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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
錯綜の章
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サラダ

サラダの皿だ!

 精霊術師の少女・ヘレナ。彼女は『サマーライト』という冒険者パーティで活動しながら、ある男を探していた。


 男の名はベック。彼女の憧れであり、精霊術師を志したきっかけである。




 しかし今日、ダンジョン探索を済ました後の、宿屋での食事中。


 同じパーティのメンバーである、魔導師のニックは言ったのだ。




「ベックは死んだぜ!」


「――……死んだ?」


「おう。ダンジョンから人間に戻って死んだ!」




 少年がなにを言っているのか、理解するのに時間が掛かった。


 今までベックの噂はどこからも聞こえず、どこか違和感はあった。そこに来て、ようやく手に入れた情報が『死んだ』。


 あまりに唐突過ぎて、実感も沸かない。




「ダンジョンから?人間に?」


「おう!なんか殺されてダンジョンになって、俺らがそのダンジョンになった殺されたヤツを攻略したら、人間に戻って死んだ!」




 ニック少年の話し方は、頑張らないと意味が分からない。




(どういうことなの……)




 ヘレナはそう思いながらも、ベックの死を知って食事の手を止める。


 そんな彼女の隣で、パンを口いっぱいに頬張る巫女・スイミーは、心配そうな顔をした。




「ヘレナ。残念でしょうけど、それが冒険者です……もごもご」


「ミーちゃん……うん、口の中を空にしてから喋ろうね」


「もごご」




 一度に頬張り過ぎたため、スイミーは咀嚼に苦戦しているのだ。


 すると、ニックの隣に座る魔導師・ライリーも、落ち込んだ様子のヘレナを励ます。




「ヘレナ……無間の闇に飲まれるなよ」


「は、はい。努力します」




 本当に努力できるかは微妙だが、とりあえず彼女は食事を再開した。


 憧れた人の遠過ぎる死は、ごく普通の毎日を過ごす彼女にとって、実感を得られるものではない。


 確かに悲しい事実は胸を痛めるが、だからといって立ち直れないショックではないし、明日の探索が急に無くなるのでもない。




「せめてお礼を言いたかったです。小さい頃の私を、ダンジョンから助けてくれてありがとうって」




 出来るなら彼女は、自分が冒険者になったことをベックに報告したかった。


 相手が自分のことを憶えていなかったとしても、ずっと抱いていた感謝を伝えておきたかった。


 もう一度、憧れの人の姿を見たかった。




 それは、もう叶わない。


 そう思うと、少しだけ辛くなる。ほんの一瞬、冒険者を辞めてしまおうかと考える。


 ふと目線を動かすと、隣のスイミーはまだ口内のパンと格闘していた。




「ミーちゃん。冒険者って、どうして冒険なんてするんでしょう」


「もぐもご?」


「私って、憧れだけで冒険者になっちゃったから……この職業を純粋に選んだ人より、意志が弱いかもしれないんです」




 相談のつもりでもなく、思ったことを言ってみたヘレナ。


 スイミーはようやくパンに勝利すると、彼女なりに考えて言う。




「冒険者が冒険する理由……それはきっと、他に働き口が無いからです」


「えぇ?そ、そうかもしれませんけど……」




 些か情緒の感じられない回答だが、それに該当する者も確かにいるだろう。


 否、ヘレナの期待しているのはこういう感じではない。なんかもっと、納得できるやつである。




 そんなワガママに答えるため、今度はニックが対面の席から身を乗り出した。




「最強の魔導師になるためだぜッ!!」


「あ、あはは。ニックさんはそうですよね」




 彼の眼に見えているのは、いつでも最強になる自分の未来だけだ。


 その屈託のない態度は、ヘレナに無い一貫性の表れでもある。


 だが彼とて、夢に近づきたいと願う心は、憧れを追うヘレナと同じだった。




 酷く落ち込んだ時、人は行く先を見失う。けれど、歩む先に道はある。


 彼女もまた、憧れという名の夢を失ったとしても、歩を止めなければ問題はない。




(正直、まだ分からないなぁ……)




 新たな指標など、すぐには見つからない。


 それでも、冒険者を続ける限り、彼女は好きな人達と一緒にいられる。


 血気盛んなニックとも、なぜか高圧的だけど優しいライリーとも、ちょっと下世話な親友スイミーとも……そして、頼れるリーダー・センとも。




「大抵のことは寝たら忘れます。ですよね?ライリー」


「ふざけるな。我は貴様ほど単純ではない……」


「嫌なことがあったら走れ!!」




 外はそろそろ暗くなりだして、宿のテーブルにはランプが灯っていた。


 温かく小さな光源を囲んで、食事は緩やかに続いていく。


 静かに賑わう食器の音を聞きながら、ヘレナはサラダを口に運んだ。




「うん、レタスおいしい」




 夕食を味わいながら、彼女は疲れを癒す。


 そうして、ちょっとぼんやりしていたら、少し気になったことがあった。




「私の精霊って、どんな子なのかな」




 精霊術師は各々、生まれ持った精霊を身に宿している。


 精霊は最初、マスターの前に姿を見せない。彼らは別の生命体であり、決してマスターの言いなりになる存在ではないのだ。


 精霊術師として未熟なうちは、精霊には認めてもらえず、本来の5%も力を引き出せない。




 ヘレナはまだ、自分の精霊に出会っていなかった。


 今のところ、彼女はその力を借りている状態に過ぎないのである。




 彼女が幼い頃に見たベックは、少女の姿をした精霊を従えて――というよりも、その少女と肩を並べ、一心同体で戦っていた。




 いずれ自分にも、あんなステキな相棒が出来るのだろうか。


 未だ想像に過ぎない、そんな期待が胸中に溢れる。


 彼女は少しウズウズしながら、やっぱりサラダを口に運んだ。相も変わらず、レタスはおいしいのであった。

小さい果実類も乗ってます。

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