喧嘩
女の子しか出ません。
エリンとアリエルは親友だ。
冒険者になるよりも前…幼少の頃から培ってきた固い絆によって、二人は尊い関係を築いている。
それゆえ、お互いを想い合う気持ちにおいて、彼女たちに勝る者は居ない…といっても過言ではない。
「だから!気になるんです!」
「ミーちゃん…」
スイミーは一点集中型の旺盛な好奇心を持っている。
他のことには微塵も興味を持たないくせに、ただ『関係』に対してだけ垂涎する。
そんなふしだらな彼女に呆れつつ、ヘレナは言葉を返した。
「私、あまり良ことだと思いませんよ。アリエルさんの秘密を無暗に探るなんて…」
「良識は好奇心には勝てないのです…!」
「こら!またそんなこと言って!」
自己流の真理を披露する友達をきちんと叱り、その頭を優しくチョップするヘレナ。
しかし、こんな軽い指導くらいでスイミーの気持ちは変わらない。
「何度でも言いますっ!私、気になります!」
不滅のふしだらで、少女は道徳に否を叩きつける。
彼女を止めることはできないと予期していたヘレナは、溜め息を一つ吐いて諦めた。
「はぁ…結果はともかく、あまり深入りしちゃダメですよ。」
「はーい。」
スイミーの気の抜けた返事を聞いて、ヘレナは一抹の不安を残した。
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かくして、スイミーの関係暴き作戦は開始された。
共犯者はヘレナとライリーである。
「なぜ我が?」
「一緒に手を汚しましょう、ぷぷぷ。」
「貴様…この血塗られた手に、再び禁忌を破らせるつもりか…」
パーティメンバーのよしみで、スイミーはライリーを計画に引き入れた。
もちろん、ライリー自身が望んだワケではない。
「久しいな…まさか我が封印を、またも解く時が来ようとは…」
彼女がどのような禁忌を破ったのか、その詳細は省く。
封印についても置いておく。
ともかく、三人はエリンとアリエルがデートをしている現場へ赴いた。
「ぷぷ、今日の行動パターンはしっかり調査済みです。」
「一つ尋ねるが、貴様はいつ調査などしたのだ?」
「スキマ時間に少しずつ進めました。」
「な、なんの隙間ですか…?」
一切は謎に包まれたまま、周到に練られた作戦は進行していく。
三人の目線の少し先では、ターゲットであるエリン&アリエルが談笑していた。
「――」
「――!――?」
なにを話しているのか定かではないが、楽しそうな様子であった。
それを見たヘレナは罪悪感を覚えたが、一度暴発してしまえば止まらないスイミーの好奇心を思い、すぐ諦念に至った。
対して、スイミーは大きく目を見開いて、ターゲットの決定的なスキンシップを待ち望む。
「早く、早く証拠を!アリエルさん、ごめんなさいですっ!」
「ヘレナ。どうやらスイミーは、気持ちと行動が乖離しているらしいな?」
「ライリーさん、お願いします…ミーちゃんを止めて…」
「ふん、ならば我と契約を結ぶがいい。」
「結ぶがいい」などと言いつつも、契約方法を明示しない…要するに、ライリーはどうにもならないと言った。
ジト目を送ってくるヘレナから目を逸らして、ライリーは再びエリンの方を見た。
「…あれ?おかしいです…」
しばらく監視を続けていると、スイミーがおもむろにそう呟いた。
それにヘレナは首を傾げ、きょとんとする。
「どうかしました?」
「ヘレナ、見てください。もしかすると…」
スイミーが指差す先には、先程から変わらず注目していた二人。
しかし、遠目からぼんやりと確認できる表情は、先ほどよりも曇っているように見える。
一体どうしてそうなったのかと、ヘレナは少し焦った。
「…ふむ、言い合いか?エリンがそんなものに興じるとは意外だが…」
ライリーは事態を冷静に分析し、そう呟く。
それを聞き、焦りを強くしたヘレナは言う。
「それなら、みんなで止めに行きましょう!」
「ま、待ってください…ここで出たら作戦がぱーです!」
すぐに隣にいる二人の手を引くが、スイミーは抵抗した。
お世話になっている先輩が親友と仲違いの危機にあるのに、未だに作戦に固執する彼女を見て、ヘレナは思わず眉を顰める。
「いい加減にしてよ、ミーちゃんっ!!遊んでる場合じゃないでしょ!?」
彼女の態度に不誠実を読み取り、ついカッとなって口走る。
普段のヘレナからは想像できないような表情に、スイミーは思わず「ぷぇ!?」と声を漏らす。
「ヘ、ヘレナ、怒ってます…?」
「怒ってないっ!!ほら、早く行くよ!?」
「ひー!どどど、どう見ても怒ってます…!」
「おいヘレナ、腕が痛いっ!強く握り過ぎ…」
「ミーちゃんもライリーさんも、今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」
「「ご、ごめんなさい…」」
強引に腕を引かれ、二人は必死にヘレナの足取りについていく。
そして彼女たちは、いよいよターゲットの眼前に参上した。
先頭に立って険しい表情を見せる少女に、エリンもアリエルも同じように驚き、呆然とする。
こうして場を掌握した彼女は、物々しく口を開いた。
「喧嘩は!!ダメ!!!」
彼女の言葉は、放たれたのちに副作用の沈黙をもたらした。
エリン・アリエル・スイミー・ライリーは勿論のこと、その場にいた人々はみな口を開けて、一様に黙った。
それほどの効果を含有する声を、ヘレナは無自覚に出したのだ。
「…アリエル、ごめんね。本当は私も分かってたんだ…『いらっしゃいませ』って書いてあるの。」
「うん。私もごめんね…『いらっしょいませ』って読み間違えたのを、どうしても認めないエリンにムキになっちゃって。」
訪れた緊張を緩やかに破って、二人は自然と謝り合った。
二人が仲直りしたのを確認して、ヘレナも表情をころっと変えて笑った。
「ふう、良かったぁ…二人が仲直りしてくれて。」
「…あ、ありがとね、ヘレナ!ちょっとびっくりしたけど!」
「うん。ヘレナのおかげで仲直り出来た。ちょっとびっくりしたけど。」
びっくりさせた自覚など彼女には無いが、なにはともあれ、一切は平穏を取り戻した。
やはり疚しいことは無い方が良い。
優しい彼女は改めてそう考え、すっきりしたのだった。
「なんという下らん諍いなのだ…」
「し、しー!しーです!」
『ヘレナは怒らせると怖い』という認識を新たに加え、スイミーは行いを反省した。
その結果、今度こういうことをする時は、ヘレナにはバレないように決行しようと決めた。
(腕が痛い。しかし、まぁ…くくく…)
ライリーは、強く引かれた腕が疼くのを密かに楽しむ。
彼女がスイミーに同行した意味は特になかった。
多分、少しずつ書いていくと思います。