事件の結末 ①
城の客室でユリに相手をして貰いながら、フリード様に差し上げるマントに、我が家の家紋である白き獅子の刺繍を施していく。
気落ちしていても仕方ないわ、こんなにゆっくり籠ることもないもの。今のうちに頑張ろう。でも、ユリがマントと沢山の刺繍糸を持って来た時は驚いたわ。検閲官にこれの存在を誰にも言わないように、鬼の形相で念を押していたし。まるで如何わしいものでも持ち込んだような雰囲気でしたわ。
「お嬢様、さ、またとないチャンスです。この機会に出来るだけ進めておきましょう。こんなに刺繍に集中して頂ける環境なんて他にありませんわ。」
ユリ、なんだか勘違いしていない?私は一応、罪人扱いでこの部屋に勾留されている身よ。
「ふふふ、」
「お嬢様、何を笑ってらっしゃるんですか?」
「ユリのお陰で最悪な気分にならずに済んだと思って、私、一人だと病んでしまいそうだったの。この部屋でユリを待っている間良くないことばかりを考えて…。今でも、不安しかないわ、でも、こうして一生懸命に手を動かしていると、幾分、気も紛れるし、時間が経つのも早く感じるわ。」
ユリはお茶を淹れながら、にっこりと笑う。
「大丈夫ですよ、お嬢様。きっと良き方に物事は解決致します。」
そう元気付けるユリの顔色は良くない、マリアンヌに心配をかけまいと必死で明るく接しているように見える。
コンコンとノックする音が聞こえる。ユリは念の為、マントに布を掛け、刺繍しかけのハンカチをテーブルに置いた。
誰でしょう、食事までには時間があるわ。
はい。と返事をすると侍女長が入って来た。
「陛下とスミス侯爵閣下が謁見の間でお待ちです。」
「わかりました、準備をして直ぐ向かいます。」
「では、お手伝い致します。一人では時間が掛かりますので。」
侍女長は有無を言わせず、マリアンヌの支度を手伝う。
確かに、リサもメイドも居ないし、手伝って頂けるのは有り難いんですけど、これではユリと話も出来ないわ。この呼び出しが良くないことで無いと良いんですけど…。
先程からドキドキとあり得ない速さで動く心臓を落ち着けようと、大きく息を吸い込む。
しっかりしなきゃ、私は筆頭侯爵家の令嬢なんですから、無様な姿はお見せできないわ。
謁見の間に入ると、上座に陛下が座りその横にはスミス侯爵、そして、中央を真っ直ぐに延びる絨毯の両脇を祭司と高官、第一騎士団長、近衛兵団長と数名の騎士、そして何故か一兵士が並んで立っている。
マリアンヌは騎士達の間を、上座へ真っ直ぐに延びる赤い絨毯の上を堂々と歩く。
「リマンド侯爵が娘、マリアンヌ・トリッシュ・リマンドにございます。」
カーテシーをとり、頭を下げる。
「楽にし、面を上げよ。」
「ありがとうございます、陛下。」
「其方をこの場に呼んだのは、コトの審議が終わったからだ。スミス侯、そちから説明せい。」
スミス侯爵が一歩前へ出る。
「回復薬を売り捕まった者達が、金髪の若い女性に頼まれたと申していた件でございますが、『金髪の若い女性』というのは、マリアンヌ嬢を指す者ではなく裏取引の合言葉でした。彼らはこの世に、金髪の若い女性が存在していることすら知り得ませんでした。」
スミス侯爵の言葉に辺りが騒めき立つ。
「何故です。マリアンヌ嬢が金髪なのは周知の事実では?何せ、お母様は皇女様なのですから。」
一人の高官が声を上げると、スミス侯爵はゆるりと首を横へ振る。
「では、何故マリアンヌ嬢の瞳の色はブルーではないのですか?貴方は、今、正にマリアンヌ嬢を見てらっしゃるのでその言葉が出るのでしょう。しかし、大抵の場合は皇女様がお産みになったお子様は、父親に似ると言われております。ですよね、祭司様。」
スミス侯爵は祭司に視線を向けると、祭司が言いづらいそうにマリアンヌをチラチラ見ながら言葉を続ける。
「はい、スミス侯爵閣下が仰る通りでございます。そして、民もそのように信じております。ですが、本来それは髪や瞳の色だけであって、お顔の作りまでさすものではございませんが、何故かお顔の作りまで父親に似ると民は信じているようです。」
大丈夫ですよ、祭司様。その噂はとうの昔に私の耳に入ってますから。
「と言うことは、彼らはマリアンヌ嬢の外見を銀髪だと思っていたということです。なら、彼らの言う『金髪の若い女性』はこの世に存在しないことになります。そして、存在しない人間なのですから、不敬罪にはなりません。協力者以外が聞いても、世迷ごと、そして、協力者ならば、僅かな罰金刑で注意されて釈放となる予定でした。しかし、管轄が第一騎士団から近衛兵隊長へ変わったことで計画に綻びがでて元締めが発覚致しました。」
