リマンド侯爵夫人の夜会 ⑥
「マリー、今日、午後からマダムの店に行く予定だが、このまま出かけられるかい?」
ちょっと待ってください。午後からマダムのお店って聞いてないんですけれど?いつ仰ってました?
「この前、マダムの所にお邪魔した日。帰りに今日来るように言われたはずだが、マリー、その日はずっと心ここに在らずだったからね」
誰のせいですか。クスクス楽しそうに笑ってらっしゃるので、恨みがましく少しツンとして答えてあげました。
「ええ、このまま出られますわ」
兄様と一緒だとペースを乱されてしまいます。完璧な侯爵令嬢の筈なんですけど私。
「それでは、お手をどうぞ」
必死で、笑いを堪えてらっしゃるでしょ兄様。肩がヒクヒク揺れてますけど。私相手にこんなに爆笑されるの、兄様だけですからね。なんか、解せぬ。
恭しく差し出された手を取り馬車へ乗り込むと、馬車はゆっくりと走りだした。
あれ、マダムの店とは反対方向に進んでますわね。訝しげに思い。兄様にたずねる。
「マダムの店とは反対方向ですわ」
「ああ、お昼がまだだったろ。食べてから行こう」
さらりと返されてしまいました。一体何処へ行くのでしょう。王都では、城と招待された舞踏会やお茶会ぐらいで他に出歩くこともありませんでしたので不安になります。
「はい…。」
兄様と一緒ですから、大丈夫だとは思いますけど。
外での食事どころか、マダムの所以外は全て商会の方々に来て頂いていたのでよく考えたら、買い物ですら出歩いたことがないのよね。
マリアンヌは不安げにフリードリッヒを見上げている。その様子を見て、フリードリッヒが尋ねた。
「マリーは、外で食事をしたことはない?」
「はい。御座いません。そのような友達もおりませんし、夜会やお茶会以外出歩く機会がなかったもので。お父様はお忙しい方ですし、お母様はあのような方ですので…」
お父様は忙しい、休んでいるのを見たことがないくらい働いていらっしゃいます。死んでしまうのではと心配してしまうくらいです。お母様は浮き世離れしていらっしゃいます。外でお買い物することすら、思いつかないのではないでしょうか?気になる料理人がいれは、お父様に頼んで家に呼んで作らせてますし…。お父様がお忙しい原因はお母様にあるのではと最近思えて来ます。
兄様は私の言葉に納得なさっているみたいです。苦笑いを浮かべていらっしゃいます。お父様の仕事を手伝いながら、我が家で生活されてますものね。
今まで考えたことがございませんでしたが、仕事に明け暮れる父と、お茶会と夜会、そして、その準備に飛び回る母。なかなか、シュールですね。
「宰相、お忙しいから…」
お母様のことはスルーですのね。
「はい」
勿論私もスルーです。
「リフリードは、連れて行ってくれなかったのかい?」
そういえば、二人で出かけたこともございませんでしたね。今、思えばリフリード様も余裕がなかったのでしょう。出かけようと言う発想もございませんでしたし。いつも、魔法が上手く使えず悩んでいらっしゃいましたしね。努力が足りないのよと突き放さず、あの時、もう少し、婚約者として寄り添ってあげれば良かったのかも知れません。魔道士の先生を替えるほど深刻なものとは。てっきり、ジョゼフ殿下のように全く努力されていないものとばかり思っておりました。
「はい、二人で出かけようと言う考えは、ありませんでした」
下を向き、肩を落として動かなくなってしまったマリアンヌに、フリードリッヒは優しく声を掛ける。
「マリー、どうした?リフリードの名前で辛いことでも思い出したのかい?」
「いいえ、兄様。マリーは知らないうちにリフリード様に酷い言葉を掛けていたのではないかと…」
魔法が使えない事、外国語が苦手な事、努力なされてたかも知れないのに、努力不足と決め付けて酷い態度を取っていたわ。「もう少し、学習なされたほうが宜しいのでは」と、幾度となく申し上げた気がします。
「そっか、マリーも一杯一杯だったんだね。侯爵家を支えて行かなければと気を張って、精一杯努力をしてきたんだね。リフリードは、不器用な子だから、中々成果が出ず。それに君は不安になって余裕が持てなかったんだろう。仕方ないよ、マリーはリフリードと同い年なんだから、リフリードの事をわかってあげる余裕がないのは。マリーが気に病むべきことではないさ」
「でも…。」
リフリード様を追い詰めたのは私です。婚約破棄されても仕方ない事ですわ。
兄様は私を抱きしめ、力無く首を振ります。
「本来は、俺や兄上、親父や義母上がリフリードにもっと寄り添うべきだった。俺は、義母上が鬱陶しくて家にも寄り付かなかった、それでも、リフリードに手紙ぐらい送るべきだったな…。」
兄様も後悔なさってるんですね。私のせいで…。
「兄様のせいではありませんわ。」
「過ぎ去ってしまったものは、もうやり直すことは出来ない。でも、これから、同じ間違いを繰り返さないようにならできる。俺はそう考えているよ」
落ち込んでる私の頭を優しく撫でて兄様は言い聞かせるように話し、馬車が着くまで優しく抱きしめていて下さいました。




