続・収容 導かれし者
「藍色の風景」「収容」「続・収容」シリーズの続きです。
偶然にも出会い、そのまま7人でダンジョンを探索する冒険者達。
魔物を追い払いながら進んで行く道中で、倒れていた者が眼を覚ます。
「――良かった。ようやく目覚めたね、ウィンド」
「…あぁ、アバトライトさん?」
ウィンドが眼を開くと、振り向いたアバトライトが言葉を掛けてくれる。
聖騎士の背中に背負われたまま、寝ぼけた頭を動かして、彼は状況を確認した。
いつの間にか、周りには見知らぬ顔が幾つかあるようだ。
「俺は…なんで寝てたんだ?」
「ワイズさんと話している時に、突然苦しみだしたんだよ。覚えてないかい?」
「うーん…」
アバトライトから話を聞いて、記憶を整理してみる。
しかし、頭の中には朧気なシーンしか浮かんでこない。
これも呪いによるものかと、彼は下唇を噛む。
情報がもう少しあれば、記憶を呼び起こせるだろうか?
そう考えて、彼は向こうで楽しそうに喋っている4人組を見る。
そちらを指差すと、再びアバトライトへ質問した。
「ワイズさんは分かるが、あの4人は誰だ?」
指した場所へ顔を向けたアバトライトは、少し微笑んで答える。
「彼らかい?右から、レイア・アーサー・ウェド・シェヴィ。君が倒れてすぐ、僕らと出会って同行することになった」
「そうなのか」
「シェヴィは治療術師で、倒れた君に応急処置を施したんだ。アーサーやレイアも協力していた」
話を聞けば、眠っていた間にどうやら世話になっていたらしい。
お礼を言うために、ウィンドは聖騎士の背中を降りて、4人組の方へ歩いた。
すると、彼が向かってくるのに気付いたレイアが、先に手を振って声を掛ける。
「あ!ウィンドさん、起きたんですね!」
「………」
彼女の言葉で、応急処置をしてくれたというシェヴィも振り向く。
それに続き、アーサーとウェドも彼を見る。
心配してくれていたのか、皆どこか明るい表情でウィンドを迎えてくれた。
「ありがとう。あんた達のおかげで無事だ」
「………」
「…ん?」
頭を下げて感謝を伝えると、シェヴィがなにか言葉を返してくれる。
だが、声が小さすぎて聞き取れない。
聞き返そうとすると、横からアーサーとウェドが通訳してくれた。
「『気にしないで』って言ってるよ」「『治療代は安くしといてやる』って言ってるぜ」
なぜ通訳が二通りあるのだろう。意訳だろうか。
ウェドはギロリとアーサーを睨み、視線によって牽制を行う。
が、アーサーには言葉を確実に聞き取った自信があり、それを正しく伝えるためには引き下がれない。
「アーサー。テメェの通訳は弱過ぎんだよ」
「なに言ってるんだよ。通訳に強いも弱いもあるか?」
「そんなことも知らねぇヤツが、シェヴィに首を突っ込んでんじゃねーッ!」
「突っ込んでない!これは通訳者のプライドだ!」
なにやら両者には確執があるようで、シェヴィに首を突っ込むなどと訳の分からない事を言い始める。
――そんな時、ウィンドの頭の中には、またも何者かの声が響いた。
『ごめんな――。いつもありがとう』
誰かの名前を呼ぶ、誰か。それと同時に、身に覚えのない不可思議な映像が過る。
記憶が失われているためか、声の主には心当たりがないが………しかし、なにやら違和感があって、最初から自らの記憶ではないような気もした。
気が付くと、ウィンドの身体は憑りつかれたように歩き出す。彼はほとんど無意志で、どこかを目指し始めた。
急に様子のおかしくなった彼を、レイアが慌てて引き留めた。
「ど、どうしたんですか!?ウィンドさん!」
「こっちだ……こっちに、なんかがある――」
しかし、彼女のしがみつきを振り払うウィンドは歩みを止めない。
