続・収容 役に立たないこと
「僕はなぜ、こうも簡単に迷うのだろう…」
ダンジョン内に閉じ込められ、仕方なくゼブラと探索を開始したガジル。
しかし早速はぐれてしまい、迷子になっていた。
「おーい、ガジルー!居たら返事をしてくれー!」
どこに居るとも知れぬ相方へ声を掛けてみるが、応答は無い。
一つ溜め息を吐いて、途方に暮れる。
キョロキョロと見渡した景色は、異界の恐怖感を煽った。
「はは、魔物が現れていないのが救いだよ…」
彼がそう呟くと同時に、四方から剣呑な気配が漂う。
素早く気付いて、咄嗟に臨戦態勢に入ると、数匹の犬もどきの魔物が現れた。
魔物はグルグルと喉を鳴らし、戦闘能力の低い治療術師へ襲い掛かろうと構えている。
「そんな…なんで呟いた瞬間に現れるんだ?」
自分の運の無さに呆れながらも、ガジルは状況を考える。
対処の方法として、戦闘を行うことはありえない。彼は戦闘能力が低く、仮に相手が1匹だったとしても、まともに相手できないのだ。
消去法的に、取れる選択肢は一つである。
「リペアオールッ!!」
彼は、攻撃には利用できないはずの治癒魔法を発動した。
すると、その手のひらから眩い光が放たれ、周囲の魔物達の眼を眩ます。
作り出した隙を逃さず、全速力で敵の間を抜けると、どうにか窮地を切り抜けた。
「ふぅ、どうにかなったかな。はぁ…あとどれくらい魔力が持つだろう」
先ほどの光は、治癒魔法を対象未指定で使用し、半暴発の形で使用した。
その結果、行き場の無い光属性の明滅が拡散し、眼眩ましとして機能したのである。
だがこの対処法は、光量の拡散力・持続力の問題から、最低でも中級魔法を使用しなければならない。
したがって魔力の消耗が著しく、乱用は禁物なのだ。
後方ではだんだんと光が晴れて、透過される景色も鮮明になっていく。
また襲われる前にさっさと身を隠そうと、ガジルは走り出した。
しかし、彼はまたも運悪く、魔物の喊声を聴いた。
「ひっ!!見つかった!?」
臆病な声と共に、背後を確認する。
しかし、魔物が追って来た様子は無い。
その代わりに、遠目からおかしな様子を確認した。
焦げて倒れた魔物達の中心に、一人の少年が立っていた。
おそらく、魔導師であろう。というか、ガジルには見覚えのある少年だった。
その名はニック。炎使いのバトルマニアである。
「おー!お前!」
彼はガジルの存在に気付くと、ぶんぶんと手を振りながら走って来た。
当然のように寄って来る後輩を見つつ、呆然と立ち尽くす。
「ニック…??なぜここに居るんだ…????」
と、口に出してから理解する。
(そうか。自分たち以外にも、このダンジョンを見つけて入った者が居たんだ)
まさしく、ニックは彼らよりも先にダンジョンへ入った冒険者である。
「お前が居るってことは、ゼブラも居るのかっ!」
「ニック…悪いね、今は僕だけだよ」
「なんだよ、お前だけか。つまんねーなぁ」
戦闘にしか興味が無いニックは、戦闘の苦手なゼブラに関しては名前すら覚えていない。
認知としては、「ゼブラの隣に居る奴」程度である。
何度か治癒魔法を掛けてもらっているものの、恩知らずな彼の記憶は定着しなかった。
先輩なのに、まともに覚えてもらえないガジル。
だが、当の彼は別に気にしていない。
もともと自尊心が低いため、こういった無礼な扱いにも違和感を持たないのだ。
「実は今、ゼブラとはぐれてしまっていて」
「よっしゃ、探してやるよ!」
「それは有難いんだけど、一人で行かずに僕も連れて行ってくれないか?」
「嫌だぜ!メンドくせぇからな!」
「はは…ダメージを回復してあげられるから、僕と居れば一生戦えると思うよ」
