続・収容 味方
「藍色の風景」「収容」「続・収容」シリーズの続きです。
「ここの魔物は、あまり強くないのね」
そう言って、メルチは犬もどきを鮮やかに斬り捨てる。
フェリとウォッチは、彼女に連れられる形でダンジョンの奥へと進んできた。
どこまで進んでも現れる魔物には変化が無く、珍しい財宝の類も見当たらない。
しかし、来た時と比べてただ一つ、明らかな変化がある。
「フェリ、気付いてるか…だんだん嫌な気配が強くなってきた」
ウォッチがそう呟くと、フェリは首肯を示す。
すると、2人の前に居たメルチが振り返った。
「嫌かしら?とてもワクワクする気配だけど」
彼女にとって、その雰囲気は甘美なものであった。
なぜならば、それが未知に出会う前兆であることを知っていたから。
恍惚を浮かべる女剣士を見ると、フェリは少し嫌な顔をする。
彼女から漂う妖しさによって、未だに警戒心を手放せないでいた。
「とにかく、気を付けて進もう」
「…そうね」
前を見直して、メルチから視線を外す。如何せん、接し方を理解し兼ねていた。
彼女の実力に依存した探索ではあるが、フェリは彼女を信用していない。
ウォッチも猜疑的な態度だが、今メルチから離れるのは危険だとも分かっていた。
戦闘のできないフェリを、魔物から庇いながら戦うのには、彼のみでは限界があるのだ。
心理的に歩調の合わない行進の最中、メルチがおもむろに人差し指を上げた。
後ろに付く2人は、その指先が示す場所へ眼を向ける。
少し遠方に見えたのは――摩訶不思議に煌めく、謎の大きな植物だ。
「はぁ…?な、なにアレ?」
「綺麗ね」
「いや、メルチ…それはちょっと暢気な感想だよな」
訝し気に眺めるフェリ、眼を細めて見惚れるメルチ。
ウォッチは警戒しつつ、植物の様子を観察する。
しかし、反射する光のような煌めきの他に、これといった特徴は無かった。
「行ってみましょうか」
「いやいや。わざわざ行かなくてもいいよ」
「バカ、なに言ってんのよ。行くに決まってるでしょ」
「えぇ~、フェリさん…?」
相談の後、3人は実際に植物の間近へと行く。
とはいえ、フェリとウォッチは無暗に近付くのを躊躇った。
だが、メルチだけはなにも恐れないまま、平気な顔で距離を詰めていった。
「う、嘘だろ…!?メルチ!」
どんどん距離の離れていく女剣士を、ウォッチは止めようとしたが、まったく手が届かない。
だからといってやむを得ず歩を早めれば、今度はフェリを一人にしてしまう。
そのため、遠くなる彼女の背中を、ハラハラしながら見送るしかなかった。
仲間には構いもせずに、先に植物の前へ到着したメルチは、逡巡さえせずにそれを触る。
すると、植物は彼女の身体に素早く巻き付いて、そのまま締め上げた。
「…ふ、うっ…」
圧迫される苦しみによって、彼女は小さく呻いた。
それなのに、表情に苦しそうな様子は一切ない。むしろ、まったく真逆の喜びに満ち溢れている。
その異常に見える相好は、追い付いてきたフェリが恐怖を覚えるほどである。
「………なんか、キモいんだけど……」
「あぁッ、心配しなくていいわ。だって…フフ、フフゥッ…ああっ」
メルチは断じてマゾヒストではない。が、感じている快楽の性質は似たようなものだ。
彼女は現在、理不尽に締め付けられていることに対して、大きな愛情を抱いている。
眼に痛い光沢を放つ、凶悪な蔦の表面を撫でて喜んでいた。
「大丈夫かメルチ!?待ってろ、今助けるからな!」
とにもかくにも、このままでは彼女の命が危険である。
ウォッチは早急に助けようと、勇ましく剣を構えた。
しかし、そんな少年の姿を見て、メルチは呻きながらも言う。
「助けッ、なんてェ……いらないわ、ウォッチ」
「はっ??」
ウォッチがクエスチョンを浮かべた瞬間、彼女は自らの剣で蔦を斬った。
締め付けられて自由に動かせなかったはずの手を、どうにかして使ったのだ……と、理屈はそうでも、ウォッチにしてみれば手品でしかない。
