リフリード ③
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もう少しで、一月になろうかという頃父に呼び出され書斎へ行く。
思ったより短いな。
中へ入り、促されるまま椅子にすわる。約一月振りに見る父は大分痩せ、窶れていた。その顔には怒りはなく疲れのみが観て取れる。
「リフリード、お前は侯爵にはなれない。それはわかっているな。」
「はい」
それくらいわかっている。ジュリェッタは侯爵になる道はあると言っていたが…。一般的に考えて無理だろう。
「ならいい。これからどうするつもりだ。」
魔法学園入学のことを告げるチャンスだ、父は僕の将来を案じている。
「この冬、当初の予定通り魔法学園へ入学しようと考えています。成績が良ければ、魔法省へ勤められるかも知れませんし。勿論、今の実力では到底無理ですが、先生にこれまで以上に教えを乞えば可能性がないこともありません。」
この冬の入学許可が出れば、ジュリェッタと一緒に魔法学園へ通うことができる。ジュリェッタからこの冬魔法学園へ通うことができそうだと手紙が来た。できることなら、ジュリェッタのいる王都へ今すぐにでも向かいたい。
「そうか、それも良いかもしれんな。」
リフリードはチャンスとばかりに畳み掛ける。
「では、すぐにでも王都で生活したいのです、先生も一緒に。王都の方が本も魔道具も手に入ります。王都で先生と一緒に住み、魔法学の勉強をしたいのです。」
嘘はついていない。大丈夫だ。
真っ直ぐに父の顔を見詰める。
「わかった、ここにマリアンヌ嬢の誕生日を祝う夜会の招待状がある。家族皆の分が入っていた。勿論、お前のもだ。」
そういえば、そろそろマリアンヌの誕生日か。母が毎年、適当に花を贈っていたな…カードを書いて母に渡す。これが恒例行事だった。
「例年は、夜会など開いてなかったはずですが」
マリアンヌの誕生会が開かれていたら、自分は婚約者として彼女をエスコートする立場にあったはずだ。自分に声がかからない筈はない。
「ああ、今年は社交界デビューなさって初めての誕生日だ。マリアンヌ嬢のお披露目の意味もあるのだろう。私も、これに合わせて王都へ行く。お前も同行してそのまま王都へ留まればよい。先生にはこちらからお願いしておこう」
「ありがとうございます」
夜会への出席は必要ということか、まあ、悪くない。ジュリェッタからの手紙ではマリアンヌとのこのタイミングでの婚約破棄はよくないものだという。どうせ、そう簡単に婚約者など現れるわけはない。どうせ、エスコートもなしで自分の誕生日の夜会に現れるのだ、これを機会にもう一度婚約者になってやってもいい。
取り敢えず、王都で生活することはできそうだ。ジュリェッタにも会える。考えていたより上手く進んでいる。
リフリードは心の中で細く微笑んだ。
数日後、母と兄と一緒に王都へ向かう。父は大事な用事があるとかで先に出立した。道中、機嫌の悪い兄とその機嫌を必死に取ろうとする母、馬車という逃げ場の無い空間で3日も過ごさなければならない。兄が不機嫌な理由は、僕がマリアンヌと婚約破棄したことに他ならない。
「リフリード、お前本当に自分がしたことが、どれだけこのフリップ家に影響することか分かってるのか?」
兄の説教は絶え間なく続く。
「リフリードも反省しているわ。マリアンヌ嬢にあったら謝罪するのよ、ね、リフリード」
普段は綺麗なアーチを描いている眉を八の字にして、同調するように僕に促す。
「早計だったと思います。すみませんでした」
ここは素直に謝っておこう、フリップ伯爵家を継ぐのは兄と決まっている。兄に嫌われたらフリップ家の後ろ盾まで失うことになる。
