夕食の後は?
マリアンヌ視点に戻ります
近頃、お父様の帰りが遅い。お母様が珍しくイライラなさっている様子だ。ああ見えて、お母様、お父様のこと大好きだから帰りが遅いと機嫌が悪くなるのよね、この前も陛下に苦情の手紙書いてらっしゃいましたし…。城で何かあったかしら?
「お嬢様、フリードリッヒ様がお戻りです。」
ユリが伝えてくれる。兄様は形式上私の婚約者、という事はこの家に住んでる以上私の夫という扱いになる。帰るという前触れがあれば玄関で出迎えるのが当たり前だ。
「わかったわ」
城のことなら、兄様に聞いたら知っていますよね?
支度をして使用人達と玄関で待っていると、兄様が帰宅された。
「ただいま、マリー。」
お疲れのはずですのに優しい笑顔です。
「お帰りなさいませ、御夕食はお済みになりました?」
「いや、まだだ」
その言葉を聞いて、ユリに目配せをする。ユリがサッと動いた。兄様が食堂に向かう頃には食事の準備が出来ているだろう。
兄様はセルロスに剣を預けながら返事をする。
「では、ご用意致しますわ。その時にご一緒しても宜しいかしら?」
「ああ、勿論。マリーが側にいてくれると、夕食が倍美味しく感じられそうだ」
兄様、私がいても、いなくても味はかわりませんから!
心の中で突っ込みつつ、一緒に食堂へ向かう。
なんだかこうしていると、結婚したみたいだわ。食事の有無を聞いて、侍女に準備させて食事の間寄り添う。
きゃー!なんだか恥ずかしくなってきました。
「今日、マリーは何をして過ごしたの」
「わ、私は魔法学の勉強を少しと市井の暮らしについての本を読んでいました。」
食堂に入ると既に兄様の食事が準備されていた。ユリに自分用の紅茶の準備を頼むと兄様の横に陣取った。
流石、我が家の使用人です。
「マリーはその本を読んでどう感じた?」
「同じ国民ですのに、生活がだいぶ違うと感じました。私、今度孤児院に慰問に行ってみようと思います。そこに行けば、きっと私の探している答えが見つかるような気がするんです。」
兄様は優しい目をして私の話を聞いて下さいました。
「その時は、護衛として同行しよう。城にオレを指名して依頼を出してくれ。」
「はい、わかりました。」
あっ、本題、聞くの忘れてしまう所でした。
「あの、兄様。今、お城で何か問題でも起こってるのですか?」
「どうして?」
「お父様のお帰りがいつも遅いので、たまに、お帰りにならない日もございますし…」
「実は、バルク男爵令嬢のことで揉めていてね。」
兄様、言いにくそうですわね。勇者様の娘さんですわよね。その方が何かなさったのかしら?
「どうかされたのですか?」
「ああ、彼女の行動が目に余ると他の貴族から苦情が出ているんだ。」
「どういうことですの?」
目に余る行動って、想像がつかないわね、なにをされたのかしら?夜会でミハイル様が仰っていた近衛兵団に遊びに行くことかしら?
「聖女の定義は勿論知っているよね。」
「はい」
聖女とは、直系の王族の血を引く者でなおかつある一定以上の治癒魔法と防御魔法を使える女性。最高の防御魔法を使えるこの国の最後の砦。本来ならお母様が果たすはずである役目。他の者がそれを騙ることは堅く禁じられている。
「その聖女をバルク男爵令嬢が自ら名乗ったというのだ。」
「まさか」
「そう、そのまさかなんだよ。市井の者達がバルク男爵令嬢を勝手に聖女だというのは良い。でも、それをバルク男爵令嬢が認めるのはまずい。」
聖女でない者がその名を騙ることは絶対あってはならないことだ。その地位に今一番近いジュリェッタであっても極刑になってもおかしくないと聞いたような気がする。勿論、本来お母様の地位であるが、治癒魔法の使えないお母様が騙っても同じだとも。
聖女と認定される為には、魔法学園を特別クラスで卒業すること、王族の4親等以内の血が入っていること、そして、王都全てを守れる防御魔法が張れることその全てをクリアした最も能力の優れた女性でなければならない。
「では、お父様はその処理と、対応に追われていらっしゃるというのですね。本当に、聖女と自ら名乗ったのですか?ジュリェッタ嬢は」
「真意がわからないみたいなんだ、貴族相手に公言した訳じゃないみたいだからね、厄介なことだよ。その他の言動が目に余るものだから、やっかみででっち上げも有り得るっていうのが上層部の見解みたいだな。」
兄様は食事を粗方済ませ、ナイフとフォークから手を離し、ナプキンで口を拭うと難しい表情をしていらっしゃる。かなりややこしい問題なようだ。
「あら、でも勇者様お一人で何かなさるなんて不可能では?お父様曰く、裏表のないさっぱりした方だって…。そんな方が何か企むとは思えませんわ」