いきなり仲間の命が助かっても、彼の浮かべるクエスチョンは無駄に増えていく。
「備えが無くても、死ぬ前に対応すれば死なないの」
「???」
「ほら、あそこにも蔦が一本。ウォッチも体験してみる?」
「?!!…??!?」
状況を整理しきる前に、彼はもう一本の蔦に捕まってしまった。
がっしりと腕に巻き付いて、蔦は彼を放そうとしない。
「う、うわぁー!!放せよ、この蔦ァ!!」
藻掻けば藻掻くほど、抵抗の余地を埋められていく。
締め上げられる苦しみは、メルチの時と同じように、彼にも呻き声を上げさせた。
「ぐぅッ…!?は、腹がァ……」
「バカ!なに油断してんのよ、お間抜け冒険者!」
友達をピンチから救うため、フェリは咄嗟に行動を開始する。
けれども、冒険者でもない少女では戦闘など出来るはずもない。
故に、取れる行動はほとんど無力なものであった。
「放しなさい、この!変な植物!」
植物の根元へひたすらキックを繰り出し、牽制にもならぬダメージを与える。
もちろんそれは、なんの効果も得られない行動である。
それでも少女にとって、やらないよりは幾らかマシだった。
なおも攻撃を続けつつ、少女は背後に佇むメルチへと呼びかけた。
「なに見てんのよっ!あんたが斬れば解決するでしょ!?」
「そうね。だけど、これはウォッチの蔦だから」
「は、はぁ?キモ…なに言ってんの?」
「ウォッチの蔦だから、私が手を出すのは嫌よ」
イカれた女剣士は無茶苦茶なことを言うだけで、まったく協力する気がない。
そうと分かったフェリは、彼女をアテにするのを即座にやめる。
そして、ただガムシャラに蹴りを入れ続けて、植物が怯むのを待った。
その間にも、締め付けはどんどん強くなっていき、ウォッチを苦しめる。
彼に策を考案する余裕は無く、フェリの力によって解放される兆しもない。
「ウォッチ!こんなところで死んだら、絶対に地獄行きなんだからねっ!」
「うぐぁあっぁ………フェ………リッ………」
「あたしの宝探しを手伝うんでしょ!?なら、勝手に死ぬなっ!」
必死で蹴り続けるフェリにも、徐々に疲れが表れ始めていた。
ただでさえ弱い攻撃力がさらに減退し、もはや植物を僅かに揺らすことさえ適わない。
途中からはパンチも加えたが、手の痛みが増すばかりである。
この期に及んで、メルチは未だに傍観している。
彼女は至って冷静で、状況を取り違えているのでも、ましてや怯えているわけでもない。
にもかかわらず、何一つ行動を起こさずに、ある種の超然さで佇んでいた。
以上を以て、ウォッチが助かる見込みは限りなく薄い。
――そう結論付けざるを得なかった、その時。
どこからか飛んできた炎の魔法が、瞬く間に植物を焼き払った。
よって、ウォッチは燃える蔦を払いのけて、無事に生還することが出来た。
しかし、助かったは良いが状況は読めない。
またも少年は混乱を来すのであった。
「な??なにが起こって…?」
しばらく首を傾げていると、フェリが走ってやって来る。
彼女は少年の腕を弱く殴りながら、今にも泣きそうな声を発した。
「ウォッチ!バカウォッチ…!死にそうになるなっ!」
「フェ、フェリ……ごめん」
その言葉で、少年は自らの油断を反省する。
意表を突かれたが、そういう隙を見せたのは自らの失敗だ。
もっと気を引き締めようと、改めて意識し直すのだった。
なにはともあれ、ピンチを回避し安堵する2人。
それを横目に、メルチは新たな来訪者に眼を向けていた。
「初めまして、炎の魔導師さん。それに治療術師さんも」
彼女の妖しい笑みに眉を顰めつつ、『炎の魔導師』と呼ばれた少年は返事をした。
「おい、お前。味方は助けろって教えてもらわなかったのかよ?」
「ああっ、ニック!なるべく穏便に…頼むよ」
不満げな顔の少年は、その名をニックという。
そんな彼をかなり弱く制したのは、治療術師の男性・ガジルだ。
2人もまた、このダンジョンに入った冒険者であった。
ニックは催眠術に掛かっている