城での夜会 ③
お父様の許可を戴き、兄様とマダムの店へ向かいます。馬車の中で先程のお父様の言葉の説明を求めました。
「そのままの意味だよ、宰相が陛下の前で伯爵へ依頼し、陛下もルーキン家が宰相を警護するなら適任だと仰っただけのことだよ。ジュリェッタ嬢が近衛兵団の詰所で宰相暗殺の話をしてくれたお陰で、沢山の近衛騎士がそれを聞いていたから話が早かったよ。」
まあ、ジュリェッタ嬢、詰所まで押し掛けていらっしゃったなんて!騎士団の詰所はその団に所属する騎士の家族は勿論、他の団の騎士達も入ることはないのに!そのお陰で、今回は沢山の方のお耳にその話が入り、大事になったので話が通り易かったんでしょうけど…。今回の出向がすんなりいく訳ですわね。彼女は今、巷で話題の勇者の娘、注意はできても民意があるので罰は与え辛い、兄様を動かした方が早いという訳ですか。
「ですが、ルーキン伯爵が一番怪しいのでは?そんな方に護衛を任せるなんて…。」
殺してくれと言ってるようなものだわ。
「だからルーキン伯爵なんだ。王命で宰相の警護を担当するということは、しくじれば最悪は死は免れ無いということだ。良くて、爵位の取り消しだろう。だだ、成功すればその分リターンも大きい。ルーキン伯爵が首謀者だとすると、宰相を暗殺することを諦めざるを得ない。違う場合は、命に代えても守らなくてはならないということだよ。」
「では、お父様の護衛はルーキン伯爵様が適任だと。」
「ああ、ルーキン伯爵が護衛をするのに、近衛騎士の私が護衛として側にいるのは都合が悪いから宰相補佐という立場なんだ。宰相補佐ならばルーキン伯爵の指揮の元、動かなくて済むからね。」
「それで、宰相補佐だったんですね、謎が解けましたわ。」
それは良かったと、フリードリッヒは微笑んだ。
「ドレス、何色にするんだい?」
初冬ですし…、シルバーはデビュタントの方々と微妙に被りますから…。
「臙脂、紺、あたりでしょうか?兄様は制服ですか?」
「そうだね、城の催しだし軍の式典用のものを着ることになるよ」
「それは、どのようなデザインでしたっけ?確か、黒に…」
軍によってラインとマントの裏地が違うのよね。我が侯爵家もその一族である分家も文官揃いですので、私、軍のことには疎いのよね。武官はキース伯爵家だけですし、あそこは代々メープル騎士団に入られているので特殊ですし…。そう考えると、兄様はかなり異端ですわね。
「近衛兵団なので、黒の軍服に赤のラインと裏地だ。」
普段の制服の色がラインと裏地のいろなんですね。確か、ボタン、飾緒が銀色でしたわよね。王族のみ、ボタン、飾緒ともに金色、金は王族のみに許された色ですものね。
「では、赤色のドレスに黒のレースをあしらったものにしようかしら、それなら、兄様とバランスもとれますし…。」
そもそも、若い婦女子に人気のパステルカラーのフリルたっぷりのドレスは似合いませんし…。
「赤地に黒のレースか、マリーらしくて良いんじゃないかな?上半身をすっきりして、黒いレースのロング手袋はどうだろ。その方が、美しい顔が映えて良いと思うよ。」
「私もそのように考えてましたの、その代わり、スカート部分を思いっきり豪華に致します!」
ボリュームたっぷりの物がよいですわね、城の夜会ですもの華やかでないと!
「なら、生地に宝石でモチーフを描くのはどうだろう?赤い宝石、いや、レースが黒なら宝石も黒い方がよいかな?」
黒い宝石…ブラックダイヤ、ヘマタイト、スピネル、セレンディバイド、オニキス。ヘマタイト、オニキスは比較的安価で入手し易いですけど…。後はかなり高価ですわね。
赤い宝石ですと、ルビーがポピュラーですわね。でも、ガーネットが領地で取れますから、ガーネットを使用することになりますわね。ガーネットは、ルーキン伯爵領のダンジョンで採掘されてますし、ただ、ルビーより買い取り金額が劣るのが冒険者の皆さんには難点ですわね。
ダンジョンがある領地を武官であるルーキン家が治める。今改めて考えてみると理に適ってますわね。ルーキン伯爵家の皆様は攻撃魔法も剣術も達者でいらっしゃいますし、侯爵家の盾的な存在だと伺いました。今は忠誠心が危ういんですが、盾が剣になって切先を向けてくるとか洒落にならないんですけど…。
もしかして、兄様、赤い宝石から黒い宝石と言い直したのって、ルーキン伯爵領で、ガーネットが取れるからでしょうか?