スミス侯爵の言葉にマリアンヌは背筋が凍る気がした。もし、戦争が起こらなければ、この事件は、金髪の若い女性が示唆したと言う記述のみが残り、その実行犯達は教会の詳しい取り調べがなされる時には、もう姿を消していたと言うことだ。これは、王家の血筋を引く者が行えば反逆罪として罪を問われる場合がある。
「元締めはゲラスというギルド職員です。皆、彼に雇われて行ったと証言しております。」
「うむ、わかった。で、第一騎士団長、この件に関わった兵士はわかったのか?」
陛下の言葉に、第一騎士団長が一歩前へ出て礼をとる。
「はい、その者達はここに居ります。しかし、彼らはそのゲラスではなく、バルク男爵が娘、ジュリェッタ嬢よりその依頼を受けたと申しております。また、その者達も『金髪の若い女性』は合言葉だと認識しておりました。」
第一騎士団長の言葉に辺りが騒然となる。スミス侯爵が訝しげに第一騎士団長へ尋ねる。
「ギルド職員のゲラスではなく、ジュリェッタ嬢がそのような依頼をしたと?」
「ゲラスとジュリェッタ嬢が知り合いである可能性はあります。ジュリェッタ嬢は元冒険者なのですから。ゲラスは人当たりが良いので、よく貴族の依頼の同行をしていたと聞き及んでおります。」
ギルドマスターがさも当然とばかりに口を挟む。
「それでは、話が変わって参ります」
スミス侯爵が言葉を続けようとしたその時、ブーというブザーの音が鳴り響き、投影機と台を持った従者とフリードリッヒが入って来た。
「おっ、始まったようだ。近衛騎士団長すまんがそこを空けてくれ。まずは、皆の者これを見て欲しい。」
陛下の言葉で投影機が設置され、近衛騎士達が並んでいた後ろの壁に映像が映し出される。
「これは、リマンド侯爵家の離れですな。宰相閣下と一緒にいる女性は?」
「ジュリェッタ嬢です。」
「ほう、彼女がジュリェッタ嬢ですか。」
お父様、陛下とご相談なさってこのような場を設けて下さったんだわ。
マリアンヌは父の優しさに胸が熱くなった。
『話をかえよう。前回、先読みの力で他にわかることはないか?と質問したら、君は、ないと言ったね。』
侯爵の言葉にジュリェッタが頷いている。
『うむ。実は、王都で回復薬事件なるものが起こっていてね。その犯人が捕まったのだが、それが複数人いて、皆、ゲラスというギルド職員に回復薬なる物を売るように頼まれたらしい。そして、捕まったら、金髪の女性に直接頼まれたと言うようにと、そうしたら、解放して貰えると言われたそうだ。』
『そ、そうなんですか?』
『ルーキン領ギルドのゲラスといえば、君の知り合いだったと聞き及んでいてね。それで尋ねたのだよ。ゲラスはいったいだれに頼まれていたんだろうね。』
『知らないわ、私が知ってるわけないでしょ?』
シーンと静まり返った謁見の間にジュリェッタの叫び声が響く。
『そうか、知らないか。実はその回復薬を服用した者の殆どがそれを熱烈に欲してね、まるで、回復薬中毒患者だよ。』
『うそよ、そんなはずはない!私はちゃんと痛み止めを売るように頼んだのに!』
ジュリェッタの言葉に、誰のとはわからないゴクリと言う唾を飲む音が聞こえる。
『回復薬と言う名目でかい。』
『ち、違うわ、ちゃんと痛み止めとしてよ。今までお世話になった人達に恩返しがしたくて、その利益をそのまま生活の足しにしてって言っただけよ。』
『では、金髪の若い女性は?』
『そんなの知らない。ゲラスおじさんが勝手にでっち上げただけでしょう。せっかく、痛み止めで皆んなに潤って貰おうと思っていたのに、悲しいわ。』
「嘘だ!」
兵士だと思われる者の叫び声が響き渡り、投影機の宰相閣下の声が掻き消され、騎士達に取り押さえられた兵士が膝をつく。
「どうして。ジュリェッタお嬢様が、私に直接『金髪の女性がやったと言った者を解放して欲しい、ただの悪戯程度の罪だから問題ないでしょう、首謀者を吐いた訳だし』と言っていました。まさか、ジュリェッタお嬢様がマリアンヌお嬢様の容姿をご存知だったとは。申し訳ございませんでした。知らなかったとはいえ、私はとんでもない陰謀に加担致しておりました。」
兵士達の顔面は蒼白で、皆ガタガタと震えている。
「陛下、とりあえずこの者達を牢へ連れて行きます。」
第一騎士団長の言葉に陛下が頷くと、兵士達は速やかに連行されて、部屋から出て行った。