第170話「黒獅子、大暴れ!」
「うるせえ!無駄口叩いてねえで、さっさと働け!このノロマども!」
と、何処かの雌ライオンを真っ黒に日焼けさせたような見た目の艦長は、副長の軽口にキレ、大声で部下達を怒鳴り付けた。
「「「はい!レオ姐さん!」」」
一方、部下達はニヤニヤしながら返事をすると、急いで自分達の仕事を再会したのだった。
それから数分後。
「左舷全門、装填完了!」
副長がしかつめらしい顔で艦長に報告した。
すると、望遠鏡越しに密貿易船を睨んでいた艦長は、パシッとそれを畳んで言った。
「よし、砲を押し出せ!アタシが合図するまで待機だ!」
「艦長の合図まで待機!了解!」
副長は命令を復唱し、船内へと戻って行った。
そして、それからテメレール号はいい感じの追い風を受けながら急速に密貿易船に接近し、砲の射程内に入ったところで、
「面舵一杯!」
艦長が鋭く叫んだ。
「面舵一杯、了解!」
続いて舵輪を握っている操舵手が威勢よく返事をしてから、舵を一杯まで回した。
すると船が急激な右旋回を始め、同時に水兵達が忙しく帆やロープに取り付き、調整を始めた。
余談だが、帆船の操作は非常に難しく、少しでも帆の向きや開き具合を間違えると、あっという間に失速してしまったり、最悪マストが折れたりすることもある。
そして、テメレール号が完璧な右旋回をして左舷の砲列が密貿易船の方へと向いた瞬間。
「左舷砲列!……撃てぇ!」
獲物を狩る時の肉食獣のような顔をした艦長が、鋭く射撃命令を出した。
その直後、ドドドーンと左舷側の十数門の砲が初回の発砲とは比べ物にならない轟音を轟かせ、続いて船が黒色火薬の真っ黒な濃い煙で覆われた。
「舵戻せ!」
艦長はその美しい顔が煤で汚れるのも全く気にせずそう叫ぶと、それと同時に上着のポケットから再び望遠取り出して構えた。
それから数秒後、煙の切れ目から密貿易船のマストが二本とも倒れるのが見え、船中から歓声が上がった。
「よし、よくやった!お前ら!」
そして、艦長は上機嫌でクォーターデッキから下で砲を操っている副長達に怒鳴り、再び歓声が上がった。
しかし、そんな光景を目の当たりにしたランス側から接近してきた、もう一隻の密貿易船が、大慌てで逃げだすのが見えた。
そこで副長が一応艦長に大声で問うた。
「艦長、ランス側から来た方の船が逃げますが?」
「無視しろ!連中のアジトは分かってんだ!後でぶっ殺せばいい!それより今はルビオン野郎だ!わかったら全員、白兵戦用意!」
すると、艦長はそう怒鳴り返した。
「了解です!」
それからテメレール号はマストを破壊されて動けなくなった密貿易船に全速力で接近した。
そして、その横まで来たところで、艦長がメガホンで怒鳴った。
「こちらはランス海軍所属のテメレール号だ!お前らの船を密輸の現行犯で拿捕する!乗組員は速やかに甲板に集合しろ!あと、抵抗すればその場で撃沈するからな!」
一方、降伏勧告をされた密貿易船では……。
「親分、どうしやす!?」
手下の一人が動揺しながら人買い商人に指示を求めて叫んだ。
すると、親分と呼ばれたメタボの男は倒れたマストの方を見ながら悔しそうな顔で言った。
「くそ!仕方ねえ……全員甲板に集めろ!それから……おい、お前!下から金貨の箱と上等のウイスキーを一ケース、それに……そうだ!あの女も連れてこい!」
「……ってことは、ランスの奴らを買収するんですね?」
手下がニヤリとしながら言った。
「おう!もうそれしか手がねえからな、捕まってランスで吊るされるより、赤字のがマシだろう?」
すると、人買い商人が渋い顔でそう答えた。
「へい、仰る通りで。じゃあ、早速準備してきやす」
手下はそう言い残すと、船倉へと降りていった。
