユリに頼むと、私室の机に向かって手紙を書きます。まずはオランド商会へ、ドレスを作る為の道具を買いたいので、明日伺いたいという内容です。後は、領地の領主達へ手紙、宝石の買い付けをしたいと、ルーキン伯爵には革も買い付けをしたいとその旨を書き、それらを全てロウで封をし印を押す。側に控えていたリサに手紙をそれぞれに届けるように頼みました。
次は、女将さんの説得と店舗の確保ね。女将さんには兄様が連絡をとって下さってるのよね。店舗は貴族街に近い平民街、若い女性が立ち寄り易い立地、出来れば角、馬車を停めるスペースがあればなおよし!
街の開発と維持を担当しているのはスミス侯爵。でしたら、皇后陛下に取り次ぎを頼むか、シードル様に頼むかですわね。今後のフリップ伯爵家との繋がりの方が重要よね。
シードル様にスミス侯爵との取り次ぎを頼む旨の手紙をしたためそれをロウで封をする。
これは、私の刻印を押さない方が良さそうね、リフリード様の目に留まると良くない気が致しますわ。
これを、先程戻って来たリサに渡し、あまり人目に留まらないようにシードル様に渡すように頼みました。
後は待つだけですわね。
マリアンヌは大きく息を吐いて、ソファーに腰を下ろすと、王都の地図を机の上に広げて眺めた。
平民街は勿論、貴族街もあまり行ったことがございませんわね。自分がいかに世間知らずか、こんな時に思い知りますわね。
ノックする音がして、ユリが入って来た。
「お嬢様、部屋の準備ができました。これでいついらっしゃっても大丈夫です。」
「ありがとう」
ひとまず、一つ片付きましたわね。
「ねえ、ユリは普段どの辺りに買い物に行っているの?」
地図をユリの方に向けて尋ねると、ユリは地図を指差しながら答えてくれた。
「そうですね、この辺りでしょうか?噴水のある公園の南側に服屋や化粧品、髪留めなどの手頃な価格のお店が集まっているので」
前回、兄様と行ったマルシェの側だわ。確か、比較的治安が良いと兄様が仰っていましたわね。この辺りなら、ユリの様な貴族のお嬢様達も行きやすいですわよね。
ふと、王都を取り囲む塀のそばのぼかして描いてある部分に目が行く。他はしっかりと描き込んであるのに…。
「ねえ、ユリ。この辺り一帯はどうして曖昧な表記になっているか知ってる?」
先程まで柔やかに笑っていたユリの顔が曇る。言いづらそうに言葉を選び、ゆっくりと諭すように話してくれた。
「この辺りは、これといった区画があるわけではありません。また、しっかりとした所有者の分かる家が建ち並んでいるわけではないので、ぼやかして描いてあるのです。住人の入れ替わりも激しいので」
ユリの言葉は雲を掴むようでよくわからない、ただ、核心をはぐらかされているような気が致しますわ。
「ユリ、私、知りたいの、隠さないで教えてくれる?」
怖い顔になりマリアンヌをしっかりと見据えて、ユリは重い口を開いた。
「わかりました。しかし、これは口になさらないで下さい。よろしいですか?この部分は、無いモノとして貴族社会では扱われています。ここは、この国の負の部分の集まりなのです。クエストに失敗し続けた冒険者達や、多額の借金を抱えて逃げている者、あとは、困窮した者など、他に行くアテや暮らす術のない者が集まっている場所なのです」
華やかに見えるこの王都にもそんな場所があったのですね…。
「ユリ、陛下はその者達の救済は何もなさらないの?」
ユリは、地図の一点を指差しながら答える。
「この場所で、日に二度炊き出しをされています。また、ここは税金を納めなくても住めます。後は、親のない子を孤児院で預かることくらいですかね…、私の知る限りでは…。」
そうね、ユリが全ての救済策を知ってる訳はないわよね。
炊き出しは。貴族の娘であるユリも知ってるのだから、有名なのかしら?
「ねぇ、ユリ?炊き出しについて誰に聞いたの?」
「母からです。こちらへの奉公が決まる前、我が家の家計は破綻寸前でした。その時期にこの場所で食事が頂けると教えてもらいました。どうしようもなくなったら、ここに皆で行きましょうと。」
ユリは懐かしそうに、目を細めてティーカップにお茶を注ぎ、テーブルに置く。
「ありがとう。では、大抵の人は炊き出しのことを知ってるのね。ここに住んでなくても、ご飯を貰うことは可能なの?」
「はい、誰でも頂けます。身分証なども要らなかったと思いますよ。」
「ここに住んでいる者達は、どんな仕事をしているの?食事がでるのですから、しっかりとした職があれば持ち直すことは可能だと思うのですが?」
重い病気の人や、高齢の方は別ですが…。
「大抵の方はまともな職はございません。今の王都で職を探すのは大変困難を極めます。それに、ここに集まる者は一度人生を失敗した者が殆どです。それ故に、本来なら、王都を離れて職を探すべきなのですが、王都にいれば食事には困らないので中々踏ん切りがつかないのです。」
確かに、王都に居れば壁が魔獣から守ってくれますし、しかし、一度、王都から出れば自分の身は自分で守らなくてはなりませんし、食事も自分で調達しなければなりません。躊躇してしまうのは仕方ないわね。ですが自立をしなければ、貧しい暮らしから抜け出すことも叶いませんわ。
「難しい問題ですわね。私に何かできないかしら?一度、ここへ行くことは可能かしら?」
ユリは血相を変えて、思いっきり首を横に振る。
「お止め下さい。ここは危ないです。高貴な人だとわかると犯罪に巻き込まれてしまいます。平民の服をお召しになっても、目や髪、肌でひと目で高貴な身分だとわかってしまいます。そのようなことを決してお考えにならないで下さい。どうしてもと仰られるなら、孤児院に慰問に行かれたらいかがでしょう?」
孤児院、前に兄様に相談していたことですし…。
「そうね、ドレスの件に目処が立ったら孤児院へ慰問に行くわ。私にも何かできることがあるかもしれませんもの」
ユリはほっとした表情でそれがよろしいです。と言うと夕食の準備が出来たかどうか確認してきますね、と言って部屋を出て行った。
明日、18時頃に更新します。




