フレンドシップ(重め)
新しいクラスを出したい。
ギコ、ギコ。
怪しい音の響く地下室で、孤独な少女が微笑んだ。
「これは良い腕だわ」
彼女が手に持っているのは誰かの腕だ。胴体は繋がっておらず、本当に腕のみ。
それをツギハギの人形に接着すると、嬉しそうに笑った。
少女は、ドールマスターと呼ばれるクラスに所属している。
生命を持つ人形を作り出し、自在に操ることができた。
だが、少女は人形を操作することに意義を感じていなかった。
「きっと素敵なお友達になるわ」
原因は胸中の寂しさだ。
これまでの人生で、彼女は他者と上手く関われなかった。
そのため、こうして歪な形を取ってでも、他者との関係を作り出そうとしていた。
然るべき胴体の無い腕は、ダンジョンで取って来たものである。
魔物に殺された冒険者の屍から、丁寧にもぎ取って来たのだ。
そうまでして、出来る限りのリアリティにありつこうとしていた。
そんな寂しい彼女の元に、ふと柔らかいノックの音が舞い込んでくる。
扉が開くと、一人の少年が現れた。
「よっ、ロゼア!相変わらずスゲーもん作ってるなー!」
「エ、エ、エルドラ…!」
錬金術師の少年・エルドラの姿を確認した瞬間、彼女――ロゼアは顔を赤くした。
本当の「お友達」を前にして、大いに照れたのである。
「今日も一緒に遊ぶ代わりに、一体持って行っていいんだよな!」
「う、うん…!だ、大事な…お、お、お友達のためだもん」
「よっしゃー!じゃ、早速遊ぼうぜ!」
エルドラ少年は欲深い眼を煌めかせ、ロゼアの前にサイコロを差し出す。
「今日は俺が寝ずに考えたゲームをやるぞ!」
「す、凄い…!やっぱりエルドラは凄いのね…!」
『寝ずに』『考えた』ことに対し、ロゼアは大袈裟に感服する。
彼女の中で、エルドラは世界初の友達であり、唯一無二の存在である。
そんな彼が為すことは、どれほどの些事であっても、少女に驚きと感動を与えるのだった。
「ゲームの名前は…やべ、名前とか考えてなかった。どうする?」
「あぁ、あのねっ!!私に良い考えがあるの、『エルドラ』って名前はどう…?」
「おー!悪くないけど、考えたロゼアの名前も入れようぜ!」
名前を決めることだけでも、ロゼアの孤独はぐっと癒された。
そうして、二人は少しだけ明るい部屋の中で、和気藹々とゲームを始めるのだった。
~~~~~~~~~~
ゲーム名・『エルドラ・ロゼア』。
それを終えたエルドラは、ロゼアから人形を一体もらい受けて、幼馴染の元へ向かった。
幼馴染の少女は、若くして高名な錬金術師であった。
名をパルルと言う。
幼馴染の少女・パルルは、彼を自らの研究室へ上げると、訝し気な顔をする。
「なに、その人形…」
「おっ、お目が高いねーパルルさん。なにを隠そう、これは――」
彼女に人形の説明をしようと、エルドラは張り切って手を仰ぐ。
しかし、その口から出た言葉は、事実とは異なったものだった。
「天才な『俺』が作った、超強い機械人形だっ!!」
本来であれば、人形の著作はロゼアに帰属するものである。
しかし、エルドラは事実を捻じ曲げて、著作者を自らだと公言した。
この発言に対し、パルルは溜め息を吐いて返した。
「これを?錬金術師のエルちゃんが?バカも休み休みにしてよ…」
「いやいやいや、信じてくれ!いやいやいや!」
「嫌だよ。嘘だよ。怪しいよ?」
幼馴染からの信用がこれっぽっちも無いエルドラは、神妙そうに腕を組む。
どうすればパルルに信じてもらえるのか。
この課題をクリアするため、彼は全神経を集中させた。
(信じてくれって言い続ける…10%。土下座…0%。本当は嘘だって言う…100%。よし、信じてもらうにはこれしかない!)
