自由・その2
自由の続き
罪人が楽しく生きる唯一の方法とは、正義を忌避し続けることである。
物質的正義、精神的正義、象徴的正義…その形も問わず、ひたすら抗い続けることである。
もし捕まってしまえば最後、許されざる罪は必ず、その者を懲らしめるであろう…
「――ふむ、迷子か」
「あずぁってくぇお」
「いいから、君は大人しく酔いを醒ませ」
王都屈指の赤字ボランティア施設・冒険者ギルド。
その運営の全権を任された責任者であり、高名な冒険者でもある男・占星師のケビン。
彼は、酔いどれのアーチャー・トーマスから迷子の少女を預かった。
「両親を知っている者がいないか、確認してくる」
「あぁー」
「君も来てくれ」
書類の処理を中断すると、彼は少女の手を取って、すぐに行動を開始する。
発語も困難なトーマスは、その姿を見送ると同時に眠った。
執務室を出たケビンには、まず最初に確認すべきことがあった。
それは、隣から漂う臭気について。
「ひとつ確認するが…君は酒を飲んだな?」
探偵のような鋭い目つきで、彼は静かに質問する。
問われた少女は、明らかに視線を彷徨わせながら答えた。
「ま、まっさかぁ~。ひっく」
「子供に飲酒をさせるとは。トーマスには厳重注意が必要だな」
しゃっくりが止まらない少女の様子を見て、ケビンは呆れつつ言う。
トーマスに破天荒な面があるのは知っていたため、彼もある程度の失礼は多めに見ていた。
が、今回は罪のない者が被害者となっているため、見過ごせない。
彼は正義を重んじる男であった。
本来ならば、少女はこの正義によって守られる存在である。
しかし、今は違う…なぜなら――その魂が穢れているからだ。
(余計も余計だよぉ、あのおじさぁぁあん…!よりにもよってぇぇええぇ)
実は彼女、本来の魂が封印されている。
現在、その身体を操っているのは、無理やり憑依した魂…密人と呼ばれる犯罪者・フレイズであった。
ギルドに訪れるのは、もちろん彼の望むところではない。
にも関わらず、彼がこうして正義の男と手を繋いでいるのには、事情があった。
「ケビンおにーさぁん。ワタシね、あのトーマスおじさんに誘拐されたんだよ」
「ゆ、誘拐だと?まさか…」
「友達と遊びに噴水広場へ行ってたらね、急にあの人が現れて…そのまま腕を引っ張られて、無理やり…酒場?ていうとこに連れて行かれたの」
「なん…だと…?」
彼が喋った経緯は、すべて嘘偽り――否、大筋は間違っていない。
しかし、大袈裟な被害者ポーズを取っているのは明白である。
その証拠に、酒場を知らないフリをしてあどけなさをアピールしていた。
「そこでお酒を飲まされてぇ!飲まなかったらどうなるか分からなかったのぉ!」
「そうだったのか…辛い思いをしたな、もう大丈夫だ」
「ぷふっ、うん!ケビンおにーさん大好き!」
まさかこれほど簡単に騙されるとは思わず、フレイズは小さく噴き出した。
同時に、彼はケビンのことを甘く見積もって、大した脅威ではないと確信する。
このまま適当に合わせていれば、無事にギルドから脱出できると考えた。
しかし、その考えはすぐに改められる。
なぜなら、彼の目の前に見覚えのある顔が現れたからだ。
「やぁ、ケビン。少し話があるんだが、いいかね?」
「キョウガか。珍しいな、君が俺に相談など」
「いや、なに。大したことじゃあないんだがね」
キョウガと呼ばれた少女は、見た目に似合わぬ大人びた言葉遣いでそう言う。
その間に、ちらりとフレイズの方を一瞥した。
瞬間、フレイズの頭には嫌な予感が迸った。
キョウガは温和な笑みを浮かべたまま、会話を続ける。
「実は、私の知り合いの婦人が、娘が迷子になったと相談してきてね。一寸捜索を手伝ってはくれないかな?」
「なに?それはもしかして、彼女のことか」
「おやぁ!ふぅむ、都合の良い奇跡というのもあるんだね?」
彼女はわざとらしく驚いて、フレイズの手を取った。
しかし手が触れた途端、彼にだけ見えるよう狡猾な笑みを浮かべた。
