続・収容 ボスバトル
「藍色の風景」「収容」「続・収容」シリーズの続きです。
影の繰り出す攻撃を避けながら、的確にダメージを与えるワイズとウィンド。
遭遇してから相当の時間が経ったが、魔物はまだ倒れる気配がない。
「くっ、どうなってる!?」
「私達の攻撃が通っていないのは、どうやら間違いなさそうだなっ」
ウィンドもワイズも、少し前から影の弱点を探して攻撃を繰り返していた。
しかしどこを狙っても、ダメージを負って苦しむ様子がないのだ。
今までの戦闘で、影について分かったことは幾つかある。
まず、影は実体を持っていないこと。そのため、通常はどんな攻撃もすり抜けてしまう。
しかし、攻撃の時だけは実体化して、ウィンドらにダメージを与えようとするようだ。つまり、その隙を突けばカウンターを決めることが出来る。
が、影になんの疲労も見られない以上、与えるダメージが有効である可能性は低い。
よって、敵の攻略方法はまだ暗中だった。
それでも突破口を見つけるため、2人は巨大な影に対峙し続けた。
「オレガ、リーダーニ、ナル」
「なんなんだ、『俺がリーダーになる』って?」
影はずっと、訳の分からぬ言葉を何度も呟いている。
ウィンドはそこからヒントを得ようと試みたが、もし“魔物のリーダーになりたい”のだとすれば、あまりにも戦闘に関係の無い話だ。
その上、どうやら相手に知能は無く、話が出来るとも思えない。やはり、呟きは魔物の鳴き声だと考えるのが自然であった。
変な鳴き声しやがって。
そう考えた彼は、実のところ攻略を焦っていた。
故に、隣で戦う味方へ降りかかった危険にも、まったく気付かなかったのである。
「ぐおおぉッ!?」
「ワイズさんッ!!」
鈍い音が鳴り、影の重い拳がワイズを直撃した。
彼は人形のように軽く吹き飛ばされ、ダンジョンの壁に衝突して気を失う。
頼れる味方が戦闘不能になったことで、ウィンドはそのショックから隙を見せた。
そこを狙わない魔物はいない。影は再び拳を振り上げ、今度は隙だらけの獲物を狙う。
「くそ…やべェ……」
呟きと共に視線を戻したウィンドでは、先に動いていた影の攻撃に反応出来ない。
「がァッ!?」
2度目の鈍い音と共に、彼はワイズと同じく吹き飛ばされる。
圧倒的な力の前には、抵抗すら出来ない。ワイズとは反対側の壁へ身体を打ち付け、意識を飛ばしかけた。
だが力を失う寸前で、まだギリギリ持ちこたえる。唇を噛んで、なんとか意識だけは取り留めた。
もう一度立ち上がるために踏ん張るも、身体は言う事を聞かず、動かすことさえままならない。
「……………やべェ、つってんだろ」
掠れた声は、彼自身の耳にさえ届き損ねた。
――一方、魔物を掃討し終えたヒガンは、改めて現状を確認する。
そして、倒れ込む影討伐組を確認して、口を大きく開けた。
「なんで負けとんねん……」
彼女は別に方言を使ったのではないが、驚愕をおかしな言葉にした。
今までの魔物のレベルからして、影が強いなんて思っていなかったのである。
まさかまさかの大誤算。彼女は高を括っていたのだ。
彼女と共に、魔物の掃討に当たっていたウォッチ。
彼も同じ状況を眼にして、思わず眼を見開く。
「ワイズさん達が、負けたのか?」
そうして、手に握った剣をおもむろに落とした。
「…どうしたの、ウォッチ…?」
放心したように、ただ目の前を見て立ち尽くす彼を、フェリは心配する。
すると、返って来たのは震える声だ。
「フェリ――このままじゃ、全員死ぬ」
フェリが聞いたその声は、絶望的な現実を言葉より如実に物語っていた。
2人が戦闘不能になったことは、それほどまでに致命的な事実なのだ。
「死ぬって…あんた、本気で言ってるの!?さっき『死にたくない』って言ってたじゃないっ!」
「俺じゃ…どうしようもない。ごめん」
少女は受け入れられない現実を打開しようと、どうにかウォッチを再起させたがる。
しかし、影の前で立ち尽くす戦士は、剣を拾う事も出来ずに謝るだけだ。
冒険者ではない彼女でも、絶体絶命の場面であると容易に理解できた。
だからといって彼女の意志は、ダンジョンの中ではほとんど力を持たない。
