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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
錯綜の章
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ネームレス・フラワー・その2

ライとジッドの過去編です。

 ラドゥレーノ領と呼ばれる、広大な土地があった。


 その中心に堂々と立つ立派な屋敷…ここに、ある二人の兄弟が住んでいた。


 領主ラドゥレーノの息子、長男のライと次男のジッドだ。




 ある日の昼下がり、ジッドは兄に向かって言った。




「兄貴、僕は冒険者になりたい!」




 その発言に対し、ライは唖然とする。


 今まで冒険者を目指す素振りも見せなかった弟が、これまたなんの素振りもなく、唐突になりたいと言い出したのだ。


 初めて表明された弟の夢に小さく衝撃を受けつつも、彼は気を取り直して言葉を返す。




「急にどうした?」




 ジッドは日頃の無邪気な振る舞いを意図して潜め、シリアスチックな表情を浮かべる。




「僕が家に居たって意味ないでしょ。だから、もうこの家を出たいんだ。それで冒険者!」




 少し悲しそうにする彼は、真剣な眼をした。


 ライの方も、彼の冒険者になりたいという気持ちは本物らしいと解釈した。


 しかし、弟の性格を考慮し、厳しく諭す。




「お前には冒険者なんて向いてないぞ。いつも僕の後ろを着いてくるだけで、一人じゃなにもできないだろ?」


「うっ…そ、そんなことないよ!あ、兄貴みたいに上手くは出来ないけど…」


「ダメだ。僕にはお前が野垂れ死ぬ未来しか見えない。」


「野垂れ死なないよ!」




 とはいえ、ライもジッドの事情は理解しているつもりだ。


 父親のラドゥレーノはジッドを捨て駒のように見ており、彼が弟を「見どころの無い愚息」だと吐き捨てるのも、何度か聞いた。


 ライは父親の領主としての手腕は尊敬しているが、弟に対する態度には疑念を抱いていた。 




「僕は頭も良くないし、兄貴よりも運動下手だし、父さんにも嫌われてる!それなら勝手に冒険者になったっていいでしょ!」


「ジッド、勝手にはダメだ。僕には相談しろ。」


「してるじゃん!でも、なるなって言うし…なら勝手になる!僕は今すぐ、冒険者になる!」




 半ば自暴自棄なジッドに、ライは溜め息を吐いた。


 こういう時、意固地なジッドはまったく聞く耳を持たない。


 それに加えて、これは根深い事情であるがゆえ、ライだけで説得するのは容易ではなかった。




「ジッド、なんで冒険者なんだ?他にも選択肢はあるだろ。」


「…カッコいいでしょ、冒険者。」


「……どこが?」


「なにも分かってくれないじゃんっ!もういいっ!」




 いよいよ投げやりになり、ジッドは部屋を飛び出してしまった。




「待て、ジッド!!」




 ライは慌てて彼を止めようとしたが、間に合わない。


 普段ならここまで大袈裟な事態には発展しないのだが、今回はジッドの気持ちの入り方が違ったのだ。


 彼が曝け出したのは、捉えたばかりの光明であった。




 扉から出て行っては間に合わないと判断し、ライは窓から屋根を伝い、庭を駆けるジッドに追い付こうとした。


 ジッドはライの気配に気付かず、目の前だけを見て必死に走る。


 庭に降りた後は、ライの方が素早いために、ジッドは簡単に捕まった。




「兄貴!なんでそんな速いのっ!?」


「悪かった、ジッド。そこまでの気持ちがあるなら、お前の好きにしたらいい。」


「え?」




 ライはすぐに謝ると、今度はジッドの自由にさせる。


 兄の言う事がころりと変わったので、ジッドは目を白黒させて戸惑った。




「さ、さ、さっきはダメって…言ったのに!」


「僕に反抗して飛び出して行けるなら、お前にも夢が出来たってことだろ。それなら、僕が止める権利なんてない。」


「あ、兄貴…!」




 少し涙を浮かべながら、ジッドは瞳を揺らした。


 そんな弟を見て、ライは逡巡する。




(ここでジッドを行かせて、僕は領主を継ぐ…いや、やっぱりジッドだけじゃ不安だな。誰か一緒に行かせてやらないと…)




 期待と不安の入り混じる、複雑な表情のジッド。


 ライは弟のために、少しリスクを冒すことを考えた。


 ラドゥレーノに内緒で部屋を開ければ、当然制裁を喰らうだろう。


 しかし、彼はそれよりも、弟の気持ちを優先してやりたいと思ったのだ。




「行くか、ジッド。お前が立派な冒険者になれるまで、僕も付き合ってやる。」


「えぇぇっ!?兄貴は領主になるんでしょ!?」




 ライは笑って言った。




「こんなんじゃ…もし僕が領主になっても、領民よりお前を心配してしまうからな。」




 次の領主として、彼は失格だった。


 最悪、ラドゥレーノとの縁が切れても、ライは弟に満足のいく人生を歩ませてやりたかった。

ジッドはライを「兄貴」と呼ぶのですが、書いてる時には完璧に忘れてました。

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