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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
錯綜の章
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正気

狂気の沙汰ほど面白い

 冒険者はダンジョンに潜る。


 決まりきったことではないが、大抵の場合、少なくとも一度は足を踏み入れる。


 そこで出会う希望や絶望によって、冒険者らしい人格が形成されていく。




 とはいえ、多大な感動は時に人格の形成を齎さず、その性根を歪ませる場合もある。


 唐突・奇怪・意味不明――理不尽であると喚く者は、冒険者になどなってはいけない。




 閑散とした、小さな白いカフェの一角。


 目の前にいる女剣士の仕草は、男の目には不可解に映り続けた。


 不愉快とは言わないが、心地良くもない…なにも感じないのとは違う。


 男はただ、それを漫然と眺めていた。




 ふと、それを鋭敏に例えてみようと思い立つ。


 まず彼女の動作を切り取って、その一つ一つを性別で分けようとした。




 耳に垂れた長い髪を、退屈そうにかき上げるのは女。


 頬杖を突いて、カップに揺蕩うココアを傾けて遊ぶ姿は男。


 時々、窓の外へ意味深な視線を流すのは…どちらでも良い。


 なにかを求めるような目つきで、こちらを一瞥する視線は…




「今日もダンジョンには行かないのね、ショルテ」




 日常の隙間を埋めながら、弛んだ意識を無暗に覚醒させるショルテは、虚を突くような彼女の言葉を聞き逃した。


 物欲しそうな、それでいて諦めたような音。


 なに喰わぬ顔で、さも涼しげに言い放った彼女の、不満そうな声だった。




 聞き逃したが、なにを言ったかは分かる。


 不満は今に始まったことではないから。




「行くはずないだろ。金は足りてる」


「それが足りなくなったら行くの?」


「その時は適当なクエストでも受けりゃいいさ」


「ドラゴン退治かしら」


「まさか。ゴブリンか、スライム退治」


「つまらないの」




 ショルテの手元を見ながら、彼女は言葉通りの微笑を浮かべる。


 その後でなにか言いかけたが、実際に言葉にはしない。


 その代わり「そう」とだけ漏らして、大人しく承諾したかのような相槌を付け加えるのだった。




「明日は結成記念日ね」




 おもむろに話題を変えると、彼女はまたショルテを一瞥した。


 かと思えば、視線の交差を避けるように、すぐに逸らす。


 しかし、ショルテはとっくに気まぐれな観察をやめた。


 それ故、彼女の仕草は意味を持たなかった。




「そうだったかな」


「ええ」


「おめでとさん」




 特別な関心も寄せず、うわ言のように記念日を祝う。


 実際、彼もそんな節目はまともに覚えてもいなかった。


 つまり、これは形骸に相応しい反応である。




「それだけ?」


「それだけだ」




 探る様な彼女の態度が、ショルテにとっては心底煩わしかった。


 言葉の裏で、密かに冒険を望んでいる…それをはっきり知っているために。


 その見え透いた期待を打ち切ろうとして、出来るだけ無感情な言い方を選ぶ。


 冒険の熱など忌々しくて仕方がないのに、彼は冷めたふりでしか平静を保てなかった。




「あの子も寂しいでしょうね…これだけなんて」




 ぽつりとそう言った彼女に、ショルテは並々ならぬ殺意を抱いた。




「メルチ、やめろ」




 女剣士の名を呼んで咄嗟に制した声には、必死の自制と怒りが込められていた。


 


 制止を受けても、メルチは微笑を崩さない。


 彼女の口元はいつも少し緩んでいるが、そこに気軽さや友好を読み取れるような親しみは無かった。


 そのために、一見なにか腹案を企てているようにも見える。


 しかし実際は、常にダンジョンのことを考えているに過ぎなかった。




 明らかに尋常ではないショルテの反応にも、彼女はとうに慣れ切っていた。


 とはいえ、さっきの言葉もショルテの気分を害するつもりで言ったのではない。




 機嫌を伺うような上目遣いで、そっと彼を見る。


 そうしても、なぜ怒っているのかが分からないため、言われた通りに黙った。


 しかし、またすぐに口を開いた。




「…冒険者が死ぬことなんて珍しくないのよ」




 すると、ショルテは鬼のような形相で彼女を睨んだ。


 その殺気に驚いて、彼女は一瞬だけ微笑を消すと、後方に少しだけ身を退いた。




「俺はやめろと言ったんだぜ」


「ええ、やめたわ。もう一回始めたの」


「頭がおかしいんじゃねぇか――いや、お前は昔からそうだな」




 ショルテは苛立ちと共に、彼女への罵倒を口にする。


 いきなり受けた謂れのない仕打ちに、彼女は少し反感を覚えた。




「酷いわ」




 少し怒ったような顔をして、自らの些細な傷心を示す。


 しかしショルテは反省するどころか、殺意さえ感じる殺伐とした雰囲気を纏って、眉間に皺を寄せた。


 抗議は受け入れられないと分かると、メルチは密かに眉を顰めたが、またすぐに口元を緩めた。




「俺もお前も同じくらい最低だよ」


「やっぱり、人の気持ちが分からないから?」


「それもあるが…」




 そう言うと、ショルテは言葉を出し惜しむ。


 彼の思案気な表情は、メルチにとっても不可解だった。


~~~~~~~~~~


 今はもうメルチと二人だけだが、ショルテの所属しているパーティ――『エンドレスパルム』は当初、彼らを含めた五人組であった。


 ダンジョンを探索していたある日、彼らはダンジョン内で不可解な現象に襲われた。


 唐突に歪んでいく景色、原因不明の怪音…そのすべてに人の為す術はなく、無力にも気を失った。




 ふと彼が目を覚ますと、仲間である魔法剣士の少女が忽然と姿を消していた。


 無事に覚醒した他のメンバーと共に必死に捜索したものの、どこにも見当たらない。


 そんな時、メルチから少女を発見したと報告を受けた。




 すぐに確認しようと、急いで彼女の元へ向かう。


 辿り着いた先で見たのは、嬉しそうに笑うメルチと、その肩に虚ろな目で被さる少女。




『見て。とても美しいわ』




 彼女の第一声はそれだった。


 その視線が向かう背中で、行方不明になった少女は息絶えているらしかった。


 目立つような外傷もなく、眼を閉じれば眠っているようにしか見えない、綺麗な姿。


 だが身体には、氷のように透き通った青い花が、無数に煌めいていた。


~~~~~~~~~~


「あんなものを見て、なおさら未知の光景に期待するような人間が…マトモなワケねぇだろう」


「普通のことよ。私なら、ダンジョンの神秘に殺されるなら本望だわ」




 他に比較もできないような悲しみと、歯止めもきかずに昂る好奇心――ショルテはずっと、二つの感情に苛まれていた。


 それなのに、同じ体験をした目の前の女には、葛藤の影など微塵もない。




 あの日以来、彼はメルチを人だとは思わなくなってしまった。


 未だにそれと会話ができ、未練がましくパーティに残っている自分が、正気とも思えなかった。

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