表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
錯綜の章
61/171

自由・その2

自由の続き

 罪人が楽しく生きる唯一の方法とは、正義を忌避し続けることである。


 物質的正義、精神的正義、象徴的正義…その形も問わず、ひたすら抗い続けることである。


 もし捕まってしまえば最後、許されざる罪は必ず、その者を懲らしめるであろう…




「――ふむ、迷子か」


「あずぁってくぇお」


「いいから、君は大人しく酔いを醒ませ」




 王都屈指の赤字ボランティア施設・冒険者ギルド。


 その運営の全権を任された責任者であり、高名な冒険者でもある男・占星師のケビン。


 彼は、酔いどれのアーチャー・トーマスから迷子の少女を預かった。




「両親を知っている者がいないか、確認してくる」


「あぁー」


「君も来てくれ」




 書類の処理を中断すると、彼は少女の手を取って、すぐに行動を開始する。


 発語も困難なトーマスは、その姿を見送ると同時に眠った。




 執務室を出たケビンには、まず最初に確認すべきことがあった。


 それは、隣から漂う臭気について。




「ひとつ確認するが…君は酒を飲んだな?」




 探偵のような鋭い目つきで、彼は静かに質問する。


 問われた少女は、明らかに視線を彷徨わせながら答えた。




「ま、まっさかぁ~。ひっく」


「子供に飲酒をさせるとは。トーマスには厳重注意が必要だな」




 しゃっくりが止まらない少女の様子を見て、ケビンは呆れつつ言う。


 トーマスに破天荒な面があるのは知っていたため、彼もある程度の失礼は多めに見ていた。


 が、今回は罪のない者が被害者となっているため、見過ごせない。


 彼は正義を重んじる男であった。 




 本来ならば、少女はこの正義によって守られる存在である。


 しかし、今は違う…なぜなら――その魂が穢れているからだ。




(余計も余計だよぉ、あのおじさぁぁあん…!よりにもよってぇぇええぇ)