「では、モチーフは薔薇に致します。兄様からいただいたジュエリーを使いたいと思ってましたの」
フリードリッヒは慌てて口元を手で押さえて下を向いた。
「反則だ」
ボソリと呟く。
そうこうしているうちに、マダムの店に馬車が着いたようだ。マダムの店に入ると、奥のカーテンで仕切られたスペースからマダムとどこかの令嬢が出て来るところだった。
「フリードリッヒ様」
令嬢がフリードリッヒを見つけ声をかける。フリードリッヒは軽く舌打ちをし、先程までの柔らかな顔から一変し一瞬で無表情になった。
あっ、テイラー伯爵令嬢。相変わらず、私のことは全く見えていらっしゃらないみたいですわね。
「ああ、テイラー伯爵令嬢」
テイラー伯爵令嬢は笑顔で、フリードリッヒに駆け寄って来た。
「まあ、またここでお会いできるなんて、運命ですわね。きっと愛の女神様がマダムのお店で、ウェディングドレスを作るように仰っているんだわ。」
それって、兄様と結婚するドレスってことですわよね。かなり強引ですわね、兄様の気持ちを全く無視してるじゃないですか!
「それは、ご結婚おめでとうございます。父に伝えて、お祝いの品を送らせて頂きます。で、どなたと婚姻なさるのかお聞きしても?」
「ちょ、フリードリッヒ様、貴方ですわ。」
「私ですか?私はこちらにいらっしゃる、マリアンヌ嬢と婚姻致しますが?」
テイラー伯爵令嬢はそこで初めてマリアンヌの存在に気が付いたかのように一瞬視線を向けると、目に涙を浮かべてすぐにフリードリッヒに視線を戻した。
「どうして、そんな酷いことを仰るの?フリードリッヒ様。私より、その子の方が良いと?彼女が以前仰った雲の上の方?馬鹿にしてらっしゃいます?貴方と宰相閣下のお嬢様の婚約の噂は私も知ってますわ。でも、まだ、それは正式に結んだものではないことも知ってますの!それに、宰相閣下のお嬢様はこの子ではないわ!だって、宰相閣下にそっくりって噂ですのよ!」
なる程、彼女の中で私はリマンド家のマリアンヌでは無いと…社交界に顔を出さないとこんな事になるんですね…。なんとなく、テイラー嬢の今までの私に対する態度の理由がわかりましたわ。
ゆっくり近づいてきたマダムが、マリアンヌに対して恭しくカーテシーをとる。
「マリアンヌお嬢様お待たせしてすみません、前の方が押してしまいまして」
「いいのよ、私が無理を言ってお時間を作って頂いたのだから。」
前の方って間違いなくテイラー嬢よね、話は聞いていただろうにマダムも意地悪よね。ほら、テイラー嬢、顔を真っ赤にしていらっしゃるわ。
「え、え、え、本物のマリアンヌお嬢様。嘘。」
テイラー嬢は小さくボソリとこぼした。
貴族の礼儀として初対面の場合、目下の者から話しかけるのは無礼とされている。声をかけていただけるまで、ひたすら下を向いていなければならない。
まあ、私に自分から声を掛けなかったのはマナー通りだけど、本人は目下と思っていた私を敢えて無視していただけよね。
テイラー嬢は慌てて形式にのっとり、手を前で組み下を向く。その手は少し震えていた。そうよね、宰相である父を敵には回したくないわよね、なんたって、彼女のお父様は父の部下なんですもの。この場は無視して差し上げますわ。
「ではご案内いたします、マリアンヌ様、フリードリッヒ様あちらへどうぞ。この者が案内いたします。」
マダムの後ろにいた店員がマリアンヌにお辞儀をした。
「マリアンヌ様、フリードリッヒ様ご案内致します。」
店員の女性はそういうと、2人の前を歩き出した。マリアンヌとフリードリッヒは彼女の後へ続く。後ろからマダムの声が聞こえる。
「テイラー様、本日はありがとうございました。では、一ヶ月後のお渡しとなります。さあ、出口までお見送りいたしますわ。」
明日、18時頃に更新します。




