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事件 ④

 ジュリエッタの怒りの矛先が、バルク男爵へと変わって行く。


「ああ、少なくとも、私も父も弟達も君の誕生を心から喜んだだろうし、我が家にとって待望の女の子だったから可愛がられただろう。義母になるシュトラウス令嬢も、存分な治療が受けられただろうし、趣味であられた読書も存分にできただろう。シュトラウス令嬢の弟であるミハイロビッチ殿も、魔法学園を中退することも、爵位を手放すこともなかっただろう。」


 ジュリエッタは蒼白になり、ガタガタと震え出した。


「そんな。私、そんなこと知らない。私は関係ない、私が産まれる前のことよ?」


「誰もそのことについては君を責めていないよ。ただ、事実を伝えたまでだ。だが、君の行為によってジョセフ殿下は王位継承権を失われた。君が治癒魔法を取得したのは奇跡ではなく、ジョゼフ殿下の機会を奪ったに過ぎない。これは、れっきとした反逆罪だ。」


 ジュリエッタの顔色は一層悪くなり、ぶつぶつと訳のわからない言葉を繰り返す。


「どうしてこうなったの?私は誰からも愛されるヒロインなんだよ、断罪を受けるのは悪役令嬢なんだけどな。一体、どこで間違えた?お父さんを助けた事がいけなかったの?先走ってゲームを進めたこと?あー、もうわかんないよ。」


「君には先読みの力についても聞きたかったのだが、今の状態では無理だな。折を見て、そのことについて聞こう、審議会に掛けるのはそれからでも良かろう。離れに用意した部屋で休むといい。ユリ、ハンソンとジュリェッタ嬢を案内してやってくれ。」


 ハンソンがジュリェッタを立たせようとしたとたん、ジュリェッタはぐわっと顔を上げて、侯爵を睨む。


「先読みの力が本当なら、不敬罪にはならないのですか?」


「いや、流石にそれはない。しかし、先読みの力が本当なら、それは女神から与えられた力なのだろう。なら、女神が力を与えた人物を処刑するわけにはいくまい。」


「処刑!」


 侯爵の言葉にジュリェッタの身体が跳ねる。


「ああ、君のせいでジョゼフ殿下は治癒魔法を永遠に失ったのだからな、その命を以て償うのは当然だろう。また、これは、ルーキン家の養女になる前に起こった事件だ。なら、バルク男爵も一緒に処刑となる。」


「リフリード様の代わりになる人はいないの?王家の血筋であればいいんでしょ?例えば、マリアンヌ様とか?」


 ジュリェッタは、挑発的にマリアンヌを見る。


「マリアンヌは無理だな。」


「どうしてですか?マリアンヌ様のお母様は皇女様じゃないですか?それとも、マリアンヌ様はもう治癒魔法が使えるんですか?それは、処罰の対象なんでしょ?」


「そう言う訳ではない。マリアンヌとジョゼフ殿下が一緒に鍛錬をすれば、確実にマリアンヌの方が治癒魔法を使えるようになるからだ。それこそ取り返しのつかない事態になるのでな。」


「そんなのやってみなきゃ、わからないじゃない!」


 ジュリェッタは侯爵を睨み付けるが、侯爵はどこ吹く風で、全く意に介さない。


「火を見るよりも明らかだ。マリアンヌが幼少の頃にジョゼフ殿下と共に魔力測定をしたのだが、明らかにマリアンヌが上回っておった。何せ、マリアンヌの母は皇女で父は私だ、そして、ジョゼフ殿下の母上は城のメイドだよ。」


「じゃあ、マリアンヌ様のお相手予定の方とか…。」


 自分が治癒魔法を奪っておいて、私に治癒魔法を諦めて私のパートナーを無償で差し出せと言っているの?治癒魔法の力を無償で差し出す人なんかいるわけがないことくらいわからないのかしら?その力を差し出すにあたり、皆、それなりの見返りを頂いているのよ?まあ、リフリード様は私との婚姻だったのですけど、その力をジュリェッタ嬢にあげたのですから、どっちみち婚姻は無効でしたわね。


 このことが、オルロフ伯爵とフリップ第一夫人に伝わったら大変なことになりますわね。その前に、リフリード様はご自分の力がジュリェッタ嬢に奪われたことをご存知なのかしら?ジョゼフ殿下が治癒魔法を卒業までに習得できなかった場合、リフリード様はもとより、フリップ伯爵も母であるフリップ第一夫人も何らかの責務が発生するわね。


「その者が相手では、治癒魔法が使えるようになってもソコロフ家のミハイル程度だ。メープル騎士団を率いる力も、この国に結界を張る力も無い。そのような者が王座につけるはずが無かろう?精々、戦争になった時に傷ついた兵達を戦えるようにするので精一杯だ。」


「だから、辺境伯。」


 ポツリとジュリェッタは呟いた。


 ジョゼフ殿下、辺境伯となられるのね。後盾のないジョゼフ殿下に新たに侯爵家を立ち上げてとはならなかったみたいね。辺境伯なら中央の官職など兼ねず国の外れを治めていればいい、多分、名ばかりの辺境伯で領地もさほど貰えないだろう。


「どうした?」


 ジュリェッタの言葉は、侯爵には聞こえなかったようだ。


「いいえ、なんでもない。わかった、何から話したらいいですか?」


「君は、戦争が起こることを知っていたね。それについてどれくらい知っている?」


「どれくらいっていわれても、私が学園を卒業するくらいに起こって、ジョゼフ殿下がメープル騎士団を従えて戦争に行って、どうにか勝利を収めるくらいかな。あと、スパイがいてそのスパイがこの国に情報を流したせいで、陛下が死ぬ可能性がある。この国はこの戦争によって大きな被害を受けることですけど、これはジョゼフ殿下が治癒魔法を習得することができたときの話なので…。」


 たらればの先読みの力なんて、検証ができるわけがないわ、そもそもそれを先読みの力とは言わないのでは?


