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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
錯綜の章
64/171

優しさ

 魔物使いのウードは、大の付くお人好しである。


 それゆえ、頼み事をされたら断らない。


 彼が快く引き受けたクエストの数は、今や100件に及んでいた。




 ある時、竜騎士のマゼンタは、彼が背負っている依頼の多さに気付く。


 負けず劣らず善人な彼女は、すぐに手助けを申し出た。


 こうして二人は臨時パーティを結成し、着実に依頼を完了していった――




 はずなのだが。


 現在の依頼の総数は、なんと300件以上に膨らんでいた。




 冒険者ギルドのロビーで、二人は困っていた。




「あらぁ、困ったわ。依頼を処理しきれなくなっちゃった…」


「ああ…ちょっとばかし、受けすぎちまったみてぇだな」




 彼らは持ち前の気前の良さから、頼まれごとを何から何まで引き受けてしまったのである。


 それに加え、二人のパーティは非常に優秀であった。


 なまじ評判がとても良いだけに、返って依頼者の増加に拍車を掛けたのだ。


 その結果、どう足掻いてもこなしきれない程、依頼が重なってしまった。




 にも関わらず、依頼の達成が滞ったわけでは無かった。


 魔物使いのウードは魔物を使役して、頭数の必要な依頼をスピーディにこなす。


 竜騎士マゼンタは、その機動性と破壊力を利用して、単騎で難敵を屠っていく。


 彼らのクエスト達成スピードは並ではなく、その効率性はどんな冒険者より優れていた――ただ、飛びぬけた善性がそれを上回っただけだ。




 二人は依頼の整理をしつつ、悩んでいた。


 どこか落ち着いた様子だったが、状況はかなり逼迫していた。




「もう一人、手伝ってくださる方が居ないかしらぁ…」


「確かにな。人手がありゃあ、なんとかなりそうだが…ん?」




 言葉を交わしていると、ウードがなにかを発見する。


 彼の眼に飛び込んできたのは、一人の女性だった。


 女性は警戒するように周りを見渡しつつ、椅子に座っていた。




「あら、ウードさん?どうかされましたか?」


「いや、ちょっと彼女が気になってな」




 なにか困りごとかと思い、ウードは声を掛けに行く。




「嬢ちゃん、どうかしたか?」


「!…いえ、なんでも」




 しかし、彼女は避けるように席を立つと、ギルドから去って行こうとする。


 困っている人間は放っておけないウードである。


 彼は再び女性の前へ歩み出ると、親しみのある笑みを浮かべた。




「なにか困ってるなら、俺に出来る範囲で力を貸すぜ」


「…あの…本当に結構です」




 女性は迷惑そうな顔を返し、早々と立ち去ろうとする。


 しかし、ウードはまたも声を掛ける。




「すまねえが、ちょいと手を貸してくれねぇか。どうしても人手が必要でな」


「え?」




 すると、今度は違う方法で彼女を引き留めてみせた。




「あんた、見たところ腕の立つ冒険者だろ。協力してくれりゃあ百人力なんだが…」




 押してもダメなら引いてみろ…とでも言わんばかりに、彼は巧みに手を変えた。


 それが功を奏したのか、彼女は反応を変えて、少し立ち止まる。


 そして、顔だけそっと振り返って言った。




「私の力量なんて、なんで分かるんですか」




 怪訝な表情で問うた彼女に、ウードは笑いながら答えた。




「その気配を消すような去り方、タダモンじゃねえ。明らかに実力を隠してるだろ」




 隠された実力を簡単に見抜けるくらいには、彼は実力を持った冒険者であった。


 女性は驚きつつも、後ろに足を退いて、またも逃走の構えを取る。


 その気配を抜け目なく察知して、ウードは軽く口笛を吹いた。




 すると、女性の背後に一匹の魔物が現れた。


 鳥獣の姿をした、どこか愛らしい二本足の魔物は、驚く彼女を軽々と背中に乗せる。


 そして、魔物らしからぬ人懐っこい笑みを浮かべた。




「こっちもギリギリの状況でな…その分、報酬は弾むぜ」


「…分かりました」




 足を浮かされ、動きを封じられた彼女は、観念したように了承する。


 魔物使いはフッと笑って、自らの名を名乗った。




「俺はウードだ。あんたは?」


「アイク」




 ウードの眼を見ないまま、アイクも仕方なく名乗るのだった。


~~~~~~~~~~


「よろしくね、アイクちゃん。一緒に頑張りましょうね~」


「…はい」


「アイク、これがあんたに頼みたい依頼だ。300件あるんで、ちっとばかし多いがな」




 挨拶もそこそこに、3人は早速、クエストを分配した。


 紳士的に笑いながらも、ウードがアイクに差し出したクエストの量はありえなかった。




「…えっと、待ってください。ちょっと多すぎます」


「1時間後、もう一度ここに集まって進渉報告だ。それと、新しいクエストは受けるな。以上、解散」


「だから、待ってください。聞いてますか」




 アイクは少し慌てながらストップを掛けたが、まったく取り合ってもらえずに話は終わった。


 いくらなんでも勝手なんじゃないかと思いつつ、時間が無い事を理解している彼女は、すぐに行動を開始した。




 ――そして、激動の1時間後。




 アイクは渡されたクエスト74件のうち、一つの漏れも無く完璧にこなした。


