恋
ダンジョンの探索中、ルート別に行動することになった『ネームフラワー』。
魔導士のリザとパラディンのレイアは、トラップが存在するかもしれない道を慎重に進んでいた。
無数に浮かぶ奇妙な球体が、反射した光を朱い木々に投げかける。
木々の隙間から覗ける湖は、エメラルドに輝いてダンジョンを彩る。
不可思議な景色に囲まれながら、リザは小さな溜め息を吐いた。
「もう少し食い下がるべきだったかも」
「あはは、まだ言ってるの?」
リザは、本当はもう一つのルートへ進みたかった…厳密に言うと、戦士の少年・アーサーと行動を共にしたかった。
しかし、リーダーの合理的な決定を覆すことはできず、抵抗も虚しくレイアとペアになった。
落ち込んだ友人の様子に、困ったような笑みを浮かべる聖騎士の少女。
「もしかして、アーサーくんと別行動になったから落ち込んでたり?なーんて…」
元気づけようとして、冗談めかして彼女は言った。
「それのなにがいけないのよ」
「えっっ、本当にそうなの!?」
リザにとっては冗談でもなんでもなく、普通に真実だった。
そのため、彼女は不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
火に油を注いでしまったレイアは、咄嗟にフォローを試みた。
「…えーと、ドンマイ!」
それ以上、掛けられそうな言葉が見当たらなかった。
ダンジョンの探索中に、まさか聡明なリザが色ボケしていたとは、考えていなかったのだ。
『状況は弁えようよ!』なんて言いたいが、前までのリザには無かった積極性である。
奥手な乙女の勇気が手に取るように理解できて、それを押し込めるような言い方はし辛かった。
だが、やはりダンジョンでは探索に集中して欲しい。
そう思い直した彼女は、どうにか伝えようと苦心し始めた。
「アーサーは残念そうじゃ無かったわね」
「えー、どうかなぁ。ちょっとくらい寂しそうにしてたんじゃない?」
「全然よ、全然。私の方なんて見てくれなかったし」
「そういうこともあると思うよ。あんまり気にしない方がいいよ」
「でも、聖女の日でチョコをあげた時は良い感じだったのに。私の気持ちって、ちゃんと伝わってるの?レイアはどう思う?」
「リ、リザちゃん…うん、少なくとも私には伝わってるんだけどね、その真剣さ…」
それとなくタイミングを計っても、やっぱり言い出し辛かった。
“恋は盲目”という言葉が、レイアの頭に過った。
今のリザには、アーサー以外なにも映っていないのだと悟った。
ところで、アーサー少年は武器や防具に目が無い。
彼が武器屋に行くと、同行した者は平気で3~4時間くらい待たされる。
目の前の友人の姿は、武器屋で剣の垂れ幕に見惚れる彼に似ていた。
(やっぱり凄いな、リザちゃん)
二人の姿を重ねて、レイアは思わずそう考えた。
彼女にとって、一つのものに周りが見えなくなるくらい熱中できる二人は、素直に尊敬できる存在だった。
もちろん、たまに行き過ぎてしまうことはあるにしても、そんな部分も魅力的に見えた。
その不器用なまでの直向きさは、彼女には無いものであるから。
「アーサーくんとリザちゃんって、本当に似た者同士だね」
「え?」
微笑ましそうに呟くレイアに、リザは首を傾げた。
不思議そうな顔をする彼女は、親友が隣でなにを思っていたかを知らない。
「分からないんだけど、どの辺が似てるの?」
「そういうとこ!」
「えー?ちゃんと言ってよ」
「リザちゃんには分からないと思うよ~?」
「ちょっと、なによそれ!」
楽しそうに笑う少女達を、浮かぶ球体が映した。
ふわふわと天空へ登って行って、やがて映像がすり抜けると、音もなく弾け飛んだ。