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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
錯綜の章
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エゴイスト

 若きカリスマ・占星師のケビンがリーダーを務める『ウォールスター』。


 彼らは冒険者としても高名であるが、それ以上に「冒険者ギルドを運営しているパーティ」として有名だ。




 冒険者ギルドには、冒険者・市民・騎士団や王族まで、毎日たくさんの客がやって来る。


 それらの人々が円満かつ速やかに助け合えるよう、彼らは日々、身を粉にして働いていた。




 粉になるための第一段階は、書類整理だ。


 この業務は基本的に、リーダーのケビンとパラディンのアバトライトが行っている。


 他のことには手を付けず、冗談抜きで朝から晩までやっていた。




「はぁ」


「ふぅ」




 当たり前のように缶詰状態で、集中力はもちろん続かないし、溜め息も自然と出る。


 しかし、沈黙を極めし事務室では、それが数少ない音声であった。


 他には、事務によって必ず発生する物音や、時々ロビーから聞こえる談笑や、窓をすり抜けて届く街の人々の賑わいや、両者のあくびなど。


 いずれにせよ、大した目新しさもない。退屈をかさ増しするだけの環境音だ。




 彼らは(特にケビンは)忙しさに追われることで、日常を感じているタイプである。


 だが、今日に限っては平気でいられない。仕事の量が段違いであった。




「そうだ、ジャックを呼んでこよう」




 書類からやつれた顔を上げて、ケビンは唐突に提案した。


 ジャックは『ウォールスター』のメンバーで、唯一仕事をしない吟遊詩人の男である。




「ジャックに手伝ってもらうのかい?」


「いや、強化バフを掛けてもらう」




 そこまでして、なぜ仕事を続けるのか。


 肉体の消耗を無理やり超えたとして、来る揺り返しについてはどう考えているのか。


 今日を終えたとしても、明日の仕事にちゃんと手を付けられるのか。




 ――否、そんなことは知ったことではないのだ。


 今日を満足に終えなければ、明日は来ないのである。


~~~~~~~~~~


 ケビンの馬鹿げたアイディアによって召喚されたジャック。


 詩作中に呼び出されたことで、彼は不機嫌だった。




「それじゃあジャック、頼むよ」




 わざわざジャックを呼んできたアバトライトは、フラフラと椅子へ腰かけた。




 ――ああ、悲しむべきかな。我が同胞の醜き姿態を……




 ジャックの嘆きは、彼自身の胸中へ音もなく埋まっていく。


 生産性の感じられない労働は不愉快だが、パーティメンバーとして多少は報いてやろうと考えた。




「いいかい。今日は特別だからね……」


「あぁ~、もちろんだ。頼む」




 こんな間抜けな男が、果たして本当にリーダーなのか?彼はもう少し、凛々しい顔をしていなかったか?


 まぁ元々、遠ざけたくなるような顔の造形ではあったが、これほど不快ではなかったはずだ……




 色々と思うところはあるが、最近はめっきりダンジョンにも行ってないし、仲間の前で演奏するのも一興。


 とかなんとか、とりあえずリュートを構え、彼は弾き語りを始めた。




「ららら、ファンタジック・ライフスタイル~~」


「「…………」」


「多分パッチワーク~、深遠な夜の空~」




 演奏が始まると、なにかの競技が開始したかのように、即座に書類と向き合う2人。


 バリバリ腕を動かし、血眼になってテーブルを凝視する。


 なにやら異様な風景だが、弾き語りは続いて行いく。




「きみを求める心は~」


「……」


「14世紀の瞬きに届いて~」


「……」




 初めのうちは、詩による強化のおかげで調子の良かったケビン。


 しかし、今はまた動きが停止している。


 無論、詩の効果は絶賛発揮中だ。それではなく、別の問題が彼を苛んだ。





「遠い未来の流星――」


「うるさいな……」


「――はァ?」




 リリックが思った以上に肌に合わず、なんとなく気になってしまったのだ。




 だからといって、『うるさいな……』で中断させられたジャックは堪ったものではない。


 ただでさえ嫌々弾いていたのに、とうとう我がリーダーは頭がおかしくなったのか?そんな気持ちを自然と抱いた。


 実際、自分から頼んでおいて、この扱いはあり得ないだろう。




「もういい。悪かったな、帰っていいぞ」




 自分のパーティのメンバーだからか、はたまた疲労で傍若無人になっているのか……とにかく、彼の態度は無礼だった。


 温厚なジャックでも、さすがにこれには黙っていられない。ケビンの前まで行くと、かなり強く机を叩いた。




「僕は君に頼まれたから演奏したんだッ!!」


「…………頼むから、もう帰ってくれないか。仕事の邪魔をしないでくれ」


「一体なにを考えているんだ!!?人を呼んでおいて、無理に演奏させて、気に喰わなかったら追い出すのか!?とんでもないエゴイストだねッ!!」


「分かった。それなら、もう来なくていい」


「…………~~~ッ!!」




 ケビンの精神は、この時かなり擦り減っていた。


 終わらない仕事と、懸けられた期待と、維持すべき権威と――そんなもののすべてを、ほとんど身一つで抱えていた。


 それでも、多忙であることが、あらゆる無礼の免罪符にはならない。




 怒りを隠そうともせず、ジャックはすぐに事務室を出て行った。


 退出時の扉を閉める音は、何時にも増して迫力のあるものだった。




 彼らの間に時々喧嘩があるのは、アバトライトもよく知るところである。


 本来ならば、いつも彼が仲介するのだが――彼自身も相当疲れていたため、思うように声が出なかったのだ。




 そのまま2人は最悪の空気を吸いながら、変わらずに過ごした。


 アバトライトは、ケビンの様子をちらりと確認する。


 再び書類に眼を落とす彼は、どこか事態から目を背けるような表情をしていた。

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