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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
錯綜の章
70/171

収容

今までの記録を更新して長いです。

 街の明かりも陰る、小さな路地。


 そこには、ある少年たちが発見したダンジョンがある。


 それは今、固く門扉を閉めたまま、次の来訪者を待ちわびていた。




「この扉、なんか怪しいな」




 魔導士の少年・ニックは、この路地を通りがかり、物々しい扉を発見した。


 予定では噴水広場へ向かうはずが、彼は心の騒めきに足を操られる。




「もしかしたら最強の生物が眠ってるかもな…!」




 根拠も無く、彼は自分の言葉を信じる。


 そして、考えることもなく扉を開くのだった。




 重々しい音と共に、少年の目の前には異界が広がっていく。




「へへっ!センには後で謝りゃいいか!」




 元々向かうはずの場所で、待ち合わせしていた人物――ニックが属するパーティのリーダー・センには、後ほど話すことにした。


 もはや好奇心は抑えられず、彼は勇敢にも、単身でダンジョンへと乗り込んでいった。


~~~~~~~~~~


 ニック少年がダンジョンへ入っていった、その1時間後。


 まるで彼の後を追うように、閉じた扉の前へ二人の男が現れた。




「なんだろう、この扉…」


「前までは無かったな」




 治療術師のガジルに、パラディンのゼブラである。


 彼らはお互いに顔を見合わせると同時に頷く。




「ギルドに報告した方が良いね」「探索しに行くか」




 残念ながら、意見は食い違った。


 彼らは同じ意見を持って頷いたのではなかった。


 真面目なガジルは、慌ててゼブラを制する。




「待ってくれゼブラ!君と僕だけじゃ危険だ!」


「俺とお前なら大丈夫だろ」


「そう言ってくれるのは嬉しいが、さすがにダメだ!」




 治療術師の意見を聞いて、ゼブラは少し考えた。


 彼の率いるパーティ『ライフリライフ』は、ゼブラ・ガジル・エリン・アリエルが揃って、初めて最大限の力を発揮する。


 そして、今はゼブラ・ガジルのみであるため、探索能力には限界があるだろう。




 しかし、聖騎士にはある懸念があった。


 この扉の先に、もしかしたら別の人物が踏み入ったのではないか――と。


 仮にそうであるなら、それこそ行かなければいけない理由となる。




「未知のダンジョンで、死にかけている人間が居るかもしれない。可能性とはいえ、放っておけないだろ」


「それは…まぁ、そうかもしれないが…」


「そうだ」




 ガジルの『気持ちは分かる』という程度の返事から、ゼブラは賛意を読み取った。


 そうして、おもむろに扉を開こうとする。




「え!?」




 またも慌てながら、生粋のヒーローを止めるガジル。




「ちょっと待ってくれ!」


「待たない。心配するな、俺がお前を守るさ」


「おい!ゼ、ゼブラ……!ちょ、うわぁぁぁぁ」




 しかし、制止は意味を為さなかった。


 力強いリーダーの手に腕を掴まれ、ガジルはあれよあれよという間に、不可思議なダンジョンへ引きずり込まれた。


~~~~~~~~~~


 魔法剣士のウィンドは、今日の記憶を探していた。


 彼はある時、呪術師の放った呪いによって、夜明けと共に毎日の記憶を失いだした。


 それでも仲間に守られながら、いつも懸命に記憶の欠片を拾ってきたが――もはや彼は、今朝の記憶さえ呪術に蝕まれ始めていた。




 そんな時に見つけた、異物じみた物々しい扉。


 記憶の手掛かりになるのであれば…そんな淡い期待を持って、彼は扉を開いた。


 しかし、そんな時。




「待つんだ、ウィンド!そのダンジョンは危険かもしれないんだぞ!」




 ウィンドを制止した者が居た。


 『ウォールスター』というパーティに所属する、聖騎士のアバトライトである。


 彼は街をパトロールしている最中で、魅入られたかのように扉の先へ飛び込もうとするウィンドを見つけたのだ。




「やはりパトロールは重要だ…街にダンジョンができているなんて、パトロールをしなければ気付けない」


「あんたは…?」


「私はアバトライトだ。ウォールスターというパーティの一員であり、聖騎士を生業としている。ちなみに、冒険者ギルドの職員でもあるが…そうか、君はまだ記憶を取り戻していないんだね」




