続・収容 未完成な世界
「藍色の風景」「収容」「続・収容」シリーズの続きです。
ウィンドの先導に従って、彼を含んだ7人の冒険者はダンジョンの奥地を目指す。
ダンジョンに生息する魔物の種類は少なく、変わった造形物や武器・魔道具の類も一切ない。
「レイア、なにか武器とか見つけた?」
「うーん、なにも見つからないよ…」
「そっかぁ…正直、ちょっと期待してたんだけどな…」
武器が見つからないと、武器オタクのアーサーはがっかりである。
前衛のレイアに話しかけるが、武器の情報は得られなかった。
ともかく、ダンジョンそのものが現れた場所や入り口が消えたこと以外、特筆すべき点は無かった。
「なんか、つまんねーダンジョンだな…」
そろそろ退屈してきたウェドが、暇を持て余して呟く。
「………」
「おう、シェヴィもそう思うか。やっぱり俺達って気があうし、通じ合ってるのかもな」
「………」
彼は後衛のシェヴィの方へ振り返り、通じ合っていることをやたら確認していた。
(そんなの、わざわざ確認しなくてもいいのに)
――シェヴィは心の中で、そう思っていた。
実際は口に出してもいるが、ウェドに聞こえていないから、思うしかないのだ。あんまり通じ合っていないかもしれない。
彼女の考えは知らず、意見の合致で上機嫌になっているウェド。そんな彼に、武器に飢えたアーサーが話しかけて来る。
「なぁウェド。ここに来るまでに武器とかあったか?」
「あぁん?馴れ馴れしいんだよテメェ…気安く話しかけてくんなッ!」
「な、なんだよ!そんなに嫌わなくてもいいだろ!?」
相変わらず、ウェドとアーサーの仲は縮まる気配がない。
シェヴィの相方として、アーサーの通訳力を許せないウェドである。
本当は今すぐ彼を殴って、腕力によって勝利したいところだが、臨時パーティであるために出来なかった。
前衛と後衛の片翼がいがみ合うのを見て、アバトライトは眉間を押さえる。
「君達、いい加減にチームとしての自覚を持ってくれ…まあ仲良くしろとは言わないが、連携を乱すような行動は慎むようにね」
「アバトライト、俺はコイツがいけ好かねぇぜ」「アバトライトさん、俺はウェドの態度が悪いと思います」
「子供みたいなことを言うな!まったく、それでも冒険者かい?」
『それでも冒険者かい?』は、口調は優しいが威力のある言葉だったらしい。
真正面から喰らった2人の少年は、しばらく顔を上げられなくなる。
そんな彼らの様子を見て、レイアとシェヴィは顔を見合わると、困ったように笑った。
パーティ内に些細な問題はあるものの、探索は概ね良好に続く。
やがて、ウィンドは自らの感覚に従って立ち止まった。
「ワイズさん。多分ここだ…この近くに、なにかある」
彼の言葉で、ワイズは不思議そうな顔でキョロキョロと辺りを見回す。
しかし、彼の言うような“なにか”は、周辺には見当たらない。
そこは確かに、今までよりも視界の開けた場所だったが、そのために障害物なども少ない地点でもあった。
難しい顔のワイズが、ウィンドに問い返す。
「うーむ、本当にこの辺りなのかい?私にはなにも無いように見えるのだが」
「ああ、俺にも気になるものは見当たらない…でも、ここに気配が集中してる感じなんだ」
そう言うと、ウィンドはパーティの前に出て行って、探索メンバー全員に声を掛けた。
「小さなことでもいい。ここに来るまでに、なにか異変に気付いた人はいるか?」
「武器が全然無い」
「魔物が変わらねぇし、探索しててもつまんねぇ」
「………」
「ダンジョンらしい不思議な仕掛けとかも無かったです!」
それに対し、アーサー・ウェド・シェヴィ・レイアが応える。
どの返事も『無い』という違和感を示すだけで、『有る』ことに関しては触れていない。
