表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
錯綜の章
87/171

続・収容 ボスバトル

「藍色の風景」「収容」「続・収容」シリーズの続きです。

 影の繰り出す攻撃を避けながら、的確にダメージを与えるワイズとウィンド。


 遭遇してから相当の時間が経ったが、魔物はまだ倒れる気配がない。




「くっ、どうなってる!?」


「私達の攻撃が通っていないのは、どうやら間違いなさそうだなっ」




 ウィンドもワイズも、少し前から影の弱点を探して攻撃を繰り返していた。


 しかしどこを狙っても、ダメージを負って苦しむ様子がないのだ。




 今までの戦闘で、影について分かったことは幾つかある。


 まず、影は実体を持っていないこと。そのため、通常はどんな攻撃もすり抜けてしまう。


 しかし、攻撃の時だけは実体化して、ウィンドらにダメージを与えようとするようだ。つまり、その隙を突けばカウンターを決めることが出来る。


 が、影になんの疲労も見られない以上、与えるダメージが有効である可能性は低い。




 よって、敵の攻略方法はまだ暗中だった。


 それでも突破口を見つけるため、2人は巨大な影に対峙し続けた。




「オレガ、リーダーニ、ナル」


「なんなんだ、『俺がリーダーになる』って?」




 影はずっと、訳の分からぬ言葉を何度も呟いている。


 ウィンドはそこからヒントを得ようと試みたが、もし“魔物のリーダーになりたい”のだとすれば、あまりにも戦闘に関係の無い話だ。


 その上、どうやら相手に知能は無く、話が出来るとも思えない。やはり、呟きは魔物の鳴き声だと考えるのが自然であった。




 変な鳴き声しやがって。


 そう考えた彼は、実のところ攻略を焦っていた。


 故に、隣で戦う味方へ降りかかった危険にも、まったく気付かなかったのである。




「ぐおおぉッ!?」


「ワイズさんッ!!」




 鈍い音が鳴り、影の重い拳がワイズを直撃した。


 彼は人形のように軽く吹き飛ばされ、ダンジョンの壁に衝突して気を失う。




 頼れる味方が戦闘不能になったことで、ウィンドはそのショックから隙を見せた。


 そこを狙わない魔物はいない。影は再び拳を振り上げ、今度は隙だらけの獲物を狙う。




「くそ…やべェ……」




 呟きと共に視線を戻したウィンドでは、先に動いていた影の攻撃に反応出来ない。




「がァッ!?」




 2度目の鈍い音と共に、彼はワイズと同じく吹き飛ばされる。


 圧倒的な力の前には、抵抗すら出来ない。ワイズとは反対側の壁へ身体を打ち付け、意識を飛ばしかけた。


 だが力を失う寸前で、まだギリギリ持ちこたえる。唇を噛んで、なんとか意識だけは取り留めた。


 もう一度立ち上がるために踏ん張るも、身体は言う事を聞かず、動かすことさえままならない。




「……………やべェ、つってんだろ」




 掠れた声は、彼自身の耳にさえ届き損ねた。




 ――一方、魔物を掃討し終えたヒガンは、改めて現状を確認する。


 そして、倒れ込む影討伐組を確認して、口を大きく開けた。




「なんで負けとんねん……」




 彼女は別に方言を使ったのではないが、驚愕をおかしな言葉にした。


 今までの魔物のレベルからして、影が強いなんて思っていなかったのである。


 まさかまさかの大誤算。彼女は高を括っていたのだ。




 彼女と共に、魔物の掃討に当たっていたウォッチ。


 彼も同じ状況を眼にして、思わず眼を見開く。




「ワイズさん達が、負けたのか?」




 そうして、手に握った剣をおもむろに落とした。




「…どうしたの、ウォッチ…?」




 放心したように、ただ目の前を見て立ち尽くす彼を、フェリは心配する。


 すると、返って来たのは震える声だ。




「フェリ――このままじゃ、全員死ぬ」




 フェリが聞いたその声は、絶望的な現実を言葉より如実に物語っていた。


 2人が戦闘不能になったことは、それほどまでに致命的な事実なのだ。




「死ぬって…あんた、本気で言ってるの!?さっき『死にたくない』って言ってたじゃないっ!」


「俺じゃ…どうしようもない。ごめん」




 少女は受け入れられない現実を打開しようと、どうにかウォッチを再起させたがる。


 しかし、影の前で立ち尽くす戦士は、剣を拾う事も出来ずに謝るだけだ。




 冒険者ではない彼女でも、絶体絶命の場面であると容易に理解できた。


 だからといって彼女の意志は、ダンジョンの中ではほとんど力を持たない。