「そうか、それでは検証が難しいな。何か確実に検証できる事柄はないのかい?」


 侯爵の言葉にジュリェッタは真剣に考え込んだ様子だったが不意にニコッと笑った。


「学園が始まる前の日に、マルシェの側の広場で砂漠の国の第二皇子が猫を拾います。その子は三毛猫で、脚を怪我しているんです。第二皇子はその子をどうするか悩むんですよ、学園で飼えないから。だから、そのイベントの後に出会って、その猫を代わりに引き取ってあげる予定なんです。ですから、この屋敷にずっといるのは不可能なんです。わかっていただけましたか?」


 ジュリェッタ嬢、何をおっしゃっているの?今すぐにでも牢に繋がれてもおかしくないのに、猫を引き取るために自由にさせて欲しいなんて?


「わかった、それについて検証しよう。しかし、戦争の件とは違い随分と詳細にわかるのだな。」


「私に関わることは、はっきりとわかるんです。でも、それ以外はあまり…。」


 ご自分に関わることのみ先読みの力が有効なんですね。ですが、それは凄く恐ろしいこと、ジュリェッタ嬢が反逆を企てその力を利用すれば、国を乗っ取ることができるということでしょう、国にとって立派な危険分子ですわ。そんな危険分子をお父様が放置なさる訳がないわね。


 マリアンヌが侯爵をチラリと見ると、侯爵はわかっていると言う風にいつもの人畜無害な顔を造った。


「そうか、ジュリェッタ嬢の先読みの力は、自分のことのみに有効なんだね。しかし、君の言葉を鵜呑みには立場上できないんだよ、わかってくれるかな。だから、先程の話は検証させてもらうよ。それだけでは、不確実だから、そうだね、君以外にも関わりあることで、うーむ、近々起こる事件とか、君の力で知り得ることはないかな?」


「し、知らないわ。」


 ジュリェッタ嬢は回復薬事件について知っているのに話さない、ということは、何か後ろ暗いことでもあるのかしら?


「わかった。では、検証が済むまでは我が家の離れに留まって貰おう。」


「いやよ」


「なら、城の地下牢の方がよろしいかな?」


 侯爵の言葉にジュリェッタは慌てる。まさか、城の地下牢という言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。


「は、離れがいいです。」


「ユリ、案内を。ハンソン、ジュリェッタ嬢を安心させるために君も一緒について行ってやりなさい。」


 普通の令嬢ならいざ知らず、ジュリェッタ嬢は元冒険者、ユリだけでは心許ないのでハンソン様を見張りに付けられたのね。


 三人が出て行って、部屋には私とお父様の二人。もう、他の人に聞かれれる心配はないわね。


「お父様、ジュリェッタ嬢は」


「ああ、わかっておる。彼女は回復薬事件に確実に何らかの形で関わっておるな。」


「どうなさるおつもりですか?」


「一旦閉じ込めて、彼女が何を企んでおるかを探ろう。それから、世に放ち暫し泳がせよう。必ず、尻尾を出すはずだからな。」


 流石、お父様、ジュリェッタ嬢の行動は全て把握されていらっしゃったのね。これで、赤い髪の貴族もすぐに誰かわかるわね。


「あの、お父様。」


 今、言うことではないのかもしれないけれど…、お忙しいお父様とこうして二人きりで話す機会も少ないでしょうし…


「何だい?」


「フリード様のことです。」


「フリードリッヒがどうした?」


「いろいろな方々に、難癖を付けられているみたいなんです。」


「ほぉ、それをフリードリッヒがお前にどうにかして欲しいとでも言ってきたのかね?」


「いえ、違います。フリード様はそんなことは一切仰いません。自分の問題だから、心配するなとしか。ですが心配なのです。ずっと帰りは遅いですし、この前は、隠していらっしゃいましたが身体に打撲の痕がありました。」


 ふむ、と侯爵は少し考えた後、マリアンヌの頭を優しく撫でる。


「これは、フリードリッヒが一人で乗り越えるべき問題だ。彼はお前との婚姻を望んだ時から覚悟はできていたと思うぞ。だから、見守ってやりなさい。彼の実力なら自分の力でどうにかできるだろう。私がこれを乗り越えるのに力を貸せば、私が死んだ途端このリマンド家はハイエナどもの餌食となるからな。」


 マリアンヌはゴクリと唾を飲み込んだ。


 確かに、事業にしろ内政にしろ弱味を見せたらお終い、良いカモにされて骨の髄までしゃぶられるのがオチですわ。力を貸すのは自分にとってこれから利益になると思う人物にだけ。そう言う点では、お母様は当てにならないわ、お顔は広いですがお金には無頓着、傾国と言われるほど使うのはお上手ですが稼ぐとなると…。


「わかりました。」


「なら良い。ハンソンもまだフリードリッヒを認めておらん。彼は能力のある人物だ。そして、このリマンド家に欠かせない、ルーキン家の次期当主なのだからな。フリードリッヒには頑張って貰いたいものだ。」


 そう言って、侯爵はマリアンヌの頭を優しく撫でた。

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