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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
錯綜の章
62/171

自由・その3

フレイズの運命やいかに

 自由を謳歌するには、責任がつきまとう。


 それは決して、他人を壁にして避けることなどできない理である。




(なぜッ、こんなロリがッ!!おじさんの力を凌駕するというにょぉぉぉ………ジャック-、かっこいいー!違うおおおおッ)




 呪術師フレイズは、単なる町娘のベリーを御しきれないことで苦しんだ。


 否、御するどころか、彼はどんどん精神のコントロールを奪われていく。


 このままでは、もはや彼は一生、少女の身体から身動きが取れなくなる。端的に言えば、封印される直前まで追い込まれていた。




 ベリーの内側で起こる争いに気付かず、不人気吟遊詩人・赤字占星師・まわりくどい治療術師・酔いどれアーチャーが会議をしていた。




「ベリーの中に呪術師が!?」


「ああ。今は私の力で抑えているが、またいつ暴れ出すか…」




 ベリーの頭を手のひらで抑えるキョウガは、そう言って顔を苦くする。


 ジャックは信じられないといった様子で、目の前の少女を見る。




「だ、大丈夫かい、ベリー?」


「うんー!」




 問いかけられたベリーは平気そうに笑う。苦しんでいる様子はなかった。


 それがまた、目の前の治療術師への信頼感を揺らがせた。


 しかし、当の彼女は発言を取り消すつもりもない。事実だと、自分だけが知っているから。




「先日、私から話した通りだよ。ケビン」


「憑依…確かに、さっきと今では少女の様子が違う気もするな」


「様子の変化に関しては、私も正直さっぱりだ。しかし、危険な状態であると断言しよう」




 彼女は疑問に思っていた。フレイズの禍々しい魔力が、なぜだか格段に弱まっていることを。


 まだ肌には厭わしいザラつきが触っていた。とはいえ、それは最初に感じた時とは雲泥の差で、不快指数は不思議なほど抑えられている。


 光属性を有する回復魔法を少女の精神に掛け、闇属性を有する呪術を抑え込んではいる。だがそれにしても、弱り方が異常だった。


 そういう状況を鑑みて、原因がおそらく少女にあることを、彼女は原理不明のまま仮定していた。




「まったく…不可解な仮定だらけで、溜め息が出るね」




 幼い身体、幼い顔に似合わず、彼女は疲れた息を吐く。


 外見に不釣り合いな仕草は、それが初見だったトーマスにとって非日常的だった。


 彼は大きく笑って、現れたシュールを雑に弾く。




「はっはっは!ガキが溜め息なんて吐くんじゃねぇ!」


「む、なにかね?少女には気疲れの一つも相応しくないかい」


「おうよ、似合わねぇな!ガキってなぁ、甘いモン喰って笑ってりゃいいんだ!」


「ふむ。どうやら君は、少年性の尊さを軽んじているらしい。一概に決めつけるのは止した方が良いね」




 不服そうな表情で、小難しい言葉を並べるキョウガ。しかし、見た目は明らかに少女である。


 ベリーが同年代への親近感を持っている時点で、それは実証されているのだった。




「ねーねー!」


「おや、どうかしたかい」


「んーとねー、なんさいですかー?」


「………君にはいくつに見える?」


「ベリーはねー、5さいなんだよー!だからねー、5さい」




 少女に5歳と言われた少女は、「ふふ、面白い考察だね」と笑う。


 そして「さて」と前置きし、あからさまに話題を変えた。如何せん、不服だったのである。




「ベリーの中には悪しき者が宿っている。これをどう処理するか、それが肝心だ。ねえ、ケビン」


「そうだな」


「このまま彼女の肉体に宿らせるのは、はっきり言って危険だ。しかし今、奴はなぜか力を発揮できていない………彼女が呪術のコントロールを脱しているのが証拠だ」


「そうだな」


