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婚約破棄されました

「申し訳ないけど、婚約破棄をして欲しい」


 いつ間違えたのかしら。

 どこで間違えたのかしら。

 何を間違えたのかしら。


 頭からさっと血の気が引く、倒れ込みそうになる身体を必死に支え、何とか踏みとどまる。溢れそうになる涙を堪え、マリアンヌは侯爵令嬢のプライドを胸に蒼白になった顔に笑みを貼り付け、堂々と相手の顔を観る。


「婚約破棄と言われましても、私の一存ではどうしょうもございませんの。理由を説明してくださる?」


 リフリードは大きな蜂蜜色の瞳を見開き、花のように可愛らしい顔面を固めた。思ってもみなかった答えが返って来たからだろう。しかし直ぐに、顔を歪め、まるで毛虫でも見るようにマリアンヌを睨んだ。


 マリアンヌの母親は現皇帝陛下の姉である。王族ならではの金髪碧眼と、戦いの女神のような容姿を持つ。父は、そんな母の美しさに惚れ、降嫁を願いでて結婚したらしい。その為、側室はおらずマリアンヌはひとりっ子だ。いずれは、婿を迎え侯爵家を継がなくてはならない。

 

 この婚約は、数ある分家のひとつであるリフリードの父、フリップ伯爵より侯爵家へ再三頼み込まれて実現したものだと聞いている。マリアンヌの父は、別の人物をと考えていたらしい。しかし、フリップ伯爵の熱に押され承諾した経緯がある。

 

 リフリードは、フリップ伯爵家の三男だ。二男はフリップ伯爵が側室に産ませた子のため、リフリードより身分が低い。正室の子であるリフリードと婚約する運びとなったそうだ。その事をリフリードが知らぬはずはない。ましてや、格下の家より婚約破棄など打診できるはずが無いのだけれど…。


「僕は、君との結婚を望んでいない。君だって、わかってるだろ?僕は君みたいな傲慢な女性は嫌いなんだ。いつも、僕を見下しているじゃないか。その内わかる事だから言うけど、僕はジュリェッタと想い合っている。彼女と結婚の約束をした。彼女は儚げで優しく君とは大違いだ。その上、君は僕より歳上だろ?なぜ、年増の君と結婚しなければならない!」


 年増って

 

 マリアンヌは目眩がした。

 

 確かに、貴族は年下の女性と結婚することが好ましいとされる。しかし、マリアンヌとリフリードの歳の差は、たった4か月。


 まさか、婚約破棄がこんな理由とは思ってもみませんでしたわ。


 マリアンヌも、頼りないリフリードとの婚約に不満があった。しかし、この理由はあまりにもお粗末だ。


 ジュリェッタは、リフリードよりひとつ下の15歳、水色の髪と愛らしい赤みがかった茶色の瞳を持つ可憐で儚げな印象の男爵令嬢だと聞いている。

 

 そうですわね、キツイ印象の私より、ジュリェッタ嬢の方がリフリードの隣にいて様になるでしょうね。


 本当に彼女と結婚するつもりなのでしょうか?確か彼女のお父様は一代貴族でしたわよね。


 一代貴族は貴族を賜った本人が死ねば、身分を返上しなければならない。当然婿に入ってもリフリードは平民の身分になり貴族でいることは叶わないだろう。


 彼は人一倍、身分にこだわっていらっしゃった人間のはずなのですが。


「このことをフリップ伯爵はご存知ですの?ご存知とは思いますが、この婚約は、貴方様のお父様であるフリップ伯爵から申し込まれたものですのよ。婚約破棄の打診でしたら、まずは、フリップ伯爵から私の父にその旨を伝えるのが通例でなくて?」


 ルール違反ですよ、とやんわり伝える。


「こちらから婚約破棄できないのはわかっている。だからこうして、君から婚約を破棄して欲しいと頼んでいるんだ」


 正論を言われ、リフリードは口惜しそうに下を向いた。


 自分では、どうしょうもないと思っていたから頼んだのね。なんと分かりにくいんでしょう。これが人にものを頼む時の態度なんでしょうか?

