友達
明かりの届かない、薄暗い地下室。
孤独なドールマスター・ロゼアは、そこで今日も今日とて一人…ではない。
その隣には、彼女を煩わせる存在が居た。
「これからは、死体の部位を持ち帰るのは禁止するよ」
「……人形が作れないわ。このバカ」
「バカじゃないよ。そもそも倫理的にアウトだよ」
天才錬金術師の名を欲しいままにする少女・パルル。
ロゼアは彼女に師事して、一人前のドールマスターになるための教育を受けていた。
別にロゼア自身が望んだワケではないのだが。
ロゼアの才能を見込んだパルルは、所有している研究室の一角を、丸ごと少女に渡した。
そこで自由に人形を作らせる代わりに、彼女の生活を管理することに決めたのだ。
「…錬金術師…嫌い」
そういうパルルの魂胆を、ロゼアは心底嫌がった。
生意気な彼女は、パルルの事を名前で呼ぼうとしない。
師匠に対して、いつも嫌悪を示し、言いつけも聞こうとしない。
「ほとんどのドールマスターはね、人形作りに魔導物質を使用するんだよ。魔導物質は錬金術によってしか作れないから――」
「聞こえてないの?」
「必要な材料はパルルが作ってあげるよ。君は好きなだけ人形作りに没頭するといいよ」
そんな弟子の態度に無関心なまま、パルルは話し続けた。
師匠の言葉を聞き流すロゼアは、顰め面で不機嫌を表す。
「人形が出来たら、すぐ俺に見せてくれよな!」
彼女の後ろでそう言ったのは、パルルの幼馴染であり、才能のない錬金術師・エルドラだ。
エルドラ少年の声を聞くと、ロゼアはパッと笑顔になって、すぐに振り向いた。
「う、うん…!エルドラのために…わ、私、頑張るわっ!」
「さっすが俺のパートナー!期待してるぜっ」
「は、はわわ…ぱぱぱぱ、ぱーとなー…!?わた、わた、私が…?」
爽やかな笑顔のエルドラに肩を叩かれると、彼女は瞬く間に赤面する。
人生で唯一の友達が齎すスキンシップは、少女を幸せの沼に突き落とした。
光のない眼で愛しい彼を見つめながら、少女は瞳の奥に情熱を宿した。
「エルドラのためなら、私……なんでもするわ」
ゆっくり、静かに、呟くように。
身体の火照りに身を浸しつつ、その感覚を言葉にして味わう。
どこか狂的な雰囲気さえ纏わせながら、彼女は絶対の献身を誓った。
「…お、おー。あのさ、ロゼアってなんか重くね?もっと気楽に行こうぜ!」
基本的に暢気なエルドラでさえ、その妖しさから僅かに気重くなる。
しかし彼は、どんな人間でも受け入れてしまえる、天性の大らかさを持っていた。
そのため、ロゼアに関しても「こんな感じかー」とか思って、普通に了承した。
「んじゃ、パルル。ロゼアのこと、しっかり鍛えてやってくれよな!」
「エルちゃんがどの立場から言ってるのか分からないよ」
「え?友達の立場から」
ロゼアとエルドラでは、『友達』という言葉の価値観に、天と地ほどの差がある。
しかし両者とも、その事実には気付きもしていなかった。
そんなこんなで、彼らが話していると、急に地下室の扉が開く。
重々しい音を聞いて、ロゼアはぴくりと肩を震わせた。
続いて、パルルが扉の方を向く。
差し込んでくる外の光に紛れて、一人の人物がそこに居た。
「突然の訪問、ご容赦願います。私は王国騎士団団長・ニコルソンと申す者です。失礼ですが、パルル殿はおられますか?」
ニコルソンと名乗った男性は、騎士団長らしい勇敢な声で、高名な錬金術師の名を呼ぶ。
本人である彼女は、歩み出しながらその声に応えた。
「パルルは私だよ」
「おお、パルル殿!」
彼女の姿を確認したニコルソンは、喜色を浮かべた。
彼は軽く一礼すると、すぐに用件を話し出す。
「本当に急で申し訳ないのですが、今から城までご同行願いませんか」
「え?私、悪いことをした覚えはないよ?」
「まさか!謂れのない罪を問うなど、決してありませんよ。ただ、ここではお話し出来ない用件で――」
『ここではお話し出来ない』という文句を聞いて、すかさずエルドラが飛び出した。
騒ぐ私欲に眼を輝かせながら、彼は言葉を捕まえる。
「おっ、気になる!団長さん、俺にも教えてくれよ!」
「すみません。これは機密事項なので、関係者以外に伝えることは許されません」
「まーそんなケチケチしないでさ、ちょっとだけで良いからさ」
「いいえ、許されませんので」
断固として語らないニコルソンに、少年はしぶとく喰らいつく。
軽い口調や態度とは裏腹に、その執念はあまりにも粘着質であった。
さすがの騎士団長も少し呆れ、つい苦笑する。
「話しなさいよッ!!エルドラが話せって言ってるのよ?どうして話さないのよッ!」
すると突然、彼に甲高い怒号が飛び掛かる。
王国の騎士として、滅多なことでは動揺しないニコルソンだが、これにはかなり驚いた。
「なんなんですか、貴方たちは?」
毅然とした態度で振舞いつつ、彼は迷惑な連中に怒った。
しかし、その怒りは錬金術師の少女によって制された。
彼女はニコルソンの前に真っ直ぐ腕を掲げ、苦笑いする。
「コイツらには関わらない方が良いよ。それより、早く行こう」
「あ…そ、そうですね、行きましょうか」
彼女の言葉に従って、ニコルソンも冷静になる。
そうして、城の方角へ足を向けた。
しかし、邪魔者たちはそれで大人しくはならない。
「なあなあ、待ってくれよ!本当に、ほんっとーに最初の方だけで良いから!その機密事項っての、教えてくれない!?今晩、気になって眠れそうにない!」
「エルドラの頼みが聞けないなら、私が葬るだけよ…ふ、あはは、あはははははッ、アハハハハハハハッ!!」
死ぬほど邪魔だった。
騎士団の公務の邪魔をしているため、これこそ処断すべき悪事である。
だが、見たところパルルの友人らしいので、ニコルソンは判断を躊躇った。
「良いから、早く行こうよ」
「しかし、この状況を放置するのですか?」
「そうだよ」
なにかを悟ったような眼をして、パルルは微笑んだ。
そこから読み取れてしまう諦念を、ニコルソンはなぜだかヒロイックに感じた。
「あははははははハハハハハハハ」
「教えてくれよー、なー教えてくれよー、ナーオシエテクレヨナーオシエテクレヨナーオシテクレヨ」
狂った魔物の如く、ひたすら鳴き続けるエルドラとロゼア。
壊れたみたいな二人組は、もはや直らなくなっていた。
友達が欲しいです。