うわ言のように何事かを呟く姿は、まるで夢遊病のようだ。
明らかに異様な彼の症状に、シェヴィも物理的なドクターストップを仕掛ける。
「………」
「放してくれ………俺は、こっちに行かなきゃダメなんだ!」
「………」
レイアと共に患者の腕を掴み、必死で止めようとするが、言う事を聞かない。
彼女達では力が足りないため、シェヴィは男手を求めて2人の少年を呼ぶことにする。
「………」
「!!おいシェヴィ、今のもう一回言ってくれ!絶対聞き取ってやらァ!!」
「あっ、くそ、聞き逃した……!だけど、俺は通訳者として負けられないんだ!!シェヴィ、もう一回!!」
「………」
彼らはバカなので、役に立たない。
最初は喋ったのだが、2回目は呆れてものも言えない彼女だった。
4人がわちゃわちゃしているのを見て、アバトライトも異変に気付く。
不自然なウィンドの様子を確認すると、彼は素早く行動した。
「ワイズさん、ウィンドになにかあったみたいです」
「なにっ!?了解だ!」
速やかにワイズと連携を取り、標的を抑えに行く。
懸命に制止する少女と合流すると、彼は即座に指示を出した。
「レイア、シェヴィ、離れて!私達に任せてくれ!」
「え、あっ、了解です!シェヴィちゃん、こっち!」
「………」
レイアもアバトライトと親しい後輩であるため、彼との連携は人より慣れている。
彼女はシェヴィを危険でない場所へ誘導し、自らも退いて、後のことを先輩に任せた。
「ワイズさん、右です」
「任せなさい」
アバトライトはワイズと無駄無く連携を取りながら、標的の動きを止める。
そのまま華麗な体術を披露し、歩みを止めないウィンドを抑え込んだ。
「くっ…!は、放してくれ、アバトライトさん…!」
「ダメだ。どこに行くつもりか、はっきり言ってくれ」
「それは、分からないが………俺は………行かなきゃダメなんだよっ!」
「複数探索において、ダンジョンでの単独行動はタブーだ」
勝手な行動は許さないと、彼は厳しくウィンドに言う。
しかし、ウィンドは抵抗をし続けた。
すると、制止を受け入れない彼を見て、ワイズが口を開く。
「アバトライト氏。もしかすると、彼は――なにか感じ取っているのかもしれんぞ」
「…どういうことです?」
「このダンジョンを進むにつれて、どんどん強くなる嫌な気配…それとなにか関係があるのでは?」
そう考察する彼の言葉に、ウィンドはすかさず肯定を示した。
少し前と同じく、アバトライトを強く見ながら。
「さっき聞こえたんだ…誰かの声がっ!」
「…誰かの、声…」
さきほどは夢遊病者のように無意志だったウィンドの眼は、抑え込まれたことによって冷静な意志を得ている。
それに強く見つめられて、アバトライトも調査を待ってもらったのを思い出す。
しばらく逡巡した後、彼はおもむろに手を外した。
「少し焦っているのだろうが、単独で先行してはいけない。いいね?」
「…!ああ、分かった。冷静になるよ」
「よし」
ウィンドの言葉を聞いて、彼が先頭に立つことを許す聖騎士。
ワイズもそれを見て、満足そうにうなずいた。
「ウィンド氏、サポートは我々に任せろ。気にせずに行け!」
2人の温情に、ウィンドは黙って頭を下げ、パーティの先頭に立った。
改めて隊列を組み直すため、アバトライトは他の仲間に指示を出す。
「原則、2列編成でいく。アーサー、シェヴィは私と共に後衛へ付いてくれ。レイア、ウェド、ワイズさんはウィンドと共に前衛へ」
彼の迅速な指示に従い、メンバーは各々ポジションへ付く。
かくして、パーティはウィンドに先導される形で探索を再開した。
「俺は絶対に、記憶を取り戻してやる…」
一言だけ呟いて、ウィンドは強く歩み出した。