事件 ジュリェッタ ①
ジュリェッタは焦っていた。頼んでいた人達はポーションを売り始めただろう。ただ、戦争が始まっているとは知らなかった。本来、事件の取り調べをする第一騎士団は出兵準備に追われ、街の警護は近衛騎士団に管轄が移り近衛兵士が担当することになる。
もう、捕まった人が出ちゃったかな。ちゃんと金髪の女性から依頼されたって言ってくれたよね。はあ、どうやって助けよう、簡単には牢屋から出してくれないよね。
第一騎士団の兵士には、ジュリェッタの冒険者時代の知り合いが多い。彼らに頼み、回復薬事件で捕まった者達を罰金刑と厳重注意で済ませて欲しいと頼んでいたのだ。
余計なことを言ってないよね。早くここから出て、状況を確認したいんだけどな…、全く部屋から出してくれる様子すらないなんて嫌になっちゃう。離れの周りは広い芝生になっていて、誰かこの建物に近づこうものなら直ぐに分かる。その上、窓は全てはめ殺しになっていて開けることは叶わない。
この離れには、三人のメイドと下男が二人いるが、彼らはこの屋敷に来てから、一度もこの離れから出たことがないらしい。この中の30代くらいの下男と仲良くなって、外の人と連絡を取ろうと思ったけど、この人も外へ出ないなら無理じゃない!もう一人の下男はもうおじいちゃんだし。
食事はメイドが用意してくれて、週一回、食材はこの家の執事であるセルロスによって運び込まれるらしい。セルロスが相手なら、余計なことをすれば首を絞めかねないじゃん。あー、もう!八方塞がりよ!
「あの、ここは普段誰が使っているの?」
一番若いメイドに聞いてみる。彼女は、14歳で私より年下だから話しやすい。
「普段は、誰もお使いではありませんが、大奥様がいらっしゃったときは、奥様と、大奥様がお泊まりになってらっしゃいます。」
なんで、お二人が過ごすのに窓ははめ殺し、生活魔法の火や、水すら使えないようにしているのよ?訳がわからないわ?
「そ、そうなんだ。ねえ、里帰りとかしないの?両親は心配していないのかな?」
ジュリェッタの言葉に、メイドは少し寂しそうな顔をした。
「私、孤児院で育ったんです。だから、親はいません。この離れの者は皆、孤児院で育った者達なんです。だから、帰る家などありません。」
あちゃー、悪いこと聞いちゃったわね。
「そ、そっか。」
これじゃあ、お母さんが病気で亡くなったって言葉で同情はかえないわね。そうだ、こんな所に閉じ込められているなら、外の世界に興味があるはずだわ。それで、交渉してみようかしら?
「ねえ、ここでの生活に不満はないの?街で暮らしたいとか思わない?私なら、それを叶えてあげられるわ。貴女をこの屋敷から連れ出してあげる。」
ジュリェッタの言葉に、メイドはブルブルと震える。
「なんて、恐ろしいことをおっしゃるのですか?」
「恐ろしい?」
この子、この離れから出たら折檻でもされるのかな?それこそ、ここから解放してあげなきゃだね。
「はい、ここから出てどうやって生きていけばいいんですか?職がすぐに見つかるとはかぎらないんですよ?職が見つかっても、いつクビになるかわからない、お給金だって確実に頂けるかもわからない。街へでれば、騙されることだって、怒鳴られることだってあるんですよ?」
思ってもいなかった返事にジュリェッタは、言葉を失う。何言ってんの?それでも、自由のほうが良いじゃない?
「えっ、でも、貴女達ここから出たら駄目なんでしょ?」
メイドはキョトンと首を傾げた。
「出たらいけないとは言われておりません。本館で仕事をしたいなら、セルロスさんにご相談すればすぐに応じて頂けます。ここに、私達が留まっているのは自分たちの意思です。ここは、安全で安心ですので。」
なにそれ、ここの人達、志願してこの離れに閉じこもってるの?頭おかしいんじゃない?
「そうなのね。」
詰んだわ。
数日が過ぎ、離れに宰相閣下がやって来た。なんの用だろう?やっと、先読みの力の検証ができて解放してくれるのかな?それとも、悪役令嬢が捕まって先読みの力のある私に助けを求めに来たとか?どっちにしろ良い話よね。ジュリェッタはウキウキ、応接室のソファーで侯爵を待つ。
「ジュリェッタ嬢、暫く振りだね。我が家の離れはいかがかな?」
いかがかな?じゃないよ、外部との連絡すら出来ないじゃない!あー、余裕たっぷりの人畜無害そうな顔が腹立つなー!どうせなら、フリードリッヒを寄越してくれればいいのに、本当気が利かない。さ、マリアンヌを助けてくれ、君の先読みの力は本物だったよって言いなさいよ。
「宰相閣下におかれましては、格別のご配慮を賜り、有り難く思います。」
前回は感情的になって失敗したけど、冷静に気品正しくよ!ジュリェッタ!だって貴女は女神の使徒なんですもの。
「気に入ってくれて良かったよ。ここは我が父が愛する妻と過ごす為に建てたものだからね?」
へー、宰相閣下のお父様がご自分が奥さんと過ごすために建てたんだ。あっ、だから、大奥様がこちらへ来た時に奥様と泊まるんだね。なんだ、誰かを軟禁する目的で建てたわけではないのね。誤解してしまったわ。
「そうだったんですか」
「さて、ジュリェッタ嬢、君に聞きたいことがあるんだが…。」
聞きたいこと?お願いじゃなくて?