そこからなにかを導き出すのは、些か困難であった。
「くっ…ここまで来て、手掛かりは無いっていうのか?」
焦りを見せるウィンドは、再び冷静さを失いかけている。
記憶を求めるあまり、無為に経過する時間が許せなくなっていた。
そういう彼の内情を見逃さなかったワイズは、その気持ちを落ち着かせるべく言った。
「ウィンド氏、焦ってはいけない。未知に対して私達が出来るのは、理性によって対抗することだけだ」
「ワイズさん……ああ、そうだな。」
自らの焦燥を自覚して、気持ちと情報を整理するウィンド。
すると、あることに気付いた。
ここには足りないものばかりで、地形もダンジョンの構造としては単純過ぎる…ということは、つまり――
「なあ、ワイズさん。もしかすると、このダンジョンは未完成なんじゃないか?」
「――なんだって!?未完成!そんなことがあるのか!?」
疑問を伝えると、ワイズは酷く驚いて、分かりやすく状態を後ろへ逸らした。
確かに俄かには信じられない事だが、この仮定を基にすれば、頷ける部分は多々ある。
入り口の消滅や、魔物の種類の少なさ、魔道具などが存在しないこと………どれも他のダンジョンには無い特徴だ。
「ソロで冒険してきたワイズさんなら、他のダンジョンと比較出来るだろ?」
「うーむ、確かにな…言われてみれば、こんな質素なダンジョンは見たことが無いかもしれない。まるで、作りかけの地図をそのまま再現したような…」
――彼の導き出した仮定は、ワイズを含め、他メンバーからも一定の支持を得ることに成功した。
だが、実際に未完成だったとして、足りないものがなんであるかも分からない。
証明しようにも、その形成も未解明であるダンジョンについて、これ以上に考察を深めるのは不可能らしかった。
「魔道具や武器を持ち込んで、適当にばらまけばいいんじゃないか?」
「ダメだよ、アーサー。だって私達、閉じ込められてるんだよ?」
「そういえばそうだった…」
それでも一応、意見は出る。
とはいっても、閉じ込められている都合上、様々な検証を行うには不自由過ぎるのだ。
彼らはそのまま、案らしい案も出せず、お互いに困った顔で唸るしかなかった。
そんな折、パーティの背後に迫って来る影を発見したウィンド。
彼はしっかりと眼を凝らし、影をよく確認しようとする。
その曖昧な像から判明したのは、影が魔物ではなく、人間であることだ。
それは単独ではなく、どうやら7人ほどの群れを成しているらしい。
つまり何を意味するか、ウィンドは考えるまでもなく理解した。
「みんな、あれを見ろ!別のパーティが居るぞ!!」
「「「「「えぇっ!?」」」」」「………」
彼の伝令に全員が振り向く。
間近に迫った人物達からは、その表情や身なりまでなんとなく把握できた。
聖騎士の男を先頭に、剣士・魔導師・戦士・治療術師…そして、二人目の魔導師と続く。
戦士の隣に居る少女は、その姿からはクラスを判定し難い。
ともかく、パーティだと判明した以上、アバトライトはすぐにコンタクトを取ろうと考えた。
大声で呼びかければ魔物が反応するため、こういう場合は出来る限り音の小さい合図を送るべきである。
「ウィンド、シェヴィ。どちらか、なにか合図になる魔法は使えるかい?」
彼は魔法剣士と治療術師に呼びかける。
すると、小さな声の治療術師は頷いて、進んで魔法を使用した。
彼女が前方に手を翳すと、少し距離のある別パーティの聖騎士へ、光のシグナルが届いた。
シグナルに反応した聖騎士は、自らの率いるパーティに指示を出し、シェヴィ達の方へと向かってきた。
「合図を送ったのはお前か、治療術師」
「………」
「…今、なにか言ったのか?」
聖騎士の男は、そのままシェヴィに話しかけてしまう。もちろん、会話は成立しない。
