第199話「フィリップの初恋②」
皆様ご機嫌よう。
僕はフィリップ=ルボン(十七歳)と申します。
偉大なるランス王国第一王子マクシミリアンの愚弟にして、忠実な僕です。
今回は強面の癖に恋バナが好物な部下(ギ◯ン=ザビ似、元過激派)がしつこくせがむ為、やむなく僕の過去をお話することになりました。
正直、面白いことなど何も無いと思うのですが……。
それでも良ければお聞き下さい。
僕と……亡国の王女アリアとの出会いを。
場面は時を遡り、私が正気に戻って崇高なる兄上の忠実な僕となる十年程前の事。
まだ、世界が疫病に侵される前、皆が幸せに暮らしていた頃の話です。
その時、僕は朝からトゥリアーノン宮殿の廊下を直走っていました。
それは何故かと言えば、答えは一つ。
大好きなリアン兄さんに遊んで貰う為です。
では何故、同じ場所に住んでいて、尚且つ兄弟である僕が遊んで貰う為に朝から走らなければならないのかと言えば、その答えは……と、思ったところでちょうど兄さんの部屋の前に到着しました。
「よし、今日こそは兄さんに会える!」
思わず僕は嬉しさで口元を緩め、ガッツポーズをしました。
そしてドアに手を掛けようとした、その瞬間。
「「おはようございます、フィリップ様」」
背後から一見可愛らしい、しかし明らかに狂気や嫉妬や独占欲を含んだ恐ろしい声がしました。
くっ……今日もダメだったか……。
僕は心の中で落胆し、ため息をついた後、ゆっくりと後ろを振り返りました。
するとそこには美少女と美幼女が、どこか狂気を孕んだ笑顔で立っていました。
「おはよう、セシルちゃん、マリーちゃん」
僕は仕方がないので取り敢えず挨拶を返しました。
「それでフィリップ様、リアン様のお部屋の前で何をしてらっしゃるのですか?」
すると、早速セシルちゃんが恐ろしい笑顔のまま僕にそう聞いてきました。
「え?ええっと……たまには兄さんに遊んで貰おうかと思って……」
僕は目を逸らし、朝から嫌な汗を流しながら、そう答えました。
「左様でございますか。しかし、フィリップ様。今日リアン様は私達と庭園を散策した後、お茶をすることになっておりますの」
するとセシルちゃんは一瞬スッと目を細めた後、続けてそう言いました。
ポキポキと指を鳴らしながら。
「そ、そうなんだ……」
まあ、知っていたけれど。
でも!たまには僕だって兄さんに会いたいんだ!
僕は決意を固めると、
「それなら僕も一緒に……」
と、勇気を出して言ったのですが……。
「あら?フィリップ様はリアン様の名代として有象無象……コホン、令嬢達のお相手をお願いした筈ですが?」
今度は横から笑顔のマリーちゃんがそう言いました。
目に見えるのではないかと思うぐらいに腹黒いオーラをダダ漏れにしながら。
「え?いや、その……」
そう、実は昨日、二人から兄さんの代わりにサロンのお茶会に出るよう頼まれていたんです。
でも、僕はどうしてもリアン兄さんに遊んで欲しい一心でそれをすっぽかし、二人より先に兄さんの部屋に来たつもりだったのですが、お見通しだったようです。
この二人は妙に勘が鋭いんですよね……あ、もしかしてニュータ◯プだったりするのでしょうか?
敵が見えたり、刻の涙を見たり出来そうだし……。
閑話休題。
そして、僕は目が全く笑っていないセシルちゃんに、
「フィリップ様……おイタはダメじゃないですかぁ」
と追い討ちを掛けられ、その瞬間、僕はもの凄いプレッシャーに押し潰されそうになりました。
「うっ……た、たまには僕だって兄さんと遊びたいんだよ!」
ですが僕は心の中で粉々になった勇気を必死にかき集め、かろうじてそういったのですが……やはりここでマリーちゃんがトドメを刺しに来ました。
「フィリップ様、宜しいのですか?」
「な、何が?」
「リアン様の名代として出る筈だったお茶会をすっぽかすと言うことは……」
「はっ!に、兄さんの顔に泥を塗ることに……!」
「お分かり頂けたようで幸いです♪」
予想通りマリーちゃんは理詰めで来ました。
まさに、隙を生じぬ二段構え!……飛◯御剣流?
