表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
錯綜の章
73/171

白々しさ

 冒険者ギルドのロビーで、レンジャーのショルテは無気力に呆けていた。


 掲示板に張り出された依頼を下らなそうに眺めるだけで、身動き一つしない。


 まるで魂が抜けたように、彼は長い間そうしていた。




「なにがそんなに楽しいのかねぇ、冒険なんて。街を散歩するのと違いが分からねェや」




 自分も冒険者のくせに、彼は掲示板の前に立つ若手を批判する。


 その瞳に未知への希望を携えた若者は、彼をじわじわ苛立たせた。


 だが、それほどストレスを感じながらも、目線を逸らすことはしない…否、できないのである。




 昔、彼はダンジョンで理不尽に遭い、苦楽を共にした仲間を失くした。


 以来、彼の瞳には光が宿らず、代わりに未知への憎しみだけが燃え盛っていた。




 しかし彼は、密かに炎の鎮火を試みてもいた。


 そのために果てしない虚無に浸り、停滞を続けていた。




 それでも、ない交ぜになった感情の波は、あまりにも激しい。


 その勢いに抗えず、一瞬でも心との邂逅を果たしてしまえば、彼の身体は途端に制御を失う。


 今のショルテは、感情の渦によって束縛されていた。




「下らねェ。冒険者なんて、みんなクソ以下だ」




 嘯くだけでは、欲望は鎮まらない。


 再び虚しさへと逃げ込むための呟きが、あろうことか憎しみを増長させた。


 彼の純粋な冒険心は、赤黒い泥濘に侵されていった。




 そんな時、ふとショルテの存在に気付いたのは、掲示板に張り付いていた冒険者の少女だった。


 彼女は不思議そうな顔をすると、ショルテに向かって歩いて来る。




「えっと…どうかしましたか?」




 彼女は魔導士のリザ。


 『ネームフラワー』というパーティに所属している少女だ。




 すると、急に掲示板から離れた彼女の後を追い、二人の少年がやって来る。




「リザ、なにかあったのか」


「このおっさんが気になるの?」




 真っ先に事情を確認する少年は、『ネームフラワー』のリーダー・ライ。


 初対面のショルテを不躾に指差したのは、ライの弟で『ネームフラワー』のメンバーでもあるジッド。


 いずれも、リザの仲間であった。




 ショルテは3人を見て、まず第一に考えた。




(ああ、こいつらは良いパーティだ)




 声の掛け合い方から感じる、お互いへの信頼感。


 いくつかの行動から読み取れる、共同体意識。


 熟練の冒険者でなくとも、このパーティが優秀であることは一目で分かる。




 ショルテは、自分を指差すジッドへ眼を留めた。


 彼の装備を見て、クラスを魔法剣士だと判別したためである。


 ダンジョンで死んだ彼の仲間も、クラスは魔法剣士であった。




「…お、おっさん?僕になんか付いてる?」




 ジロジロ見られたジッドは、意味不明な注視を気持ち悪く思った。


 自分に声を掛けられたショルテは、我に返ったように視線を上げる。




「いや、なんでもねェ」




 嘲るような笑みを意図的に浮かべて、視線を逸らす。


 しかし、理由もなく注視された少年は、納得のいかない様子だった。




「なーんか思わせぶりだな…理由を言え!」




 彼はショルテを追求して、意味深な動作の意味を聴き出そうとする。


 煩わしく思ったショルテは、顔を詰めてきた彼にデコピンをお見舞いした。




「痛ッ!」


「理由なんざねェと言った。しつこいんだよ、ガキ」


「な、なんだと~!?」




 額を抑えながら、プンプン怒るジッド。


 それに無視を決め込んでいると、今度はリザが言った。




「さっき、私たちの方を見てましたよね。なぜですか?」


「あァ?お前はナルシストかよ。乳の小せぇガキに興味は無ェな」


「……………」




 リザの表情をかなり険悪にしても、ショルテは捻くれた笑みを浮かべる。


 そのように、あくまで取り合う気は無いと態度で示した。


 だが、ライも懲りずに話しかけて来た。




「すみません。パーティのリーダーは僕です…2人が失礼な態度を取ったことは謝ります」


「そうかい。気にしてねぇから、もういい」


「ですが、ジッドを見ていたのは事実です。その理由だけは聞かせてもらえませんか」




 前の2人よりは物腰が柔らかい、リーダーの少年。


 しかしその分、煙に巻くのも面倒そうである。


 そのため、ショルテはさっさと理由を話し、適当にどこか行ってもらおうと考えた。




「あー…まぁ、お前らは良いパーティだと思ってた」




 まるで思っていないような態度で、本当の事を言ってみる。


 ジッドとリザは訝し気な顔をして、まったく信用を示さない。


 だが、ライはあくまで紳士的な態度を保っていた。




「ということは、特に害意は無いんですね」


「ああ」




 これといって敵意は無かったことを示し、その場を丸く収める。


 すると、さきほど胸を貶められたリザが反発した。





「ライ、彼は信用できないわ。眼が卑しいもの」


「おい、リザ…言葉を慎め」




 ライが制するのも聞かず、続いてジッドが言う。




「僕も!リザに賛成!理由は、なんか変なおっさんだから」


「そんな理由が通るか」




 発言と共に、ジッドはチョップを頭に喰らった。


 再び呻く彼を余所に、ライは再びショルテの方へ向き直った。




「本当に申し訳ない。では、失礼」




 そう言うと、大人びたリーダーは仲間の襟首を掴んで、また掲示板の方へ戻っていく。


 3人の背中を見ながら、ショルテは呟いた。




「…冒険は楽しいか、リーダーさんよ」




 それが嘲りなのか、はたまた羨みから出た言葉なのか、彼自身にも分からない。


 ただ、どちらにせよ、我が身を下らなく思ったのは確かだった。


 彼はそのまま、掲示板を隅々まで眺める3人を、遠くから見ていた――当然、その視線はリザにバレていたが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