 少し哀しそうな眼をして、アバトライトはウィンドを見た。


 だが、そんな表情も、記憶を呼び起こすトリガーにはならない。


 知らぬ人物から哀れみを向けられたウィンドは、判然としない気持ちを少しだけ抱えた。




 気を取り直して、アバトライトは言った。




「いいかい、このダンジョンはギルド未探索だ。我々が調査する前に入ることは許されていない」


「それでも入ったらどうなる?」


「冒険者ライセンスに、なんらかのペナルティを加えることになるね」




 アバトライトの話を基にすれば、もう先に入った連中はペナルティ確定であった。


 それはそれとして、ウィンドは突然、アバトライトへ頭を下げた。




「頼む。ダンジョンの調査隊として、俺がこの中に入ることを許可してくれ」


「なに?ま、待ってくれ。調査隊はギルドで綿密に編成しなければならなくて…」


「このダンジョンに、俺の記憶が眠っている気がするんだ…!頼む、アバトライトさん!」




 調査隊への編成を懇願され、ギルド職員の聖騎士は非常に困った。


 本来なら、このような議題は『ウォールスター』リーダーのケビンに通さなければならない。


 この場で決められる話ではないと判断し、まずはウィンドを宥めるため、彼が言葉を告げようとした時――




「冒険とは、いつだって未知の連続だ。それなら、チャンスに飛び込むのも立派な勇気……そうでしょう、アバトライト氏」




 聞き覚えのある声がして、咄嗟に後ろを振り返る。


 アバトライトの後ろから、悠然と歩いてきたその人物は――伝説のソロ冒険者・ワイズであった。




「ワイズさん!?どうしてあなたが……!!」




 驚愕に眼を見開くアバトライトへ、伝説は親しみのある笑みを返した。




「なに、ダンジョンの気配がしたまでのこと。それより…」




 ダンジョンの気配という、およそ常人には理解不能な直感を、当然のように披露した伝説。


 しかも、それを差し置いて、彼はウィンドを見た。




「その勇気…その真摯…私は感動しましたよ、ウィンド氏」


「え?」


「私が調査隊に入り、彼をサポートします。それで良いでしょう、アバトライト氏?」




 勝手なことを言い放ち、ワイズはドヤ顔を繰り出した。


 しかし、アバトライトは申し出をすぐには弾かず、なぜか唸っていた。


 状況の分からないウィンドは、眉を顰めて問う。




「なんすか、この状況」


「ふふーん!実は、かくかくしかじか………」




 ワイズが言った、『かくかくしかじか』とかいう説明を要約すると、以下の通りである。




 ・ワイズは調査隊に何度も編成された経歴があり、ギルドの信頼も厚い


 ・ワイズはケビンと親交が深く、勝手なことをしても、度が過ぎていなければだいたい許される


 ・ワイズは伝説の冒険者であるため、凄く強いし頼りになる




 そのために、アバトライトは悩んでいたのだ。


 いわば、これはパワハラに近い構図であった。




「仕方ないですね…今回だけですよ、ワイズさん」


「話が分かるな、アバトライト氏。うむうむ」


「それでいいのかよ…冗談だろ」




 とはいえ、結果的にはダンジョンに入れた。


 それでよしとして、ウィンドは黙って流れに乗った…なんだかんだ、ワイズにも感謝しながら。


~~~~~~~~~~


 噴水広場への近道として、この路地はそれなりに有名である。


 しかし、薄暗がりは漏れなく治安が悪いため、一般人は通らない。


 故に、ここを通る人間は冒険者が大半である。




 その道の脇に、軒を構えるような形で佇む扉。


 その異様はさながら、非日常を表現するためのハリボテのようであった。




「あれ、アーサーくん。この変な扉、なんだろう?」


「え?こんなところに扉なんて…」




 戦士の少年・アーサーは、同じパーティの仲間である少女・パラディンのレイアに呼びかけられた。


 彼女が顔を向ける方へ、自らも眼を向けると――そこには、装飾のない門が聳え立っていた。




「な、なんだこれ…雰囲気からすると、ダンジョンなのかな…?」


「うん。これダンジョンだよね…こういう時は、アバトライトさんに伝えるべきだよね」


「そうだな。俺もそれが良いと思う」




 街の中にダンジョンがあるなど、見るからに異常事態である。


 対処のため、彼らはまずアバトライトを頼ろうと考えた。


 そのアバトライトは、もうダンジョンの中へ突入しているのだが。




 そんなことは知らず、二人は冒険者ギルドへ向かう。


 するとそこへ、一人の女性がやって来た。


 彼女はアーサーを見ると、咄嗟に視線を逸らす。




「あ、ども…」


「こんにちは!」「こんにちわー!」




 擦れ違い様、女性は軽く頭を下げて挨拶する。


 アーサーとレイアは印象の良い笑顔を浮かべ、彼女に元気な挨拶を返した。




