リマンド侯爵夫人の夜会 11
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マリアンヌの言葉にフリードリッヒから笑みが消える。マリアンヌの視線の向こうにリフリードを見つけた。フリードリッヒはリフリードから庇うように、マリアンヌの肩を抱きその視線を遮る。リフリードに見せ付けるようにマリアンヌに顔を近づけ、耳元で囁く。
「大丈夫。安心して、何があっても側にいて守るから。」
その様子にリフリードは何も言わず去って行った。横の可愛らしい少女が頻りにリフリードに何か言っているようだったが、二人はこちらへ来る事もなく人混みに紛れた。
「マリー、リフリードはどこかに行ったよ。大丈夫?」
優しくフリードリッヒに尋ねられ頷く。
怖かった。その視線で射殺されるかと思った。婚約破棄されたのは私なのに、なんであんな目で見られなきゃならないの?側にいたのはジュリェッタ嬢でしょう?良かったじゃない。仲良くしているんでしょう?
「おい、何かあったのか?」
「大丈夫だ。緊張してるのさ、マリーは実はこれでもデビュタント以来の社交だからね。」
心配そうにしていたミハイルにフリードリッヒはこともなげに言い放った。
「本当かよ、それにしては堂々としてるじゃないか。そう言えば、入口でジュリェッタ嬢を見たよ。ああ、ジュリェッタ嬢は勇者の娘さんね。」
やはり、さっきの方がジュリェッタ嬢?
「どんな方ですの?私、まだお会いしたことがなくて…。」
ミハイルは得意そうに、竜討伐の話をマリアンヌに聞かせる。
「さっき見かけたときは、ピンクのドレスを着ていたよ。ピンクの服を着ていることが多いから、ピンク好きなのかな?」
ミハイル様の口振りではかなり親しくされている様子ですわね。
「そんなに頻繁にお会いになっていらっしゃいますの?」
ミハイルは軽く考え込んで、どう言ったらいいのか苦慮している雰囲気だ。
「うーん。彼女、市井の出身だから?元冒険者だからかも知れないけど、懐っこくて騎士団にも遊びに来ちゃう感じ?で、オレも命助けられてるし〜。ほら、彼女可愛いし、訪ねてこられると悪い気はしないしね。」
なる程、本来アポ無しの訪問は基本的に禁止されていますけど、命の恩人ですし、可愛いのでそれ程強く出られずに相手をしてしまっているということでしょうか?
あれ、でも彼女には将来を誓ったリフリード様がいらっしゃるのでは?では、何故騎士団に?
「ジュリェッタ嬢は近衛兵団以外の騎士団にも訪問されてますの?」
竜討伐で知りあった騎士様達を訪ねては回っていらっしゃる?
「いや、他の騎士団にジュリェッタ嬢が来たって話は聞いたことがないな」
「では、ミハイル様に逢いに?」
「いや、そんなんじゃないと思うよ。ふらっときて、彼方此方うろうろしてるから、こっちから声をかける感じだし、オレ目当てなら直ぐにオレに声を掛ければいい話だろ?」
眉間にシワを寄せ難しい顔をして、黙って二人の話を聞いていたフリードリッヒが口を開いた。
「そう言えば、竜討伐は第二騎士団と第三騎士団が担当だったよな?」
「ああ、第二と第三は兄達の軍だ。その指令を勤める将軍がオレの父親だったから、近衛兵であるオレも参加する運びになった。だから、竜討伐に参加した近衛兵はオレだけだ。」
さも当然だと言わんばかりに捲し立てていたミハイルは全てを話し終わる前に、気付いてハッとフリードリッヒを見る。
フリードリッヒはミハイルの顔を見て力強く頷く。
「そう、ジュリェッタ嬢は近衛兵団に誰か、もしくは何かを探しに来ている。それが誰なのか、何なのか解るか?」
フリードリッヒはミハイルに尋ねた。ミハイルは肩を竦める。
ジュリェッタ嬢の想い人はリフリード様のはず、では、何の目的があって近衛兵団にいらっしゃってるの?近衛兵団にお知り合いはいらっしゃらないはずですが?
