エゴイスト・その2
ブラック企業です。
「……それで、怒って出てきたというわけね」
「そうさ……やはり僕は、入るパーティを間違えたんだ」
人の出入りが少なくなった、深夜の冒険者ギルド。
その受付で、業務があらかた終了したテレサとジャックが話していた。
『ウォールスター』の一員であるテレサは、クエストのあれこれや冒険者のあれこれ、その他諸々の受付業務を行っている。
今日も今日とて、彼女は目まぐるしく仕事に追われていた。そんな時、珍しく仲間の吟遊詩人の姿が見えたのだ。
それが事務室に入っていき、出てきた時には怒っている。パーティメンバーとして、なにかあったのかと気になるのは当然だろう。
話を聞いたところ、どうやらジャックはケビンに詩作の邪魔をされた挙句、意味不明な理由で追い出されたとのこと。
日頃から、あまり仲の良くない2人だ。なにか行き違いでもあったのだろうと、テレサは考えた。
「ケビンさん、大丈夫かしら」
「え?君はなぜ彼の心配をするんだ」
加害者を心配する彼女に、被害者の体でいるジャックは不服を示す。
すると彼女は、冷静に言った。
「だって普段のケビンさんなら、そんなことしないわ」
「……まあね」
確かにジャック自身にも、今回の理不尽な応対は予想できないようなものだ。
考えてみればあの時のケビンは、顔のむくみや眼の下の隈が目立ち、返事もどこか適当だった。
肉体の疲労はすぐに見て取れたし、今回の様子だとおそらく、精神面のストレスも蓄積していたのだろう。
と、振り返れば譲歩する余地くらいはある。
しかし、詩作を邪魔されたのは事実なのだ。実際に不当な扱いを受けたことが、ジャックには許せなかった。
「いや。いくら疲れていたからといっても、あんな扱いは論外だよ。人としておかしい」
「気持ちは分からなくもないけど……色々と大変な人なんだし、大目に見てあげてくれない?」
「……テレサ。どちらかといえば、君はケビン側だね。知っていたさ」
「そ、そんなことないわよ!私は中立よ?」
意固地なジャックは、固く腕を組んで解こうとしない。絶対に許さない構えを取っていた。
そんな彼を、なんだか懐かしいもののように眺めるテレサ。
不意に彼女は、くすっと笑ってしまう。
「なぜ笑うんだい?」
「だって、久しぶりにあなた達のケンカを見たから」
主にダンジョンでの戦利品で生計を立てていた頃、『ウォールスター』の4人は衝突も多かった。
その中でも特に多かったのは、ケビンとジャックの間で起こる意見の相違だ。
両者は同じパーティに属しているのに、性格や言動はまるで正反対で、いつも足並みが揃わない。
それでも紆余曲折を経れば、最後には元の関係に戻って来た。
だからこそ『ウォールスター』は、お互いに理解を深めあって、長く続いてこれたのである。
ケビンがギルドを創設してから、自由を好むジャックがパーティに関わることは減ってしまった。
顔を合わせる機会も減り、前のような喧嘩もめっきり起こらなくなってしまったのだ。
テレサにとっては、それがどこか寂しいような、物足りない感覚だったのである。
今、久しぶりに『ウォールスター』らしい日常を垣間見て、彼女は少し嬉しかった。
「私は、ジャックがウチに来てくれて良かったと思ってるわ」
「え?どうして?」
「無意識だろうけど、ケビンさんが真面目になり過ぎなかったのは、あなたのおかげだもの」
「…………なんだい、それ」
そう言って笑うテレサの顔も、ジャックにとって懐かしいものだった。
ついでに、ケビンの度を超えた横暴にも、思い出せば過去の匂いを嗅いだ気がする。
まぁ、不愉快ではあるものの。
「やれやれ、仕方ないリーダーだ。僕が大人になってあげないとね……」
「ええ、許してあげましょう。それと、次に演奏する時は私も呼んでね」
「許すかどうかは相手の態度次第だけど、分かったよ」
彼はテレサとの話し合いによって、心に余裕を持つ。
なので、ケビンが謝ってきたら許してあげようと決めた。どう転んでも、受けた仕打ちをチャラにはしないが。
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ジャックとの喧嘩があった、後日。
昨日の仕事量が死ぬほど多く、ケビンは事務所に来ただけで力尽きていた。
着席すると、背中が背もたれから離れてくれないのだ。
「おはよう、ケビン――……なんだい、その顔!?」
