断罪 ③
パレードは城の北門まで続く。門は開かれ中央を広く空けて、多くの兵士達の家族で固められていた。一番奥には白い石で組まれた祭壇がもうけられ、女神像が立っている。騎士達は女神像の前に整列して行く。
マリアンヌはフリードリッヒと共に、騎士達の家族と騎士達が整列して行く様を胸を躍らせ眺めている。
最初に門をくぐったのは、今回の功労隊である第二騎士団だ、彼らは誇らしげに団長であるソコロフ侯爵を筆頭に整列して行く。その最後尾に、ミハイル率いる傭兵隊の姿があった。出陣時にはあれほどいた傭兵達はいまでは数えられるくらいまでに減ってはいるが、欠損や大きな怪我は見当たらない。
ミハイル様が治癒魔法を使われたのね。
戦争下に置いて、治癒魔法が傭兵に使われることはまず無い。なぜなら、術師は限度があるため基本的に騎士達そして、兵士の順にかけるのが一般的だ。傭兵達に治癒魔法を施す余力などない。
続いてメープル騎士団がジョゼフ殿下を筆頭に入って来た。勝利したにも関わらずその顔は皆疲れ果て、まるで敗戦兵だ、彼方此方に傷を負った者達がいて治癒魔法が行き届いていない。
うん?バルク男爵のお姿が見えないわ。バルク男爵が討ち死になされたと言う報告はありませんでしたわよね。
「フリード様」
フリードリッヒもそのことを不思議に思ったのか、マリアンヌに口を開くなと、目で合図をして、背後に控えていたフロイトに耳打ちするとフロイトは去って行った。
あっ、調べて来てくれるのね。
「あっ、お父様!」
宰相閣下は一人、軍隊には似つかわしくない、普段の文官の格好で馬をハンソンに引かれながら入って来た。
お父様、浮いていらっしゃいますわね。鎧、持ってらっしゃいませんものね、そもそも鎧を着けると馬にご自分で乗れなくなりますし…。あっ、降りる時も、ハンソン様、すごく心配そうにしてらっしゃいますわ。
全ての隊が並び終え、陛下が前に進み出ようとしたとき、一人の少女が壇上へ踊り出た。
彼女は灰色のマントを脱ぎ捨て仮面を放り投げた。マントの下には聖女が儀式のときに纏う白い服を着て水色の髪を緩く編み込んでいる。
ジュリェッタ嬢!
ジュリェッタは杖を天に掲げ、眼下の騎士達に優しい笑みを浮かべ、声を張り上げる。
「私は、女神に選ばれし者です。女神の恩恵を貴方方に」
杖を兵士達の方へ向けると全員に治癒魔法を施す。兵士達から歓声が湧く。あれだけ傷ついていたメープル騎士団の騎士達も、歩き疲れていた者達も全て回復しているのだ。
ジュリェッタはその様子を満足げに眺めて、また口を開く。
「そして、女神の予言をーーー、そこにいるマリアンヌは奴隷を所有している!」
ジュリェッタは声高々にそう宣言した。そこへ、兵士が雪崩れ込み、ジュリェッタは取り押さえられ跪かされる。
陛下はジュリェッタの前に歩み出た。
「ジュリェッタ嬢、其方が予言の力を持っておるのは私も知っている。」
「なら!」
「だが、嘘はいかんよ、嘘は。それに治癒魔法は女神から授かったではなく、リフリードから奪ったのだろう?お陰でジョゼフは王位継承権を奪われたのだぞ?」
陛下は残忍な瞳をジュリェッタに向けた。
「どういう事ですか?」
メープル騎士団の先頭に整列していた、ジョゼフ殿下が悲痛な叫び声を上げた。
「この者が、リフリードとミハイロビッチを唆し、あの強力な治癒魔法を手に入れたのだよ、本来なら、お前が手にするはずだった力をな。」
「それは、女神のお導き…。」
ジュリェッタの言葉に、ジョゼフ殿下はまるで汚物でもみるかのような視線を向けた。
「人の力を奪うことが女神のお導きだと申すか、お陰でジョゼフとリフリードは未来を奪われたのだぞ。それが、愛と慈悲の女神の導きとは到底思えぬのだが」
とても、聖女とは思えぬ顔でマリアンヌを睨み付けるジュリェッタを陛下は残忍な目で見下す。
私、何故そんなにジュリェッタ嬢に恨まれているの…。
マリアンヌはジュリェッタの視線にブルリと身体を震わせた。
「そんなことより、マリアンヌを調べなさいよ!奴隷をデザイナーとして使っているから!マリアンヌの店のデザイナーは砂漠の国から買った奴隷よ!あと、もう一つ、回復薬事件は、ローディア商会のキャサリンの母親が起こしたものよ!調べればわかるわ、これも全て女神様が教えてくださったの。私は女神様に選ばれたのよ!」
押さえつけられたままジュリェッタは叫ぶ。陛下は後ろに控えていたスミス侯爵へ命令した。
「この者が言った、ローディア商会の者を至急調べろ。」
「はっ。」
スミス侯爵はさっと采配し、部下へ命令を下す。
「マリアンヌは!」
ジュリェッタは陛下を睨み付け不満を露に抗議すると、陛下は低い声で唸るように答える。
「その件の調べはついておる。そのような噂が出回っていたからな…。」
その言葉にジュリェッタは顔に喜色を浮かべる。
陛下がイザベラのことをお調べになったの、なら、イザベラが奴隷商から逃げてこの国へ逃亡してきたこともご存知ですの?
