第78話「断捨離作戦⑧」
これは赤騎士がリアンと別れ、テンション高くペリン邸を去って行った直後のお話。
皆さんご機嫌よう、セシルです。
その時、私はスービーズ公爵領に向う為、田舎道を馬でひた走っていました。
私は愛馬マリアンヌの背中で揺られながら、先程のリアン様の「好き」という言葉を噛み締めていました。
「きゃー、リアン様ー!私も好きです大好きです愛しています!ああ、やはり私達は両想いだったのですねー、嬉しくて嬉しくてそのまま逝ってしまいそうです。えへへ〜」
おっと、嬉しさのあまり色々と口に出して身悶えしていた私を見た通りすがりの農民が、可哀想なものを見るような目でこちらを見ています。
おっと、これはいけません。
もうすぐ久しぶりの我がスービーズ公爵領なのです。
我が領民達にこんなところを見られたら大変です。
いくら私でも自分を慕ってくれている領民達に生暖かい視線を向けられたら少し凹みます。
あ、そういえば、もし私とリアン様が結婚したら『私の領民』から『私達の領民』になるのですよね。
ああ!そう考えたら今まで以上に領地と領民に愛着が湧きますね!
リアン様と共にこの地を治め、ゆくゆくは子供達に託す、素晴らしいです。
あ!そうです!いい考えが浮かびました!
リアン様が廃嫡されたら、ほとぼりが冷めるまで我がスービーズ公爵領でお過ごし頂くのです。
ゆくゆくは私と結婚して全てがリアン様のものになるのですから、早いうちに慣れておいた方がいいですよね!
リアン様はきっと静かで自由な暮らしをお望みでしょうから、森の中にある小さな家で私と二人で暮らすというはどうでしょうか。
ああ……リアン様と二人だけの静かな暮らし……夢のようです。
あ、でも……もし結婚前に子供が出来てしまったら……きゃ!もう私ったらはしたない!
でも……リアン様なら絶対に責任を取ってくれるでしょうから、敢えて既成事実を作ってしまうのもアリかもしれません……いや、作るしかありません!
何故なら、何時あの小賢しい小悪魔が邪魔しに来るかわかりませんから!
よし、やりましょう。
名付けて「リアン様養殖作戦」です!
スービーズ公爵領という私のいけすでリアン様というお魚を大切に育てて、私が最後に美味しく頂くのです。
じゅるり。
例えるならリアン様がシャケで、私がそれを食べるクマさんでしょうか。
よし、決まり、決定、確定です!
後で、そう決めた!とお父様と陛下にお伝えしなければ……。
あ、そんな妄想をしていたら、いつの間にか私の生家、スービーズ城が見えてきました。
スービーズ城はこの国最大、最強のお城で、年季の入った頑丈な石造りの巨大な建物の周りを、頑強な石垣と大河のような水堀で囲った強固なお城です。
近づくと城門には我が家の多数の私兵が忙しく出入り管理を行なっていました。
私はそんな光景を少し懐かしく思いながら普段の通り、
「皆さん、ご苦労様です」
と、顔パスで通り抜けようとしたのですが、
「そこの赤い騎士様!止まって下さい!」
と、若い兵士に止められてしまいました。
あら?顔パスが禁止なったのかしら?
「申し訳ありませんが、身分証を提示し、所定の手続きをお願い致します」
そして、生真面目な若い兵士にそう言われてしまいました。
「え?私、そんなもの持っていないのですが?」
だって、普通自分の家に入るのに身分証はいらないでしょう?
