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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
錯綜の章
52/171

やってられねぇ

やっていきましょう。

 冒険者ライセンスとは、冒険者を生業とする人々が、その所属を証明するために必要とする証である。


 その情報はすべて冒険者ギルドにおいて管理されており、彼らの職業はライセンスを通じて、ギルドによって保証される。


 冒険者たちにとって、ライセンスは命の次に大切なものだ。




「うぅぅぅ…更新…?」




 魔導士のヒガンは、納得のいかない様子で唸った。


 同じパーティのメンバーである竜騎士マゼンタは、彼女へ優しく言う。




「ごめんねぇ、ライセンスの更新は冒険者の決まりなの…ヒガンちゃん、頑張りましょう?」


「ぬぬぬ…ぬぬぬぬぬ…」




 冒険者ライセンスには、適切な管理のために有効期間が存在する。


 これを超過すると、ライセンスは所持していても効力を失ってしまう。


 ヒガンのライセンスは有効期間が切れかけているため、更新しなければならない。




 しかし、彼女はコミュニケーションが苦手であった。


 知らない人間と話すと、絡まってしまった脳内が混雑して、過剰に疲労してしまう。


 そうなると、言葉を返すのにも一苦労だ。


 そのため、彼女はできるだけ、そういう場を避けて日々を過ごしてきた。




「だ、なんで更新する必要が…」


「更新しないと冒険者じゃなくなるからだよ。ダンジョンに入れなくなるからだよ。無職になりたいなら止めないけど、今さらヒガンにパーティ離脱されたらこっちが迷惑だよ。」


「むぇー」




 精緻な魔法式のように、異論を打ち込む隙も無いセリフ。


 パーティメンバーの錬金術師・パルルは当たり前のように述べて、ものぐさなヒガンを迷惑顔で見下した。


 しかし、自分の気持ちが通らぬもので、いくら肩身が狭くなっても、ヒガンは納得できない。




「せっかくここまできたのに…」


「…今もしかして、ダンジョン攻略諦めたの?」


「パルルが一緒に来てくれ――」


「行かないよ。パルルは君の通訳じゃないよ。」




 腕を組んだパルルは、ヒガンを叱るような口調で拒否をする。


 ヒガンの頭の中は、現実逃避的な言葉で埋め尽くされていた。




(なんで更新しないといけないの。別に一緒だろ。許せよ。パルルのケチ。マゼンタがこんな酷いこと言うなんて知らなかったわ。ていうか、もう冒険者じゃなくてもいい。生きてればなんでもいい、ていうか…寝てるだけで楽しいし。寝たい。うわ、眠っ。)




 責任の放棄を睡魔で正当化しようと、脳内理論は歪んでいく。


 たった今気付いた寝不足を理由に、二人に逆切れしようかとも考えた。


 しかし、よく考えるとやっぱり自分に問題があり、悪いことをしているわけでもない二人を責める気になれない。


 そうして、出口のない懊悩は続く…と思われたが、彼女はそれすらも中断すると、思考停止して空を見上げた。




「本当は私も着いて行ってあげたいんだけど…大事なクエストがあって、行けそうにないの。」


「マゼンタ、もう放っておこうよ。ヒガンだって分かってるだろうし…たぶん。」


(ちっとも分かんねぇです!)




 ヒガンは思ったことを口には出さなかったが、パルルは彼女の眼つきから反抗心を見抜き、ほとほと呆れた。


 ~~~~~~~~~~


 とにもかくにも、ヒガンはついに辿り着いた。


 仰々しくそびえ立つ、目的の建物に。




「あぁ、やってられねぇ。」




 胸糞悪い気分を抱えつつ、彼女はギルドに入る。


 入る前までは威勢よく口を尖らせていたが、受付を見て、受付の人に声をかけることを考えた瞬間、心細くなって帰りたくなる。


 目的がぼやけないように、わざわざ手に持ったライセンスも、微かに震えていた。


 それでも、このまま帰っては二人に合わせる顔がないと思い、勇気を振り絞って受付の前へ立った。




「あ、あ…あの…えあ、」


「こんにちは、ヒガンさん。今日はどのようなご用件ですか?」




 受付嬢が様になっている女剣士・テレサは、他の冒険者に対するのと同じように、彼女に応対した。


 相手が自分を知っていることに、相手に無関心なヒガンは動揺する。


 動揺したが、用事を伝えることに専念して、口を開いた。




「…ひゅう、ライセンス。です。ららら…」


「?すみません、上手く聞き取れなかったので、もう一度言ってもらえます?」


「べっ!?あ、ひー別に、らいらい…なんでもないっす。」




 哀しいかな、聞き返されたことでヒガンは逃げ腰になり、切り札の「なんでもないっす」を切ってしまう。


 明らかに尋常な様子ではない彼女を見て、テレサはまた言った。




「なんでもないことないでしょ。ちゃんと言ってください。」


「しゅ、そ、へ、ららららい、ライッセン…」


「…その手に持ってるの、ライセンスですね。所属変更の手続きですか。」


「は?あ、えぇ、はぁ…は?」




 意図していない手続きを選択しそうになり、ヒガンはかなり焦る。


 しかし、彼女の「えぇ、はぁ…」という言葉から、テレサは概ねそういった用件であると承諾して、とりあえずライセンスを預かった。




 この時点で、ヒガンの頭の中は真っ白であった。




「えぇと、所属の変更であれば、まず申請書類をお渡しするので…」


「みう、いえ、えええ?」


「…ヒガンさん。どこか調子が悪いの?」


「えええ、えい、うみぃ…」




 彼女の顔は蒼白になり、これ以上はもう会話を続けられそうになかった。


 ヒガンの挙動があまりにも不自然で、テレサは思わず席を立ち、慌てて彼女の身体を支える。





「ちょっと、ヒガン!大丈夫!?」 


「ぐえぇっ…死にたい。」


「なんでこんな状態になるまで言わないの…!」




 職務としてではなく、同業の先輩としてヒガンを心配するテレサ。


 そんな彼女の前に、ヒガンを心配したもう一人の人物が現れる。




「テレサさん、ヒガンはライセンスの更新に来たんだよ!」


「パ、パルル…!そうだったの…?」


「そうだよ!だから、とりあえず彼女を義務から解放してあげてほしいよ!」


「義務から解放って…え、えぇ。とにかく、ヒガンのことはパルルに任せるわ。」




 虚ろな目をしたヒガンを預かって、パルルは一安心した。


 どうしても気になって着いてきはしたが、自身から手を出すつもりはなかった。


 しかし、案の定とんでもないことになって、居ても立っても居られなくなったのだ。




「ものの見事にダメダメだったよ…まったく、社会性なさすぎだよ。」


「あ、パルルだぁ…いえーい、パルルっ。私は生きてるぜ。」


「いや、こんなところで死ぬわけないよ!」




 ヒガンは面倒くさがりでダメダメだが、パルルは彼女を助けられて良かったと思った。


 そして、次の更新には絶対に付き添わないと決心するのであった。


 ちなみにこれは、前の時もまったく同じように固めた決心である。

明日の投稿は明日次第です。

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