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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
錯綜の章
60/171

自由

 呪術は影の魔法である。


 使用者は呪いを自己に宿し、他に宿し、そうしてすべてを隔絶する。


 この力を利用するには、決して怨嗟に揺らがぬ心を持つか、或いは…




「ぐふふっ、この女の子もなかなか動きやすいなぁ…ひひっ」




 怨嗟をも愉悦に転化する、破滅的な快楽主義に身を浸せばいい。


 この男…呪術師のフレイズは、紛れもなく後者だった。




 フレイズは密人みそかびとと言われる犯罪者であり、気にいった人物に憑依し、その人生を奪うことに興奮するクズである。


 今日も表立って歩けない自らの代わりに――最早、彼の生まれ持った肉体は朽ちているのかもしれない――罪のない少女を隠れ蓑にして、往来で大手を振っていた。




「貧乳はステータスだよぉ…自身持っていいよ、ワ・タ・シ」




 おぞましい独り言は、彼以外の人間には聞こえなかった。


 仮に聞こえたとしても、その正体を見破れる者など稀であるが。


 気付かれぬまま、乗っ取った少女として普通に振舞うことは、彼の背徳心を刺激した。




「ああぁぁあ、記憶が知っているよぉぉお!!ワ・タ・シは噴水広場で友達と遊ぶんだうふふふふっふふっふぅーー、ふぅー」




 言い切る前に鼻息を荒くし、楽しそうにスキップを始める。


 その姿は、傍から見ればそれほどエグくはないだろう。


 問題なのは、それが呪術の産物であるという事実だ。




 しかし、知る者はいない。




「これぞ支配の極限形なのでーーしゅっ!!きひひっひぃーー、いたぉっ!」




 訳の分からない極限を提唱しながらスキップしていると、彼は前方不注意により、大きな人にぶつかった。


 少女の身体は小さいため、驚くほど後方に吹き飛ばされる。




「ぶひぃ、誰だよぉ…っ!ワ・タ・シを邪魔するのはぁ!?」




 起き上がりつつ、怒りと共に彼が見上げた先には、アーチャーらしき男が立っていた。


 男はフレイズに手を差し伸べると、ニカッと笑う。




「おぉ、すまねぇな嬢ちゃん!ま、ちゃんと前見て歩かねぇと危ねぇぜ?」


「…うんっ、ありがとう。オ・ジ・サ・ン!」




 変に怪しまれないようその手を掴みつつ、フレイズは「おじさん」の部分を強調した。


 しかし、男は特に気付く様子もなく、普通にその身を起こさせた。




「俺はトーマスってんだ。ここいらじゃ有名な冒険者だし、寛大で優しいんだぜ」


「ぶふぅーっ」(うわっ、自分でそんなこと言ってるでござるか!?きもーーい!!)


「よし、ここで知り合ったのもなんかの縁だ!お詫びに酒を奢ってやるよ!」


「ぶひぃっ!?」(余計な詫びにゃあぁ…!)