「は?お持ちでない?ではお通しする訳には……」
うーん、これは困りました。
と、そこで今度は横から渋い声がしました。
「ナ、ナディア様!?馬鹿な……そんな筈は……」
「?」
そちらを見ると年配の見慣れた初老の優しそうな兵士がいました。
「良かった、助かりました!私です、ルクレール」
「お、奥様!何故このようなところに?まさか、お嬢様の無念を晴らす為に冥府からお戻りに!?」
え?無念って……私死んだ訳ではないのですが……。
「は?……ああ!ごめんなさい、兜を被ったままでしたね」
ああ、あるほど!これは私が悪かったですね。
皆さん、ごめんなさい。
そして、漸く兜のことを思い出した私は急いで外しました。
それと同時にルクレール達が目を剥いています。
「お、お嬢様!?何故ここに?」
「あ、えーと、今は急ぎなので説明はあとです。ルクレール、取り敢えずここを通してくれるかしら?」
「はい、お嬢様!おい!お前!至急、副団長にお嬢様のご帰還をお知らせしろ!」
「は、はい!」
ルクレールが言いつけると、若い兵士は慌てて城の中へ駆けて行きました。
「ではお嬢様、馬をお預かり致しますので中へどうぞ」
「ありがとう、ルクレール」
御礼を言うと私は兜を脇に抱えながら建物の中へと入っていきました。
そして、私が厳つい玄関から中に入ると、そこには我が騎士団の副団長のアベル以下、主だった者たち数百名が勢揃いしていました。
因みにアベルは副団長ですが、団長であるお父様はイケメンモヤシでまともに剣も振れない完全なお飾りなので、団長代理の私を除けば実質的なトップです。
「ただいま、皆さん」
私が挨拶すると、
「「「お帰りなさいませ、お嬢様!」」」
そう言って厳つい男達が一斉に跪きました。
「今日は急な帰省で驚かせてごめんなさい」
「いいえ、お嬢。私達は貴方に使われる為にいるのですから何も問題ありません」
私が留守を預かっているアベルにそう言うと彼はその巌のような、おっかない顔で、にこやかに答えてくれました。
因みに彼だけは私のことをお嬢と呼びます。
まあ、赤ん坊の頃からの付き合いですから仕方ありません。
「そう言ってくれると助かります」
「はい。で、今回はどうされたのですか?」
「実は……」
そこで私は彼らに事情を説明しました。
今は正体を隠してリアン様の護衛として働いていること。
現在不正を働いた貴族の撲滅の為に遠征中であること。
フィリップ様の策略でルグラン侯爵達が軍を編成してリアン様を討ち取ろうとしていること。
「と、いう訳なのです。つまり、私の大切なリアン様がピンチなのです!由々しき事態なのです!私は持てる限りの力で敵を殲滅し、リアン様をお助けしたいのです!わかりましたか?」
と、私が説明したところで、一人の騎士が疑問を呈しました。
「セシル様、お言葉ですが幾ら別の目的があったとはいえ、お嬢様を公衆の面前で辱めたボンクラ王子を救う必要などあるので……ぐはぁ!」
そこで舐めたことを言った間抜けを私は蹴り飛ばしました。
「黙りなさい。今度余計なことを言ったら殺します」
「……も、申し訳、あ、ありません、でした……」
「騎士団長代理の私がやると言ったらやるのです!皆さんいいですか?」
「「「はい!」」」
「宜しい。では始めましょう。アベル!」
「はっ!」
「非常呼集です。直ちに可能な限り兵を集めなさい」
「畏まりました!」
「あ、因みにどれくらいの数を動員出来ますか?」
「はい、お嬢。日付が変わるまでに三千、夜中には更に二千と言ったところでしょうか。明日まで時間を頂ければもう五千ほど集めることは可能ですが」
今夜中に五千ですか、まあいいでしょう。
「ええっと、最初の五千だけで十分ですから残りは不要です」
「了解しました。あと、情報収集の為にルグラン方面に斥候を出したいのですが?」
「あ、ルグラン方面の斥候は不要です」
「では早速……は?お、お嬢?」
戸惑うアベルに私は余裕の笑みで答えます。
「大丈夫、もう暫くしたら情報が入ってくる筈ですから。それまでは地形の確認と装備等の準備をして待機です。いい?」
「は、はい……」
「では詳しい情報が入り次第、作戦会議を行いますからそのつもりで。では、解散!」
「「「はっ!」」」
そして、私は細部をアベル達に任せ、自室で待機していました。
日付が変わる頃になり、そこでアベルが動員や装備の状況等の報告に来ました。
「……報告の通り万事順調です。お嬢」
「ご苦労様。さて、そろそろ作戦会議を始めたいので会議室へ移動しましょうか」
「は?あの、お嬢。まだ肝心の情報が入っておりませんが?」
私の言葉にアベルが困惑しています。
「ああ、そうでしたね。でも、もうそろそろ来るはずなのですが……」
と、そこで別の騎士がやって来ました。
「セシルお嬢様、只今ルグラン侯の使者が参りましたが……いかが致しますか?」
おや?これは……。
