続・収容 協力
協力は大事。
路地裏に突如現れた、不思議な扉。
それはダンジョンの入り口であった。
扉を開いた冒険者一同は、その異界の中で、様々な反応を示していた………
最後にダンジョンへ入った、聖騎士の少女・レイア。
彼女は人一倍、驚愕を示していた。
「どうして!?入り口が無くなってる!」
ダンジョンの入り口を見失ってしまったのだ。
一緒に入った3人も辺りを見回したが、扉らしきものや、それに代わりそうなものは無い。
どうやら彼女達は、完全に帰れなくなってしまったようだ。
深く絶望して、レイアは二人の少年を見た。
同じパーティに所属する戦士のアーサーと、さっき出会ったばかりの武闘家ウェドだ。
少女の恨めしい視線に、彼らは少しばつが悪そうな表情を浮かべる。
アーサーは申し訳なさそうに頭を下げつつ、場を和ましたくて笑みを浮かべた。
「まさか、揉み合いになった挙句、ダンジョンに入っちゃうなんて思わなかったんだ…あはは」
「わ、悪いのは俺じゃねーだろ。お前らがいきなり掴みかかって来るから…なあ、シェヴィ?」
ウェドは自らの過失を認めず、同じパーティの相方・治療術師のシェヴィに同意を求めた。
すると、彼女は口を開いた。
「………」
しかし、その声はあまりにも小さく、場にいる誰もが聞き取れなかった。
「…シェヴィ、今なんて?」
「………」
「そ、そう怒るなって!」
恐る恐る聞き返したウェドへ、シェヴィはポカポカ連打攻撃を繰り出す。
腕に当たる彼女の手はちっとも痛くないが、ウェドは防御の構えを取った。
そんな二人の様子を見て、レイアはアーサーへ視線を移した。
「アーサーくん。こうなったら、みんなで協力して出口を探そう!」
「そうだな。このダンジョンがどんな所か分からないし」
そうと決まれば、アーサーは早速、じゃれ合う二人へ声を掛けに行く。
「えーと、ウェドとシェヴィ。出口が見つかるまで、一緒に行動してくれないか?その方が、別々に行動するより安全だと思うんだ」
「あぁん?俺はお前らを信用しちゃいねーんだぜ」
「………」
しかし、ウェド達は誘いに好意的ではない。
信用が無いのはダンジョン前での出来事もあるが、警戒は冒険者の常でもある。
こういう場合に有効なのは、然るべきメリットの提示や、従わせる力を示すことなどである。
「お願いだ!信用が無いのは分かるけど、俺たち二人だけじゃ不安なんだ…」
「ふん、そんなこと知らねー。行こうぜシェヴィ」
アーサー少年には、そういったテンプレート的な選択肢が頭に入っていない。
彼に出来ることは、ただ必死にお願いする事だけであった。
非情にも、冒険者同士の協力は、お互いの善意では成り立たない関係である。
「………」
「おい、シェヴィ?」
きっぱりと断って、信頼できる仲間とだけ探索をしようと考えたウェド。
だが、相方であるシェヴィには、なにか異存がある様子だった。
彼女の口元に耳を寄せ、ウェドは小さな声を必死で聞き取る。
「………」
「…く………しお………クシオ?」
「………」
「きょうくしお?今日クシオってことか。なんだそれ」
「………」
「やっぱ今日って言ってるだろ。今日、六塩?」
「………」
「あぁっ、強力って言ったんだな!そうだろ!つまり、強力塩!!」
翻訳に時間が掛かっている二人を、アーサーとレイアは静かに待っていた。
いつもこんな調子なのかと、いらぬ心配を抱いたのは言うまでもない。
「………」
「え、違う??じゃあなんだよ」
「………」
「やっぱり強力塩だな」
「………」
「だーから、膨れても分っかんねーんだって!お前だって、もうちょっと大きい声で喋ってくれよ!」
聞き取りが難航し、彼らは喧嘩を始めてしまう。
とはいえ、シェヴィの大人しさが起因しているのか、喧嘩とは思えない平和さであったが。
その様子に堪えきれなくなって、アーサーはつい口を出した。
「強力塩じゃなくて、協力しようって言ってくれてるんだろ?」
急に問いかけられたシェヴィは、始めは驚いた。
だが、その後すぐに満面の笑みを浮かべた。
これは、彼女が正解者に送る賛辞である。
「ほら、やっぱり!」
正解して少女の笑顔を受け取ったアーサーも、満足そうに頷く。
レイアも「やったね、アーサーくん!」と嬉しそうに声を掛ける。
ただ独り、不満げなのは武闘家であった。
「………」
彼はシェヴィのように黙り込んで、眉根を寄せる。
部外者が先に正解したことが、なんだか気に入らなかった。
「シェヴィ、やっぱりダメだ。俺はこのアーサーとかいう奴が気に入らねぇから」
「な、なんでだよ!いきなり掴んで勘違いさせたのは謝るからさ…!」
「うるせー、そんなことじゃねーんだよ!」
拗ねたウェドは、子供のように無愛想な面をした。
アーサーからすれば、『そんなことじゃない』なら何?という感じである。
首を傾げて理由を考えても、やはりよく分からなかった。
すると、見兼ねたシェヴィがアーサーにこしょこしょと耳打ちした。
「………」
「え?うんうん」
「………」
「あはは、そうなのか?」
「………」
「なんだ、そんなことだったのか。ウェド、先に正解してごめん」
彼女から事情を聞いて、アーサーは勝手に正解したことを謝罪した。
だが、謝罪されたウェドは、もっと不機嫌になってしまった。
謝り方にムカついたのではない――シェヴィの言葉を一言も聞き返さず、完璧に理解したアーサーに、強烈な嫉妬を覚えたのである。
「この野郎…ブン殴ってやろうか…?」
「えっ!?な、なんで!なにもしてないだろ!?」
「気に入らねーってことだ、この野郎!!」
彼はついに、アーサーへ殴りかかった。
アーサーも間一髪で避けたが、武闘家の動きは滑らかで、二撃目は回避先に用意されている。
だが、危機を察知した戦士は、それもなんとか避けて事なきを得る。
応戦の様子はともかく、突如勃発した戦闘に、シェヴィもレイアも焦った。
彼女らは各々、戦闘を止めるため盾を上下に振り回したり、小さな声を張り上げたり(しているつもりだが、実際は聞こえない)した。
「なんでそーなるのっ!」
「………」
収拾がつかないまま、4人の冒険者はしばらく立往生していた。
――そんな冒険者達をダンジョンの影から伺う者が一人。
「話かけるタイミング、完全に逃してね?」
彼女は魔導士のヒガン。
彼女もダンジョンに迷い込んで、一緒に行動してくれる人を探していた。
そのため、隠れてアーサー達を見ていたのだが…
ただでさえ話すのが苦手な彼女なのに、あの状況では自己主張にも苦労すること間違いない。
そう考えると、魔導士は輪の中に入るのをさっさと諦め、一人でダンジョンの先に進んで行くのだった。
「別に悲しくねーし。一人の方が楽だし、友達なんかいらねーし…いらねーし…」
とぼとぼ歩く景色の中、悲しい呟きはダンジョンに虚しく消えていった。