信じてもらう事が目的になっていることに、全神経を使う彼は気付かない。
そのまま、100%の案を採用してしまった。
「そうだ!本当は俺が作った人形じゃなーい!」
「そうだと思ったよ」
「信じたーっ!よっしゃああああ」
「疑う余地がないよ」
その後、彼から事情を聞いたパルルは、ロゼアという少女に興味を持った。
ついでに、人形技師として名声を得ようとしていた、間抜けな幼馴染にも呆れた。
~~~~~~~~~~
後日、彼女はエルドラに案内してもらい、ロゼアの地下室へやって来た。
エルドラがいつも通りに地下の扉を開けると、薄暗い部屋の中に、孤独な少女が立っていた。
少女はエルドラの顔を見ると、パッと顔を明るくする。
しかし、パルルを視界に捉えた瞬間、明確な敵意を示した。
「――誰?」
「始めましてだよ。錬金術師のパルルという者だよ」
少女ロゼアは猫のように、部屋の隅でうずくまる。
そこにエルドラが近寄っていくと、彼の足元へ縋りつくように寄って来た。
「た、た、たしゅけてぇ…!えりゅどら~!」
「え、なにから?あのさ、今日も人形くれよ!」
「いいよ…!!お、おと、お友達のためだったら、何でもするわ!!」
扉の近くに居るまま、彼女の言葉を聞いたパルルは、ただならぬ不快感を覚えた。
エルちゃんが、お友達?エルちゃんのためなら、なんでもする??
頭の中に渦巻く、なんとなく不愉快な言葉に、眉を顰める。
「そんなヤツのために、なんでもしちゃダメだよっ!!」
常に理性的な錬金術師の少女は、今だけは理性を抜きにして叫ぶ。
自らの幼馴染であるエルドラが、どれほど信用ならないかを知っているからだ。
先日見た人形の完成度に加え、地下室に居並ぶ人形の数々…ロゼアは明らかに、ドールマスターの才能に溢れている。
したがって、こんな下らない人間に潰されてはいけない――そう思えばこそ、彼女の正義感は見る間に燃え上がった。
しかし、それはロゼアにとって嫌な言葉に他ならない。
なんせ彼女は、エルドラを唯一無二の存在とし、半ば神格化しているのだから。
少女は強い憎しみを瞳に滲ませ、薄暗がりからパルルを睨みつけた。
「あなた、私のお友達に…なんてこというの?」
言葉と共に、少女はパルルを完全に敵と見なした。
そうして、死骸のような光ない眼で敵を凝視した。
「謝りなさいよ。私のエルドラに謝りなさいよッ!!」
澄み切ったあどけない声で、紛れもない怒りを発露する。
初めて聴いたその声に、エルドラはめっちゃビビった。
(ロゼアってこんな声出るのかよ!こわっ!!)
思わず腰が抜けた彼は、冷たい床に尻もちを着いた。
硬い感触に、冷や汗が伝う。
ロゼアが細やかに指を動かすと、彼女の背後で沈黙していた人形が動き出す。
片方は逞しく、片方は華奢な腕を持った人形。
爛れた顔には不似合いな、白い脚の人形。
眼球は無く、頭もひび割れているが、まるで生物のように動く人形。
それらすべてを、彼女は指揮者さながらに操った。
パルルは人形の攻撃をいなすために、手早く魔方陣を仕掛ける。
戦闘には不向きな錬金術師というクラスであるにも関わらず、彼女の動きはよく訓練されていて、一切の隙は無い。
人形に張り付いたスクロールは爆発し、中規模の衝撃を起こした。
が、爆風の他には一切の痕跡を残さず、人形の存在をまったく消してしまった。
「君と戦うつもりはないよ。さぁ、私と一緒に来てよ!ロゼア!」
「謝りなさいよッ!!エルドラにッッッ!!!!謝りなさいよぉぉぉッ!!」
人形から放たれる攻撃を躱しながら、無差別に振りまかれる破壊を受け流しながら、パルルは何度もロゼアを呼ぶ。
怒りに我を忘れたロゼアは応えない。
錬金術師の少女が懸命に発する声は、ドールマスターの少女には届かなかった。
その様子を傍観するしかないエルドラは、壮絶な戦いをただ見守っていた。
その間、頭の中では二人を止める方法を考えている…わけなどない。
「うーん、あの人形が一番強そうだな!よーし、あれを貰うのに決めたっ!」
お持ち帰り用の人形を暢気に品定めして、他人事な腕組みをしていた。
その表情は至極満足気で、目の前の戦いになんらの危機も感じていない様子だった。
「まーどうせパルルが勝つんだろーな、天才だし。暇だしロゼアが好きそうな遊びでも考えてやるか~」
暇潰しの思案の最中、遠く散らばるスクロールを眺めて、彼は何事かを閃く。
そしてポケットをまさぐると、おもむろに白紙のスクロールを取り出した。
(ちょっと模写してみよう)
完全に思い付きである。
とはいえ、普段から錬金術師らしい努力をしていない彼に、持続するようなやる気は無い。
ましてや思い付きでは、大した情熱も沸かず…すぐにやめた。
結果、彼は――パルルとロゼアの戦闘をスクロールに落描きしていた。
戦闘が終わるまで、あくびをしながら手なりで描き続けた。
彼は昔から、落描きは得意な方だったのである。
ロゼア「エルドラ…まだ起きてる?」