優しさ
魔物使いのウードは、大の付くお人好しである。
それゆえ、頼み事をされたら断らない。
彼が快く引き受けたクエストの数は、今や100件に及んでいた。
ある時、竜騎士のマゼンタは、彼が背負っている依頼の多さに気付く。
負けず劣らず善人な彼女は、すぐに手助けを申し出た。
こうして二人は臨時パーティを結成し、着実に依頼を完了していった――
はずなのだが。
現在の依頼の総数は、なんと300件以上に膨らんでいた。
冒険者ギルドのロビーで、二人は困っていた。
「あらぁ、困ったわ。依頼を処理しきれなくなっちゃった…」
「ああ…ちょっとばかし、受けすぎちまったみてぇだな」
彼らは持ち前の気前の良さから、頼まれごとを何から何まで引き受けてしまったのである。
それに加え、二人のパーティは非常に優秀であった。
なまじ評判がとても良いだけに、返って依頼者の増加に拍車を掛けたのだ。
その結果、どう足掻いてもこなしきれない程、依頼が重なってしまった。
にも関わらず、依頼の達成が滞ったわけでは無かった。
魔物使いのウードは魔物を使役して、頭数の必要な依頼をスピーディにこなす。
竜騎士マゼンタは、その機動性と破壊力を利用して、単騎で難敵を屠っていく。
彼らのクエスト達成スピードは並ではなく、その効率性はどんな冒険者より優れていた――ただ、飛びぬけた善性がそれを上回っただけだ。
二人は依頼の整理をしつつ、悩んでいた。
どこか落ち着いた様子だったが、状況はかなり逼迫していた。
「もう一人、手伝ってくださる方が居ないかしらぁ…」
「確かにな。人手がありゃあ、なんとかなりそうだが…ん?」
言葉を交わしていると、ウードがなにかを発見する。
彼の眼に飛び込んできたのは、一人の女性だった。
女性は警戒するように周りを見渡しつつ、椅子に座っていた。
「あら、ウードさん?どうかされましたか?」
「いや、ちょっと彼女が気になってな」
なにか困りごとかと思い、ウードは声を掛けに行く。
「嬢ちゃん、どうかしたか?」
「!…いえ、なんでも」
しかし、彼女は避けるように席を立つと、ギルドから去って行こうとする。
困っている人間は放っておけないウードである。
彼は再び女性の前へ歩み出ると、親しみのある笑みを浮かべた。
「なにか困ってるなら、俺に出来る範囲で力を貸すぜ」
「…あの…本当に結構です」
女性は迷惑そうな顔を返し、早々と立ち去ろうとする。
しかし、ウードはまたも声を掛ける。
「すまねえが、ちょいと手を貸してくれねぇか。どうしても人手が必要でな」
「え?」
すると、今度は違う方法で彼女を引き留めてみせた。
「あんた、見たところ腕の立つ冒険者だろ。協力してくれりゃあ百人力なんだが…」
押してもダメなら引いてみろ…とでも言わんばかりに、彼は巧みに手を変えた。
それが功を奏したのか、彼女は反応を変えて、少し立ち止まる。
そして、顔だけそっと振り返って言った。
「私の力量なんて、なんで分かるんですか」
怪訝な表情で問うた彼女に、ウードは笑いながら答えた。
「その気配を消すような去り方、タダモンじゃねえ。明らかに実力を隠してるだろ」
隠された実力を簡単に見抜けるくらいには、彼は実力を持った冒険者であった。
女性は驚きつつも、後ろに足を退いて、またも逃走の構えを取る。
その気配を抜け目なく察知して、ウードは軽く口笛を吹いた。
すると、女性の背後に一匹の魔物が現れた。
鳥獣の姿をした、どこか愛らしい二本足の魔物は、驚く彼女を軽々と背中に乗せる。
そして、魔物らしからぬ人懐っこい笑みを浮かべた。
「こっちもギリギリの状況でな…その分、報酬は弾むぜ」
「…分かりました」
足を浮かされ、動きを封じられた彼女は、観念したように了承する。
魔物使いはフッと笑って、自らの名を名乗った。
「俺はウードだ。あんたは?」
「アイク」
ウードの眼を見ないまま、アイクも仕方なく名乗るのだった。
~~~~~~~~~~
「よろしくね、アイクちゃん。一緒に頑張りましょうね~」
「…はい」
「アイク、これがあんたに頼みたい依頼だ。300件あるんで、ちっとばかし多いがな」
挨拶もそこそこに、3人は早速、クエストを分配した。
紳士的に笑いながらも、ウードがアイクに差し出したクエストの量はありえなかった。
「…えっと、待ってください。ちょっと多すぎます」
「1時間後、もう一度ここに集まって進渉報告だ。それと、新しいクエストは受けるな。以上、解散」
「だから、待ってください。聞いてますか」
アイクは少し慌てながらストップを掛けたが、まったく取り合ってもらえずに話は終わった。
いくらなんでも勝手なんじゃないかと思いつつ、時間が無い事を理解している彼女は、すぐに行動を開始した。
――そして、激動の1時間後。
アイクは渡されたクエスト74件のうち、一つの漏れも無く完璧にこなした。
報告を聞いた二人は、嬉しそうに頷いていた。
「本当にありがとうねぇ、アイクちゃん!あなたのおかげで、なんとかなりそうだわ~!」
「さすがだな。俺の眼に狂いは無かった…正直、ホッとしたぜ」
無茶苦茶な数の依頼だったのに、達成したことを褒めるだけで、驚愕は見られない。
一体この人たちはなんなのかと、アイクは訝し気な顔をしていた。
「あの、お二人はクエストを処理したんですか」
話を相手に移して、彼女は詰問するような調子で言った。
すると、対面に座る二人は…
「…うふふ?」「やれやれ…」
なんか曖昧な反応で茶化してきた。
(まさかこの人たち…全然減ってない?)