 実は彼女、本来の魂が封印されている。


 現在、その身体を操っているのは、無理やり憑依した魂…密人みそかびとと呼ばれる犯罪者・フレイズであった。




 ギルドに訪れるのは、もちろん彼の望むところではない。


 にも関わらず、彼がこうして正義の男と手を繋いでいるのには、事情があった。




「ケビンおにーさぁん。ワタシね、あのトーマスおじさんに誘拐されたんだよ」


「ゆ、誘拐だと?まさか…」


「友達と遊びに噴水広場へ行ってたらね、急にあの人が現れて…そのまま腕を引っ張られて、無理やり…酒場?ていうとこに連れて行かれたの」


「なん…だと…?」




 彼が喋った経緯は、すべて嘘偽り――否、大筋は間違っていない。


 しかし、大袈裟な被害者ポーズを取っているのは明白である。


 その証拠に、酒場を知らないフリをしてあどけなさをアピールしていた。




「そこでお酒を飲まされてぇ!飲まなかったらどうなるか分からなかったのぉ!」


「そうだったのか…辛い思いをしたな、もう大丈夫だ」


「ぷふっ、うん!ケビンおにーさん大好き!」




 まさかこれほど簡単に騙されるとは思わず、フレイズは小さく噴き出した。


 同時に、彼はケビンのことを甘く見積もって、大した脅威ではないと確信する。


 このまま適当に合わせていれば、無事にギルドから脱出できると考えた。




 しかし、その考えはすぐに改められる。


 なぜなら、彼の目の前に見覚えのある顔が現れたからだ。




「やぁ、ケビン。少し話があるんだが、いいかね?」


「キョウガか。珍しいな、君が俺に相談など」


「いや、なに。大したことじゃあないんだがね」




 キョウガと呼ばれた少女は、見た目に似合わぬ大人びた言葉遣いでそう言う。


 その間に、ちらりとフレイズの方を一瞥した。


 瞬間、フレイズの頭には嫌な予感が迸った。




 キョウガは温和な笑みを浮かべたまま、会話を続ける。




「実は、私の知り合いの婦人が、娘が迷子になったと相談してきてね。一寸捜索を手伝ってはくれないかな?」


「なに?それはもしかして、彼女のことか」


「おやぁ!ふぅむ、都合の良い奇跡というのもあるんだね?」




 彼女はわざとらしく驚いて、フレイズの手を取った。


 しかし手が触れた途端、彼にだけ見えるよう狡猾な笑みを浮かべた。




「…子供の真似事は楽しいかい」


「キョウガたぁああぁいひひぃ~ん、もう許してよぉ」


「罪に時効はないよ」




 怯えながらも、彼女の手を振りほどこうと必死に足掻くフレイズ。


 しかし、少女とはいえキョウガは冒険者である。


 クラスは治療術師であり、前衛で戦闘を行うことはないが、それでも町娘の抵抗に負けるほどヤワでは無かった。




 逃さないようしっかと手を掴み、フレイズを睨むキョウガ。


 彼女は過去、所属していたパーティの仲間を、フレイズによって眼前で殺された。


 なにがあっても、必ず仲間の仇を取らなければならなかった。


 この男を野放しにして一生を終えてはならないと、胸に強く誓っていた。




 ――その一方、フレイズの正体を知らないケビン。


 彼はキョウガの尋常ならざる様子に困惑していた。




「キョウガ?落ち着け、なにがあった?」


「ひぃえええ、助けてケビンおにーさぁーんっ」


「離してやった方が良いと思うんだが!」




 咄嗟にキョウガを抑え、その手をフレイズから引き離す。


 すると、キョウガは彼に向かって逼迫した表情を向けた。




「離せッ!!!」


「は!?す、すまん…」




 予想もしない激昂に、彼は思わず抑えていた手を解いた。


 解放されたキョウガは、すぐに視線をフレイズへと戻す。


 しかし、その姿は既に視界になかった。




「どこに行った!?」




 姿がないと見るや否や、キョウガはギルドを飛び出して行く。


 それを引き留めようと、ケビンは手を伸ばした。


 しかし反応が遅れたことで、彼女を捕まえることは出来なかった。




「ま、待てキョウガ!どこへ――」


「君も手伝えっ!」


「だからなんなんだ!?」




 ワケが分からなかったが、呼びかけられたらすぐに応える。


 彼の身体は理解より前に動き出し、視線は少女フレイズを探していた。


~~~~~~~~~~


「なん、で?」


「なんで、って…ベリーがなにか慌てていたから、気になったんだ」




 フレイズはギルドを飛び出した後、そのまま全力疾走で逃げようと考えていた。


 下手に身体から魂を離脱させると、そこをキョウガに咎められる可能性があったからだ。


 しかし、結果的にはどちらも良くない作戦だったらしい。




 前も見ずに走り出した結果、彼は誰かにぶつかってしまった。


 気が動転していたため、慌てて衝突した人物を確認すると…そこに居たのはジャックだった。




「そうだ、ベリー。僕は今度、マディさんという人の主催するパーティに呼ばれて、曲を披露することに――」




 フレイズが乗っ取った少女、ベリーの記憶。


 その中にジャックという人が存在する。


 クラスは吟遊詩人で、いつも決まった日にストリートパフォーマンスを行う青年である。




 だが、ファンはまったく居ない。


 それでも、ベリーはジャックのたった一人のファンであり、彼の詩をいつも楽しみにしている。


 ベリーの記憶の中で、彼はとても距離の近い存在であり、また憧れの存在であった。




「ジャックー、わたしも行くー!…はっ!?」




 知らず知らずのうち、フレイズの心には喜びが満ち…否、ベリーの心の喜びが彼に伝わったのである。


 そのせいか、少女の魂が一瞬、フレイズから身体のコントロールを取り戻した。


 しかし、フレイズはすぐに制御をし直した。




(馬鹿なぁぁあ…我が呪術の束縛を超えるエネルギーを、こんなロリが持っているだってぇええぇ~~…?)


「ベリー?」


「なっ、なんでもない」




 逃げなければならなかったが、身体が思うように動かなかった。


 本来の主である魂が覚醒しかかっているために。


 それでもフレイズはよろよろと歩き出す。


 歩みさえ止まらなければ、無事に逃げられると信じて。




「ジャックじゃないか。久しぶりだな」


「あ、ケビン…」


「お前がいてくれて良かったよ」




 後ろから聞こえてきた会話で、フレイズは無事では済まないと悟った。


 そのまま彼はケビンに担がれ、ギルドへと連れ戻されるのであった。

次も続きなので、ついでに読んでください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