 冒険者が立ち尽くすのなら、彼女だって立ち尽くす他無いのである。




「ウォッチっ、しゃんとしなさい…!」


「…………」


「黙ってないで、さっさと剣を握ってよ!!」




 動けない2人を見て、影はそこに照準を定めた。


 強大な暴虐の接近に気付いても、フェリはまだウォッチへと言葉を掛け続ける。


 それでもなお、少年は立ち直れず、立ち尽くしたまま。




 やがて、無力な2人へと無慈悲な拳が振り落とされた。




 そこへ助けに入ったのは、魔導師であるヒガン。




「あっっ、危ねぇぇぇ」




 彼女は影の攻撃を魔杖によって防ぎきる。


 その結果、接近武器としての用途を想定していない杖は、半ば折れてしまった。


 これでも使う事は出来るものの、持ち手に刻まれたルーンが効力を失うため、威力の減退は免れない。




「ふえぇ、高い杖が折れたよぉ…」


「あ、ありがと」


「えっ?あ、え、キニシナイデ」




 とにかく、第一打はなんとか直撃を避けられた。とはいえ、影は続く二打目を準備している。


 次も杖で防ぐのはどう考えても不可能だ。回避行動を取ろうにも、単純に範囲の広い攻撃を避け続けるのは至難である。


 色々と考えた結果、ヒガンの得意な攻撃魔法をぶつけて、無理やり威力を相殺するのが妥当らしく思えた。




「フタリハ、ニゲテ。ワタシニマカシェテ」


「う、うん…」「気を付けてね、魔導師の人」


「ウン」




 彼女はロボットみたいな調子で告げて、ウォッチとフェリを逃がす。


 そうして、再び襲い掛かる影の拳を、目いっぱいの魔力で止めた。




 すると、その瞬間、影が苦しみだすのである。


 今までダメージらしいものを与えられなかったはずなのに、急に反応が変わったらおかしい。


 自分の魔法になにか特別な力が――と、彼女は考えかけて気付く。




 どうやら、今までなにもしてない人間が居たようだ。


 女剣士メルチである。彼女は謎の正八面体を撫でて、嘘みたいに笑っていた。


 おそらくそれが原因だろう。だって、彼女が正八面体を触る度に、影は苦しんでいるのだから。




「あの人なにやってんの、マジで」




 他人に対して久々にイラついたヒガンだったが、今までは影の背中に隠れていて、正八面体に気付かなかったのだと理解する。


 そして、あの物体が極めて弱点らしいなにかであるとも判断した。なにかは分からないが。


 そのため、仕方がないので声を張って、メルチに指示を出す。




「あぁぁぁあ、あのさーーーーー、そ、それーーーーー、こここ、壊してくださいーーーーーー」


「嫌よ。というか、出来なかったわ」


「ええぇ…?」




 『嫌よ』って!


 それはともかく、やってみたが不可能だったらしい。おそらく剣で斬ろうとしたのだろう。


 それならば、別の方法を取らなければならない。


 どうしようか考えてると、彼女の真上にまたも攻撃が振り落とされた。 




 素早く気付いて、彼女は魔法を展開する。


 しかし魔杖を振り上げた時、傷んだ部分が勢い余って完全に折れてしまった。




「あ」




 先端が宙を舞い、込められた魔力が明後日の方向へと誤射される。


 結果的には、彼女の魔法はメルチの剣をカチカチの氷漬けにした。




「へぶゥッ」




 我が魔法の着地点を見届けてから、彼女は攻撃をモロに喰らってしまう。


 ものの見事に潰されたものの、高いローブの防御性によって死なずに済んだ。


 が、やはり彼女も、もはや動ける状態では居られなかった。




 戦闘が継続できるのは、もうウォッチとメルチだけである。




「ふふ、氷漬けの剣なんて珍しい」




 だが剣士の剣は完璧に凍ってしまい、とても扱える状態ではない。


 消去法的に、戦えるのはもうウォッチだけだった。




 彼の落とした剣を差し出したまま、フェリは懸命に声を発し続ける。




「ウォッチ!お願いだから、早くいつも通りになりなさいよ…!」


「フェリ…でも、もう…」


「あんたがここで頑張らないで、どうして生きられるの!?簡単に諦めるなっ、バカウォッチ!!」




 ウォッチの心に、彼女の言葉が突き刺さる。


 自らが諦めてしまえば、もう活路は無い。希望を失くしてしまえば、絶望の未来しか待っていない。


 目の前で必死に言葉を掛けてくれる健気な少女。その姿は、諦めない者の強さを持っていた。




 自分が仲間を守らないでどうする?フェリが諦めていないのに、なぜ自分が諦められる?