「あバトらイト、おはよう」
猛烈に老け込んだ顔と、若干ふにゃふにゃした挨拶は、見るからに彼の疲労を表している。
アバトライトは直感した。今日は彼に仕事をさせるべきではないと。
「無理して来てはダメだよ。さぁ、拠点に帰ろう」
「そんなわけにいくか」
「今日の仕事は、僕とテレサに任せてくれ」
「おれのしごとにてをだすんじゃない」
「…………」
執念で自らの仕事を守り抜こうとするケビンは、さながら書類整理の亡霊である。
こんなことになる前に、冒険者ギルドのハードワークを改善すべきだったのだと、アバトライトは後悔した。
そんな時、事務室の扉がノックされた。
気付いたケビンが身体を引きずって開けに行くのを、アバトライトは慌てて制止する。
「ケビン。君はもう限界なんだ……」
「まだまだげんえきだ」
「そう言うが、老人のような顔と動作だよ」
彼に代わって、アバトライトが扉を開けた。
来訪者は、昨日に続いてやって来たジャックである。
眉間に皺を寄せた吟遊詩人は、シニカルな笑みを浮かべた。
「ジャック?今日は君を呼んでいないが……」
「うん。僕の方から用があって来たんだ」
急激な老化に見舞われたリーダーを眺めながら、ジャックはそう言う。
その哀れみの篭った視線に、自らの能力低下を認めたくないケビンは反発した。
「かえれぇ、ジゃっク」
「はは、呂律が回ってないじゃないか」
「うるさい……」
言葉で反抗を示すが、ジャックにはまるで効いていない。
それどころか、逆に弱みを突かれてしまう始末。
珍しく悔しそうな表情をして、彼は這いつくばる拳を握る。
「ジャック。悪いが、仕返しなら明日にしてくれないか?今日のケビンは普通じゃないんだ」
2人の様子を見兼ねて、アバトライトが口を出した。
するとジャックは、飄々と首を竦めた。
「見れば分かる。だからこそ、僕は仕事を手伝いに来たのさ」
その言葉に、アバトライトは驚きを隠せない。
ジャックが自分からギルドの仕事を手伝うなど、今まで一度もなかったのだ。
「手伝いだって!?」
「どうしてそんなに驚くんだい、アバト」
「今までそんなこと、一度も言わなかったじゃないか!」
「……ただの気紛れとでも思っておくれ」
詩人の心は難解で、それでいて馬鹿げているのが常である。
行動が彼の中で自然であるならば、アバトライトに咎めるような理由はない。
突然の申し出に戸惑いつつも、なんとかして仕事を終わらせたい聖騎士は喜んだ。
「気紛れを起こしてくれてありがとう、ジャック。それと、昨日の件については後で私から……」
「君からなにかしてもらう気はないさ。僕が望むのは、そこのエゴイストの謝罪だよ!」
アバトライトが話の流れで『昨日の件』を流そうとしたのを、ジャックは見逃さないのである。
彼はケビンをビシッと指差し、語調を強くして言い放った。
謝罪を求められた老人占星師は、渋面を作って視線を逸らす。
しかし、自分に大部分の非があるのは認めてもいた。
正義を重んじる人間として、自らの過失を誤魔化すことは出来ない。
「さぁ、この僕に謝るがいいよ」
無駄に尊大な吟遊詩人が、彼に要求を迫った。
この男に頭を下げるのは癪だったが、不得要領のまま、自分で納得できないのも癪だ。
双方の癪を天秤にかけた場合、正義はどちらかを認めねばならないのである。
「――わるかった、ジゃっク……おれはごうまんだった」
葛藤の末、彼が素直に謝罪を口にすると、ジャックは予想以上に優しい表情をした。
「……うん。ほら、今日は休んだ方がいいんだろう。僕が拠点まで連れて行ってあげるよ」
「…………ああ」
ケビンは立ち上がると、ジャックの背中を借り、片腕を支えてもらう。
2人はゆっくりと歩き出して、事務室を退出しながら話した。
「これに懲りたら、たまにはゆっくりするんだよ」
「それはむりだ」
「自分の身体を休めることも、仕事のうちだと思えばいいんじゃないか」
「ばかな……そんなしごとがあるか」
2人の背中を見ていたアバトライトは、自分がギルド職員であることを、しばし忘れた。
激しい戦いの後で、夕陽に照らされながら街へ戻る――そんな素晴らしい過去を、思い出していたのである。
「そういえば、『ウォールスター』は冒険者パーティだったね」
聖騎士はそう呟いて、再び机に積まれた資料へ手を付けるのだった。
ジャックが「もう遅い」って言う予定でしたが、間に合ってしまいました。