「これは私の見解だが、ベリーには特別ななにかがあるのでは?ということで、絡繰りは一切不明だが、このまま犯罪者を彼女の身体に封印しよう」


「そうだ――待て、なにを言っている?」




 キョウガは焦っていた。念願であったフレイズの確保を達成したため、その次の段階へ早急に進もうとしていた。


 しかし、冷静なケビンは慎重に手段を選ぶ。よって、彼女の焦燥は無理やり停止させられた。


 いつも温和な治療術師はいつになく苛立ったが、彼の理性的な眼を見て、意見を受け入れる。




「ふふ、すまないね……私にも、まだ幼い部分があるようだ」


「いや、君はどこからどう見ても幼いぞ」


「心馳。言葉には元来、棘があるものと知るがいい」




 ケビンは彼女の苛立ちを静めたものの、別の問題で復活させた。


 その結果、キョウガは怒りを露わにして、にっこりと笑っている。


 すると、いつの間にか彼女の手から逃れたベリーが、頬を紅潮させながら言った。




「キョウガちゃんー、そのお顔ー………すっごく、好きー」


「!?」




 瞬間、キョウガはゾッとした。不吉な変態の気配を感じたのだ。


 先ほどまでなんの警戒も無く、傍に居ることを普通に許していた少女。その少女が、急におぞましい怪物に見えた。


 思わず後退り、バランスを崩して躓く。その狼狽した背中を、ジャックが受け止めた。




「だ、大丈夫かい!?キョウガさん!」


「解せない…気味が悪い……これは悪夢か?私は自我を喪失したのか?それならばなぜ、相対性における自他の関係に――ああ、もはや自己の関係に対する他者的目線の喪失が、因果的な規律性から命題を消失せしめて」


「ケビン、キョウガさんを頼む。僕はベリーの熱を測るから」




 混乱のし過ぎで自我探求に興じる少女。彼女をケビンに任せ、ジャックはベリーの額へ手を当てる。


 すると、ベリーはあろうことか、彼の手からも首を振って逃れた。




「さわっちゃダメだよー!わたしにさわっていいのはー…カワイイ女の子だけ、なんだよー…あれー?」 


「ベ、ベリー…もしかして、呪術の影響が!?」


「ジャックはー、かっこよくてー…でも女の子じゃなくてー、でもかっこよくてー…ぶ、ぶひひー?」


「その笑い方はなんだい!?」




 小さく微笑みながら、変な笑い方をするベリー。可哀想なことに、少女はフレイズの魂を取り込んでしまったのだ。


 フレイズは抵抗し続けた結果、せめて自らを消滅させないために、やむを得ず彼女の精神と同化したのである。


 そのため、ベリーは呪術から解き放たれた。その代わり、大いなる闇属性の魔力と、変態の人格を抱えてしまった。




 一方、フレイズも彼女と意識を共有することになった。


 彼とて抵抗力を失ってベリーと同化したのだ。当然、魂だけの人格は無惨に食い潰された。


 晴れて、彼は本当に少女となったのである。少女の変態性を担う、純粋な穢れとなった。




「あはは、ぶひーってわらうのー、がまんできないー!へんなのー!」


「なんてことだ…ど、どうすれば!?キョウガさん!!」


「原始的な無意識への回帰が、はたして存在の防衛において、命題となり得るだろうか。もしも概念上に多義的な自意識と唯物主義を求めるのであれば、その反動によって無意識の定義そのものに、所謂『客観視の軋轢』が生じ――」


「ジャック、お前までパニックなれば収拾がつかなくなる。どんな時でも冷静であれ」




 斯くして、密人みそかびと・フレイズは封印された。


 そして、闇属性の魔力はベリーの中に蓄積され、町娘の彼女は魔導士の素養を新たに得たのだった。




「はっはっは、まあなにはともあれ酒だ!なあ嬢ちゃん?」


「ぶひー、おじちゃんだれー?あんまり近くに来ないでー」




 フレイズのトラウマも、多少はベリーに蓄積されていた。

ベリー、病んでさえいなければ…

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