 他のパーティメンバーがやられてしまっても、まだ自分がいるじゃないか――




 ここに来て、ウォッチはなんとか戦意を復活した。


 無理やり笑顔を浮かべて、彼は胸中の恐れを消し飛ばす。




「ごめん、フェリ」


「な、なに!?まだ謝って――」


「俺がフェリを守るって、今ここで約束する」


「――え…」




 彼は颯爽と剣を受け取り、影の前へ躍り出た。


 そして、自分の存在を相手へ誇示するために、大声で呼びかける。




「影野郎!!俺が相手だ、来い!!」




 影はその声に反応し、すぐに彼の方へ歩き出す。


 攻撃をフェリと離れた場所に誘導するため、彼も走り出した。




「ウォッチ!!」


「動いちゃダメだ、フェリ!!絶対に、俺がなんとかする!!」




 勇ましく宣言すると同時に、襲い掛かる影の拳を剣で受け止める。


 想像以上に重い一撃で、彼の耳には刀身の軋む音が聞こえてきた。


 だが、それくらいで怯みはしない。今の彼には、守りたい友達が居たからだ。




「ウォッチ…やっと元気になったわね、バカっ」




 フェリは少年の雄姿を見て、とても嬉しく思った。 


 そして、少年の心に呼応した彼女も、勇気を持って大きく動く。




 彼女はおもむろに走り出すと、正八面体を目指す。


 ウォッチが惹きつけている今のうちに、あの物体を壊そうと考えた。


 攻撃手段は、幸いメルチの手に握られている。




「フェリっ!?動いたらダメだって言ったじゃん!!」


「あたしだけなにもしないなんて、絶対あり得ないから!」




 猛威振るう影の拳を避けつつ、ウォッチは必死で少女を止めた。


 が、おそらく意味は無い。なんせ彼女は、性格的にじっとしていられないのだ。


 フェリの勇敢さを見て、彼はおもわず笑みを溢してしまった。




「仕方ないな…ならフェリ、頼んだぜ」




 自分が守り切るどころか、彼女が影にトドメ刺す勢い。


 もしかすると、あの娘は自分より冒険者に向いているのかもしれない。


 そんなことを考えて、ウォッチは微笑んだのだった。




「メルチ、あんたの剣貸して!!」


「はい」




 正八面体へたどり着き、フェリはすぐにメルチの剣を借りる。


 そうして、裂帛の気合いと共に、上段斬りを繰り出した。




「やあああッ!!」




 凍った剣に、切れ味などない。これはつまり、硬度をぶつけてかち割りにいっただけだ。


 万全の状態で斬れないものが、割れるはずもない。




 ――とは限らないのである。




「…まぁ、綺麗」




 そう呟いたメルチが視界に映したのは、粉々になって砕け散る正八面体の欠片だ。


 桜のように舞い上がったそれは、キラキラと輝きながら消えていく。


 その光景を、彼女は純粋に、子供のような眼で見ていた。




 ウォッチの前で立ち塞がっていた影の姿は、正八面体の破壊と同時に消え失せる。


 やがて、その姿が完全に無くなると、影のあった場所にはダンジョンの出口が現れた。




「やった…か?」


「やった…でしょ?」


「やったんじゃないかしら」




 戦闘の興奮が少しずつ静まる中、ウォッチ・フェリ・メルチは状況を確認し合う。


 それでも、まだ実感が沸かないでいると、遠くからウィンドが言った。




「お前ら、よくやったなっ!!!!」




 よくやったのは、当事者である3人よりも、ずっと見ていた彼の方が知っている。


 こうしてフェリ達は、強敵を倒してダンジョンを攻略したのだ。

そろそろ「続・収容」シリーズが終われそうです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