リマンド侯爵夫人の夜会 ②
兄様とマダムの店へ馬車で向かいます。
「城でのお茶会は楽しめたかい?」
「ええ、とても楽しかったですわ。殿下、天使みたいで可愛らしくて。」
「あれが、可愛い?確かに見た目だけは天使だが。3歳にして充分。ザ王族って感じで悪ガキだぞ?」
あれ?私の知ってる殿下と、兄様の言っている殿下、同じ人物ですの?
「ノア殿下のことですよね?」
「ああ、そうだよ。城勤めしているとき、殿下付きの警護になると大変だぞ。庭園で隠れんぼをいきなりはじめて、侍女をまいて、挙句にベンチの下で昼寝してたり。庭園の噴水で水浴びしだしたり。今度、宰相に聞いてごらんよ」
「まぁ、知りませんでしたわ。私と一緒のときはちゃんとお座りしていらっしゃいますわよ。お父様に聞いてみますわ」
殿下の新たな一面を知ってしまいましたわ。
ヤンチャな殿下、想像できません。
「そういえば、ジュリェッタ嬢、治癒魔法が使えるそうですわね。」
「ああ、それで宰相も扱いに頭を痛めてるらしい。基本的には王族、又は、王族の血縁者のみが使えるものとなっているからな。取り敢えず、魔法学園に入れて一年間様子を見て、どう扱うか考えるらしい」
やはり、扱いが難しいんですのね。
「そう言えば、ジュリェッタ嬢とリフリード様はどこでお会いになったのかわかりましたの?」
「ああ、リフリードの魔法学の先生の家で会っていたことがわかったよ。家に来て頂くだけでなく、よくお邪魔してたみたいで、その時にたまたま居合わせたのが、ジュリェッタ嬢だったわけさ。親父の話によるとそのまま仲良くなったみたいだ。」
そう言えば、リフリード様魔法学は得意ではありませんでしたが、先生はお好きなようでしたわね。そんなに先生と親密でしたのね。知りませんでしたわ。
「確か、リフリード様の魔法学の家庭教師の方って…。」
「ああ、フリップ第一伯爵夫人の伝手で雇い入れた人物だ。」
「おば様、私とリフリード様の婚約に一番乗り気でしたような気がしてましたが…。」
おかしいですわね、おば様がリフリード様やフリップ伯爵を陥れるはずはございませんわよね?
では、リフリード様とジュリェッタ嬢が恋仲になったのは偶然ということになりますわよね。
「だから、よくわからないんだ。今度の夜会でわかるよ。たぶん」
兄様は溜息をつかれています。
馬車が、マダムの店の前に着いた。フリードリッヒは先に馬車を降り、マリアンヌに手を差し出す。
兄様がエスコートして下さいます。店の前にいらっしゃったお嬢様方が皆、兄様を熱っぽい視線で見ていらっしゃいます。
モテますわね。兄様。
横にいる私には痛い視線が突き刺さります。
「フリードリッヒ様」
マダムのお店から、可愛らしいお嬢様が出て来て呼び止める。
「これは、テイラー伯爵御令嬢」
マリアンヌの全く知らないフリードリッヒの顔。にこりともしない無表情。無機質な声。
「この方は誰方ですの?」
「婚約者のマリアンヌです。もうよろしいですか、私達もマダムの店に用がありますので、そこを通していただきたいのですが。」
フリードリッヒは、冷たく言い放つ。マリアンヌが挨拶をしようとするが、テイラー伯爵令嬢はフリードリッヒしか見えていないのか、目に涙を湛えて矢継ぎ早に話し出す。
この方、私の存在は無視ですのね。
「婚約者って、どういうことですの?私と結婚して我が伯爵家を継いでくださるのではありませんの?」
いま、わざわざ伯爵家を継ぐって仰いましたわ。良いのかしら?自分と結婚すれば伯爵家を継げるけど、その婚約者と結婚すれば平民でしょう?とでも言いたいのでしょうか?というか、この方は私がリマンド侯爵令嬢と知りませんわよね。
「それは、そのお話を頂いた時にキッパリとお断りしたはずです」
「えっ、でも、今、婚約者って仰いませんでした?私が申し込んだ時は、好きな人がいるからってお断りされましたわよね。その方で良いのなら、先に申し込んだ私でよいではありませんの?」
そういえば兄様、想う方がいらっしゃると仰ってましたわね。
テイラー伯爵令嬢の大きな瞳から涙が溢れる。大抵の男ならごめん君の言う通りだ。と言って抱き締めてしまうだろう。しかし、フリードリッヒの目は、テイラー伯爵令嬢を侮蔑するように冷ややかだ。
「なぜ貴女は、婚約者が私の想いの人だとは思わないんですか?」
「えっ、でも。その方とは結ばれないって…」
「ええ、本来は私の手の届く相手ではありませんでした。ですがややあって、やっと婚約できたのです。邪魔しないで頂きたい」
ちょっと待って下さい。兄様、今の話の流れでは兄様の想う方って、私ですの?それとも、テイラー伯爵令嬢を断る方便ですの?