近衛兵は基本的には貴族出身者が殆ど、それも早くから皆、騎士学校に入っている。近衛兵は騎士の中ではエリートだ、早くに騎士学校に入学していないとなる事はできない、騎士学校にいる間、市井の人間と触れ合うことは一切ない。冒険者であったジュリェッタ嬢が知り合う機会は皆無に等しい。
3人で考え込んでいると、前から声がした。
「マリアンヌ嬢、私と一曲いかがでしょう?」
マリアンヌが顔を上げると、そこにはハンソンがいた。
「申し訳ございません。ルーキン様、私、両親の元へ戻らなければいけませんので…。」
一難去ってまた、一難ですわね。ハンソン様と今踊るのは良くない気が致します。
纏わりつくような視線に悪寒が走る。顔が歪みそうになるのを何とか堪えて返事を返す。
断られると思って無かったのか、ハンソンは一瞬顔を歪めたが、気を取り直したのだろう。元の表情に戻ってマリアンヌを誘う。
「ルーキンとはなんと他人行儀な。ハンソンと呼んでください。それでは、貴女のご両親の所までエスコート致します。私の両親も貴女のご両親の所へ丁度挨拶に向かっているでしょうから」
ハンソンがマリアンヌに手を伸ばそうとすると、すかさずフリードリッヒはマリアンヌの肩を抱く。
「では、私がマリーをエスコートするよ。一緒に戻っておいでと言われているからね。それに、今日のマリーのエスコートは私の役目だ。お譲りするつもりはありませんよ、ルーキン様。」
ハンソンはふん、そんなことを言っていられるのも今だけだ。と不遜な言葉を小さく呟やきながら、手を引っ込めた。
「わかりました。ではご一緒致しましょう。」
「じゃあ、またなミハイル。」
ミハイルはフリードリッヒに軽く手をあげ答えた。
「ミハイル様、どうぞ今宵は楽しんで行って下さい。」
マリアンヌもミハイルに挨拶して、フリードリッヒの手を取り立ち上がった。フリードリッヒは、マリアンヌにピッタリと寄り添い腰に手を回したまま足を進める。
兄様かなり警戒なさってますわね。ハンソン様は確か優秀な騎士のはずでしたわ。どこかに連れ込まれると私などひとたまりもありませんわね。
「確か、フリップ殿も騎士と伺っていましたが、どの部隊で?」
ハンソンはフリードリッヒに話しかける。
「近衛兵団です。ルーキン様はメープル騎士団だと伺っておりますが。」
ハンソンは得意そうにフリードリッヒを見下す。
メープル騎士団はこの国唯一の魔法騎士団である。当然魔法が使えるもののみが入団でき、王族自らが率い他国との戦争では前線へ赴く国民に最も人気のある騎士団なのだ。
「いやぁ、ご存知だったんですね。私は魔法学校卒業後、そのまま魔法騎士団に入隊したんですよ。フリップ殿は、近衛兵団ということは騎士学校に行かれたということでしょうか?魔法学校には?」
自分は魔法学校に入れるくらい魔力があり、実力もあるからメープル騎士団に入れたとでもいいたいのでしょうか?
「魔法学校は騎士学校を卒業後行きました。」
ハンソンはフリードリッヒの言葉に訝しげな顔をする。
「では…」
ハンソンの言葉を遮り、ハンソンの肩を叩く人物。ルーキン伯爵である。彼は、マリアンヌの両親と話をしていた。
「ハンソン、マリアンヌ様をよく連れてきた。丁度、今、マリアンヌ様の婚約者の事を侯爵夫妻と話していたところだ。」
ルーキン伯爵は機嫌良さそうに軽快に言葉を続ける。周りは全く見えていないようだ。侯爵はいつもの居るのか居ないのかよくわからない気配で笑み、侯爵夫人は明らかに不機嫌そうな表情だ。明らかに不機嫌な両親の様子にマリアンヌは嘆息する。
お父様、お母様、かなり苛々していらっしゃるわね。
「マリアンヌ様の婚約は未だ正式なものでは無いと先程お伺いしました。なら、ハンソンの方がマリアンヌ様の婚約者にふさわしいと話していたのです。いかがかな、マリアンヌ様?」
「ルーキン様は私より、もっと大人な方のほうがお似合いでは…。それに私、お父様のように穏やかな貌の人が好みですの…。」
マリアンヌは貴族の慣例通り言葉を濁して断る。
貴方の息子、だいぶ歳上で怖いから嫌だとは言えませんものね。
「なぁに、顔など結婚すれば直ぐになれますよ。それに、歳上の方が頼り甲斐があり、前回の者のようなことにはなりませんよ。」
いや、そういう事ではないんですけれど…。私、お断りしましたよね。お父様が空気になる理由が分かります。