「そう、では……」
「斬りますか?」
そこで当然そうするでしょう?という感じでアベルが口を挟んできましたが、
「いいえ。今は少し暇ですし、会いましょう」
敢えて私は会ってみることにしました。
「お嬢?」
「大丈夫ですよ。では、応接間に通して下さい」
「はっ!」
そして、私が応接間に入るとそこには如何にも、と言う感じのズル賢そうな中年の男性がいました。
彼は私を見ると気持ち悪いぐらいの猫撫で声で挨拶をしてきました。
「これはこれはセシルお嬢様!お会い出来て光栄にございます。私ルグラン侯の使いで参りました、アルマン男爵でございます」
大方、私を丸め込む為に、連中の中で一番悪知恵が働く者を送り込んで来た感じでしょう。
「そう、ご苦労様。それでご要件は?見ての通り私、忙しいので手短にお願いできるかしら?」
敢えて私は名乗りもせずに尊大に答えてやりました。
すると、アルマン男爵はそれにもめげずに捲し立てました。
「は、はい!実は我々ルグラン侯爵派閥は、マクシミリアン殿下に無実の罪で不当に弾圧されようとしているのです!完全に冤罪なのですが、殿下がありもしない証拠をでっち上げ、我々を取り潰し、遊ぶ金欲しさに財産や領地を全てを手中に収めようとしているのです!正気ではありません!」
「……」
「これに対して、既にお耳にされていらっしゃるとは思いますが、ルグラン侯を筆頭に我々は正義、そして国の為に悪逆王子マクシミリアンを討つことに決めたのです!」
「……それで?」
「はい、つきましては我々と同じように奴に無実の罪で不当に断罪された上、公衆の面前で婚約破棄をされて著しく名誉を傷つけられたセシル様に復讐の機会を提供させて頂きたく参上致しました」
「ほう、私に殿下を討て、と?」
「はい、有り体に言ってその通りでございます。我々と共に戦って頂き、敵軍を壊滅させ奴を捕虜とした暁には、セシル様に必ずお譲りすることをお約束致します!如何でしょうか?」
男爵は上目遣いに、悪くないでしょう?という感じで問うて来ました。
まあ、連中の目的は自軍の旗頭に私を据えることで我がスービーズ家を巻き込み、後に兵を挙げたことを咎められた時、矢面に立つことを避けようとしているのでしょう。
つまり、彼らは急場を凌げればいい訳で、リアン様の命など初めからどうでもいいのです。
ですから、敢えてリアン様を私に差し出すことで交渉の材料にしたのです。
きっと弱った世間知らずの小娘なら簡単に騙せると思ったのでしょう。
全く、私も舐められたものですね。
まあ、その代償はリアン様を悪逆王子呼ばわりしたことも含めて必ず償ってもらいますけどね。
「なるほど……殿下を私が自由にできるというのはとても魅力的ですね」
考え込むフリをしながら、私はニヤリと笑いました。
「おお、では!?」
そして、案の定彼は勘違いして明るい表情になりました……が、ここまでです。
「ですが……」
と、そこで私は演技をやめ、冷たく笑いながらこの男に答えてやります。
「セ、セシル様?」
「貴方は……いえ、貴方達は勘違いをしています。そして、お忘れのようですね」
目の前の男は急に雰囲気が変わった私に戸惑いながら、聞き返してきました。
「勘違い?忘れ……?」
「ええ。私にとってあの方がどういう存在なのか、そして、我がスービーズ家の成り立ちを」
「は、はぁ……」
全く、馬鹿な男ですね。
「まあ、貴方が気にする必要はありませんが。意味のないことですし」
私はそう吐き捨てました。
「?」
「ですが……最期にこれだけは教えて差し上げましょう。私にとってリアン様は……」
と、そこで私はおもむろに立ち上がり、そのまま流れるように腰の剣を素早く横に滑らせました。
「全て、です。まあ、死者の貴方には関係のないことですが」
「死者?え?は?」
意味が分からず、男は混乱しています。
それに対して、私は親切に教えてあげました。
「貴方はもう、死んでいます」
「ば、馬鹿な!?そんな訳……ぐ、ぐわぁ!」
盛大に叫び声を上げながら男は崩れ落ちました。
「愚か者め。リアン様は私の全て。例えどのような酷い仕打ちを受けようとも、私のあの方への愛は揺るぎはしない」
そして私は能面のような無感情な顔で男だったものに対して言いました。
「セシル様、相変わらずの腕前でございますね」
そこで背後から声がして振り返ると、そこには忍び装束姿のレオニーが立っていました。
「「「なっ!?」」」
それを見たアベルその他の騎士団員達は驚きの表情を浮かべています。
「あらレオニー、先程ぶりですね。貴方、今回は自分で偵察に行ったの?」
「はい、今回の任務はマクシミリアン殿下の命に直結しますので、今日だけ特別に現場復帰でございます」
それを聞いた私はクスリと笑い、言いました。
「なるほど、いい心掛けです。では作戦会議を始めましょうか」
お読み頂きありがとうございました。