「どうやら彼女のバックにいるのは、バルク男爵ではなく他の人物みたいなんだ。その者が、彼女を使って何かを企んでいる…。そう、宰相は考えていらっしゃる。」
彼女を使ってって、彼女は市井の出身者、お父様であるバルク男爵も元はと言えばしがない冒険者。貴族と太い繋がりがあるとは思え無いんですけど…。
「目に余る普段の言動ですか…。」
「ああ、文字が読めかなり高度な計算ができる才女であることは間違いない。そして、かなり高度な治癒魔法を使うことができる。これも間違いない。しかし、文字が読め計算ができる才女がこの国の法を犯し治癒魔法を無闇矢鱈に使用しているということが問題だ。バルク男爵令嬢がただの冒険者の娘であればなんら問題はないんだ…。」
貴族がなんの基準もなく治癒魔法を施すと、その恩恵に与れなかった者から不満が出てくるのは必然。貴族は市井の者から徴収した税金で生活しているのだから、彼らに平等に施さなければいけない。
故に、マリアンヌも治癒魔法が使えるが、家族それもこの家に住んでいる者以外に使用する事をお父様から堅く禁じられている。それが、市井のほんの小さな子供相手であっても、今、正に命が尽きようとしている者であっても使ってはならない。それほど、治癒魔法とは希少で扱いが危険なものなのだ。ましてや、高位のそれを使えると公言することほど恐ろしいことはない。
今、高度な治癒魔法を使えると世の中に公言しているのは陛下、そして、皇后陛下、ソコロフ侯爵家の4兄弟のみ。多分、他にも侯爵家の者であれば使える者もいるが、公の場では使えないことになっている。マリアンヌもそうだ。
特に、魔法学園に入学する前で尚且つ、婚約者のいない者は絶対に親がそれを必死で隠す傾向にある。その血筋目当てで強引に結婚を迫られる可能性が高いからだ。
「そんなに沢山の方に治癒魔法を使われているんですか?」
「ああ、頭の痛い話なんだけど、噂が噂を呼んで、今、バルク男爵邸は市井の者たちの行列ができているよ」
「それが、聖女騒動の原因ですのね。で、どうされますの?」
身につまされる思いです。お母様からご自分が果たすべきである聖女としての役割を、私に担って欲しいと小さい頃から言われて今まで過ごして参りました。それ故の早期教育だったのでしょう。一歩間違えば、その騒動を起こしているのが自分だった可能性は否定できません。
「バルク男爵邸に人が押し掛けてきている以上、バルク男爵令嬢をそこに住まわせるわけにはいかないから、学園が始まるまで一時的に城で保護することになったみたいだ。バルク男爵も第一騎士団に所属が決まったし、毎日、男爵と会うことも可能だ」
保護というより、監禁という方が正しいんでしょうね。これ以上、余計なことをするなということなのでしょう。
「そうなんですか」
「流石に、この前勇者になったばかりの者の娘を極刑に処する訳にもいかないから苦肉の策だね。」
ジュリェッタ嬢、城でかなり窮屈な生活を強いられるみたいですね。
「そんなことより、俺はマリーと楽しいことがしたいな?」
すっかり、食事を終えられた兄様の目が急に色っぽく妖しく揺らめいたかと思うと、膝の上に置いていた私の手にご自分の手を重ねてその手を取り兄様の口元へ運び、私に見せつけるように、そっと私の指先に口付けた。
「た、楽しいこと、でございますか?」
た、楽しいことって?ナニ?
小さな子供ではございませんから隠れんぼとかではございませんよね?
では?でも、え
もしかして、キス?
「そ、楽しいこと」
兄様はウットリと微笑むと、そのまま私の手を取り立つように促した。手を引かれ連れて行かれた先はなんとサロンでそこには、セルロス、セバス、リサが揃って、騒いでいます。
「あー、叔父様それはセコいです!」
「セコいことあるか、ただの戦略じゃ」
「よし、革命だ!」
セルロスがトランプをテーブルの上に勢いよく出した。
革命?
戦略?
夜みんなで集まって物騒なことの相談?止めなくては!!
「いけません。早まっては!」
3人がビックリした様に一斉にこちらを向いた。
「オレ達も混ぜてくれ。」
兄様、なんてことおっしゃるんです!謀反の計画に加わるなんて!兄様の楽しいことって、謀反の計画なんですか?
「久しぶりだの、このメンバーで大富豪をやるのは、領地にフリードリッヒがいた以来か、おっ、お嬢様もいらっしゃるから、初ですの」
大富豪?
皆の手元にはカードがあります。
「トランプだよ、マリー。市井の遊びさ、孤児院に行くなら知ってても損はないだろ?」
その夜は皆でトランプに興じました。すっごく楽しかったわ。勿論、一番強かったのは言うまでもなく、セバスでした。




