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父、リマンド侯爵

父親視点です。

 執務室で今年の麦の収穫量について、執事のセバスから報告を受けていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 

 はい。と返事をし、次の言葉を促す。


「お父様、マリーです。ただいま戻りました。お時間少し頂いても宜しいでしょうか?」


 マリーか、少し元気がないような気がするのだが。確か今日は婚約者のリフリードに呼ばれ伯爵家に行ったはずだったな。


 心配になり、報告を中断させ資料をセバスに渡す。麦は例年通り無事に育っている。このまま様子をみて良いだろう。その旨を伝え、処理するように促す。それより今は娘の様子が気になる。

 

 これは後回しにするべきではないな。


「かまわんよ、入りなさい。」


 入室を促すと、ドアが開きユリを伴ってマリーが入って来た。よく見ると、少し目蓋が腫れ目が少し充血している。泣いたのだろうか?ユリがいつになく心配そうに寄り添っている。

 

 そんなユリの様子を見て、リマンド侯爵は口角を僅かに上げる。


 ユリを雇い入れて正解だったな。


 騎士家は貴族と言っても決して豊かではない。何か特別な任務に着く家や、当主がただならぬ才能の持ち主である場合は別だが、大抵の騎士家は平民より少しまし程度の暮らしをしている。それより、成功した商人の方がよっぽど良い暮らしだ。


 ユリの実家も例に漏れず、貧乏騎士家の一つである。その上、二男三女と子供の数も多い。ユリは長女で弟妹達のために働きたいと自分から両親に申し出たという。しかし、その時、ユリはまだ8歳の子供、出来ることも限られている。そこで伝手を使って、余り役に立たない子供でも雇い入れる財力のある侯爵家に打診が来たのだ。


 打診を受けたリマンド侯爵は、取り敢えずユリと会うことにした。会って目を見張った、なんと8歳の騎士家の娘が淑女の最大の礼であるカーテシーで挨拶したのだ。此方からの質問にもしっかりとした受け答えである。


 8歳という年齢に迷ったが、これも人助けの一貫としてわりきった。聡い子だ役に立たずとも良い。コレなら充分、妻の暇つぶしの相手となるだろう。と、侍女見習いとして侯爵家へ雇い入れた。それから、ユリは妻と一緒にマリアンヌの世話をし、そのままマリアンヌ付きの侍女になったのだった。


 一緒に世話をしたと言っても、実際にマリーの世話をしたのはユリで、妻は邪魔していただけだが…。


 ユリは子守に慣れており赤子の世話は上手だ。生家では忙しい母親に代わり幼い弟妹の面倒をみていたそうだ。お陰で、マリアンヌは母親よりもユリに懐いた。妻はマリーが自分よりユリの方が好きだ。とよく拗ねていたがそれは当然の結果だ。常に予想の斜め上を行き、殺されそうになる母より、的確に世話をしてくれるユリの方が安心できるに決まっている。


「マリー、何があった。確か、今日はリフリードに呼ばれて伯爵家に行ったのであろう?」


 まずは浮かぬ顔の訳を訪ねると、マリーは一通り、今しがた伯爵家で起きたことの顛末を話した。


 はて?フリップ伯爵は決してそのような不義理なことを許す人物では無いはずだが…。義を重んじ、曲がったことが嫌いで、自分に厳しく、他人に優しいを絵に描いたような人物だ。このような行いをした、自分の息子であるリフリードを絶対に許すとは思えないのだが…。


「このことをフリップ伯爵は知っているのかい」


 もっとも信頼できる部下のひとりであり、再従兄弟でもあるフリップ伯爵の顔を思い浮かべる。


「いいえ、伯爵様は多分ご存じありません。リフリード様はご自分で伯爵様に言えないので、私に婚約破棄を打診されましたから」

 

 顳顬の辺りに激痛が走ったような感じを覚える。


 まあ、百歩譲って、婚約破棄をしたいと思うのは仕方ない。社交界デビューを果たし、これまで知り会え無かった令嬢達と触れ合う機会ができたのだ。それにあの顔だ、さぞモテるだろう、浮き足立つのも仕方ない。また、マリーがどれだけ美しかろうとリフリードの好みもあろう。


 しかし、だ。なぜ婚約者に婚約破棄を打診する前に自分の父親に相談しない?貴族の結婚は本人同士のものというより、家が主体であることを貴族であればだれでも知り得ることなのだが、それも、娘に直接打診した理由が自分で父親に言えないからとは、なんと情け無い。


「まさか、自分の父に言えず、お前を頼るとはなんと情け無い。しかし、私の可愛いマリーをよくも此処まで見下したものだ。クソガキ、どうしてくれよう。」


 あえて物騒な言葉を選び、茶目っ気たっぷりに言う。


 こんなことがあった後だ、深刻に話すより少し茶化した方が落ち込まんだろう。さて、どう対処したものか…。リフリードの思い人であるジュリェッタ嬢のことも気になるが、マリアンヌの婚約者をどうするかが一番重要だ。それにはひとつ確認せねばならぬことがある。婚約破棄を一方的に突き付けられたとはいえ、長年リフリードはマリアンヌの婚約者だった。気持ちが全く無いとは言い切れないからな。


