第164話「ツンデレ様③」
「ぐふふ、僕の可愛い妹のエリザベス〜、入るよ〜」
ねっとりとした気持ちの悪い声と共に、白豚のような男が部屋へと入って来た……次の瞬間。
「久しぶりだね〜、エリ……ぐぼぉ!」
高速で飛んできたティーカップが男の顔面に命中し、熱々の紅茶とティーカップの破片が派手に飛び散った。
「ぐおおおおお!あちちちちち!目が!目があああああ!」
そして、その白豚男は熱さと痛みに悶え、某大佐のような叫びをあげながら床を無様に転げ回った。
「ふん」
一方、エリザは頬杖を付き、ゆったりとソファに座ったまま床を転げ回るその醜い物体を、まるでゴミを見るような目で眺めていた。
「……ぐふぅ、痛いよ〜、熱いよ〜、もう!エリザ!お兄ちゃんに向かっていきなり何をするんだよ!この大事な顔に傷が残ったらどうしてくるんだい!?」
暫くしてダメージから回復したその男は、脂ぎった樽のような腹を揺らしながら、のっそりと起き上がってそう叫んだ。
「ねえルーシー、何故か高貴なアタクシの部屋に豚さんが迷い込んで来たのだけど、これってどういうことかしら?……それにこの豚さん、人の言葉を話しているわ。とっても不思議よね?」
だが、エリザは興味のなさそうな顔のまま横に立っているルーシーに、わざとらしくそう言った。
「ホントに不思議ッスよねー」
すると、ルーシーも同感とばかりにダルそうな顔でそう言った。
「はぁ!?誰が豚だって!?エリザ、大事なリチャードお兄ちゃんに向かって酷いじゃないか〜!」
それに対して入室早々、手荒い歓迎を受けた上、人間扱いすらしてもらえないその男は怒って喚き出した。
「あら?まあ!よく見ればリチャード兄上ではありませんか!あまりにもそっくりだったので、豚さんと見分けがつきませんでしたわ!気持ち悪い」
するとエリザは、白豚改めルビオン王国第一王子にして皇太子、そしてエリザベスの腹違いの兄であるリチャードに嫌悪感丸出しで、吐き捨てるようにそう言った。
「ぶひっ!?ひ、酷いよエリザ〜なんでそんなに僕を虐めるのさ〜」
彼女に罵倒され続けているリチャードは涙目で抗議したが、
「さあ兄上、紛らわしくて見分けが付きにくいことをアタクシと豚さんに謝罪したら、さっさと部屋から出て行って下さいな」
彼女はそれ無視し、理不尽な謝罪と退去を要求した。
「はい……エリザベス、豚さん、紛らわしくてごめんなさ……って、違うよ〜!僕悪くないよ〜!」
リチャードはノリで謝罪しかけたが、途中でおかしいことに気付いてツッコんだ。
しかし、エリザはブレない。
「いいえ、悪いのです。ギルティです。貴方はこの世に存在し、呼吸をしているだけで罪なのです。悔い改めて早くハムかソーセージにでも加工されなさいな」
「そんな!無茶苦茶だよ〜!どうして僕がこんな目に遭わなきゃならないのさ〜」
相変わらず酷い扱いをされ続ける理由がリチャードには分からず、彼は再び涙目で抗議した。
すると、
「は?……貴方は自分があの時、何をしたか覚えていないのですか?」
エリザがここで初めて怒りの感情を出し、ギロリとリチャードを睨み付けた。
「ひぃ!?え?ええ!?僕が何かしたのかな?」
本当に分からないのか、リチャードは怯え、戸惑った。
「このっ……………いえ、もう結構、目障りです、消えなさい」
それを見たエリザは冷たく退室を促すが、
「いや、僕はまだ用件があるし、帰らないよ?」
リチャードはあっけらかんと、それを拒んだ。
するとエリザは、露骨にうんざりした顔になったあと、急にキリッとした顔になって叫んだ。
「しつこい!……令呪をもって命ずる!第一王子リチャード、自◯なさい!」
すると、リチャードは目を見開き、
「エ、エリザベス!?くっ……この!うおおおおお!……って、おい!◯害って何だよ〜!」
無駄に叫んだ後、ツッコミを入れた。
「あらあら、兄上は白豚の英霊だから令呪が効くかと思ったのに……残念だわ」
それを見たエリザはつまらなそうに言った。
「誰が白豚の英霊だよ!そんな英霊いてたまるか!そういうのは槍の英霊の専門でしょ!?てか、今のって何!?」
「え?今のですか?この間読んだ『聖杯争奪物語』というお話に出て来たフレーズがカッコ良かったので、それを使ったら兄上がノリで自◯してくれるかと思って使ってみましたの♪……まあ、ちょっとした現実逃避ですわ」
ここでエリザは今日初めての、とても良い笑顔でそう答えた。
それを聞いたリチャードは、
「ねえ!いくら君がリチャードお兄ちゃんのことが大好きなツンデレ美少女だからってツンが強すぎるよ!僕は君の兄で、皇太子で、未来の国王だよ!?もっとちゃんと敬ってよ!」
気持ちの悪い誤解をしながら叫んだ。
「ふん」
だが、エリザはバカにしたようにそれを鼻で笑った。
「ぐぬぬ……で、でも今は我慢するとして……それより、今日は君に用があるんだ」
するとリチャードは意外にもここで怒りを我慢し、本題に入ろうとした。
しかし。
「アタクシにはありません、さあ、失せなさい」
エリザにはとりつく島もない。
「だから待ってよ〜!」
「つーん」
「ぐぬぬぬぬ……ふぅ、実はエリザ、君に良い話があるんだ」