そのため、アバトライトが慌てて会話を引き継いだ。
「わ、私が送るように指示をしたんだよ。やはり君だったか、ゼブラ」
「アバトライト…!なぜここに?」
アバトライトがゼブラと呼んだ男は驚く。
彼らはお互いに、既知の仲であったのだ。
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――お互いに事情を理解しあった後、彼らは改めて状況を考察する。
「このダンジョンに足りないもの、か」
「それさえ分かれば、脱出にも近付くと思う」
失った記憶のため、必死に説明を行うウィンド。彼の焦燥はゼブラにも伝わった。
しばらく逡巡して、聖騎士は引き連れていたパーティのメンバーへ言う。
「お前達。なにか心当たりはあるか」
その問いに、女剣士のメルチはわざとらしい笑みを浮かべて返す。
「私はこんなダンジョンも好きよ」
回答になっていない言葉である。趣向の話ではない。
彼女に続き、少年魔導師のニックが口を尖らせる。
「強い魔物が一匹もいねー!なぁウェド、俺と戦ろうぜ!」
「バカかお前、そこにアバトライトが居るってのに…」
彼は勝負のことしか頭に無い。
ウェドは友人として彼を諫めるが………否、諫めていない。アバトライトが居なければ、『受けて立つぜ』とか言っているだろう。
「………」
「ふぇっ?え、えぁ…なんすかぁ…ちょおすっ?」
女魔導師のヒガンは、なんか言うシェヴィに笑顔で見つめられていた。
突然ダンジョンへ飛び込んだヒガンが見つかり、少女は「無事で良かった」と言っている。
しかし、ヒガン的には謎の笑顔だった。人見知りにとっては怖いだけであった。
まともな回答は得られず、ゼブラは最後に治療術師の相棒・ガジルを見た。
視線を受け取った彼は、黙って首を振る。
有用な情報は得ていない、ということなのだろう。
結局のところ、また謎は解けないままである。
困った状況であるが、それとは関係なく、アーサーとレイアは久々に会った友人と話していた。
「まさかここでウォッチに会うなんて思わなかった!ほら、俺のこと覚えてる?」
「よ、アーサー。聖女の日以来だな…そ、それにレイアも…」
「え?確か私、あの日ウォッチには会ってないと思うよ?」
「あ、あぁ、そうだったっけ?そういえば、そうだったっけ…」
戦士のウォッチ少年は、友人のアーサーよりも、どちらかといえばレイアへ視線を送っている。
レイアも友人だが、彼の中ではちょっと特別な存在であった…まあ要するに、惚れているのだ。
それを隣で見て、なんだか不機嫌になったのは少女フェリであった。
「はぁ、キモ…溶けたゴブリンみたいな顔しないでよ」
「は、はぁ!?してねーよっ!?」
いきなり謂れの無い悪態を突かれたウォッチだが、デレデレしていたのは事実なため、動揺しながらも否定した。
「溶けたゴブリン…?」
フェリから飛び出したワードに疑問を浮かべるレイア。
その姿が癪に障ったフェリは、彼女のおでこを指で弾いた。
「いたっ!?」
「ウザい、あんた」
「えぇ~?よ、よく分からないけど酷くない…?」
傍若無人な少女は、被害者の言葉を無視してそっぽを向いた。
そして、自らの多忙さをアピールするように、魔道具の水晶を取り出す。
「!?」
すると、取り出した瞬間、ウィンドが凄い形相で詰め寄ってきたではないか。
驚く彼女にも構わずに、ウィンドは詰問するような調子で言った。
「おい…!なんだそれ!?」
「は、はぁ?なに??これは、す、水晶だけど…」
「………それだっ!!絶対にそれだっ!!」
なにかを発見した様子で、眼を見開いて興奮する彼。
フェリにはなにがなんだか分からない。
ただ、一つだけ感じたことは
「なにコイツ、キモい…」
ということだけだった。
いっぱいキャラがいます。