「マリー、君はどうしたい?リフリードと結婚したいかい?」


「いいえ、お父様。リフリード様と結婚するくらいなら、フリードリッヒ様の方が数倍良いですわ」


「そうか、フリードリッヒの方が良いか。マリー、結婚したい人はいるかい?」


 当初、フリップ伯爵の2番目の息子であるフリードリッヒをマリアンヌの婿にと考えていた。正妻より身分が低いとはいえ、彼の母の生家は由緒正しき子爵家である。なんら問題ない。しかも、マリアンヌの4つ上の20歳、安心して娘を任せるには良き歳の差だ。しかし、フリップ伯爵はそれでは正妻の顔が立たないと三男を押した経緯がある。


 まだ、海の物とも山の物ともわからないリフリードより、子供ながらにしっかりとした考えを持つフリードリッヒの方が安心できると伝えたのたが、それでは順序が狂うとフリップ伯爵に再三言われリフリードとの婚約が決まった。


 一瞬目を見張ると楽しそうに笑いなから、侯爵はマリアンヌに尋ねた。


「残念ながらおりませんわ。なにせ、リフリード様と結婚するものとばかり思っておりましたもの。いきなり、他の殿方のことなど考えられませんもの」


「しかし、リフリードよりフリードリッヒの方が良いのだろう?」


 侯爵はさも楽しそうにマリアンヌに問う。


「ええ、まぁ」


 からかわれて、恥いる娘を優しい瞳で見つめる。

 

 これ以上、辛い思いはさせられないな。まずは、フリップ伯爵を呼び問うのがベストだろう。それと、伯爵家の内情も気になる。

 

 次期フリップ伯爵となる予定のフリードリッヒの兄も思慮深く、聡明な人物だ。リフリードも良き人物になるに違いないと期待していたのだが…。

 

「よし、やることは決まった。セバス」


 声を張り上げ、ドアの外で控えているであろうセバスを呼ぶ。


「はい、旦那様。」


「クロウを呼べ」


「承知致しました」


 セバスは軽く礼をし、執務室をあとにした。


「マリー、疲れただろう。部屋でゆっくり休みなさい。後は私に任せなさい。わかったね。」


「はい、お父様。」


 侯爵は優しい顔でマリアンヌを労った。そして、セバスと一緒に入室してきたユリに顔を向ける。


「ああ、ユリ、お茶はここに置いてくれ。直ぐにマリーを部屋へ連れて行って、ゆっくり休ませなさい。今日はお前もご苦労だった。マリーを頼むよ。」


「はい、旦那様。心得ております。」


 マリアンヌとユリが去った後、リマンド侯爵は便箋を出し、フリップ伯爵宛てに呼び出しの手紙を書きロウで封をする。そうしているうちに、セバスがクロウを伴って入ってきた。クロウは内々の仕事を請負っている。


「クロウ、お前が自らこれをフリップ伯爵本人に届けてくれ。わかるな。」


 部下を使うなと言うだけで、どれだけ重要な案件かクロウは理解した。


「はい、我が主。返事はいかが致しますか?」


「そうだな、口頭で貰って来てくれ。呼び出されたでは無く、立ち寄った、の方が好ましいからな」


「では、直ちに。」


 音も無く、クロウが立ち去る。


 この婚約破棄の打診の件が広まれば、確実にフリップ伯爵の痛手となるだろう。息子も管理出来ぬ者として重要な仕事から外すよう進言して来る者も現れる。畜産業を一手に任せている彼を失うのは此方も痛い。他の者に任せれば、魔物による被害が多出する危険性が高い。

 

 リフリードは許せぬが騒ぎ立てるのは良くない。いい落とし所を捜さねばならぬな。リフリードが嵌められた可能性が無いとは言えぬし…。彼がどうしてこうも軽率な行動をとったのかそこも確認する必要があるな…。それと同時に、ジュリェッタ嬢の事も一応調べた方が良さそうだ。


「セバス、勇者の娘であるジュリェッタ嬢を知っているか?」


 お茶に口をつけ、側に控えている執事に問う。


「はい。お顔を拝見したことはございませんが、水色の髪の可愛らしいお嬢様だと聞いております。父親と諸国を回っていた為、常識に疎いところがあるが明るい方だと」


「そうか、では、父親については」


「はい。存じております。確か、ジュリェッタ嬢の父親であるバルク名誉男爵様は元々は冒険者として生計を立てていらっしゃいました。しかし、王都の西に現れた竜を倒して勇者の称号を得、その褒美として爵位を賜った一代貴族だと記憶しております。爵位と一緒に王都の西の端に屋敷を貰い受けたと聞いておりますが」


 半年ほど前、現れた竜に対して皇帝陛下が冒険者ギルドに討伐依頼を出した。褒美は爵位と、その者が亡くなるまでの爵位に準ずる生活費。そこで、沢山の冒険者が竜の討伐に赴き散った。その中、見事討伐を成し遂げたのがその親子と言うわけだ。


「そうか、わかった。その親子についてもう少し詳しく知りたい。調べろ。」

 

「わかりました。」


 何も裏が無いとよいのだが…。勇者がかかわっているとなると面倒だ。

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