続・収容 総力戦
「藍色の風景」「収容」「続・収容」シリーズの続きです。
手負いのアーサーのアシストをウェドに任せ、再び先に進むフェリ・ウォッチ・レイア。
どうにか先行する者達に追い付いて、ウォッチは一息ついた。
後続を待っていたウィンドやワイズは、追い付いてきた彼らを見て安心する。
しかし、ウォッチとフェリはなぜか、レイアを協力して抱えて来たようだ。
2人に背負われる彼女は絶望的な表情をしていた。
「あんたら…なにがあった?」
「そんなこと、どうでもいいでしょ」
フェリは相変わらずのキツい口調だが、訳を話したくない様子だ。
彼女の気持ちを汲んで、ウィンドは逡巡の後、「そうだな」と返す。
そして、再び一本道の先へと視線を向け、歩みだそうとした。
が、それを治療術師の少女が制した。
少女はレイアを見て、深刻な顔をしながら言う。
「………」
「…なんて言ってるんだ?」
やたら深刻そうではあったが、言葉は聞き取れないままである。
すると、シェヴィは早々に話すのを諦め、行動を開始した。
説明するために時間を取るのが勿体なかったのだろう。
「………」
「シェヴィ…レイアの腕、治してくれ」
言葉を発さない彼女は、ウォッチの言葉に頷く。
そして、力を失くしたレイアの身体を丁寧に預かった。
一見しただけでも腕の傷は深く、無理に動かすのは危険そうだ。
そのため彼女は、近くに立つフェリの耳元へ囁く。
「………」
「え?ここに残るの?」
「………」
「…あっそ。そうするのが一番なのね」
小さな声を聞き取った彼女は、皆に治療術師の考えを伝えた。
すると、おもむろに彼女の前へ進み出て、ゼブラが言う。
「俺も残ろう。その2人だけでは危険だからな」
「ああ、ゼブラ氏。私も残ろう」
「いや、お前は行け」
「あっ、じゃ、私も…ふ、ふへへ」
「お前も行け。俺だけでいい」
話は纏まり、ゼブラ・シェヴィ・レイアの3人には治療に専念してもらうこととなった。
残ったメンバーは、再び出口を目指す。
「レイア…肉体的なダメージよりも、精神的ダメージの方が大きいかもな。すごく優しい娘だから」
「うるさい。前見なさいよ、ゴブリン」
「誰がゴブリンだ!」
ウォッチの心配は募るが、今はそれを気にしていても仕方がない。
フェリに言われた通り、彼はしっかり前を見る。
一本道は、まだ果てしなく続くようだった。
先を急ぎながらも、ワイズはパーティに言った。
レイアの前では語れなかった事実を。
「アバトライト氏は、おそらく追いついてこないだろう」
「え!?どういうことですか、ワイズさん!」
「ウォッチ氏、気付かなかったか?後ろから追って来る魔物の気配が無かったことに」
「た、確かに…」
そこまで聞かされると、ウォッチにも自ずと推理が組み立てられた。
つまり、アバトライト達が魔物の足止めをしていたのだ。
考えて納得すると同時に、彼は憤りを覚えた。
「ちょっと待って下さい!そのことはさっき、レイアの前で言ってあげれば良かったんじゃないですか!?」
事実が分かっていれば、彼女はアバトライトを迎えに行こうなどと思わなかったかもしれない。
怪我をしたり、アーサーに怪我をさせることも無かったかもしれない。
そう思うと、ウォッチはどうしても怒りをぶつけずにはいられなかった。
しかし、怒った瞬間に足元へローキックを喰らう。
「いてぇ!?」
「バカなの?同じことでしょ。レイアはどっちみち、平常心じゃいられない」
「………そ、そうかもしれないけど」
「あたしだったら迷わず助けに行くし」
フェリに言われて、彼は発言を顧みた。