 トーマスは勝手に縁を作り出すと、そのままフレイズをズルズル引き摺っていった。


 フレイズも必死で抵抗するが、冒険者の力強い手など、少女の腕力では解けるはずもない。


 結局、その必死さは徒労に費えた。


~~~~~~~~~~


 かくして、彼らが辿り着いたのは活気づく酒場であった。




「おおっ、今日は人が多いじゃねぇか。繁盛万歳!」




 大きなクエストが終わった後なのか、普段は寂れる昼間の酒場に、珍しく熱気がある。


 粗野な賑やかさを好むトーマスは、それを楽しそうに眺めると、上機嫌になった。


 一方、無理やり連れてこられたフレイズは、最悪な気分を表情にしていた。 




「おじさんさぁ、女の子に無理やりお酒飲ませるとかありえなくなぁい?」


「おうおう、俺の酒が飲めねぇってのか!オヤジぃ、リベルタッド・エスプリ100本だ!!」


「え、バカなのぉ!?」




 無理やり連れ去られ、飲酒を強要されるフレイズの目には、トーマスが大悪人に見えた。


 しかし、トーマスに悪気は無い。


 彼は頭からつま先まで、悪意など欠片も持っていない。


 持っているのは、底抜けの陽気さだけだ。




 対照的に、性癖から性格まで、なにもかも陰気なのがフレイズである。


 彼は他者からの理解など望んだことはないし、他者を理解するつもりもない。




 その上で、トーマスのことは本当に分からないだろうと悟った。


 運ばれた瓶を次から次へ飲みまくり、見る間に空にしていく。


 安酒を何本も並べ、楽しそうに笑うトーマスに、フレイズは貧しい欲望を見た。




「おじさぁん、こんなお酒ばっかりなの?もっと高いの頼めよぉ」


「覚えときな。質より量だ!」


「ふぅん、貧乏くさいわネ」




 嗜好の快楽を知らない者の、醜く中途半端な堕落。


 その顔に軽蔑を浮かべつつ、フレイズは退屈そうにトーマスを眺めた。


 そうしていると、他の客の声が自然と耳に入って来た。




「突然なにを言い出すかと思えば…恥を知れ!」


「うるっせぇ!!もう決めたんだよ!!」


「ブルコンが解散しても良いのか!スカーレットが解散しても良いのか!」


「どうせみーんな解散したいんでしょ!?お互いの嫉妬で成り立った10年に、価値なんて無いわ!」




 見たところ、痴情の縺れかなにかである。


 なんだか面白そうだと思い、彼はそのテーブルで行われる会話へと傾聴した。




「今まで仲良くやってきたのに、お前らだけそんなこと言って…!!」


「どこが!?ダンジョンで一切会話しない、非常時しか協力しない、仲間の回復すらまともにしないパーティのどこに仲の良さが!?」


「そ、そういうスタンスだっただろ!!…多分。忘れたか!!」


「イーゼル、こんな連中と話してたって意味ねぇ!!教会へ逃げよう!!」


「ええ、デミオ…!」




 デミオと呼ばれた銃士の青年と、イーゼルと呼ばれた狙撃手の女性は、手を繋いで走り去って行った。


 ひゅー、お熱いねぇぇえぇ…と、思わず手元の酒を喰らいながら鑑賞するフレイズ。


 ついでに、隣に居たトーマスにも声を掛けた。




「おじさぁん、あれなぁに?」


「ん?おう、ありゃあブルータルコンバットっつーパーティだな!男だけの5人組で、硬派な奴らだぜ!」


「へぇ。あっちのおねーさんズは?」


「スカーレットだな!ブルコンとは逆で、女5人組パーティだ!おっと、嬢ちゃんはスカーレットに入りたいのかい?」




 赤ら顔のトーマスに説明を受け、彼は大体の事情を把握した。




(つーまーりぃ、アイツらはメンバーの寿引退のせいで、お互いに解散の危機にあるってとこかぁ)




 ブルータルコンバットのリーダーらしき男に手首を捕まれるデミオ。


 それを見つつ、彼らの状況を素早く考察したフレイズはニヤついた。


 俄然、事の成り行きに興味がわいてきたのである。




 勿論彼は、デミオとイーゼルが普通に結ばれる大団円など望んではいない。


 むしろ今よりもっと関係が拗れた状態で、それでもパーティが続行する方が良いと考えている。 


 パーティのその後など彼の知ったことではないが、今この場では見世物として楽しもうとしていた。




「離せっ、この野郎!」


「これは立派な反逆だぜぇ…分かっているのかデミオ!!」




 デミオは銃を構え、元リーダーを脅迫する。


 それに対抗して、リーダーも元メンバーへ斬りかかる態勢へ移った。



「撃つぞコラ!!」


「斬るぞコラ!!」




 もはやパーティ内の絆など脆く崩れ、お互いに武器を向け合う。


 周りの仲間はそれを止めるどころか、新たな勢力として参戦する始末であった。


 これも見る分には愉快で、フレイズは至極満足していた。




「いっけー!斬れー!撃てー!りゅーけつ!りゅーけつ!」


「ぶはぁっ…お、おおぅ?嬢ちゃんは竜のケツにぃ、興味があんのぁい…」


「うるっせぇ酔いどれ、ラフレシアみてぇぇええぇなゲップしやがって!」




 酩酊者の絡ませる腕は、しつこく追い縋ってくるのが常である。


 まともな意識も無いトーマスは、演技も忘れて熱狂するフレイズへと、渾身の臭気を浴びせた。


 煩わしい酔いどれを必死で殴りつつ、フレイズは血眼で目の前の光景に集中した。




 そうして、気付けば酒場の木壁は抉れ、店の奥にあるカウンターは真っ二つに割れていた。


 それでもブルータルコンバットは猛り狂って、争いをやたらに拡大していく。


 ネジの飛んだ熱狂的殺伐に、あらゆる冒険者が好んで身を投じた。


 かと思えば、それを一歩退いて見る者もあった。


 人それぞれの感情を、各々が胸に抱いたが、それも等しく殺伐の中だった。




「大好き、デミオ!私達、もう自由になったんだね…!」


「俺が世界で一番大切なのは、仲間でもパーティでもねぇ――イーゼル、お前だ」




 デミオは夢を見ているような心地で、大切な人に愛を誓った。


 イーゼルも夢を見ているようで、すぐにデミオへ抱き着いた。


 二人は長らく、こうして抱きあいたいと願っていたから。




「いいから斬れっ!!なにやってだコラー!!」


「ほら飲めよぉ、嬢ちゃんよぉ…ぐい~ぃっとぅ」


「にゃああやめろぉぉごぼっぼ」




 無理やり飲まされ続けたフレイズは、とうとう自分も酩酊者の仲間となってしまった。


 お構いも、遠慮も、歯止めも、この期に及んでトーマスの頭には過らない。


 かくして、二人は酒に溺れた。


 バカのように。




 幼い身体の許容量を超え、フレイズはいよいよ肉体のコントロールを失った。


 僅かに残った正気で、なんとか魂をオイトマしようと踏ん張るが、まるで効果は無かった。


 少女らしからぬ泥のような姿態で、彼は力なく床に突っ伏していた。




「おおい、嬢ちゃ……死んだ……のか?」


「ぶひっ」


「生きてらぁ。ゲプっ」




 トーマスは動けなくなったフレイズをつつき、生存確認を行った。


 そして、その小さな身体をおもむろに肩へ担ぐと、どこかへ歩いて行く。


 無茶苦茶になった酒場を後にして、彼はぽつりと呟いた。




「この~ぉ…嬢ちゃんぁ、迷子らぃ…ギルドぅ行かぁねーとぉあ。ひっく」




 彼は少し前の記憶を失くし、幽鬼のような足取りでギルドへと歩いて行く。


 それこそ犯罪者が避けるべき施設であり、フレイズは必ず逃走しなければならなかった。


 彼が起きていれば、それも可能だっただろう。

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