表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/114

事件 ⑤

 それから、二日と経たずに事態は急変する。王都の彼方此方で回復薬を使用したと思しき庶民たちが見つかったのだ。


 皆口々に、フードに乙女の仮面をつけていたと言うが、その体型はまちまちで、細く小柄な少年のようだったと言う者から、筋肉隆々の巨漢だと言う者まであった。彼らが接触した場所はどれも、傭兵駐屯地近くの居酒屋だったと証言が取れた。


 お父様はスミス侯爵と共に回復薬なるものは、紛い物でそれを服用すれば依存症となり社会生活が出来なくなると言うお触れ書きを出し、一見、事態は収束に向かおうかとしていましたのに、なんと、本当に毒が一瞬で治ったと言う者が現れて事態は混乱を極めていますし。


 それも、その毒が治ったと言う回復薬を売った者も、乙女の仮面に黒いフード姿だなんて。


 ジュリェッタ嬢は離れで暇を持て余しているらしく、私と会いたいとか、フリードリッヒ様と一緒に食事がしたいとか言ってメイドを困らせているらしい。ご自分が今、罪人として軟禁されていることをご理解なさっているのでしょうか?はあ、頭が痛くなりますわ。確かに、妹とはいえ、あのジュリェッタ嬢を手懐けられたハンソン様の手腕は中々のものですわね。


 ノックがして、ユリが血相を変えて入って来た。


「お嬢様、大変でございます。」


「どうしたの、ユリ。そんなに慌てて貴女らしくもない。」


「それが、お嬢様にスミス侯爵より召喚命令が出ております。それには、陛下の印が押されていまして…。」


 無視できないというわけね。


「わかったわ、準備をして。お父様はこのことはご存じなの?」


「はい、セルロスがお知らせ致しましたので。」


「わかったわ、ありがとう。さ、あまりお待たせする訳にはいかないわ、迎えの馬車も来ているのでしょ。」


 召喚命令、私が何をしたと言うのかしら?嫌な予感が致しますわ。


 用意されていた馬車は客人を呼ぶ用の馬車で、罪人を連行するものではなかった。


 良かったわ、取り敢えず体面は保たれましたわね。


 マリアンヌはほっと胸を撫で下ろし馬車に乗り込む。ユリが付き添おうとするとそれは拒否された。


 押印のされた召喚命令。秘密裏に処理できないか、スミス侯爵がそうする気がないなら、私は完全な罪人扱いね。馬車はリマンド侯爵家に対する温情って所かしら?ただ、召喚命令が下る理由がわからない。まあ、城へ着けば分かるんでしょうけれど…。


 きっと、お父様がなんとかして下さるわ。


 城へ着くと、いつも通り近衛騎士が出迎えてくれ、侍女に部屋へ案内された。


 やはり、体面を気にして下さっているのね、それだけは有難いわ。もし、冤罪であってもあらぬ噂が流れれば、私のみならずお父様やお母様、そして、フリード様にもご迷惑がかかるわ。


 部屋へ入ると、そこにはスミス侯爵と疲れた顔をしたお父様、そして、陛下が座っていらっしゃいました。


「失礼致します。」


 中へ入り、淑女の礼をする。


「いきなり呼び立てて済まなかったね。」


 スミス侯爵が形ばかりの謝罪の言葉を述べた。


「いえ、召喚命令でございますので、で、私の罪状はいったい何なのでしょう。」


「例の黒いフードの男を捕らえたのだが、彼らは皆、君に頼まれて売ったと言っておるのだ。」


「私にでございますか?全く身に覚えがございません。私に直接頼まれたと言っているのですか、それとも、私の使いを名乗る者に頼まれたのでしょうか?」


 私が回復薬を売るように、そのフードの者達に依頼したと?寝耳に水ですわ。一体、誰が私を陥れようとしているのでしょう。


「直接だそうだ。」


 スミス侯爵は淡々と質問に答える。


「まさか、リマンド侯爵家のマリアンヌという名をその者達に伝えて、回復薬を売るように命令したと言っているのですか?」


「いや、金色の髪の若い女性が頼んできたと言っている。」


 金色の髪の若い女性、そうね、この国では私しか居ないわ。


「その捕らえた全員に、その金色の髪の女性が一人一人依頼したのですか?」


「ああ、そのようだ。」


 何?私がそんなに沢山の者を集めて、回復薬を売るように依頼したというの?