それから数分後、金貨の箱とウイスキーのケースを持った手下が戻ったところで、軍艦からボードでやってきたテメレール号の拿捕要員が密貿易船に乗り込んできた。
人買い商人は、その一団の中にいる金モールの着いた濃紺の海軍士官用の軍服をだらしなく着こなした女性を目敏く見つけ、その前に進み出て言った。
「これはこれは士官様、お仕事ご苦労様でございます」
そして、丁寧に頭を下げた。
「あん?なんだテメーは?」
すると、挨拶されたその女性はドスの聞いた声でそう返した。
「ああ!申し訳ございません!ワタクシこの船の責任者をしておる者でございます……それで、貴方様がそちらの船の責任者様で?」
だが、男はそれにもめげずに平身低頭のまま言葉を続ける。
「ああ、アタシが艦長だが?何か文句でもあんのか?ああん?」
その問いに対して彼女は、まるで街のゴロツキのような乱暴な口調でそう答えた。
このやり取りだけを見るならば、正直どちらが悪党なのか、分からなくなりそうだ。
「め、滅相もございません!」
人買い商人は慌ててそれを否定した。
「じゃあなんだよ?」
艦長はダルそうに言った。
「は、はい!……そのー、ご存知のことかとは思いますが、手前共は少しばかり特殊な品を扱う商人でして……」
そこで、人買い商人が恐る恐るという感じでそう言うと、
「そうか、じゃあ今日でそれも廃業だな」
彼女はニヤリと笑いながらそういった。
だが、人買い商人もそこでニヤリと嫌らしく笑うと、
「まあまあ、そう仰らずに……艦長さん、まずはこちらをお納め下さいませ」
「あん?」
そこで男は後ろにいた部下からミニサイズの宝箱のような木箱を受け取り、彼女の目の前で開けて見せた。
すると、中にはキラキラと光る金貨がぎっしりと詰まっていた。
「如何です?」
そして、男は下卑た笑みを浮かべながらそう聞いた。
すると、艦長は満面の笑みを浮かべて言った。
「おう、気が利くな。アタシも金は大好きだ」
「おお!それは良かった!」
相手の良い反応を見た男は、買収が上手くいきそうだ、と思わず顔を明るくしていると、
「で?他にはないのか?」
艦長が悪い笑みを浮かべながら男にそう聞いた。
「勿論ございますとも!こちらはルビオンの北部スコルトで生産されたウイスキーでございます。ランスでは中々お目にかかれない逸品ですよ?」
すると男は手揉みしながらそう答え、禁制品の高級ウイスキーを一ケース差し出した。
「おお、お前良い奴だな!」
それを見た酒好きの艦長は、上機嫌になって人買い商人の背中をバンバン叩きながら言った。
人買い商人は、それを見て思わず顔を綻ばせると、
「ありがとうございます!では、今回はこれで見逃して頂け……」
と、言いかけたのだが。
ちょうどその時。
「おい!早く歩け!ぐわぁ!イッテー……このクソアマ!」
「アタクシに触るな!この下郎!死ね!」
「ぐわっ!あ、暴れるな!」
船倉へ繋がる階段の方が俄かに騒がしくなった。
「あん?おい、アレはなんだ?」
「え?ああ!お騒がせして申し訳ありません!実はアレも皆様への贈り物でございまして……」
問われた人買い商人は、慌てて答えた。
「……ほう、それで?」
「はい、今朝ノアマスでフラフラしているところを捕まえた没落貴族の娘で、性格は多少アレですが、身体は中々のものです。その……艦長さんには不要だと思いますが、是非、船の皆様で味わって頂ければと……ヴォエ!」
と、男が下卑た笑みを浮かべながら、そこまで言ったところで、今まで上機嫌だった艦長が突然無慈悲なストレートを男の顔面に叩き込んだ。
そして、男は箱に入っていた金貨を派手にぶち撒けながら数メートルほど吹き飛び、更に積んであった木箱の山を盛大に倒しながら甲板に転がった。
それから男は盛大に鼻血を出しながらヨロヨロと立ち上がり叫んだ。