そう疑ったアイクの耳に、次の瞬間、驚くべき言葉が飛び込んできた。
「ごめんなさい…増えちゃったのぉ」
「やっぱり、困ってる人は放っちゃおけないからな。あんたには悪いと思ってる」
「なんで増えるんですか!?」
情けない笑みを浮かべるマゼンタとウードに、彼女は渾身の大声でツッコミを入れた。
最初に言っていた、『新しいクエストは受けるな』というルールはなんだったのか。
いや、むしろ、訳の分からなかったルールの意味が、ようやく分かった気がした。
「もちろん、最初の依頼は全部こなしたわ…だけど、みんな困っていて」
「俺達を頼りにしてくれてるから、断りにくくてな」
「結局ね~…」「全部受けちまった」「というわけなのぉ」
どういうわけだか納得がいかないアイクだったが、もう受けってしまったのだから仕方がない。
いずれにせよ、自分は任されただけの依頼をこなしたのだし、もう解放されても良いはず。
そう考えて、おもむろに席を立った――が、そこをマゼンタに引き留められる。
「あっ、待ってアイクちゃん!実はまだ、大事なお仕事が残ってて…」
「な、なんですか」
「とある錬金術師さんから貰った、カオスドラゴンちゃん討伐のお仕事なんだけどぉ」
「!?」
カオスドラゴンという名を聞いて、アイクは絶句した。
その名の通り、これはめっちゃ強いドラゴンである。
なのに、たかだか3人のパーティで討伐するだなんて、正気の沙汰とは思えなかった。
「討伐して、そのツノを3本取ってくる…確か、そんな依頼だったな」
「まぁ、凄い!よく覚えているんですねぇ、ウードさん!」
こんなお気楽な人達が勝てる相手ではない。
そう判断したアイクは、咄嗟に彼女達を引き留めようとする。
「悪いことは言わない。やめておいた方が良いです」
「え?どうして?」
マゼンタはきょとんとした顔で、ゆっくり首を傾げた。
その動作もアイクの心配を上乗せし、言葉をより懸命にさせる。
「カオスドラゴンは、熟練の冒険者が束になっても倒せない相手です」
「フッ、心配しなさんな。束になるような戦い方はしねぇ」
「強さのことを言っているんです!とにかく、浅慮な真似はするべきじゃないわ」
だが、彼女の心配はどうにも空回っているようだった。
ウードにはひらりと受け流されるし、マゼンタはおっとりしていて、話を聞いているのか分からない。
(なんなの、この人達…)
そう考えて、呆然とするアイクに、マゼンタはニコリと笑いかけた。
「それじゃあ、元気出して行きましょうねぇ。えいえいおー!」
「お互い、健闘を祈ろうぜ」
「そんな…暢気な…!」
アイクは自らの身の危険を感じながらも、なんとか二人を生かそうと、自己犠牲の覚悟を固めた。
~~~~~~~~~~
10分後、カオスドラゴンは無事に討伐された。
竜騎士マゼンタは、竜に乗ってカオスドラゴンの巣まで行き、巣の主を蹂躙した。
はっきり言って、彼女とドラゴンさえいれば、ウードとアイクは必要なかったくらいだ。
ちなみに、カオスドラゴンの頭には、ツノは1本しかない。
ということは、当然の帰結ではあるが、3本必要なら3体倒さなければならない。
「うふふ。3匹と遊ぶのは、ちょっと大変だったかもぉ~」
「マゼンタさん、あんたって人は…まったく、ひょっとして俺より魔物使いに向いてるんじゃねぇか?」
「そんなことありませんよぉ。だって、私はドラゴンの事しか知りませんから!」
あまりの手際の良さに、アイクは驚愕を通り越し、引き攣った笑みを浮かべた。
世界の広さを体感して、途方に暮れてもいた。
そんな彼女に対して、マゼンタはまったりとした笑みを向ける。
「今日はありがとうね、アイクちゃん。また一緒にお仕事しましょうねぇ」
「おう、楽しかったぜ。それに、お前さんも良い顔するようになったじゃねぇか」
マゼンタと共に、ウードも優し気に微笑んだ。
「そんなこと…!もう仕事は勘弁ですので、では!」
屈託のない穏やかな表情と、優しい言葉。
それを二人から手向けられたアイクは、顔を赤くしながらも、逃げるようにギルドを後にした。
その際、背中の方から届いた優しい声を、彼女は聞き逃さなかった。
「アイク。今度会ったら、本当の名を教えてくれよ…」
一瞬だけ、彼女の涙腺が揺らぐ。
しかし、歩を早めた彼女の表情は、ウードとマゼンタには見えなかった。
どこかの角を曲がって、彼女は二人の知らない場所へ去って行った。
やさいせいかつ