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事件 ③

「ははは、未来を見通す力があると?そのような戯言誰が信じるというのだ?ルーキン令嬢、いや、ジュリェッタ嬢、そなた、敵国のスパイであろう!」


 ジュリェッタはその可愛らしい瞳に涙を溜めて、身体と声を震わせて侯爵を見詰める。


「違います。私は本当に未来を見通す力があるんです、どうしたら、信用して下さいますか?」


 大抵の男性ならこれで「君は悪くない。我が間違っていた」と、ジュリェッタを慰めてくれたんでしょうね。きっと、リフリード様も。


 マリアンヌはまるで他人事のようにボーっと一連の流れを見つめていた。


「君のどこに、信用があるのだね?」


 侯爵の冷ややかな言葉にジュリェッタは、ビクッと身体を大きく震わせ、ハンソンに助けを求める。


「宰相閣下、ではジュリェッタに予言の機会をお与え下さい。その予言が当たれば、ジュリェッタの言葉を信じて頂きたい。」


 ハンソンが必死にジュリェッタを庇う様子に、侯爵はさも仕方なさげに軽く溜息を吐いた。


「ハンソンがそこまで言うのであれば、機会を与えてやろう。そなたの真偽が判明するまで、外部との接触を避ける為に、我が屋敷の離れに住んで貰うこととなる。我が屋敷のメイドと家庭教師の接触のみ許可し、それ以外の者との接触を禁止して、違反すればスパイと認定する。良いな。」


 ジュリェッタは不服を露に渋々了承したようだった。


「では、私の予言が当たれば、宰相閣下は私にどう償ってくださるのですか? 私はご存知の通り治癒魔法が使えて、その上、女神様に先読みの力まで頂いたのですよ。私を蔑ろにすれば、きっと、宰相閣下に良くないことが起こります。」


「ほお、ジュリェッタ嬢、君は何が望みなのかね?」


 侯爵はジュリェッタに好奇の眼差しを向ける。


「フリードリッヒ様との結婚です!」


 ジュリェッタは先程の涙など嘘のように、元気一杯に宣言し、周りは一瞬にして凍りつく。


「さ、宰相閣下、マリアンヌ嬢、申し訳ございません。ジュリェッタ、それは叶わないと何度も言ったはずだよ。」


 オロオロと、その場を収めようとしているハンソンを尻目にジュリェッタの勢いは止まらない。


「ですがお兄様、この国では女神様の意思は絶対だと学びました。私の先読みの力も、治癒魔法の力も女神様のご意思によって授かったものです。なら、私が何よりも優先されるべきです。」


 そんな、あんなに自分勝手なジュリェッタ嬢が女神様に選ばれし人だなんて、信じられませんわ。それによりによって、フリード様との婚姻を強要するだなんて。


 この国は女神様と結婚した人間が建国した国、王族はその子孫で女神様の血を引いているとされている。それゆえに、王族の血縁者のみ治癒魔法が使える。この国では女神様こそが全て、なのに、女神様に選ばれた人が王族の血縁者以外にいるなんて。


 マリアンヌは絶望感に押しつぶされそうになるのを必死で耐えた。


「ジュリェッタ嬢、残念ながら先読みの力が証明されても、まだ、スパイ疑惑は晴れんのだ。また、治癒魔法については、ちと疑惑があってな」


「疑惑?」


「ああ、そう、疑惑だ。ジュリェッタ嬢、そなたの魔法の師はミハイロビッチ・アトラ・シュトラウスであったと聞いておるが間違えてないかね」


 侯爵の優しい声色ではあるが威圧感を受ける物言いに、ジュリェッタはイライラした様子で声を荒げた。


「はい、そうです。ですが一体それが何だって言うんですか!」


「君は、彼の元で、リフリードと一緒に鍛錬した。そうだね」


「そうよ。それが一体なんだと言うの!」


 ジュリェッタのイライラは最高潮に達したようで、激しく机の上に両手を突くと侯爵を睨みつけた。


「まあ、落ち着きなさい。仮にも癒しの女神の愛されし人だと言うのだろう。なら、慈愛に満ちた人物でなければならないのではないかい?」


 侯爵の言葉に、ジュリェッタは居住まいを正すが、目は侯爵を睨みつけたままだ。侯爵はそんなジュリェッタを馬鹿にしたように鼻で笑うと、メイドが運んで来たお茶に口をつける。


「お父様、リフリード様とジュリェッタ嬢が兄妹弟子であることが何の問題になるのですか?」


「そのこと事態は、何ら問題ない」


「なら、」


 ジュリェッタの反論をゆるさず、侯爵は言葉を続ける。


「鍛錬中にトリシタインの実を口にしなければね」


 トリシタインはどの教会にもにある、赤い小さな実を付けているポピュラーな木だ。ジャムにするとベリーのような味と見た目になる。別名を女神のベリーと呼ぶ甘酸っぱい木の実だ。


「トリシタインの実って何ですか?そんなの聞いたこともない!」


 確かにトリシタインの実は、精霊の血を引く者しか取れない。


「ジョゼフ殿下が治癒魔法を取得できないでいらっしゃる、そのことは知っておるな」


「知っています」


「ジョゼフ殿下の治癒魔法習得の相手は、リフリードだと彼等が幼き頃に決まっておる。リフリードにはその力があると認定を受けたのだが、そのリフリードと鍛錬をしても何故かジョゼフ殿下は治癒魔法を取得できておらん。理由は明白だ、リフリードに治癒魔法を開花させる力が無くなっておるからだ。誰かがそれを横盗りしたからな」


 お父様が言ってらっしゃることは横暴ですわ。


「ですが、お父様、ジュリェッタ嬢が教会に生っているトリシタインの実をどうやって手に入れたのです。それを取れる者は決まっておりますわ、そのだれがジュリェッタ嬢に渡したと言うのです。皆様そのようなことをする方々ではございませんわ」


 お父様への抗議に、ジュリェッタ嬢はビックリしたような顔をなさいましたわね。そんなに驚くところがあったのかしら?