 

 この様子なら、フリップ伯爵に何の相談もしていないことは明白だわ。おじ様が知っていらしたら絶対にこんなことにはならないわ。おじ様は義理堅く真っ直ぐな人物でいらっしゃるから…。


 はぁ、こんな方が私の婚約者だなんて、彼と我が侯爵家を一緒に支えていける気が致しませんわ。どう転んでもこのまま、結婚をすることは難しいですわね。


 マリアンヌは、小さく溜息をついた。


「わかりました、私からお父様にお伝えいたしますわね。よろしくって?」


 マリアンヌがそう答えると、ごねられ婚約破棄を拒否されると思っていたのだろうか、リフリードはあからさまにほっとした表情をしマリアンヌを見た。


「ありがとう。君が同意してくれて助かったよ」


 私が次期侯爵の地位を用意しても、平民としてジュリェッタ嬢と共に生きていく方がよろしいなんて、女として惨敗だわ。女性としてそれ程、私は魅力がないのかしら。


 マリアンヌは酷く自尊心を傷付けられ、惨めな気持ちになった。


「では、これで」


 話は終わったとくるりと向き直り、その場から去ろうとすると、後ろから声が掛かる。


「ちょっと待って!」


 直ぐに立ち去りたいのを我慢し、まだ何か?と言うようにゆっくりと振り返り、リフリードの顔を見る。


「いや、あの。婚約破棄のこと、どのように侯爵に伝えるのかなって、気になって」


 少し焦りの垣間見える媚びるような笑いを顔に浮かべ、リフリードが問う。


 マリアンヌは不思議そうにリフリードに答えた。


「ありのままですわ」


「それでは困る」


 食い気味でリフリードが叫ぶ。


「それだと、ジュリェッタに迷惑が掛かる。それに、僕が父から叱られるだろう!」


「そう仰られましても…事実ですし…。何よりお父様に嘘はつけませんわ。そうですねー。では、ジュリェッタ嬢の名前だけ伏せてお伝え致しますわ。すぐに、バレるとは思いますが、少しの時間稼ぎぐらいならできるかもしれませんわよ?」


 では。と今度こそ立ち去る。後ろから、そういうことじゃない君から破棄したことに〜と喚いているが知ったことではない。

 

 顔がキツいことはマリアンヌ本人が一番知っている。母親譲りの髪と顔に、父と同じ寒色系であるモーブ色の瞳は少し釣り上がり、きつく冷たい印象を与える。

 

 この上なく美しいのだが、ジュリェッタのように守ってあげなければ、という庇護欲を掻き立てられることはいっさい無い。それどころか、その佇まいは侯爵令嬢として教育されたため凛としていて、何か自分が不甲斐ないものであるかのような恐怖さえ感じるのだ。


 お父様にお伝えしなくては、何て仰られるかしら?


 マリアンヌが憂鬱な気持ちで馬車に乗り込むと、隣に座った侍女のユリが気遣わしげに声を掛けてきた。


 ユリは、マリアンヌの側仕えである。ユリはマリアンヌが産まれて直ぐ、マリアンヌの遊び相手として、子沢山で困窮する騎士家より雇い入れられた。その時、彼女はまだ8歳になったばかりだった。それからずっと、姉のようにいつも側にいてくれるユリがマリアンヌは大好きだ。


 「お嬢様、いかがなされましたか?顔色が宜しくありませんが」


 マリアンヌが先程の伯爵家の庭でのことをユリに話すと、ユリは酷く腹を立て捲し立てる。


「ジュリェッタ様がどのような方か存じませんが、マリアンヌお嬢様より美しく、素敵なお嬢様をユリは存じません!それに、伯爵様に言えばよいものを、こんな下らないことでわざわざお嬢様をお呼び立てするなんて!リフリード様はいったい何をお考えなのでしょう?」


 ユリの言葉を聞き、マリアンヌはほっとしたのかユリにしがみ付いて泣き出した。ユリはハンカチをそっと差し出す。


「大丈夫ですよ、お嬢様。旦那様がきっとどうにかして下さいます。なんたって、旦那様はお嬢様が大好きなんですから。それに、奥様もご自分の容姿を貶されたのですよ、黙ってらっしゃいません。もちろん、伯爵様がリフリード様をゆるしても、このユリが絶対に許しません!」


