やってられねぇ
やっていきましょう。
冒険者ライセンスとは、冒険者を生業とする人々が、その所属を証明するために必要とする証である。
その情報はすべて冒険者ギルドにおいて管理されており、彼らの職業はライセンスを通じて、ギルドによって保証される。
冒険者たちにとって、ライセンスは命の次に大切なものだ。
「うぅぅぅ…更新…?」
魔導士のヒガンは、納得のいかない様子で唸った。
同じパーティのメンバーである竜騎士マゼンタは、彼女へ優しく言う。
「ごめんねぇ、ライセンスの更新は冒険者の決まりなの…ヒガンちゃん、頑張りましょう?」
「ぬぬぬ…ぬぬぬぬぬ…」
冒険者ライセンスには、適切な管理のために有効期間が存在する。
これを超過すると、ライセンスは所持していても効力を失ってしまう。
ヒガンのライセンスは有効期間が切れかけているため、更新しなければならない。
しかし、彼女はコミュニケーションが苦手であった。
知らない人間と話すと、絡まってしまった脳内が混雑して、過剰に疲労してしまう。
そうなると、言葉を返すのにも一苦労だ。
そのため、彼女はできるだけ、そういう場を避けて日々を過ごしてきた。
「だ、なんで更新する必要が…」
「更新しないと冒険者じゃなくなるからだよ。ダンジョンに入れなくなるからだよ。無職になりたいなら止めないけど、今さらヒガンにパーティ離脱されたらこっちが迷惑だよ。」
「むぇー」
精緻な魔法式のように、異論を打ち込む隙も無いセリフ。
パーティメンバーの錬金術師・パルルは当たり前のように述べて、ものぐさなヒガンを迷惑顔で見下した。
しかし、自分の気持ちが通らぬもので、いくら肩身が狭くなっても、ヒガンは納得できない。
「せっかくここまできたのに…」
「…今もしかして、ダンジョン攻略諦めたの?」
「パルルが一緒に来てくれ――」
「行かないよ。パルルは君の通訳じゃないよ。」
腕を組んだパルルは、ヒガンを叱るような口調で拒否をする。
ヒガンの頭の中は、現実逃避的な言葉で埋め尽くされていた。
(なんで更新しないといけないの。別に一緒だろ。許せよ。パルルのケチ。マゼンタがこんな酷いこと言うなんて知らなかったわ。ていうか、もう冒険者じゃなくてもいい。生きてればなんでもいい、ていうか…寝てるだけで楽しいし。寝たい。うわ、眠っ。)
責任の放棄を睡魔で正当化しようと、脳内理論は歪んでいく。
たった今気付いた寝不足を理由に、二人に逆切れしようかとも考えた。
しかし、よく考えるとやっぱり自分に問題があり、悪いことをしているわけでもない二人を責める気になれない。
そうして、出口のない懊悩は続く…と思われたが、彼女はそれすらも中断すると、思考停止して空を見上げた。
「本当は私も着いて行ってあげたいんだけど…大事なクエストがあって、行けそうにないの。」
「マゼンタ、もう放っておこうよ。ヒガンだって分かってるだろうし…たぶん。」
(ちっとも分かんねぇです!)
ヒガンは思ったことを口には出さなかったが、パルルは彼女の眼つきから反抗心を見抜き、ほとほと呆れた。
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とにもかくにも、ヒガンはついに辿り着いた。
仰々しくそびえ立つ、目的の建物に。
「あぁ、やってられねぇ。」
胸糞悪い気分を抱えつつ、彼女はギルドに入る。
入る前までは威勢よく口を尖らせていたが、受付を見て、受付の人に声をかけることを考えた瞬間、心細くなって帰りたくなる。
目的がぼやけないように、わざわざ手に持ったライセンスも、微かに震えていた。
それでも、このまま帰っては二人に合わせる顔がないと思い、勇気を振り絞って受付の前へ立った。
「あ、あ…あの…えあ、」
「こんにちは、ヒガンさん。今日はどのようなご用件ですか?」
受付嬢が様になっている女剣士・テレサは、他の冒険者に対するのと同じように、彼女に応対した。
相手が自分を知っていることに、相手に無関心なヒガンは動揺する。
動揺したが、用事を伝えることに専念して、口を開いた。
「…ひゅう、ライセンス。です。ららら…」
「?すみません、上手く聞き取れなかったので、もう一度言ってもらえます?」
「べっ!?あ、ひー別に、らいらい…なんでもないっす。」
哀しいかな、聞き返されたことでヒガンは逃げ腰になり、切り札の「なんでもないっす」を切ってしまう。
明らかに尋常な様子ではない彼女を見て、テレサはまた言った。
「なんでもないことないでしょ。ちゃんと言ってください。」
「しゅ、そ、へ、ららららい、ライッセン…」
「…その手に持ってるの、ライセンスですね。所属変更の手続きですか。」
「は?あ、えぇ、はぁ…は?」
意図していない手続きを選択しそうになり、ヒガンはかなり焦る。
しかし、彼女の「えぇ、はぁ…」という言葉から、テレサは概ねそういった用件であると承諾して、とりあえずライセンスを預かった。
この時点で、ヒガンの頭の中は真っ白であった。
「えぇと、所属の変更であれば、まず申請書類をお渡しするので…」
「みう、いえ、えええ?」
「…ヒガンさん。どこか調子が悪いの?」
「えええ、えい、うみぃ…」
彼女の顔は蒼白になり、これ以上はもう会話を続けられそうになかった。
ヒガンの挙動があまりにも不自然で、テレサは思わず席を立ち、慌てて彼女の身体を支える。
「ちょっと、ヒガン!大丈夫!?」
「ぐえぇっ…死にたい。」
「なんでこんな状態になるまで言わないの…!」
職務としてではなく、同業の先輩としてヒガンを心配するテレサ。
そんな彼女の前に、ヒガンを心配したもう一人の人物が現れる。
「テレサさん、ヒガンはライセンスの更新に来たんだよ!」
「パ、パルル…!そうだったの…?」
「そうだよ!だから、とりあえず彼女を義務から解放してあげてほしいよ!」
「義務から解放って…え、えぇ。とにかく、ヒガンのことはパルルに任せるわ。」
虚ろな目をしたヒガンを預かって、パルルは一安心した。
どうしても気になって着いてきはしたが、自身から手を出すつもりはなかった。
しかし、案の定とんでもないことになって、居ても立っても居られなくなったのだ。
「ものの見事にダメダメだったよ…まったく、社会性なさすぎだよ。」
「あ、パルルだぁ…いえーい、パルルっ。私は生きてるぜ。」
「いや、こんなところで死ぬわけないよ!」
ヒガンは面倒くさがりでダメダメだが、パルルは彼女を助けられて良かったと思った。
そして、次の更新には絶対に付き添わないと決心するのであった。
ちなみにこれは、前の時もまったく同じように固めた決心である。
明日の投稿は明日次第です。