「…子供の真似事は楽しいかい」
「キョウガたぁああぁいひひぃ~ん、もう許してよぉ」
「罪に時効はないよ」
怯えながらも、彼女の手を振りほどこうと必死に足掻くフレイズ。
しかし、少女とはいえキョウガは冒険者である。
クラスは治療術師であり、前衛で戦闘を行うことはないが、それでも町娘の抵抗に負けるほどヤワでは無かった。
逃さないようしっかと手を掴み、フレイズを睨むキョウガ。
彼女は過去、所属していたパーティの仲間を、フレイズによって眼前で殺された。
なにがあっても、必ず仲間の仇を取らなければならなかった。
この男を野放しにして一生を終えてはならないと、胸に強く誓っていた。
――その一方、フレイズの正体を知らないケビン。
彼はキョウガの尋常ならざる様子に困惑していた。
「キョウガ?落ち着け、なにがあった?」
「ひぃえええ、助けてケビンおにーさぁーんっ」
「離してやった方が良いと思うんだが!」
咄嗟にキョウガを抑え、その手をフレイズから引き離す。
すると、キョウガは彼に向かって逼迫した表情を向けた。
「離せッ!!!」
「は!?す、すまん…」
予想もしない激昂に、彼は思わず抑えていた手を解いた。
解放されたキョウガは、すぐに視線をフレイズへと戻す。
しかし、その姿は既に視界になかった。
「どこに行った!?」
姿がないと見るや否や、キョウガはギルドを飛び出して行く。
それを引き留めようと、ケビンは手を伸ばした。
しかし反応が遅れたことで、彼女を捕まえることは出来なかった。
「ま、待てキョウガ!どこへ――」
「君も手伝えっ!」
「だからなんなんだ!?」
ワケが分からなかったが、呼びかけられたらすぐに応える。
彼の身体は理解より前に動き出し、視線は少女を探していた。
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「なん、で?」
「なんで、って…ベリーがなにか慌てていたから、気になったんだ」
フレイズはギルドを飛び出した後、そのまま全力疾走で逃げようと考えていた。
下手に身体から魂を離脱させると、そこをキョウガに咎められる可能性があったからだ。
しかし、結果的にはどちらも良くない作戦だったらしい。
前も見ずに走り出した結果、彼は誰かにぶつかってしまった。
気が動転していたため、慌てて衝突した人物を確認すると…そこに居たのはジャックだった。
「そうだ、ベリー。僕は今度、マディさんという人の主催するパーティに呼ばれて、曲を披露することに――」
フレイズが乗っ取った少女、ベリーの記憶。
その中にジャックという人が存在する。
クラスは吟遊詩人で、いつも決まった日にストリートパフォーマンスを行う青年である。
だが、ファンはまったく居ない。
それでも、ベリーはジャックのたった一人のファンであり、彼の詩をいつも楽しみにしている。
ベリーの記憶の中で、彼はとても距離の近い存在であり、また憧れの存在であった。
「ジャックー、わたしも行くー!…はっ!?」
知らず知らずのうち、フレイズの心には喜びが満ち…否、ベリーの心の喜びが彼に伝わったのである。
そのせいか、少女の魂が一瞬、フレイズから身体のコントロールを取り戻した。
しかし、フレイズはすぐに制御をし直した。
(馬鹿なぁぁあ…我が呪術の束縛を超えるエネルギーを、こんなロリが持っているだってぇええぇ~~…?)
「ベリー?」
「なっ、なんでもない」
逃げなければならなかったが、身体が思うように動かなかった。
本来の主である魂が覚醒しかかっているために。
それでもフレイズはよろよろと歩き出す。
歩みさえ止まらなければ、無事に逃げられると信じて。
「ジャックじゃないか。久しぶりだな」
「あ、ケビン…」
「お前がいてくれて良かったよ」
後ろから聞こえてきた会話で、フレイズは無事では済まないと悟った。
そのまま彼はケビンに担がれ、ギルドへと連れ戻されるのであった。
次も続きなので、ついでに読んでください。