「何ですか?」
「君は、ゲラスというギルド職員を知っているかな?」
ゲラスおじさんと繋がりがあることがバレた、ヤバイ、宰相はどこまで知ってるの?それとも、お父さんとゲラスおじさんが知り合いだから、お母さんをお父さんが連れ帰った件かな?ここは、知らないって言うほうがヤバイよね。絶対、知り合いってバレるもん。
「知ってます。子供の頃お世話になりました。」
「最近、ゲラスと会ったかな?ルーキン領のギルドで?」
そこまで調べはついているんだ。まっ、ナタリーに聞けば簡単にわかることか。
「はい、懐かしかったんでギルドに顔を出したんです。そこで会いました。」
「君は、そこで、ゲラスに個人的な依頼をしなかったかな?」
不味い、バレてる。私がゲラスおじさんに回復薬を売ってって言ったこと。どうしよう。
「何のことですか?ゲラスおじさんに依頼なんかしてませんよ。」
「そうか、ならいいんだが。」
何だ、カマをかけられただけか、良かった。でも、ゲラスおじさんまではばれたんだ。最悪、もうあいつら吐いちゃったの?もう、時間の問題じゃない!
侯爵は徐に、立ち上がると部屋に飾ってあった水晶玉をハンカチーフで撫でた後、一緒に連れて来ていたセルロスにお茶を入れるように告げると、優雅な仕草で再びソファーへ腰を下ろした。
「話をかえよう。前回、先読みの力で他にわかることはないか?と質問したら、君は、ないと言ったね。」
ジュリェッタは静かにうなずいた。
人畜無害そうな顔をして、本当嫌味な言い方するわね。ここで、先読みの力でわかりました、今、王都で起こっている回復薬事件の犯人は金髪の女性ですなんて言え無いじゃない!
「うむ。実は、王都で回復薬事件なるものが起こっていてね。その犯人が捕まったのだが、それが複数人いて、皆、ゲラスというギルド職員に回復薬なる物を売るように頼まれたらしい。そして、捕まったら、金髪の女性に直接頼まれたと言うようにと、そうしたら、解放して貰えると言われたそうだ。」
うそ、何であいつらそんなことまでベラベラ喋ってんのよ!これじゃぁ、ゲラスおじさんが捕まるのも時間の問題じゃない!
「そ、そうなんですか?」
「ルーキン領ギルドのゲラスといえば、君の知り合いだったと聞き及んでいてね。それで尋ねたのだよ。ゲラスはいったいだれに頼まれていたんだろうね。」
「知らないわ、私が知ってるわけないでしょ?」
うそ、こいつどこまで知ってるの?もう、ゲラスおじさんの証言も取ったって言うの?でも、この事件の発端は、ローディア商会に売り飛ばされるようにして嫁いだリフリード様の叔母さんが、自分の父親とリフリードのお母さんに嫌がらせをするために起こした事件なのよ。このままじゃ、全て私のせいになっちゃうじゃない!
あーもう、本来なら、お金に困ったマリアンヌが自分の治癒魔法の力を過信して、ただの水に治癒魔法をかけて売ることで、全て彼女のせいになって、女神を冒涜した罪で断罪されて処刑されるはずなのに!
って、ことは、このままだと私がマリアンヌの代わりに処刑されるの?それは絶対嫌よ!回復薬の中身はただの痛み止めだから、捕まってもそんなに拘留されず簡単な取り調べで直ぐに解放されると思っていたのに。最悪!
「そうか、知らないか。実はその回復薬を服用した者の殆どがそれを熱烈に欲してね、まるで、回復薬中毒患者だよ。」
「うそよ、そんなはずはない!私はちゃんと痛み止めを売るように頼んだのに!」
「回復薬と言う名目でかい?」
侯爵はクッキーを摘む手を止めて尋ねる。
「ち、違うわ、ちゃんと痛み止めとしてよ。今までお世話になった人達に恩返しがしたくて、その利益をそのまま生活の足しにしてって言っただけよ。」
「では、金髪の若い女性は?」
「そんなの知らない。ゲラスおじさんが勝手にでっち上げただけでしょう。せっかく、痛み止めで皆んなに潤って貰おうと思っていたのに、悲しいわ。」
この際、全ての罪をゲラスおじさんに被って貰おう、回復薬の代わりに麻薬を売り付けたんだから!この様子なら間違いなく死刑になるし、死人に口無しよ!大丈夫、これで私は守られる。
「そうか、ありがとう。ではまた来るよ。」
侯爵はにこやかにそう告げると、席を立とうとした。