マリアンヌは手足が冷たくなっていく気がした。
「大丈夫かい。」
フリードリッヒがマリアンヌを抱きしめて支える。それを目の端に捕らえたジュリェッタの憎しみの眼差しはより一層増し、マリアンヌへ向けられる。
フロイトが戻って来て、フリードリッヒの耳元で何かを囁く。
「マリー、こんな時に難しいかも知れないが、動揺しないで聞いて欲しい。バルク男爵が殺された、殺した相手はゲラスだ。ゲラスはその場で斬り捨てられた。」
ヒッと喉が鳴る。叫び声を必死に抑え脚に力を入れて踏ん張る。
まさか、ゲラスがバルク男爵を殺すなんて…。
育ての親がもう一人の親同然と慕っていた者に殺された事実は、ジュリェッタ嬢をどれだけ絶望へと押し進めたのでしょう。それが、自ら招いたことだとしても…。もしかして、そのことで逆恨みされている?
皆が見つめる中、壇上に一人の女性が兵士に引っ張られてやって来た。茶色に近い赤髪、コーディネル夫人から全体的に華を取ったような顔。
キャサリンのお母様。
「この者が、阿片を回復薬として売らせたと自白致しました。」
ジュリェッタは兵士の言葉ににっこりと笑む。
「どうして、そのようなことをしたのだ?」
スミス侯爵の言葉に女はぽつぽつと話し出した。
「父であるオルロフ伯爵と姉のコーディネルに少し復讐をしただけよ。自分はあの美しいフリップ伯爵に嫁ぎ、私を歳の離れた妻や沢山の女を囲っているローディア商会の会長に売り払った。その後も、優しい旦那様に付け込んでことあるごとにお金をせびる。お陰で、私は嫁ぎ先でもあるローディア商会でも肩身の狭い思いをせざるを得ない。だからお父様が売ったように見せかけたのよ、回復薬を売った汚名を着て少しは困ったら良かったわ、そしたら、私の苦しみを理解できるから。でも、薬を売ったのは恨みのある人物二人だけ、オルロフ家にいた時に私を虐め抜いたメイドの旦那と、もと冒険者の下男だった男。後は、私の仕業ではないわ!」
オルロフ伯爵の名は地に落ちたわね、コーディネル夫人も一時は社交には出てこられませんわね。リフリード様の士官の道はより一層厳しいものになりそうですわ。
だだ、この内容なら、ただのオルロフ家の騒動で片付きそうな話ですわ。まあ、これだけ世間を騒がせて模倣犯まで生んだのですから、オルロフ家にも彼女にも何らかの処罰が下るでしょうけど…。
「お前の話はよくわかった。理由がどうであれ、世間を騒がせた罪は重い。後でよく吟味して沙汰を出す故、大人しくしておれ。」
スミス侯爵がそう言うと、女性は兵に引かれて何処かへ行ってしまった。
陛下はゆっくりとジュリェッタに視線を向けると、彼女は当てが外れたのが憎々しげに陛下を睨みつけたが、いつもの保護欲を掻き立てる愛らしい表情に戻り、目に涙を溜めて上目遣いで陛下を見上げた後、眼下の騎士達に訴えかける。予言は当たったのだから、兵士達に拘束している手を外させてと。
「女神様のお導き通りだったじゃないですか…」
まさか、回復薬事件は全て、彼女の所為で片付くとでも思ってらっしゃったのかしら?あまりにもご都合主義な考え方に気分が悪くなりますわ。横を向くとフリード様はもはや人間ではないものでは、と小さく呟いていらっしゃいますし…。陛下も若干疲れていらっしゃいますわね。
「奴隷の件は?」
先程までの顔は幻だったのかと疑う。今取り押さえられているのが可哀想になり、兵に手を離しなさいと口を滑らせてしまいそうなほど、保護欲を掻き立てられる哀しげな表情を浮かべ尋ねてくる。
辺りを見渡すと、幾人もの騎士達がジュリェッタに見惚れている。しかし、陛下はその表情にも全く流されることなく淡々と言葉を紡ぐ。
「ジュリェッタ嬢、マリアンヌ嬢が所有する奴隷とは彼女の店のデザイナーのことを言っているのだね。あの者は正確には奴隷ではない。」
「う、嘘よ。彼女の両親は奴隷のはずだわ、だって、女神様がそう教えて、下さったもの。」
「彼女の母親は….砂漠の国の侍女だ。彼女は恋に落ちてはならぬ者との間に子を儲けたため、侍女の職を辞めて彼女を産んだのだ。旅の途中で賊に襲われた所を、逃げ出した奴隷に助けられてこの国で保護された。これは、彼の国の皇太子に確認済みだ。」
ジュリェッタの顔色が一気に悪くなる。
「嘘よ、うそ、ウソよ!そんなハズはないわ、そんな設定どこにも書いて無かった、不遇のもと奴隷のデザイナーとしか。わ、わたしは、この世界のヒロインよ。私が幸せになるために、この世界はあるはずなのに、そ、そして、マリアンヌは、必ず断罪され殺されなきゃならないのに!それが、みんなの為なの、そ、そうすれば、全て上手くいくの。そう、最初から決まっているの。」
ぶつぶつと訳のわからないことを呟き始めたジュリェッタを陛下は牢へ連れて行くように指示を出した。
女神に勝利を報告する凱旋式はなんとも、後味の悪い形で幕を閉じた。
後、一話です。