くっ……やはり、僕ではこの二人には敵わない……。
僕が心の中で、orz こんなふうになっていると、そこに容赦なくセシルちゃんが声を掛けてきました。
「ではフィリップ様、お茶会に参りましょうか?途中までお送りしますので」
「え?」
「さあ、参りましょう、羽虫達……いえ、令嬢達が待っておりますわ」
そして、そのままガシッ!と二人に両脇を固められ、僕はなす術なくズルズルと引きずられて行ったのでした。
「ぐす……兄さん……」
さて、もうお分かりだと思いますが、連中……いや、彼女達が全ての元凶なのです。
実はこの幼馴染の公爵令嬢×2がリアン兄さんを独占していて、しかもその為に僕を利用して他の令嬢を近付けないようにしているんです。
お陰で僕は実の弟だと言うのにリアン兄さんに殆ど会うことが出来ません。
正直、寂しいです……。
ですが、だからと言ってあの二人に逆らったら誰でもあろうとタダでは済まないのです。
それこそ、国王である父上やセシルちゃんやマリーちゃんの父親である公爵達だったとしても例外ではありません。
あの二人は暴力と知略でどんなことでも可能にしてしまうのです。
まさに悪夢です。
まるでシロクマと小悪魔みたいな連中です。
十分後。
「はぁ……今日もリアン兄さんに会えなかったなぁ……」
二人にサロン近くまで引きずられた後、放り出された僕はトボトボと無駄に広く長い豪華な廊下を歩いていました。
すると、前方に五、六人の令嬢がいて、一人の令嬢を取り囲んでいました。
しかもその一人は床に座り込んでいます。
「おや?アレはどうしたんだろう?」
僕がそう思って近づくと……。
「アンタが噂のスコルトの姫?」
「お情けで生かしてもらってるだけの癖に王女気取り?」
「あら、もしかして豊かなランスに集りにきたの?」
「アンタ、昨日の晩餐会でマクシミリアン様に色目を使ってたわよね!?キー!」
「ねえ、そのドレスのデザインって古いし、少し色も褪せてるけど、どうして新しいのを買わないの?ねえ?ねえ?」
「……」
そこは虐めの現場でした。
調子に乗るいじめっ子と、黙って歯を食いしばる、いじめられっ子。
正直、心が痛みました。
しかも、いじめている相手は傀儡とは言え他国の姫。
これはランス王国として非常に宜しくありません。
あと、あの姫の名前は……なんだったかな?
「ほら!なんとか言いなさいな!この田舎者の貧乏人!」
「「「そうよそうよ!」」」
「くっ……」
と、そこまで黙って話を聞いていた僕ですが、ここで遂に我慢が出来なくなり飛び出しました。
「やめないか!見苦しい!」
「はぁ?何ですって!?誰に向かって……あ!これは失礼を!フィリップ様、ご機嫌よう!」
「「「ご、ご機嫌よう!」」」
いじめをしていた令嬢達は僕の姿を見ると慌ててカーテシーをキメてから、猫を被ろうとしました。
「君達、今ここで何をしていた?」
「え?あ、あの……他国からいらした方と親交を深めておりましたの!ねえ、皆さん?」
「「「は、はい!」」」
ふぅ、こうも変わり身が早いとは……全く、女の子と言うのは恐ろしい生き物です。
「ほう、さっきの会話が?」
「え!?いや……その……あれは……」
僕が問い詰めると、リーダー格の少女はしどろもどろになりました。
やましいことをしていた自覚はあるようです。
では、あまりやりたくありませんが、ランスの品位を保つ為、また他国の姫を侮辱したことを許さないという姿勢を見せる為、令嬢達を叱るとしましょう。
「……この愚か者共め!」
「「「ひぃ!」」」
「他人を貶めて喜ぶなど、それでもランスの貴族令嬢か!恥を知れ!」
「「「お、お許しを……」」」
「いいか?僕も、そしてリアン兄さんもこのような品位に欠ける行いは絶対に許さないから、よく覚えておけ」
僕がそう言うと、
「「「はい、大変申し訳ありませんでした!」」」
令嬢達は慌てて僕に頭を下げました。
「違う、お前達が無礼を働いた姫に謝罪をしなさい」
「くっ……は、はい」
僕が命じると、令嬢達は一瞬悔しそうな顔をしてから、その姫に向き直り謝罪しました。
「「「大変……申し訳、ありませんでした」」」
「……」
が、相手の姫は無言のまま。
まずい、これはちゃんとフォローしないと……。
でも、その前に。
「よし、二度とこのようなことをするなよ?下がれ」
令嬢達を追い払うことにしました。
「「「ご、ご機嫌よう!」」」
僕がそう言うと真っ青な顔のまま、令嬢達は慌てて去っていきました。
そして、残されたのは僕とその場に座り込んでいる被害者の姫だけになったのです。
え、えーと……ここまで勢いでやってしまったけど、どうしよう。
うーん、取り敢えず助け起こして……あと自己紹介とかした方がいいよね?
僕は姫の方へ向き直り、手を差し伸べながら言いました。
「初めまして、僕の名前はフィリップ。君は?」
「………………アリア」
これが僕とアリアの出会いでした。
お読み頂きありがとうございました。