「ことを起こす前に相談してくれれば良かったものを。お陰で、俺の婚約まで危うい状態になっている。お前のしでかしたことのお陰で、父上は奔走しているんだぞ。それだけじゃない、今任されている侯爵領の管理だって、マリアンヌ嬢の婚約者が同じ分家からでたら、そこが受け持つことになる。重要な仕事は我が家からその家に移ることになるんだ。わかってるのか。」
まさか、兄の婚約にまで影響がでているとは。その事実に驚いた。兄は僕らが魔法学園に入学した後、式を挙げる予定になっていた。
相手は侯爵家の三女、今の皇后陛下の妹君だ。
そこまで大事になっているとは…。
「本来であれば、先に王都入りをし婚約者と過ごすことができる筈だったんだ。この結婚が流れたらどうしてくれる」
思ったよりもまずい事実に驚愕する。
「夜会でマリアンヌ嬢に謝罪します」
僕は怒り心頭の兄にこういうのが精一杯だった。
王都へ着くと、兄はスミス侯爵家に使いを出し、婚約者の機嫌取りに大忙しだ。花がどうだの、今流行りのドレス工房はどこだの、バタバタと走り回っている。マリアンヌ嬢の誕生日の夜会には一緒に出席するらしい。
母も自分のドレスや靴、アクセサリーの準備でバタバタとしている。
兄の説教から解放された僕は自室へ向かうと、そこにアイラトが待っていた。
「お坊ちゃま、旦那様より本日からお付きに戻る許可を頂きました」
アイラトの言葉に謹慎が完全に解けたことを確信する。
これで、ジュリェッタに会いに行ける。
浮き足立つ気持ちを抑え、アイラトの次の言葉を待つ。
「まず、ジュリェッタ様ですが、マリアンヌ様の誕生日の夜会に招待されていらっしゃいます。ドレスをプレゼントして欲しいと伝言を賜わってきました」
ジュリェッタも招待されている?
マリアンヌは本当に僕がジュリェッタと付き合っていることを侯爵へ伝えていない?
「なぜ、ジュリェッタも招待されている?」
「単純に、今、話題の勇者とその娘であるジュリェッタ様に、侯爵夫人がご興味を持たれたことが理由だと侯爵家に勤めている者より聞きました」
確かに、流行りものの好きな侯爵夫人なら呼びそうだ。
「わかった。ジュリェッタのドレスは明日にでも一緒に見に行くと伝えてくれ、勿論、エスコートも僕がすると」
「はい、わかりました」
続けてくれと促す。
「侯爵家にフリードリッヒ様がいらっしゃいました」
「なぜ?フリードリッヒ兄さんが?」
城で近衛騎士をしているのではないのか、その兄がなぜ侯爵家にいるのだ。
「お坊ちゃんの件で、侯爵家に旦那様が謝罪に訪れる際にカモフラージュで同行されたものと思います。そのまま、こちらへは帰り辛いので…」
母はフリードリッヒ兄を嫌っている。家に帰ると不機嫌になるのは間違いない、だから父が気を利かせて侯爵家に置いてきたのか。
「で、フリードリッヒ兄さんは侯爵家で何をしている?」
「侯爵の手伝いを」
「で、フリードリッヒ兄さんは、近衛騎士団に戻ったのかい?」
侯爵家も王都へ来たと聞いた、では、兄も騎士団へ戻ったのだろう。フリードリッヒ兄さんは夜会へ出席しなくても良いのだから…。
「それが、王都の侯爵邸にいらっしゃいます。まだ、休暇が、残ってらっしゃると聞きました」
フリードリッヒ兄さんが侯爵家にいることになんとなく引っかかりを覚えた。
「まぁ、いい。マリアンヌの様子は?」
僕と婚約破棄して落ち込んだりしていないか気になった、あの時は、僕の前だから強がっていただけかもしれない。
「いつもとお変わりなく。ああ、この前、フリードリッヒ様とお出掛けになったようです。その後、様子が少し変だったと…」
いつも冷静沈着なマリアンヌが少し変、それは使用人が気がつくレベルに変化があったということだ、そのことにフリードリッヒ兄さんが絡んでいる。僕と婚約破棄したときも顔色一つ変えなかったマリアンヌが。
なんともいえない苛立ちを感じた。