冒険者が立ち尽くすのなら、彼女だって立ち尽くす他無いのである。
「ウォッチっ、しゃんとしなさい…!」
「…………」
「黙ってないで、さっさと剣を握ってよ!!」
動けない2人を見て、影はそこに照準を定めた。
強大な暴虐の接近に気付いても、フェリはまだウォッチへと言葉を掛け続ける。
それでもなお、少年は立ち直れず、立ち尽くしたまま。
やがて、無力な2人へと無慈悲な拳が振り落とされた。
そこへ助けに入ったのは、魔導師であるヒガン。
「あっっ、危ねぇぇぇ」
彼女は影の攻撃を魔杖によって防ぎきる。
その結果、接近武器としての用途を想定していない杖は、半ば折れてしまった。
これでも使う事は出来るものの、持ち手に刻まれたルーンが効力を失うため、威力の減退は免れない。
「ふえぇ、高い杖が折れたよぉ…」
「あ、ありがと」
「えっ?あ、え、キニシナイデ」
とにかく、第一打はなんとか直撃を避けられた。とはいえ、影は続く二打目を準備している。
次も杖で防ぐのはどう考えても不可能だ。回避行動を取ろうにも、単純に範囲の広い攻撃を避け続けるのは至難である。
色々と考えた結果、ヒガンの得意な攻撃魔法をぶつけて、無理やり威力を相殺するのが妥当らしく思えた。
「フタリハ、ニゲテ。ワタシニマカシェテ」
「う、うん…」「気を付けてね、魔導師の人」
「ウン」
彼女はロボットみたいな調子で告げて、ウォッチとフェリを逃がす。
そうして、再び襲い掛かる影の拳を、目いっぱいの魔力で止めた。
すると、その瞬間、影が苦しみだすのである。
今までダメージらしいものを与えられなかったはずなのに、急に反応が変わったらおかしい。
自分の魔法になにか特別な力が――と、彼女は考えかけて気付く。
どうやら、今までなにもしてない人間が居たようだ。
女剣士メルチである。彼女は謎の正八面体を撫でて、嘘みたいに笑っていた。
おそらくそれが原因だろう。だって、彼女が正八面体を触る度に、影は苦しんでいるのだから。
「あの人なにやってんの、マジで」
他人に対して久々にイラついたヒガンだったが、今までは影の背中に隠れていて、正八面体に気付かなかったのだと理解する。
そして、あの物体が極めて弱点らしいなにかであるとも判断した。なにかは分からないが。
そのため、仕方がないので声を張って、メルチに指示を出す。
「あぁぁぁあ、あのさーーーーー、そ、それーーーーー、こここ、壊してくださいーーーーーー」
「嫌よ。というか、出来なかったわ」
「ええぇ…?」
『嫌よ』って!
それはともかく、やってみたが不可能だったらしい。おそらく剣で斬ろうとしたのだろう。
それならば、別の方法を取らなければならない。
どうしようか考えてると、彼女の真上にまたも攻撃が振り落とされた。
素早く気付いて、彼女は魔法を展開する。
しかし魔杖を振り上げた時、傷んだ部分が勢い余って完全に折れてしまった。
「あ」
先端が宙を舞い、込められた魔力が明後日の方向へと誤射される。
結果的には、彼女の魔法はメルチの剣をカチカチの氷漬けにした。
「へぶゥッ」
我が魔法の着地点を見届けてから、彼女は攻撃をモロに喰らってしまう。
ものの見事に潰されたものの、高いローブの防御性によって死なずに済んだ。
が、やはり彼女も、もはや動ける状態では居られなかった。
戦闘が継続できるのは、もうウォッチとメルチだけである。
「ふふ、氷漬けの剣なんて珍しい」
だが剣士の剣は完璧に凍ってしまい、とても扱える状態ではない。
消去法的に、戦えるのはもうウォッチだけだった。
彼の落とした剣を差し出したまま、フェリは懸命に声を発し続ける。
「ウォッチ!お願いだから、早くいつも通りになりなさいよ…!」
「フェリ…でも、もう…」
「あんたがここで頑張らないで、どうして生きられるの!?簡単に諦めるなっ、バカウォッチ!!」
ウォッチの心に、彼女の言葉が突き刺さる。
自らが諦めてしまえば、もう活路は無い。希望を失くしてしまえば、絶望の未来しか待っていない。
目の前で必死に言葉を掛けてくれる健気な少女。その姿は、諦めない者の強さを持っていた。
自分が仲間を守らないでどうする?フェリが諦めていないのに、なぜ自分が諦められる?
