第84話「少女の皮を被った化け物②」
「ご機嫌よう、フィリップ兄上!皇太子内定おめでとうございます!」
完璧な作り笑顔で入室したマリーは、心にもない祝いの言葉を叫んだ。
相手は、入り口付近で彼女を出迎えた第二王子のフィリップだ。
彼は兄のマクシミリアン同様、スラリとした金髪碧眼のイケメンだ。
まあ、ヒロイン達に言わせれば、リアンには一枚も二枚も劣るイケメン具合らしいが……。
「やあ、マリー。君から出向いてくれるなんて嬉しいね。おや?それにアネットまでいるじゃないか!元気だったかい?」
マリーの言葉に笑顔でフィリップは応え、次いでアネットがいることに気が付くと、こちらにも明るく声を掛けた。
「ご機嫌よう、フィリップ殿下。はい、ご無沙汰しております」
フィリップの問いかけに対して、アネットは恭しくカーテシーをしてから、慇懃な態度で応えた。
「何を他人行儀な、深く愛しあった仲ではないか!」
それを聞いたフィリップは、わざとらしく驚いた後、今度は大袈裟に悲しんで見せた。
そして、この間まで深い関係だったことを、これまたわざとらしく口に出したのだった。
「殿下、戯言を仰らないで下さいませ。あれはただの火遊びでございましょう?」
対してアネットは、何の感情のこもらない顔で、そう返したのだった。
フィリップの顔に、一瞬だけ影が挿したが、直ぐに元の柔和な笑顔に戻り、二人を奥のテーブルへと誘う。
「……フ、まあいいさ。さあ二人共、こちらへ。お茶を用意させたから、奥でゆっくり話すとしようじゃないか」
そして、全員が着席したところで、フィリップはマリーの後に控えていたリゼットに、不躾に給仕を言い付けた。
「おい、そこのメイド。突っ立っていないで早く給仕をしろ。全く、気が利かない奴だ」
哀れなリゼットは、実はこの時、迷っていた。
自分はフィリップの専属でも、目の前のティーセットを運んで来たわけでも無く、また今から専属のメイドが来るのかも分からず、給仕を申し出るべきなのか、と。
結果はこれ。
全く理不尽な話であるのだが、相手が明らかに格下で配慮の必要がないと確信した場合、何をしてもいいと思っている。
これがフィリップという男なのだ。
勿論、重要な客の前などでは、非常に上手く猫を被って見せるのだが。
閑話休題。
それは今までとはまるで違う、別人のような傲慢で高圧的な声だった。
「は、はいぃ、かしこまりましたぁ!」
慌ててリゼットが給仕を始めたところで、フィリップは再び爽やかなスマイルを浮かべながらマリーに話し掛けた。
「ふん、無能め。さてと、マリー、何から話そうか……いや、回りくどいのはやめようか。マリー、君も中々やるね」
それに対して、よくわからない、という感じの表情で、マリーは可愛いらしく小首を傾げ、
「ええっとぉ、フィリップ兄上、それは一体何のことですか?マリーは難しいことは、よく分かりませんの」
これでもか、というぐらいに、あざとい仕草と甘ったるい声で彼女は答えた。
「うげぇ……」
余談だが、横でそれを見ていたアネットが、鳥肌を立てた。
フィリップは笑顔だが、目だけが笑っていない状態でそのまま続けた。
「フッ、隠さなくてもいいんだよ?君がこのタイミングでここにやって来たのは、『マクシミリアンの奴から、私に乗り換える気になった』ということなのだろう?」
そして、フィリップはそういうと、リアンより一枚劣るそれなりに美しい顔に、歪んだ笑みを浮かべたのだった。
「ふぇ?ええ?」
だが、尚もマリーは可愛らしく惚けている。
「全くマリー、君はあれだけ奴を慕っていながら、こうもあっさり私のところへ来るとはね……。まさか、自分の手の者より早く、祝いの言葉を伝えにくるとはな。露骨過ぎるが、嫌いではないよ」
まだ歪んだ笑みのまま彼は言った。
「マリーは……よく分からないのです」
それでもマリーは、年相応の少女らしい態度で話し続けた。
「だがもし、無自覚にこれをやっているなら、末恐ろしいが……」
子供らしく困惑するマリーの瞳を覗き込みながら、フィリップは呟いた。
「それは王族、そして王妃として生きて行く為に必要な感覚ではあるがな。まあ、取り敢えずそれはいいか」
と、フィリップはそこで勝手に納得し、別のことをマリーに問うた。
「それでマリー、単刀直入に聞くが、まず、私が皇太子に内定したというのは本当なのかい?」
「はい兄上、本当です。先程、お義父様から直にお聞きしましたので、間違いございませんわ」
と、それを聞いたフィリップは一瞬、爽やかイケメン風の仮面を脱ぎ捨てそうになるが、何とか我慢して、先を促した。
「ほう、そうかそうか、クク……おっと、失礼。それで具体的にはどうなんだい?奴は……マクシミリアンは死んだのかい?それとも重症を負って捕虜にでもなった?」
しかし、マリーの答えは、彼の期待したものではなかった。
「ええっとぉ、ごめんなさい兄上。実は詳しいことはわかりませんの……。私は先程お義父様のところで『内定した』という事実だけをお聞きしましたの」
マリーがそう答えると、フィリップは先を促す。
「それで?」
「はい、その足でそのままフィリップ兄上のところへ伺ったもので、これ以上は……ごめんなさい」
マリーは目を伏せて、申し訳なさそうにそう言った。
「……そうか、構わないよ。どうせ詳細は、直ぐに分かるだろうしね……ククク」
この時点でフィリップは、自分が念願の『皇太子に内定した』という事実以外のことは、既にどうでも良くなっていた。
何故なら、彼にとってはマクシミリアンが失脚し、自分がそれに取って代わったという事実だけが重要だったからだ。
そして、その事実を確認出来た今、フィリップの雰囲気が急激に変わっていた。
爽やか笑みは、どす黒く歪んだものに、声は若干トーンが低くなり、陰湿な感じに。
「ククク、そうか……そうか!ここまで長かったが、遂にやったか!やっと、やっと私は奴に勝ったのか!……ハハハ、アーハッハッハ!」
次の瞬間、フィリップは自ら『善良な第二王子』という仮面を剥ぎ取り、投げ捨てた。
そして、マリー達がいるにも関わらず
、最早遠慮は要らないとばかりに、本音を隠さず喋り始めたのだった。
「あ、兄上?」
マリーはそれに、わざとらしく怯えながら、フィリップに声を掛けたが、返事はない。
と、そこで彼は急に本性そのままの邪悪な表情でマリーの方を向き、鷹揚に言った。
「単刀直入に言う。マリー、私の妻になれ」
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