続・収容 人見知りの苦悩
無愛想なんて言わないで
一人ぼっちは悲しいことだろうか。
そんな問いに自信を持って答えられるほど、ヒガンは強くない。
「一人ぼっちの…なにが悪いっていうんだ。どの辺が…悪いというのよ」
独りごちる彼女は、自らの手に握られた杖を、無作為に振り回す。
「思えば、人間なんて生まれた時から孤独じゃないか。それがさ、なんか分かりあったみたいな顔してさ、みんなバカじゃないの?本当に心から話せる相手なんかいないから、喧嘩とかするわけで。だから一人でいる私は勝ち組だっつーの。だっつーの…」
ぶんぶん、素振りの音。
てくてく、自分の足の音。
ぎゅるぎゅる、魔物の喉の音。
「ギュオオオオオ」
「ぎゃーっ!!」
突如現れた犬っぽい魔物に、ヒガンは叫び声を上げた。
そして、考える暇もなく逃走を選んだ。
「むむむ、無理だっつーの!!なに!?魔物がいるから寂しくないよっての!?んなわけあるかいっ、んなわけアルカイーーーック」
心臓の煩さを誤魔化して、無茶苦茶なことを言いながら走る。
すると、前方不注意によって誰かに衝突した。
「い、いったーーーーい!」
「ああ、すまん。平気か」
その身体を受け止めたのは、聖騎士のゼブラ。
彼は優しく手を差し伸べる。
「どこか怪我していないか」
彼の労わりに、ヒガンは感銘を受けた。
この人なら、自分の寂しさとか、なんか分かってくれそうな気がした。
しかし、そんな感動が実際、態度に出るとなれば
「ふぇ?あ、ほえ、いやその、えぅ」
コミュニケーションが苦手なヒガンでは、労わりへの返礼は困難である。
それでも彼女は、勇気を振り絞って、なんとか感謝を伝えようと試みた。
「あ、あり、ありが、ありがと、ありが、あり、あ、あり」
「?」
「がとうご、あり、とうござ、ます、あ、ありが、とう、うご、うご、うございま」
「ああ、君は機械人形か」
「ごげぇーっ、ちっがぁーっ!」
壊れたオートマタの出す音声は、わりとこんな感じである。
ともかく、勘違いされた以上、今度は訂正をしなければならない。
次のミッションこそはと、彼女も必死で口を動かすが
「ちが、ちがうんだけど」
「ふむ、違うのか。ということは普通の人間だな」
「そ」
「そ?」
「う」
「う?」
「うそ」
「嘘なのか」
『そう』という簡単な一語でさえ、上手く伝えられない。
一度解きかけた誤解なのに、嘘などと言ってしまえば振り出しだ。
あまりにもどかしくて、彼女は一人、頭を抱えた。
(なんでこんな、たった一言が言えないの?私ってもしかして、どうしようもないダメな娘なの?ナノレベルまで分解されないとダメな粉なの?バカは死なないと直らないの?)
その様子を見て、聖騎士はしばし逡巡する。
すると、おもむろにヒガンの手を取って、なんの躊躇いもなく言った。
「頭を抱えるってことは、なにか困ってるんだろう。俺でよければ協力するぞ」
ヒガンにとって、願っても無い言葉だ。
寂しくて仕方が無かった彼女の前に、突如として聖騎士の王子様が現れた。
ただでさえ優しくされると弱い彼女は、慣れていない異性とのスキンシップもあり、非常にドギマギし始める。
「あ、いえ、いや、こにょわでーそ」
「コニョワデーソでもなんでも協力するぞ」
「そ、でも、この、そのー……あの、急というか、でも急じゃないかも……でも、まあまあ急??あぁごめん……」
「謝らなくていい。俺も、仲間とはぐれて困っていたところだからな」
聖騎士は、たどたどしい言葉を訝しむこともなく、当然のように受け入れる。
それが、ヒガンにとって一番嬉しいことであり、恥ずかしい部分でもあった。
上手く喋ろうと思えば思うほどドツボに嵌っていくのに、会話はさせてもらえる。
お礼も言えぬままだったが、彼女はそのまま、男の傍に居ることを許してもらえた。
時折、会話を試みる。失敗する。
またもや会話を試みる。失敗する。延々と繰り返す。
そのうち、いつの間にか二人は、一緒に探索を行っていた。
「な………なんか、その、ごめん」
「なにがだ?」
「わわ、分から、ない。ちゅーか、ちゅーかなんちゅーか」
「一緒に居ればいい」
「はうぅっ!」
ゼブラは、ごく自然に手を繋いだ。
ヒガンは確信した。彼が自分に抱く想い…その本質を。
(え、こ、この人…も、もしかして…私のこと好きなのかな?)
そんなことはありえないが、彼女の突飛な妄想は、不明確な根拠に基づいている。
この不明確は、どんな形にでも捏ねまわせる。伸縮自在である。
よって、この上なく陶酔的な結論の土台となり、この上ない安定性を保証した。
(ということは、抱き着いたりしてもオッケーなん??うん、惚れた女になら何されても許すよね。常識的に考えて)
考えはするが、行動に移すことは無い。
自分の出した結論に浸って、彼女はご満悦である。
ゼブラはそんなこと知りもせず、彼女を不思議そうに見ていた。
一人でニヤニヤしたり、口をもごもごしたり…そんな動作の数々が、少々珍しく映った。
とはいえ、人にはそれぞれ癖がある。ヒガンの仕草もその一種だろうと思い、大して気にはしない。
そのまま、両者とも、特に会話を始めようとはしなかった。
だからといって、気まずくなることも無いのだが…終始喋らないため、とにかく静かである。
すると、妄想から戻って来たヒガンが焦る。
ふと、いつか聴いた話を思い出したのだ。
それは、先輩冒険者に無理やり酒場へ連れて行かれた時のこと。
『いいかい、ヒガン。あたしゃーねぇ…なにも聞いてないし、なにも言ってなかったんだ』
『ふえーそっすかぁ』
『なのにアイツは言ったんだよ…新しい彼女が出来たってね』
『うぇ、それヤバ…くないすか。あ、ヤバいっつか』
『そう、ヤバいんだよ。でもね、あたしゃなーんも言わなかった。別に捨てられたとも思わないし、相手の選択がおかしいとは思えなかったのさ』
分かってしまった以上、彼女には焦るしかない。
――だってこれ、これ自然消滅パターンだ!!
経験の浅い彼女は、先輩から頂いた経験談に則って考える。
だからと言って、なにを話せばいいのかは知らない。
結局、人知れず眼をクルクルさせて、ただの一語すら発せないまま。
それでも、今この瞬間から何かが変わるとか、即自的な変化はない。
彼女の気持ちが時の流れに逆らおうとしているだけで、出会った瞬間から一切の進展はない。
逆らおうとしても逆らえないが、そもそも逆らう必要性が無いのであった。
彼女が勝手に一人であたふたしていると、不意にゼブラが話しかけてきた。
「そういえば、名前を聞いてないな」
「ぎょえーっ」
「ぎょえー?」
「ち、違…初めまして、私の名前はヒガンです。好きな食べ物はアプロンです。よろしくお願いします」
「そうか、ヒガン。俺はゼブラだ、よろしくな」
思わず会話が成立して、ヒガンは思わず涙目になった。
実は彼女、自己紹介だけは毎日練習しているのだ。
それが今、実を結んだ。となれば、感涙も致し方ない。
涙は流したが、見つからないように顔を背けたため、ゼブラには気付かれなかった。
そうして彼女らは、またも黙って隣り合うのであった。
言われても仕方ないよね