 ユリの誇らしげな声を聞いて、マリアンヌはおもわず吹き出してしまう。


 やだ、ユリったら。でも、沈んだ気持ちが幾分ましになったわ。


「ユリ、ありがとう。でも、リフリード様はお母様の容姿を貶してはいなくてよ?」


「マリアンヌ様は奥様によく似ておいでです。そのマリアンヌ様を貶めるなんで、奥様を貶されているのと同じです。必ず奥様もそうお感じになります!」


 ハッキリとそう言い切るユリにマリアンヌは再び笑い声を上げた。マリアンヌは、ユリのお陰で凄く救われた気持ちになった。


 大丈夫。私にはユリがいる。それにお父様もお母様も。


 マリアンヌは城へ帰るとユリを伴って、その足で父の執務室を訪ねた。軽くノックをすると、はい、と父の声がする。


「お父様、マリーです。ただいま戻りました。お時間少し宜しいでしょうか?」


「かまわんよ、入りなさい。」


 その声に促され、ドアを開ける。侯爵は先ほど書いていた書類を執事に渡し、マリアンヌにソファーに座るよう促す。ユリにお茶を頼み、軽く執事に目配せした。

 ユリと執事のセバスが軽くお辞儀をして部屋から出て行ったのを見届けて、マリアンヌに声を掛けた。


「マリー、なにがあった。確か今日はリフリードに呼ばれて、伯爵家に行っていたのであろう?」


 マリアンヌは父の優しい声にまた、瞳に涙を浮かべ、先ほどの伯爵家の庭での出来事を話した。


「このことをフリップ伯爵は知っているのかい?」


「いいえ、おじ様は多分ご存じありません。リフリード様はご自分でおじ様へ言えないので、私に婚約破棄を打診されましたから。」


 侯爵は一瞬ビックリしたような顔をして、頭を抱えた。


「まさか、自分の父に言えず、お門違いにもお前を頼るとは、なんともなさけない。しかも、わたしの可愛いマリーをよくも此処まで見下したものだ。クソガキ、どうしてくれよう。」


 物騒な言葉を吐き、軽く考えるような仕草をした後、真剣な眼差しでマリアンヌを見て言葉を続けた。


「マリー、お前はどうしたい?リフリードと結婚したいかい?」


「いいえ、お父様。リフリード様と結婚するくらいなら、フリードリッヒ様の方が数倍良いですわ。」


「そうか、フリードリッヒの方が良いか。で、マリー、結婚したい人はいるかい?」


 一瞬目を見張ると楽しそうに笑いなから、侯爵はマリアンヌに尋ねた。


「残念ながらおりませんわ。なにせ、リフリード様と結婚するものとばかり思っておりましたもの…いきなり、他の殿方のことなど考えられませんわ」


「しかし、リフリードよりフリードリッヒの方が良いのだろう?」


 侯爵は楽しそうにマリアンヌに問う。


「ええ、まぁ」


 楽しそうな父の顔をみて、なんとも居た堪れない気持ちになるマリアンヌだった。


「よし、やることは決まった。セバス」


 侯爵が声を張り上げると、ドアの外で控えていたであろうセバスとお茶の用意をしたユリが部屋へ入ってくる。


「はい、旦那様」


「クロウを呼べ」


「承知致しました」


 セバスは軽く礼をし、執務室をあとにした。


「マリー、疲れただろう。後のことは私に任せて、部屋でゆっくり休みなさい」


「はい、お父様」


 侯爵は優しい顔でマリアンヌを労うと、ユリに顔を向ける。


「ああ、ユリ、お茶はここに置いて、直ぐにマリーを部屋へ連れて行ってゆっくり休ませなさい。今日はお前もご苦労だった。マリーを頼むよ。」


「はい、旦那様。心得ております」


 ユリの言葉に侯爵はしっかりと頷いた。マリアンヌはソファーから立ち上がり、ユリを伴って部屋を後にした。


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