 そのまま擦れ違った後、女性は二人に見えない位置で口角を上げ、変な笑みを浮かべた。




「さ、さっきキョドってなかったよな…多分」




 彼女は魔導士のヒガン。


 『モンスターハーベスト』というパーティの一員で、典型的なコミュ症である。


 狭い場所で人と擦れ違うのが苦手なため、実はさきほど、極度の緊張状態にあった。




「人が居ないっぽかったから通ったのに、マジ勘弁なんですが…ん、なにこれ」




 ぼやきつつ歩いていると、彼女はふと、例の扉を見つける。


 その門扉が放つダンジョン臭を、彼女はなんとなく嗅いだ。




「へー、こんなとこに新しいダンジョン出来たんだ。今度行ってみるか…」




 小さな関心を抱き、そう呟いただけで普通に通り過ぎる。


 ――と思いきや、彼女は扉の前に戻ってきて、高めのテンションで叫んだ。




「…って、んなわけあるかーーい!!」




 一人でノリツッコミをしたかったのである。


 誰も見ていないと踏んで、上機嫌な含み笑いと共に披露したネタ。


 悲しいかな、彼女は二つの人影が近づいていることに、まったく気が付かなかったのだ。




「………」


「なにやってんだアンタ」




 武闘家のウェドに、治療術師のシェヴィ。


 彼らは『ウィンドスウィプ』という、二人組のパーティである。




 だが、人影の素性より、今はヒガンの精神状態の方が重大である。


 彼女は動きを停止して、沈黙した。




「………………ッ」




 表面上、彼女は只ならぬ怒りに震えているようにも見える。


 しかし、内情は絶叫に染まっていた。




(ほ、ほぎゃああぁああぁああぁああぁああぁーーーーー)




 穴があったら入りたい――彼女はそう思った。


 そして、目の前に穴の代わりを発見した。


 獣のような俊敏な動きで、彼女はその代替物へと飛び込んだ。




「は!?ちょ、待て!!なんだこの扉!?」


「子宮に帰りたーーーーい、至急に~~~~!!!」




 ヒガンの叫び声は、遠くまで響き渡っていく。


 しきゅうに~、しきゅうに~……という木霊は、少し前に彼女とすれ違ったアーサー達まで届いた。


 届いた悲鳴に、二人は驚いて立ち止まる。




「な、なに!?」


「もしかして、なにかあったのか!?レイア、急いで戻ろうっ!!」


「うんっ!」




 冒険者らしい察知能力を働かせ、二人は扉のあった場所まで急いだ。


 素早い行動が功を奏したのか、走った先で彼らの見たものは、扉へ入ろうとする二人の冒険者だった。




「シェヴィ!なんだか分からねぇが、あの女は尋常じゃねぇ…!行くぞ!」


「………」


「え、なんて?」


「………」




 相方シェヴィの小さな声を、懸命に拾おうとするウェド。


 彼らが意思伝達に必死だったため、アーサーとレイアは彼らの身体を掴むことに成功した。


 だが、突然のボディタッチであり、いきなり触られた方は驚く。




「なっ!なんだテメェら!?」


「待て!ここから先は行ったらダメだ!」




 アーサーはウェドを止めたが、ウェドの方は敵襲だと勘違いし、咄嗟に反抗した。


 しかし、なんとか彼を止めようと、アーサーの方も必死になる。


 お互いの行動が逆効果であるのに、お互いが気付いていなかった。




「放せ!!この野郎っ!!」


「放さない!放すわけにはいかない!」




 状況は把握されないまま、彼らは揉み合いになり、熾烈な争いを繰り広げる。


 皮肉にも、その不毛な勝負が仇となり………




「「あっ」」


「アーサーくん!?」「………」




 二人は仲良く、ダンジョンの中へ転がって行った。





「ど、どどど、どうしよう…」


「………」


「…えっ?今なにか言った…って、待ってよ!入っちゃダメなんだってばー!」




 取り残された少女達も、こうなれば仲間を放っておけない。


 声は小さいが、勇ましいシェヴィの足取りを追いかけて、レイアも無事に入場を果たした。




 ――それでようやく、扉は路地から姿を消す。


 それは役者を待っていたかのように、最後の入場者を歓迎して消えた。




 人失いの少女・フェリ。


 フェリの友人・ウォッチ。


 妖しい女剣士・メルチ。


 戦闘狂魔導士・ニック。


 正義のヒーロー・ゼブラ。


 弱気な治療術師・ガジル。


 忘却者・ウィンド。


 パトロール聖騎士・アバトライト。


 伝説のソロ・ワイズ。


 コミュ症・ヒガン。


 血気盛んな武闘家・ウェド。


 元気な戦士・アーサー。


 勇敢な小声・シェヴィ。


 明るいパラディン・レイア。



 

 以上14名、このダンジョンに無事収容された。


 ここから脱出する方法など、もちろん誰も知らない。

おらも知らない

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