「あぁ、もう!マリアンヌはフリードリッヒのが良いと言ってますの!」
お母様切れてしまいました。
お母様、私はそのようなことを言った覚えは全くありません。
そうなの?と兄様はご機嫌です。兄様、今修羅場なのですが…。
ルーキン伯爵の顔から笑顔が消え、怒りを隠すかのような意地の悪い顔になる。
「しかし、フリードリッヒ殿はあのリフリード殿の兄でしょう?では、婚約は難しいのでは?」
「と言われますと?」
リマンド夫人はルーキン伯爵をその美しい顔で見据える。ルーキン伯爵はわかっているでしょう?と言わんばかりだ。
「リフリード殿はジュリェッタ嬢にうつつを抜かして、マリアンヌ様を呼び出し婚約破棄を申し渡したというではありませんか?そのような不敬な者の兄など信用できますまい。ましてや、フリードリッヒ殿は側室の子、侯爵になるには産まれが…。」
「まぁ、何をおっしゃっているの?マリーは確かにリフリードに呼び出され、婚約のことで相談されたわ。でもその内容は侯爵になることへの不安と、マリアンヌに自分の実力が釣り合わないのではないかと言う相談よ。確かに、伯爵の仰っている通り、リフリードはまだ幼いのでそのプレッシャーに勝てなかった部分はあるわ、でも、歳上だからって、それが全てカバーできるわけではないでしょうに。それに、フリードリッヒのお母様を侮辱するということは、マリーと陛下を侮辱することになるわ。彼の母はマリーの治癒魔法の先生なのよ。後、彼のお婆様は陛下の治癒魔法の先生ですわ。」
ルーキン伯爵の言葉が終わり切る前に、リマンド侯爵夫人は一気に捲し立てた。
陛下の治癒魔法の先生って、兄様のお婆様でしたのね。初耳ですわ。お父様、お母様にはリフリード様との婚約破棄はこのような説明をなさったのですね。というか、お父様、空気と化して存在感がないのですが。
「いや、しかし、フリードリッヒ殿より、ハンソンの方が騎士として優秀ですぞ。それに伯爵家を継ぐ為に領地管理も学習しておりますし、何せ魔法学校を出て、かのメープル騎士団に入団したのですぞ。しかも、息子はマリアンヌ様を心から愛しております」
ハンソンは父親の言葉にどうだい?とばかりに得意満面で胸を張り、マリアンヌをみた。
「そうです。マリアンヌ嬢、貴女の社交界デビューの日、貴女に一目惚れしました。こんなにも貴女を思っているのです。私と結婚した方が幸せになると思いませんか?」
フリードリッヒも負けじとハンソンを見据え、マリアンヌの腰を引き寄せる。
「ハンソン様、私も魔法学校を卒業しておりますし、メープル騎士団には入団する資格もございます。その点だけで、貴方が優秀だとおっしゃられても。なにぶん説得力にかけますが…。それに、私はマリーが産まれた時から愛しております。長さでいえば、私の方が上ですが。」
きゃーという悲鳴があちらこちらから聞こえる。
なんで、告白大会になるのでしょう。
修羅場のはずなのにマリアンヌは非常に居た堪れない気持ちで一杯だ。
会場中の視線が集まっている事を感じ、このままでは不利だと感じたハンソンは父親を促す。
「今日のところはこれで、失礼します。流石に見世物になる気はないのでね。父上、帰りましょう。マリアンヌ嬢、フリードリッヒ殿また今度ゆっくり。」
そう言うと、ハンソンはルーキン伯爵と共に会場から去って行った。
疲れましたわ。自分の誕生日パーティーでこんなに疲れるなんて…。
「ねぇ、貴方踊りましょう?」
騒然とした空気の中、リマンド侯爵夫人は、夫をダンスに誘う。皆の注目の中、侯爵はニッコリと笑い。夫人に膝を折った。
「美しい私の女神、一曲踊って頂いても?」
「ふふふ。勿論ですわ。」
リマンド侯爵夫妻はホールの真ん中へ進み、侯爵は楽団に指示を出す。曲が始まり、侯爵夫妻の他にも数組のペアが踊り出し、夜会の空気が普段のものへと落ち着きを取り戻した。
「流石だね。侯爵夫妻は」
「ええ、私の自慢の両親ですもの」
感心しているフリードリッヒにマリアンヌは朗らかにこたえる。
「俺たちも踊ろうか、お手をどうぞお姫様」
「はい、よろこんで」
二人で、曲が終わるとホールの中央へ進みホールドを組み微笑みあった。曲がはじまり、滑らかにスタートする。
踊っている最中、ピンクのフワフワしたドレスを目の端に捉えた。でも、それは直ぐに見えなくなった。
ジュリェッタ嬢…。
彼女は何をしたいの?何を考えているの?
やっと、夜会終わりました。