確かに、あの状況でアバトライトの犠牲を伝えるのは、あまり良い判断ではない。
あの時点で、レイアの不安はかなり大きかっただろうから。
「…ん?」
「どうしたのよ」
すると、冷静になった少年はフェリの発言に引っかかった。
『あたしだったら迷わず助けに行くし』
彼女は一体、誰を助けに行くんだろう…と。
「フェリが迷わず助けに行く人って誰…?」
「はぁ?そんなの決まってるでしょ」
「なら教えてくれよ」
「なんであんたに教えなきゃ…ん?えっと…誰だっけ」
会話をしながら、フェリはフェリで疑問を持つ。
思わず助けに行くほど、自分にとって大事な人はいただろうか。
今、改めて想像してみると、その人物像はかなりボヤけていた。
「なんだよ、嘘かよ」
「違う。嘘じゃない」
「でも言えないじゃん」
「……………」
悔しいが、大事な人の名前は口から出てこなかった。
これによってウォッチに嘘つきのレッテルを貼られるのが、彼女は堪らなく嫌だ。
だからまず、もう一回だけ彼を蹴る。
「いてぇ!?2回目!」
「バーカ」
「お、お前ぇ…!」
謂れも無く蹴られて、ウォッチは当然怒った。
そんな彼の様子を見ても、フェリは適当に口笛を吹いて誤魔化すのだった。
こんな状況でも仲睦まじい2人に、ワイズは苦笑する。
そこへ、ウィンドが真面目な顔で話しかけてきた。
「なんか…嫌な気配、どんどん強くなってるぜ」
「本当か!ということは、君の言う“なにか”は近いかもしれないぞ…!」
そう会話を交わした後で、間もなく一本道の終わりが見え出した。
その先には色付いた景色が広がっているらしい。
彼らは顔を見合わせ、ラストスパートを掛ける。
そうして、いよいよ開けた場所に出た冒険者達。
先ほどまでの色の無い世界を抜けると、色のある世界は余計に輝いて見える。
見えなかったゴールにたどり着いて、ウィンドは思わず笑みを溢した。
「よし…あとは、出口と“なにか”さえ見つかれば――」
しかし、その笑みは数秒で姿を消す。
彼が希望を持って見据えた視界に、巨大な影の魔物が鎮座していたのだ。
魔物はまるで、ソファに足を組んで座る人間のような恰好をしていた。
「オレガ、リーダーニ、ナル」
「なんだコイツ――」
魔物の姿や声に呆気にとられ、彼は立ち尽くす。
その頭上に、魔物の繰り出す攻撃が落とされようとしていた。
「危ない、ウィンド氏!!」
それは間一髪のところで、素早く反応したワイズによって防がれた。
呼びかけられたウィンドは眼を開いて、自らの意識を引き戻す。
そして、改めて周りを確認した。
「わるい、ワイズさん」
「気を引き締めるんだ。私達は今、ダンジョンにいる」
「ああ」
何度目かの冷静さを取り戻して、ウィンドは大きく頷く。
そして、強い眼で魔物を見据えた。
立ち向かう覚悟を固めた彼の眼は、希望への輝きに満ちていた。
「うっわー…魔物とか無理だし。魔法使うの疲れるし。嫌だし嫌だし嫌だ」
覚悟の無いヒガンは、立ち向かう2人の後ろでウダウダ言っていた。
実際のところ、彼女は実力を持った魔導師なので、戦闘には大いに役に立つ。
しかし、やりたくないことをやるのは、曰く『向いてない』のである。
とはいえ既に、ウィンド達の対峙しているのとは別の魔物に、彼女は囲まれていた。
同じように囲まれているウォッチとフェリを見て、面倒くさそうに首を振る。
「あっちには冒険者じゃない子がいるし…もーいーよ、やればいいんだろ、かったるい」
かくして、自前の魔杖を構えた彼女は、渋々ながら魔法を発動するのであった。
一応、魔物との総力戦が開始したのである。
これって日常じゃないよ