「わかりました、その者達を一切交流できないようにして、その金色の髪の女性について一人一人聞き取りをしていただいてもよろしいでしょうか?例えば、目の色、着ていた服。背の高さ、一人だったのか、供は居なかったのか。どこで依頼を受けたのか、一緒に依頼を受けた者はいたのか、その回復薬なるものはその女性からいくらでどのような形状で渡されたのか、その女性とどのようにして知り合ったのか。」


 スミス侯爵はニッコリと笑うと。


「わかった、ただ、いくつかの質問は皆一緒の所で済ませていてね。それ以外は、マリアンヌ嬢の希望通りに行うとしよう。それで、いいかい?」


「はい、お心遣い感謝致します。」


 良かった、スミス侯爵は私のことを犯人と決め付けて無くて、これも、陛下とお父様のお力添えのお陰だわ。


「申し訳ないが、其方の潔白が晴れるまで身柄を確保させて頂くが宜しいかな?」


「わかりました。」

 

「陛下、マリアンヌ嬢に城の客室に留まって頂いても宜しいですか?後、近衛騎士に見張りを頼んで頂いても宜しいでしょうか?表向きは、脅迫状が届いたので警護しているとでもしておけば問題ないでしょう。」


 陛下は渋い顔のまま、頷いた。


「致し方あるまい。私は、マリアンヌが潔白であると信じておるぞ。さ、疲れたであろう、部屋でゆっくりと休むが良い。」

 

 叔父である陛下が信じてくれているのが嬉しい。それだけで、頑張れる気が致しますわ。


「ありがとうございます。陛下」


 カーテシーをして、部屋を出ようとしたら後ろからお父様の声がした。


「マリアンヌ、私とスミス侯爵で犯人を見つけるから、安心しなさい。ただ、規定でね、お前との面会は全てスミス侯爵の同席が義務となる。後、ユリも一緒に呼んでも良かったが、そうすればユリもお前の身の潔白がわかるまでその部屋から出られないからね、いま、必要な物を持たせて向かわせている所だ。安心しなさい。」


 良かった、ユリが来てくれる。それだけで随分救われる気がするわ。


「ありがとうございます、お父様。」


 マリアンヌはもう一度、カーテシーをして部屋を後にした。


 案内された部屋へ入ると、ドレスのままベッドへダイブする。


 はあ、疲れたわ。こんな格好ユリに見つかったら怒られるわね。ユリ、凄く心配して、慌てて準備をして来てくれるわね。屋敷の皆にも心配をかけるわ。フリード様の耳にはもう入ったのかしら?ご自分のことで精一杯な時にご心配をおかけすることになるなんて。


 ゴロリと寝返りを打つ、ドレスが皺になるだろうがそんなことを気にする余裕なんてない。


 マリアンヌは大きな溜息一つ吐き、目を閉じた。


 私にできることなどない、解決するまでここで大人しくしているだけね。


 ドアをノックする音がした。


 重い身体をベッドから起こし、姿見の前でドレスと髪を整えるとソファーへ座り、マリアンヌは落ち着いた声を心掛けて入室を促す。


 ユリかしら、早いわね。


「どうぞ、お入りになって。」


 ドアが開き、憔悴したフリードリッヒがスミス侯爵と共に入って来た。


「マリー、大丈夫かい?」


「ふふふ。大丈夫ですわ、フリード様。まるで、フリード様に罪状が下されたみたいですわよ。」


 あまりにも悲壮な顔をして駆け寄り、抱きしめるフリードの様子に笑いが込み上げてくる。

 

「本当、その方がいくら救われるか。」


「きっと大丈夫です。お父様とスミス侯爵がちゃんと犯人を探して下さいますわ、二人ともとても優秀なんですもの。」


「こほん。」


 後ろから咳払いが聞こえる。


「二人とも、私がいるのを忘れないでくれるかな、目のやり場に困る。特にフリードリッヒ殿、君はマリアンヌ嬢の前とそれ以外ではギャップがありすぎる。私には、別人にすら思えるぞ。」


 スミス侯爵の言葉に不満を露わに、フリードリッヒがマリアンヌに抱き付いたたままそちらへ顔を向ける。


「なら、出て行ったらよいではありませんか。そんなことよりも、直ぐに犯人を捕まえて下さるんですよね、優秀なスミス侯爵様。」


「全く、私とて好きでここにいるのではない、しかたなく慣例でいるのだ。マリアンヌ嬢、其方の要望通り尋問したら、その金髪の女性の証言がまちまちでな、ブルーの瞳だったと言う者もいれば、宰相閣下そっくりのお顔だったと言う者もいる。ただ、一貫して同じなのが金髪の女性だということだけだ。」


 他の情報がまちまちだなんて、実際に会ったなら何らかの共通点があるのが普通でしょ?


「それって、誰かに言わされている可能性が高いということですの?」


「大方、捕まったらそう言えと言われたんだろう、本当の依頼者に。実際、マリーが平民街を見て回るときは、髪を茶色に変えている。なら、なぜ、回復薬を売らせるときは金髪のままなんだ?まるで、自分が誰かをアピールするように、それこそおかしいだろう?証言が欲しいなら、近衛騎士と、噴水の側のオープンカフェの店員にでも聞いたらいい。マリーの店の店長では信用して貰いにくいでしょうから。」


 フリードリッヒの言葉にスミス侯爵は考え込んだ後、ニヤリと笑った。


「その必要はない。その言葉信じよう。ひとりひとり、もう少しきつめに尋問した方が良さそうだな、誰が本当の依頼者なのか。」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