テイラー伯爵令嬢はその場で泣き崩れ、従者によって馬車へ乗せられる。
何か凄いですわね。劇を観ているようでしたわ。
先程の出来事に衝撃を受け、ボーッとしていたマリアンヌはフリードリッヒに背を押され店へと入った。
「さっきは、ごめんね。テイラー伯爵令嬢に言ったことは本当だ。君が好きだマリー。本当はちゃんと伝えるつもりだったんだけど」
フリードリッヒは優しい声で、マリアンヌへ語りかける。
「いらっしゃいませ。」
店の奥からグラマラスな壮年の女性が出てきた。この店のオーナー兼デザイナーのマダムだ。
「ごめんなさいね、お出迎えも出来なくて。リマンド侯爵御令嬢様、御婚約者様、どうぞこちらへ」
マダムは2人を奥の部屋へと誘う。厚手のカーテンで仕切られた部屋には、厚手の柔らかな絨毯が敷かれていて、カーテンの前で靴を脱ぐように促される。
マリアンヌがマダムに促されるまま椅子に座ると、サッとフリードリッヒは跪き、マリアンヌの靴を脱がせた。
なんてことをなさるの、兄様。
恥ずかしくてお顔がみられませんわ。
ボーッとしている間に、フリードリッヒにエスコートされ、カーテンの向こうのソファーに座らせられる。お針子見習いがお茶を出して下がるとマダムが口火を切った。
「少し早いですが、この度は御婚約おめでとうございます。今回は、お二人ではじめて夜会に出られるということで、その為の御召し物をと伺っておりますが、お間違えございませんか」
「はい。宜しく頼みます。」
フリードリッヒは力強く答えた。マリアンヌはまだ夢から覚めやらぬようで、頬を赤くしたまま頷く。
フリードリッヒとマダムは生地がどうだの、色がどうだのマリアンヌに幾つもの布を当てて楽しそうに話しているが、マリアンヌの頭には全く入ってこない。
今までの兄様の言動は私への?
可愛いとか、愛しいとか
きゃー!
どうしましょ?
でも、小さい頃からですわよ。
ってことは、その頃から?
「マリー、ドレスの色は、ネービーとシルバーどちらがいい?」
兄様、私、今それどころではございませんの。
とっても、忙しいんですの。
「兄様の好きな方で、お願いします。」
その後も、デザインはとか、宝石はとか聞かれたような気も致しますが、全て兄様にお任せした気が致します。
家に帰り、お母様にどんなドレスにしたの?って聞かれましたけど、それどころではございませんでしたので、兄様に聞いてくださいと言って部屋へ真っ直ぐ戻ってまいりました。
だって、だって、私のことが好きと言われたんですよ。
どうしましょう。
自分の部屋で、ユリにお茶を入れて貰って少し落ち着きました。
普通、好きと言われたらどうするんでしょう?
はじめてのことなのでよくわかりません。
普通は、婚約するのかしら?
あれ、私達婚約してますわよね。
どうしたら、よいのかしら?
「ねぇ、ユリ聞いてもよいかしら?」
「何でございましょう、お嬢様。」
「今日、兄様から好きだとおっしゃっていただいたの」
「それは、ようございましたね」
ユリはニコニコ答えてくれる。
「それでね、ユリ。私はどうしたら良いのかしら?」
ユリは、少し考えて真剣な顔をしてマリアンヌを見詰める。
「お嬢様は、フリードリッヒ様の事をどう思ってらっしゃいますか?」
そうね、好きか嫌いかと聞かれましたら
「好きですわ」
「では、ユリのことはどうですか」
「勿論好きよ」
「ありがとうございます。ユリもマリアンヌお嬢様のことが大好きです」
「では、フリードリッヒ様への好きとユリへの好きは同じ好きですか?それとも違いますか?」
マリアンヌは首を傾げる。
「よくわからないわ。」
「では、まずフリードリッヒ様とお過ごしになって、それを考えてみるのが宜しいかと思います。必ず答えは見つかりますよ。そのお気持ちをフリードリッヒ様へお伝え下さい」
「ユリありがとう」