他のパーティメンバーがやられてしまっても、まだ自分がいるじゃないか――
ここに来て、ウォッチはなんとか戦意を復活した。
無理やり笑顔を浮かべて、彼は胸中の恐れを消し飛ばす。
「ごめん、フェリ」
「な、なに!?まだ謝って――」
「俺がフェリを守るって、今ここで約束する」
「――え…」
彼は颯爽と剣を受け取り、影の前へ躍り出た。
そして、自分の存在を相手へ誇示するために、大声で呼びかける。
「影野郎!!俺が相手だ、来い!!」
影はその声に反応し、すぐに彼の方へ歩き出す。
攻撃をフェリと離れた場所に誘導するため、彼も走り出した。
「ウォッチ!!」
「動いちゃダメだ、フェリ!!絶対に、俺がなんとかする!!」
勇ましく宣言すると同時に、襲い掛かる影の拳を剣で受け止める。
想像以上に重い一撃で、彼の耳には刀身の軋む音が聞こえてきた。
だが、それくらいで怯みはしない。今の彼には、守りたい友達が居たからだ。
「ウォッチ…やっと元気になったわね、バカっ」
フェリは少年の雄姿を見て、とても嬉しく思った。
そして、少年の心に呼応した彼女も、勇気を持って大きく動く。
彼女はおもむろに走り出すと、正八面体を目指す。
ウォッチが惹きつけている今のうちに、あの物体を壊そうと考えた。
攻撃手段は、幸いメルチの手に握られている。
「フェリっ!?動いたらダメだって言ったじゃん!!」
「あたしだけなにもしないなんて、絶対あり得ないから!」
猛威振るう影の拳を避けつつ、ウォッチは必死で少女を止めた。
が、おそらく意味は無い。なんせ彼女は、性格的にじっとしていられないのだ。
フェリの勇敢さを見て、彼はおもわず笑みを溢してしまった。
「仕方ないな…ならフェリ、頼んだぜ」
自分が守り切るどころか、彼女が影にトドメ刺す勢い。
もしかすると、あの娘は自分より冒険者に向いているのかもしれない。
そんなことを考えて、ウォッチは微笑んだのだった。
「メルチ、あんたの剣貸して!!」
「はい」
正八面体へたどり着き、フェリはすぐにメルチの剣を借りる。
そうして、裂帛の気合いと共に、上段斬りを繰り出した。
「やあああッ!!」
凍った剣に、切れ味などない。これはつまり、硬度をぶつけてかち割りにいっただけだ。
万全の状態で斬れないものが、割れるはずもない。
――とは限らないのである。
「…まぁ、綺麗」
そう呟いたメルチが視界に映したのは、粉々になって砕け散る正八面体の欠片だ。
桜のように舞い上がったそれは、キラキラと輝きながら消えていく。
その光景を、彼女は純粋に、子供のような眼で見ていた。
ウォッチの前で立ち塞がっていた影の姿は、正八面体の破壊と同時に消え失せる。
やがて、その姿が完全に無くなると、影のあった場所にはダンジョンの出口が現れた。
「やった…か?」
「やった…でしょ?」
「やったんじゃないかしら」
戦闘の興奮が少しずつ静まる中、ウォッチ・フェリ・メルチは状況を確認し合う。
それでも、まだ実感が沸かないでいると、遠くからウィンドが言った。
「お前ら、よくやったなっ!!!!」
よくやったのは、当事者である3人よりも、ずっと見ていた彼の方が知っている。
こうしてフェリ達は、強敵を倒してダンジョンを攻略したのだ。
そろそろ「続・収容」シリーズが終われそうです。