「マジかッ!!そんなら着いて来いよ!!」
優しいんだか薄情なんだか、裏も表もありゃしないニック少年。
彼を上手くコントロールしつつ、ガジルは仲間を捜索することにした。
~~~~~~~~~~
そんなこんなで、ガジルは魔物の対処に苦労しなくなった。
このダンジョンには魔獣系や自然系の魔物が多いようで、炎属性が弱点の相手ばかりである。
そのため、ニックの魔法は愉快に炸裂し続け、なんらの障害にも出くわさなかった。
あまりにも快調に進み過ぎて、ガジルは不安を覚える。
好調の揺り返しを想定するのは、彼の癖であった。
慎重さの欠片も無く、ズンズカ進む後輩の姿が、心配で仕方がない。
「ニック…もう少しゆっくり行かないか?」
「ゆっくり行くと、なんかあんのか?」
「ダンジョンは危険な場所だ、なにがあるか分からない。リスクを事前に察知するためにも、色んな場所に眼を配るのは大切なことだよ」
「ふーん。俺には向いてねぇ!」
向き不向きで一刀両断されては、話は進められない。
あえなく説得に失敗して、「はは…」と情けなく笑う。
なにも気にしないまま行進するニックは、とても勇猛であったが、同じくらい無謀であった。
「頼むよ、ニック。ゼブラを探すのにも、手掛かりがあった方が良いと思わないか?」
「センなら探すかもしんねーけど、俺は足跡とか見てもなんも分からねー。だから前に進む!」
「ああ、君んとこのリーダーはとても優秀な冒険者さ。僕じゃ敵わないのも分かってる。だけど、一応僕も冒険者の端くれで、探索のセオリーくらいは理解しているつもりだ」
その歩みになんとか追い付きつつ、ガジルは再び説得を試みる。
しかし、なかなかニックを納得させることはできない。
それでも諦めずに、密かに手掛かりを探しつつ、歩調を緩めるように言い続けた。
すると、ニックは突然立ち止まった。
彼の制止に合わせて、ガジルも慌てて止まる。
振り向いたニックは、少し不機嫌な顔を見せる。
「なんだよ…うるせーな」
「あ、はは…ごめんよ」
「お前の言ってること、あんま分かんねーし」
「えっ?」
「喋ってんの聞いてるとイライラすんだよ」
「ほ、本当にごめんよ…」
おそらく、しつこ過ぎて怒ってしまったのだろう。
ガジルは自分の話し方を少し反省しつつも、立ち止まったのをチャンスだと考えて説得を始める。
「いいかい、ニック…とにかく、ゆっくり歩こう。見過ごしが無いようにね」
「………見過ごしても一緒だってんだろ?」
「いいかい、ニック。僕をセンの代わりだと考えてくれ」
「でもセンには敵わねーんだろ、お前」
「いいかい、ニック!僕は代わりだから、センと同じじゃなくても良いんだ」
「は?」
いいかい、ニック――これを繰返して、ガジルは説得という名の催眠を施した。
反復される言葉は、人の頭を変にする効果を持つ。
ニックはただでさえ思考力に欠けているが、ガジルの作戦によって、なけなしのそれさえも削り取られていった。
思考停止した彼は、『いいかい、ニック』だけを克明に脳に刻んで、頷くだけになっていく。
やがてウトウトし始めたところで、ガジルは大きく手を叩いた。
すると、少年はハッと覚醒し、頭をブルブル振るう。
そして開口一番………
「寝てる場合じゃねぇ!行こうぜ、セン!」
この言葉で、ガジルは暗示の成功を確信した。
ホッと胸を撫でおろすと、ニックの頭を撫でる。
そうして、勇ましく命令するのだった。
「行くぞ、ニック!ゼブラを探しに!ゆっくり!!」
「おうっ!」
この時、ガジルはまだ、自らの催眠術師としての才能に気付いていなかった。
そして、これから先も気付くことはない。この時限りで埋没した才能である。