「な!何をなさるのですか!我々は金貨も酒も、そして女も差し出すと言っているのに!」
「……黙れ」
だが、返ってきたのはドス聞いたその一言。
艦長はさっきとは打って変り、怒りに満ちた恐ろしい表情でそこに立っていた。
「「「ひぃ!?」」」
それを見た、ならず者達は思わず震え上がった。
「良いことを教えてやるよ、クソ野郎……アタシはな……人買いの類がこの世で一番嫌いなんだよ!……もう遊びは終わりだ!お前ら、コイツらを拘束しろ!抵抗したら容赦はするな!」
艦長は吐き捨てるようにいうと、腰に差したカットラスを引き抜きながら、部下に人買い商人達を拘束するように命令した。
「「「了解!」」」
そして、部下達はそれに威勢よく返事をした。
「くっ、チクショー!馬鹿にしやがって!返り討ちにしてやる!てめえら、やっちまえ!」
すると、それを見た人買い商人は怒り狂い、鼻血が出っ放しなのも構わずそう叫んだ。
「「「へい!」」」
すると、艦長も負けじと怒鳴り返す。
「うるせえ!それはこっちのセリフだ!野郎共、コイツらをぶっ殺せ!」
「「「ウェーイ!」」」
何というか、最早ならず者同士の抗争にしか見えない。
それから数分後。
ならず者達はあっという間に水兵達にボゴボコにされ、密貿易船は制圧されていた。
因みにその親玉である人買い商人は現在、瀕死の重症を負いながら甲板に転がっていた。
「ブワッ!…お、お願いだ!もう……グオッ!……降参します、から……お許し、を……グフゥ」
「ああ?聞こえねえよ、このクズが!」
フルボッコにされ、ボロキレのようになった人買い商人が、怒り狂う艦長に蹴られながらそういった。
「ぐわぁ!」
だが、艦長は蹴るのをやめない。
「姐さん、そろそろやめましょう!流石にコイツ死んじまいますよ!?」
と、ここで見かねた部下が止めにやって来た。
しかし。
「うるせえ!こういうクズの所為でアタシの姉さんはなぁ!……くっ、人買いの連中なんか、皆くたばればいいんだよ!この野郎!」
そう叫ぶと、彼女は甲板に転がったまま呻く人買いに再び鋭い蹴りを叩き込んだ。
「グワァ!」
「それにどうせコイツはこの後縛り首だ!だったら今ここでぶっ殺しても問題ねえだろーが!」
「ダメですって姐さん!……仕方ねえ、みんな!姐さんを止めるぞ!」
「「「おう!」」」
と、流石に自分の艦長を殺人犯にする訳には行かないので、水兵達は艦長を止めることにした。
「くたばりやがれ!この人でなしが!……!?くっ!おい!放せお前ら!」
そして、部下達が命懸けで艦長に組みき、はがいじめにした。
「姐さん!落ち着いて下さい!……ほ、ほら、そこのお嬢さんも怯えてますし」
「ああん!?……ん?お、おお、そうだな」
と、ここで化粧濃い目のいたいけな少女を怯えさせていることに気付いた艦長は、我にかえった。
「「「ふぅ……(助かったー!)」」」
そして、多少気分が落ち着いた艦長は、樽の影に隠れている厚化粧の少女改めエリザの方へ近づき、話しかけた。
「おい、そこの嬢ちゃん」
「ひぃ!?」
すると、樽の影からはみ出ている金髪縦ロールがビクリと揺れた。
実は先程までの彼女の暴れっぷりを見ていたエリザは、酷く怯えているのだ。
「怯えんなって。噛み付いたりしねえからよ。で、嬢ちゃん大丈夫か?」
艦長は苦笑しながらもう一度声を掛けた。
「は、はい……大丈夫ですわ」
すると、エリザは樽の横から恐る恐る顔だけ出してそう答えた。
それを見た艦長は、
「そうか、ならいい。あと、怖がらせて悪かったな……で、今更だけど、アタシはそこのテメレール号の艦長をやってるレオノール=レオンハートだ。アンタは?」
と名乗り、ニィッと笑いながら座り込んでいるエリザに手を差し出したのだった。
お読み頂きありがとうございました。




