フリードリッヒ ④
「それで、手紙に書いた通りだ。フリードリッヒに婚約者の役をやって貰う、自ずと敵は絞られるはずだ」
「わかりました、私がオトリになるのですね」
「やってくれるかね、勿論礼はするよ。なんなりと言ってくれ」
侯爵の言葉にフリードリッヒは唾を飲み、拳を握り締め決意する。コレはチャンスだと。フリードリッヒは、真剣な顔をして侯爵をみた。
「本当に何でもよろしいのでしょうか?」
「ああ、私の叶えれるものであればね」
「では、これが全てうまくいきましたら。マリアンヌとの婚約を本当のものにしていただけないでしょうか?」
「マリーがそれを望めば構わんよ。婚約者として臭わせるんだ世間的にも一番しっくりくるだろうね。期限は半年。その間にマリーが君に好きだと告げ、私に君との婚約を願い出ること。ただし、マリーに他に好きな人ができたらその時点でこの話は無し。それで良いかね?」
「充分です、ありがとうございます」
そう、すんなりは行かないな。前回はどうすることも出来なかった、ただ指をくわえて眺めていただけだ。それに比べれば上出来だ。期限付きは厳しいが、最初から好きになって貰うつもりだから問題ない。
ドアをノックする音がし、セバスのマリアンヌお嬢様がいらっしゃいました。と、言う声がしてドアが開きマリアンヌが入って来た。
「おじ様、お久しぶりです。マリアンヌです」
フリップ伯爵に向けて、笑顔でカーテシーをするマリー。
「ウッッ」
ーーー天国へ召されたかと思った。
白く透き通るような肌に真っ赤な小さい唇、教会の女神像のような美貌、スッと伸びた背筋に、華奢な身体。洗練されたカーテシー。凛とそこに存在する彼女に目を奪われる。
「マリアンヌ、この前は本当に済まなかった。リフリードがとんでもないことをしてしまって。君には、いくら謝っても謝りきれないよ。本当はリフリードも連れて来て謝らせるべきなのだが、いろいろ事情があって連れて来られなくてね。本当に申し訳ない」
「おじ様に謝っていただく必要はございませんわ。悪いのはリフリード様ですわ。頭をお上げになって下さいませ」
マリアンヌが気遣うような笑みを浮かべる。
ーーーかわいい…。
マリアンヌの可愛らしい笑顔から目が離せない、悲痛な面持ちの父親の存在すら無いものと感じる。
顔を上げたフリップ伯爵は心無しかホッとした表情で、隣に座っていたフリードリッヒに目配せした。
「マリアンヌ、ありがとう。そう言って貰えると助かるよ。ああ、紹介しよう、フリードリッヒだ。覚えているかい?昔、よく一緒に遊んでただろう?王都に用事があってね行って来たんだよ。で、フリードリッヒが休暇だったんで一緒に帰ってきたんだ。」
フリードリッヒは立ち上がり、自分を印象付けるように敢えてマリアンヌの正面に立つ。
「久しぶりだね、マリー。凄く美人になっていてビックリしたよ。僕の可愛い妹」
無意識に膝を折り、手の甲に唇を落としていた。
はっと、我に返り慌ててマリーの顔を覗き込む。
良かった、嫌悪は感じてない。
それどころか、真っ赤になり恥ずかしそうに俯くマリアンヌ。
この可愛らしい生き物は、一体何なんだ。俺を殺す気か?警戒されては敵わない。
敢えて冗談ぽく話しかける。
「あははは。マリーにレディ扱いは早かったかな?」
自然とフリードリッヒの顔が綻ぶ。
「ひどいですわ、フリードリッヒ様」
ぷうっと頬を膨らませ、睨め付けて来るその様子も只々かわいさが増すだけだ。顔がにやけてしまうがどうしようもない。
フリードリッヒ様か。
昔みたいに呼んで欲しい。
「えらく他人行儀じゃないか、マリー。昔みたいに兄様と呼んでくれないのかい?」
他人行儀な呼び方にマリーとの間に、マリアンヌの成長と離れていた時間の長さを感じ落胆した。
呼び方ひとつでショックを受けるとは、自分から離れたのに世話ないな。
「そんな意地悪な人、兄様なんて呼びません!」
昔、マリーが怒ってたときにいつも言っていたセリフ。
ああ、やっぱり、マリーだ。
フリードリッヒは、目に涙を溜めてお腹をかかえて笑った。
「酷いなぁ、マリーは」
「まぁ、皆んな座ったらどうかね。セバス、お茶を入れ直してくれ」
リマンド侯爵がその場を仕切り直す。三人はソファーへ腰を下ろした。
「マリー、君を此処へ呼んだのはわかっているとは思うが婚約者の件だ」
真剣な表情をして、リマンド侯爵は隣に座るマリアンヌの顔を見る。
「はい。お父様」
「リフリードとの婚約を継続することはできない。しかし、リフリードがお前にしたことを公にすることも難しい。従って、リフリードが侯爵となる勉強が上手くいかないので、リフリードとの婚約を解消して、フリードリッヒと新たに婚約する予定とした」
驚いてはいるが、マリアンヌの顔に嫌悪の色はない。
「リフリード様の件、リフリード様以外の誰かが関わっているかもしれないということですか?」
マリーは聡いな。大抵の令嬢なら婚約の言葉以外頭に入らないだろう。それが、ちゃんと言葉の裏を読んでいる。