 報告を聞いた二人は、嬉しそうに頷いていた。




「本当にありがとうねぇ、アイクちゃん!あなたのおかげで、なんとかなりそうだわ~!」


「さすがだな。俺の眼に狂いは無かった…正直、ホッとしたぜ」




 無茶苦茶な数の依頼だったのに、達成したことを褒めるだけで、驚愕は見られない。


 一体この人たちはなんなのかと、アイクは訝し気な顔をしていた。




「あの、お二人はクエストを処理したんですか」




 話を相手に移して、彼女は詰問するような調子で言った。


 すると、対面に座る二人は…




「…うふふ?」「やれやれ…」




 なんか曖昧な反応で茶化してきた。




(まさかこの人たち…全然減ってない?)




 そう疑ったアイクの耳に、次の瞬間、驚くべき言葉が飛び込んできた。




「ごめんなさい…増えちゃったのぉ」


「やっぱり、困ってる人は放っちゃおけないからな。あんたには悪いと思ってる」


「なんで増えるんですか!?」




 情けない笑みを浮かべるマゼンタとウードに、彼女は渾身の大声でツッコミを入れた。


 最初に言っていた、『新しいクエストは受けるな』というルールはなんだったのか。


 いや、むしろ、訳の分からなかったルールの意味が、ようやく分かった気がした。




「もちろん、最初の依頼は全部こなしたわ…だけど、みんな困っていて」


「俺達を頼りにしてくれてるから、断りにくくてな」


「結局ね~…」「全部受けちまった」「というわけなのぉ」




 どういうわけだか納得がいかないアイクだったが、もう受けってしまったのだから仕方がない。


 いずれにせよ、自分は任されただけの依頼をこなしたのだし、もう解放されても良いはず。


 そう考えて、おもむろに席を立った――が、そこをマゼンタに引き留められる。




「あっ、待ってアイクちゃん!実はまだ、大事なお仕事が残ってて…」


「な、なんですか」


「とある錬金術師さんから貰った、カオスドラゴンちゃん討伐のお仕事なんだけどぉ」


「!?」




 カオスドラゴンという名を聞いて、アイクは絶句した。


 その名の通り、これはめっちゃ強いドラゴンである。


 なのに、たかだか3人のパーティで討伐するだなんて、正気の沙汰とは思えなかった。




「討伐して、そのツノを3本取ってくる…確か、そんな依頼だったな」


「まぁ、凄い!よく覚えているんですねぇ、ウードさん!」




 こんなお気楽な人達が勝てる相手ではない。


 そう判断したアイクは、咄嗟に彼女達を引き留めようとする。




「悪いことは言わない。やめておいた方が良いです」


「え?どうして?」




 マゼンタはきょとんとした顔で、ゆっくり首を傾げた。


 その動作もアイクの心配を上乗せし、言葉をより懸命にさせる。




「カオスドラゴンは、熟練の冒険者が束になっても倒せない相手です」


「フッ、心配しなさんな。束になるような戦い方はしねぇ」


「強さのことを言っているんです!とにかく、浅慮な真似はするべきじゃないわ」




 だが、彼女の心配はどうにも空回っているようだった。


 ウードにはひらりと受け流されるし、マゼンタはおっとりしていて、話を聞いているのか分からない。




(なんなの、この人達…)




 そう考えて、呆然とするアイクに、マゼンタはニコリと笑いかけた。




「それじゃあ、元気出して行きましょうねぇ。えいえいおー!」


「お互い、健闘を祈ろうぜ」


「そんな…暢気な…!」




 アイクは自らの身の危険を感じながらも、なんとか二人を生かそうと、自己犠牲の覚悟を固めた。


~~~~~~~~~~


 10分後、カオスドラゴンは無事に討伐された。


 竜騎士マゼンタは、竜に乗ってカオスドラゴンの巣まで行き、巣の主を蹂躙した。


 はっきり言って、彼女とドラゴンさえいれば、ウードとアイクは必要なかったくらいだ。




 ちなみに、カオスドラゴンの頭には、ツノは1本しかない。


 ということは、当然の帰結ではあるが、3本必要なら3体倒さなければならない。




「うふふ。3匹と遊ぶのは、ちょっと大変だったかもぉ~」


「マゼンタさん、あんたって人は…まったく、ひょっとして俺より魔物使いに向いてるんじゃねぇか?」


「そんなことありませんよぉ。だって、私はドラゴンの事しか知りませんから!」




 あまりの手際の良さに、アイクは驚愕を通り越し、引き攣った笑みを浮かべた。


 世界の広さを体感して、途方に暮れてもいた。


 そんな彼女に対して、マゼンタはまったりとした笑みを向ける。




「今日はありがとうね、アイクちゃん。また一緒にお仕事しましょうねぇ」


「おう、楽しかったぜ。それに、お前さんも良い顔するようになったじゃねぇか」




 マゼンタと共に、ウードも優し気に微笑んだ。




「そんなこと…!もう仕事は勘弁ですので、では!」




 屈託のない穏やかな表情と、優しい言葉。


 それを二人から手向けられたアイクは、顔を赤くしながらも、逃げるようにギルドを後にした。


 その際、背中の方から届いた優しい声を、彼女は聞き逃さなかった。




「アイク。今度会ったら、本当の名を教えてくれよ…」




 一瞬だけ、彼女の涙腺が揺らぐ。


 しかし、歩を早めた彼女の表情は、ウードとマゼンタには見えなかった。


 どこかの角を曲がって、彼女は二人の知らない場所へ去って行った。

やさいせいかつ

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