シカトされたリチャードは、もう構わず一方的に喋ることにした。
「……」
当然、エリザは無反応だ。
「僕の腹心、コーンウォール伯との縁談だよ」
「……」
「アイツはいい奴だし、エリザのことをとても気に入っているんだ!それに顔も頭もいいし、王家に忠実な奴だし……きっとエリザを幸せにしてくれる筈だよ?どうだい?いい話だろう?」
と、リチャードは、めげずに笑顔でここまで説明していたのだが。
「ルーシー、お茶のお代わりを。激熱で」
エリザはまるで眼中にないとばかりに、お茶のお代わりを所望した。
「はーい、畏まりッスー」
そして、ルーシーがすぐさま返事をした。
「もう〜!エリザ〜大切な話なんだからちゃんと聞いてよ〜!」
「ああ、お茶のお代わりはまだかしら?」
と、ここまでシカトを続けていたエリザだったが、
「あ!もしかして、まだあの下劣なランス人の王子に未練があるの?ねえ、エリザ〜あんな顔だけの薄っぺらい奴のことはさっさと忘れて〜、僕と明るい未来の話をしようよ〜!全ては君の幸せの為なんだからさ〜」
「……ほう?アタクシの為?」
ここで遂に反応した。
「そう、可愛い妹である君の為なんだよ!……そうだ!もし自分で未練を断ち切れないなら、手駒を動かして目障りなあのランス野郎を今度こそ消してあげようか!?あの時みたいにさ!」
そして、良いことを思い付いたとばかりにリチャードが満面の笑みで地雷を踏み抜いた瞬間。
「……っ!」
エリザの顔から一切の表情がなくなった。
だが、白豚は更に地雷原の上で踊り続ける。
「あ!もしかしてずっと僕に冷たいのって〜、まさか十年前のあの事まだ怒ってるの〜?もう!あれぐらいいいじゃないか〜!エリザはそろそろお兄ちゃんにデレてくれてもいいと思うんだよね、あ!それとも……ぐふふ、もしかして結婚するなら僕とがいいからさっきからずっとツンツンして……」
そして、気持ちの悪い笑みを浮かべながらリチャードがそれを言い終わる前に、
「死ね」
という、エリザの非常に気持ちのこもった一言と共に、冒頭のティーカップを超える速度で飛来したティーポットが白豚皇太子の顔面を直撃し、ガッシャーン!と派手な音を立てて四散した。
「ぐわああああ!あちちちち!また目が!目がああああ!」
ティーポットの直撃を食らったリチャードは再び熱さと痛さでゴロゴロと暫く床を転げ回った後、ヨロヨロと立ち上がった。
そして、遂にキレたリチャードは顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。
「うう……おい、エリザベス!いい加減にしろ!優しくしてやればつけ上がりやがって!」
それを見たエリザベスは、わざとらしく目を見開いて言った。
「あら、やだ!白豚が赤豚になったわ!」
「わー、ホントッスねー、超ウケるッスー」
ルーシーも主に同調してムカつく顔でリチャードを煽った。
「ぐぬぬ、もういい……わかったよ!エリザベス、お前は見てくれだけはいいし、割と使いみちもあるから助けてやろうかと思ったが、もう許さない!必ず地獄を見せてやるからな!覚えてろ!後悔させてやる!」
そして、リチャードは小物チックなテンプレ捨て台詞のコンボを残し、肩を怒らせながらノシノシと部屋を出て行き、続いてバタン!と大きな音がしてドアが閉まった。
「全く、しつこい赤豚だこと。アタクシがあの男のしたことを許すとでも思っているのかしらね、ルーシー?」
すると、それを見たエリザは肩をすくめ、やれやれという感じで言った。
「えーとー、あれはそもそも自分が悪いことをしたと思ってないんでー、許して貰うとかー、そんなこと端から頭にないと思うッスよー?……あと、相変わらずあの人メッチャキモいッスねー」
ルーシーはそれに相変わらず、やる気の無さそうな顔のまま、そう答えた。
「そうよね……あの白豚だものね……」
「そうッスよー」
「あと、それにしても突然コーンウォール伯との婚姻など、どういうつもりなのかしら?ほぼ間違いなくお父様の許しもないでしょうし」
「うーん、確かにー」
「それにアタクシを配下に下賜して自分の派閥を固めたいだけなのが丸わかりなのよね……全く、小賢しい男。ただ、あの「助けてやる」という言葉が気になりますわね。まあ、お父様が目を光らせている筈ですし、あの男に何かが出来るとは思いませんけど…… 一応、お父様にはお伝えしましょうか?あの男は半端に優秀で、執着したもののためならもの凄い行動力を発揮することもありますし」
「了解ッスー、あ!でもエリザ様ー、今陛下は不在ッスよー?」
そこでルーシーが思い出したように言った。
「え?ああ、そう言えばお父様は三大公爵の皆さんと一緒に泊まりがけで会合があるのだったわね。では……この件は急ぎではないし、報告は帰ってからにしましょうか」
「はいッスー」
この時、まさかエリザのこの判断が自身の……いや、祖国ルビオンの運命さえも変えてしまうとは、誰にも知るよしはなかった。
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