ヒーロー
テリは冒険者ではない。
『アクアガーデン』のリーダーである、ネアの妹だ。
忙しい姉は、なかなか彼女の傍には居られない。
そのため、今日も彼女は一人、街で遊びながら寂しさを紛らわしていた。
「ぼうけんしゃって、たいへんだな」
呟きながら、少しだけ不満そうに頬を膨らませる。
姉ともっと遊びたくても、仕事がある日は一人で居るしかない。
いつだって、家の中に置いて行かれるのは嫌な瞬間だった。
「…キョウガおねえちゃんのところ、いこうかな」
ふと、少女の頭の中に、もう一人のお姉さんの顔が浮かんだ。
治療術師のキョウガ――過去に少女を呪いから救った、いわばヒーローである。
とはいえ、呪術に精神を封じられていた彼女は、救われた記憶が鮮明にあるわけではない。
だが、なぜだか印象深い優しい笑みを思い出して、会いに行くことにした。
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冒険者ギルドに入ると、彼女はいつも通り、椅子に掛けていた。
今日はどうやら、誰かと話をしているらしかった。
しかし、テリの姿を見つけるなり、期待通りの優しい笑顔で出迎えてくれる。
「おや、テリ!いらっしゃい」
歓迎されたテリは、嬉しそうに笑いながら彼女の方へ寄っていく。
そして、甘えるように手を繋いだ。
「キョウガおねえちゃん、あーそーぼー」
「いいよ。なにをしたいかね」
キョウガは背丈の合わない椅子から飛び降りて、後はテリの自由にさせる。
そんな彼女に、先程まで会話をしていた男性が慌てて言う。
「ちょっと待て、キョウガ。今は指名手配犯のフレイズについて、大事な話の最中だろう」
「すまないね。私は子供に弱くて」
「君も子供じゃないか」
男性はツッコミを入れたが、キョウガはひらりと手を振る。
そうして彼女は、テリに連れられるままギルドから出て行った。
しばらくして、聖騎士の男性がやって来た。
そうして、キョウガと話していた彼に問う。
「ケビン、話はまとまったようだね。これからどうするんだい?」
「いや、まとまってない」
「えっ…これからどうするんだい」
ケビンとしては、キョウガを連れ戻して話をまとめたい。
しかし、一度嬉しそうなテリを見てしまうと、二人を引き離すのは酷に思えた。
そのため、質問には困った顔で返答せざるを得なかった。
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噴水広場まで遊びに来たテリ達は、和やかに手を繋いでいた。
その様子は、周りから見れば同年代の少女が遊んでいるようにしか見えない。
実際のところ、二人の年齢は2倍ほど差があった。
「だるまさんがころんだ、したいな」
「ふむ。実に楽しそうだ」
遊びが決まると、いそいそと準備に急ぐテリ。
それを微笑ましそうに見つめるキョウガ。
そんな二人の関係性は、他の人の眼には奇妙に映った。
鬼になったテリは、ベンチの横にある樹へ寄りかかって、腕で眼を隠した。
「だーるーまーさんー…が、ころんだ!」
そう言い切ると同時に目隠しをやめ、素早く後ろを振り向く。
その視線の先に、おかしなポーズで立ち止まったキョウガが居た。
彼女の姿を、テリはじっと見つめた。
キョウガも負けじと、身体のバランスを取りつつ見つめ返す。
しばらくすると、テリは観念したのか、再び最初の目隠し状態へ戻った。
そして、またも同じ言葉を繰り返す。
「だるまさん…が、こ、ろ、ん~……っだ!」
違ったのは、言葉を発するテンポである。
発音を不規則にすることで、キョウガに終端のタイミングを悟らせない作戦だ。
しかし、どうやら作戦は失敗だった――長く時間を取ってしまったがゆえ、キョウガはテリの目の前まで迫っていたのだ。
その上、身体も頗る安定した状態で停止していた。
「ふふふふ…」
キョウガの不敵な笑いに、幼いテリは恐怖した。
このままでは、自分はタッチされてしまう。
それでも為す術無く、彼女は再び目隠し状態へと戻った。
当然ながら、彼女は直後にタッチされてしまい、負けてしまった。
「やっぱり、キョウガおねえちゃんはつよいね」
「なに、テリの作戦は素晴らしかったよ。時間的なデメリットを考慮しつつ扱えば、十分に通用するだろうね」
キラキラと眼を輝かせて、光の溢れ出るキョウガを見つめる少女。
物理的に発光しているはずもなく、テリの瞳が纏わせているのだが。
羨望に満ち溢れたその眼差しで、彼女は決心と共に言った。
「わたし、おおきくなったら、おねえちゃんのパーティにはいる」
「――おや、それは…やれやれ、驚いたなぁ」
「いいでしょ」
強い決意を孕んだ、力強い言葉と瞳。
無下に扱うわけにもいかず、キョウガは困った。
憧れから冒険者という危険な職業を選ばせること・自分が彼女の成長を待ち、パーティを存続させ続けられるかということ…より、重大な問題に思い当たったからだ。
「ふむ。君のお姉さんに、生涯恨まれそうだね」
「?」
テリのことを大事に思うあまり、ネアは過剰な行動をしがちだ。
そんなシスコンな彼女に、今テリの言ったことがバレたらどうなるか。
膝から崩れ落ちるか、最悪死ぬ。
「よし。とにかく、お姉さんとはよーく話し合いたまえ」
「うん」
「いいかね、よーく!そして、後腐れが無ければ歓迎しよう」
テリの心配より、ネアの容態が気になる治療術師であった。
ヒーローの考えなど露知らず、その小さな身体に決意を漲らせるテリだった。
妹が欲しいです。