自由・その3
フレイズの運命やいかに
自由を謳歌するには、責任がつきまとう。
それは決して、他人を壁にして避けることなどできない理である。
(なぜッ、こんなロリがッ!!おじさんの力を凌駕するというにょぉぉぉ………ジャック-、かっこいいー!違うおおおおッ)
呪術師フレイズは、単なる町娘のベリーを御しきれないことで苦しんだ。
否、御するどころか、彼はどんどん精神のコントロールを奪われていく。
このままでは、もはや彼は一生、少女の身体から身動きが取れなくなる。端的に言えば、封印される直前まで追い込まれていた。
ベリーの内側で起こる争いに気付かず、不人気吟遊詩人・赤字占星師・まわりくどい治療術師・酔いどれアーチャーが会議をしていた。
「ベリーの中に呪術師が!?」
「ああ。今は私の力で抑えているが、またいつ暴れ出すか…」
ベリーの頭を手のひらで抑えるキョウガは、そう言って顔を苦くする。
ジャックは信じられないといった様子で、目の前の少女を見る。
「だ、大丈夫かい、ベリー?」
「うんー!」
問いかけられたベリーは平気そうに笑う。苦しんでいる様子はなかった。
それがまた、目の前の治療術師への信頼感を揺らがせた。
しかし、当の彼女は発言を取り消すつもりもない。事実だと、自分だけが知っているから。
「先日、私から話した通りだよ。ケビン」
「憑依…確かに、さっきと今では少女の様子が違う気もするな」
「様子の変化に関しては、私も正直さっぱりだ。しかし、危険な状態であると断言しよう」
彼女は疑問に思っていた。フレイズの禍々しい魔力が、なぜだか格段に弱まっていることを。
まだ肌には厭わしいザラつきが触っていた。とはいえ、それは最初に感じた時とは雲泥の差で、不快指数は不思議なほど抑えられている。
光属性を有する回復魔法を少女の精神に掛け、闇属性を有する呪術を抑え込んではいる。だがそれにしても、弱り方が異常だった。
そういう状況を鑑みて、原因がおそらく少女にあることを、彼女は原理不明のまま仮定していた。
「まったく…不可解な仮定だらけで、溜め息が出るね」
幼い身体、幼い顔に似合わず、彼女は疲れた息を吐く。
外見に不釣り合いな仕草は、それが初見だったトーマスにとって非日常的だった。
彼は大きく笑って、現れたシュールを雑に弾く。
「はっはっは!ガキが溜め息なんて吐くんじゃねぇ!」
「む、なにかね?少女には気疲れの一つも相応しくないかい」
「おうよ、似合わねぇな!ガキってなぁ、甘いモン喰って笑ってりゃいいんだ!」
「ふむ。どうやら君は、少年性の尊さを軽んじているらしい。一概に決めつけるのは止した方が良いね」
不服そうな表情で、小難しい言葉を並べるキョウガ。しかし、見た目は明らかに少女である。
ベリーが同年代への親近感を持っている時点で、それは実証されているのだった。
「ねーねー!」
「おや、どうかしたかい」
「んーとねー、なんさいですかー?」
「………君にはいくつに見える?」
「ベリーはねー、5さいなんだよー!だからねー、5さい」
少女に5歳と言われた少女は、「ふふ、面白い考察だね」と笑う。
そして「さて」と前置きし、あからさまに話題を変えた。如何せん、不服だったのである。
「ベリーの中には悪しき者が宿っている。これをどう処理するか、それが肝心だ。ねえ、ケビン」
「そうだな」
「このまま彼女の肉体に宿らせるのは、はっきり言って危険だ。しかし今、奴はなぜか力を発揮できていない………彼女が呪術のコントロールを脱しているのが証拠だ」
「そうだな」
「これは私の見解だが、ベリーには特別ななにかがあるのでは?ということで、絡繰りは一切不明だが、このまま犯罪者を彼女の身体に封印しよう」
「そうだ――待て、なにを言っている?」
キョウガは焦っていた。念願であったフレイズの確保を達成したため、その次の段階へ早急に進もうとしていた。
しかし、冷静なケビンは慎重に手段を選ぶ。よって、彼女の焦燥は無理やり停止させられた。
いつも温和な治療術師はいつになく苛立ったが、彼の理性的な眼を見て、意見を受け入れる。
「ふふ、すまないね……私にも、まだ幼い部分があるようだ」
「いや、君はどこからどう見ても幼いぞ」
「心馳。言葉には元来、棘があるものと知るがいい」
ケビンは彼女の苛立ちを静めたものの、別の問題で復活させた。
その結果、キョウガは怒りを露わにして、にっこりと笑っている。
すると、いつの間にか彼女の手から逃れたベリーが、頬を紅潮させながら言った。
「キョウガちゃんー、そのお顔ー………すっごく、好きー」
「!?」
瞬間、キョウガはゾッとした。不吉な変態の気配を感じたのだ。
先ほどまでなんの警戒も無く、傍に居ることを普通に許していた少女。その少女が、急におぞましい怪物に見えた。
思わず後退り、バランスを崩して躓く。その狼狽した背中を、ジャックが受け止めた。
「だ、大丈夫かい!?キョウガさん!」
「解せない…気味が悪い……これは悪夢か?私は自我を喪失したのか?それならばなぜ、相対性における自他の関係に――ああ、もはや自己の関係に対する他者的目線の喪失が、因果的な規律性から命題を消失せしめて」
「ケビン、キョウガさんを頼む。僕はベリーの熱を測るから」
混乱のし過ぎで自我探求に興じる少女。彼女をケビンに任せ、ジャックはベリーの額へ手を当てる。
すると、ベリーはあろうことか、彼の手からも首を振って逃れた。
「さわっちゃダメだよー!わたしにさわっていいのはー…カワイイ女の子だけ、なんだよー…あれー?」
「ベ、ベリー…もしかして、呪術の影響が!?」
「ジャックはー、かっこよくてー…でも女の子じゃなくてー、でもかっこよくてー…ぶ、ぶひひー?」
「その笑い方はなんだい!?」
小さく微笑みながら、変な笑い方をするベリー。可哀想なことに、少女はフレイズの魂を取り込んでしまったのだ。
フレイズは抵抗し続けた結果、せめて自らを消滅させないために、やむを得ず彼女の精神と同化したのである。
そのため、ベリーは呪術から解き放たれた。その代わり、大いなる闇属性の魔力と、変態の人格を抱えてしまった。
一方、フレイズも彼女と意識を共有することになった。
彼とて抵抗力を失ってベリーと同化したのだ。当然、魂だけの人格は無惨に食い潰された。
晴れて、彼は本当に少女となったのである。少女の変態性を担う、純粋な穢れとなった。
「あはは、ぶひーってわらうのー、がまんできないー!へんなのー!」
「なんてことだ…ど、どうすれば!?キョウガさん!!」
「原始的な無意識への回帰が、はたして存在の防衛において、命題となり得るだろうか。もしも概念上に多義的な自意識と唯物主義を求めるのであれば、その反動によって無意識の定義そのものに、所謂『客観視の軋轢』が生じ――」
「ジャック、お前までパニックなれば収拾がつかなくなる。どんな時でも冷静であれ」
斯くして、密人・フレイズは封印された。
そして、闇属性の魔力はベリーの中に蓄積され、町娘の彼女は魔導士の素養を新たに得たのだった。
「はっはっは、まあなにはともあれ酒だ!なあ嬢ちゃん?」
「ぶひー、おじちゃんだれー?あんまり近くに来ないでー」
フレイズのトラウマも、多少はベリーに蓄積されていた。
ベリー、病んでさえいなければ…