「えっ、あの教会の赤い木の実がトリシタインの実ですか?」


「ええ、そうよ。そして、トリシタインの実を捥げるのは一部の者だけですわ。ジュリェッタ嬢、もしかしてあなた、ご自分で実を捥がれたのですか?」


「ええ、そうよ。あんなにタワワにまるで取ってくださいって生ってるんですもの。他の果実は熟れるとすぐに皆が捥いで無くなるのに、あの木の実だけいつも生ってるんですよ。教会の果実は、子供なら捥いでもいいんでしょ?私、間違ったこと言ってますか?」


 ハンソンは壊れたように笑い出した。


「はははは、お父様が言っていたことは本当だったんだ。ジュリェッタ、君はルーキン伯爵、父の子だよ。前に話したよね、私の義母になるはずだった人が我が家に着く前に、盗賊に襲われて行方知れずだと。その人が、君の母だ。彼女はシュトラウス家の令嬢で、王族の血を引く人物だった。シュトラウス家は精霊の血筋だ。」


 ジュリェッタ嬢は、ミハイロビッチの姪にあたるの?じゃあ、私が昔見た肖像画はジュリェッタ嬢の本当のお母様。なら、シュトラウス令嬢を襲ったのは…。


「そんな、私の実の父はルーキン伯爵なの?」


「シュトラウス令嬢は、ルーキン伯爵領へ行く途中でバルク男爵と出会ったんだろう。」


「お母さんの馬車を襲ったのは、お父さんだと言いたいの!そんなの嘘よ!お母さんとお父さんは愛しあっていたわ。お父さんはお母さんのことを大切にしていたもの!そっ、そうだ、きっと襲われたお母さんを助けたんだよ。」


 ジュリェッタは狂ったように叫び出す。ハンソンはジュリェッタの言葉に顔色を変えた。先程まで、慈愛に満ちた瞳で見ていたが、今は侮蔑した視線を向けている。そんな二人を他所に、侯爵は朗読でもするかのように淡々と言葉を紡ぐ。

 

「そうかもしれんな、だが、助けたのであれば、ルーキン伯爵の所へ送ってやれば良かったのではないかい?せめて、冒険者ギルドへその事を届けようとなぜしなかったのだ?君の母は身体が弱かったはずだ。市井で暮らせば、命を縮めることを本人はよくわかっていたと思うぞ。帰りたいと懇願したはずだが?」


 貴族を助けたとなると、それなりの謝礼が頂ける。普通なら喜んで届ける。届けなかった理由は簡単だ。届けなかったではなく、届けられなかったからですわよね、馬車を襲ったではないにしろ、何らかの犯罪に関わっていた可能が高いわ。


「でも、でも、お母さんいつも幸せそうに笑ってた。お父さんが襲ったんなら、お母さんは幸せそうにしてるわけないじゃない?二人は愛し合ってたのよ、子供の私が言っているのよ」


「バルク男爵は、シュトラウス令嬢を大切にしていたのだな」


「そうよ!」


 ジュリェッタは怒りを引っ込めて、胸をはる。


 感情的で表情がコロコロ変わる方ね、リフリード様はジュリェッタ嬢のここに惹かれていらっしゃったのね。なら地位なんか求めず、庶民にでもなって市井の娘でも嫁に迎えればいいのよ、下級文官くらいなら庶民の娘でも何ら問題ないわ。本当に婚約破棄して良かったわ。


「だが、貴族を軟禁したことには変わりないぞ?ここにいるハンソンはもとより、ルーキン伯爵にミハイロビッチ、沢山の者達がシュトラウス令嬢を探し、心を痛めたのだ。ルーキン伯爵に至っては、我が子まで亡くしたと思っておったのだ。彼はシュトラウス令嬢を偲び今日まで後添えを貰わなかったほどだ。」


 ジュリェッタは顔を曇らせ、唇を噛み締めると下を向いた。その顔は、バルク男爵を非難されて腹を立てた時とは違い、複雑な思いを抱えているようだった。


「そうだよ、ジュリェッタ。私は、シュトラウス令嬢とは幼い頃より親交があってね、我が屋敷へいらっしゃるのを凄く楽しみにしていたんだ。彼女は、母の居ない私の唯一の心の拠り所のような人だったからね。父だってそうだろう。あの後から縁談は沢山あったが全て断っていらっしゃったからね。」


 うわぁ、良心に訴えかけて、相手の心を揺さぶるなんてゲスいですわ。流石、貴族って感じですわね。ジュリェッタ嬢、完全にハンソン様を敵に回しましたわね。気遣ってやるべき妹から、ただの駒になった瞬間ですわ。ああ、怖い怖い。愛し合ってたって、絶対ルーキン家の人に言ったらだめでしょう。


「じゃあ、お父さんが悪かったって言うの?そのせいでお母さんは死んだし、私は本来ならルーキン伯爵令嬢として、あの屋敷でハンソン兄様の妹として産まれる予定だったってこと?野宿することもなく、ここにいらっしゃるマリアンヌ様みたいに貴族として大切に育てられたって言うの?」


 興奮しているジュリェッタの言葉に、ハンソンはゆっくりとうなずく。




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