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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
錯綜の章
50/171

悪用

ちょっと戦闘シーンあります。

 呪術師・フレイズという男。


 テリという小さな女の子に憑依し、その人生を我が物顔で満喫している外道だ。


 彼女の姉であるネアに、テリのふりをして欲望をぶつけ、彼は快感を得ていた。




「おねえちゃん、えほんよんで!」


「ふふ、またこの絵本?テリはこれが大好きなんだ。」


「うんっ!」




 「おねえちゃん、えほんよんで!」と「うんっ!」は、呪術師のフレイズが言った言葉だ。


 その内情はこうなっていた。




(ネアたそボイス聞きながら寝るの最高だよぉ…ぐひひひっ、この絵本には擬音がいっぱい出てくるから、すっごくエッチなんだにゃあ!)




 ネアは滑舌がなかなか良いので、擬音の発音には妙な艶めかしさがある。


 それこそ彼が彼女を気に入っている部分であり、寝る前に耳元で読み聞かせるのが大好きだった。




 そんなフレイズの心の中など露知らず…


 そもそも、フレイズがテリを乗っ取っていること自体を知らないのだから、気付かないのは当たり前である。


 彼女は優しく微笑むと、テリのベッドの傍へ座って、ゆっくりと本を開いた。




「じゃあ、読むね。『これは ある ヘビの おはなし…』」




 もう何度も聞いているので、フレイズはその内容を覚えている。


 元々はネアの方から読み聞かせに来た本であったが、味を占めた彼は自ら推薦するようにした。


 当然といえば当然だが、彼は本の内容になど始めから興味がない。




(さぁ、はやく聞かせてよぉ…はぁはぁ)




 その代わりに、擬音の現れる部分を心待ちにして鼻息を荒げる。


 本を読むことに集中しているネアは、それに気付かずに読み進めていく。




『ヘビは ウサギを  ごくりと のみこみます。』


(キターーーッ!!ごくりっ!!)




 お目当てのゾーンが到来し、フレイズはチャンスとばかりに口を出す。




「おねえちゃん!さっきのごくりのところ、もう一回やって?」


「ごくり?うん、いいよ…『ごくり』。」


「もう一回!もっとリアルに!」


「ふふ、変なテリ…『ごくり』。こんな感じ?」


「『ごきゅっ』って!喉鳴らして!もっと生々しくしてぇ!」


「な、生々しく…?そんな言葉、いつ覚えたの?」




 興奮するフレイズは、思わず欲望のままにオーダーしてしまい、演技を忘れる。


 しかし、お得意のエンジェルスマイルで誤魔化した。


 テリの無邪気な笑顔に弱いネアは、おかしな語彙を深く追求するのはやめ、妹の望むままにした。




〈ごきゅっ…〉




 彼女は自らの唾液を喉に通し、音を鳴らす。


 テリは…否、フレイズはネアを卑猥な目つきで眺めつつ、自らも唾液をごくりと呑んだ。




(ぶひぃ…おじさん、もうお腹いっぱいだよぉぉ…でも、まだ足りないよぉぉぉぉ)




 お腹いっぱいなのに満ち足りないフレイズは、ネアに次のページへ進むように言った。


 勝手な変態の要求だとは微塵も思わずに、ネアは素直に読み聞かせを続ける。




『ヘビは ぬるぬると からだを はわせると じゅるりと よだれを たらし』


「ぬるぬる!じゅるり!おねえちゃんもやって!」


『したを ちろちろ だして えものを ぺろぺろと なめました。』


「おねえちゃん!テリをぺろぺろして!」




 ネアは妹のことを大切に思っているので、どんな要求も出来る限り叶えてあげたがる。


 しかしながら、意味深な擬音をリピートすることに、彼女でも恥ずかしさを覚え始めた。


 それゆえ、少し頬を赤らめはしたが、それでも健気に要求をこなす。




「あぁ~、いいよーおねえちぁ~…はぁっ、はぁはぁ!!」


「テ、テリ…大丈夫?鼻息が荒いけど。」


「はぁはぁ、はぁはぁ、はぁはぁ」




 読み聞かせをしていると、次第にテリの鼻息が荒くなっていく。


 その異変に気付いたネアは、心配そうに妹の額へ手を当てると、自分の額と温度を比べた。




「はぁ、おね…ちゃあ…?ちゅじゅきよまにゃいのぉ…?」


「…絶対に、おかしい。」


「えっ…?」




 いつになく真剣なネアの表情を見て、フレイズは動揺した。


 憑依していることがバレてしまったのかと、彼はたらりと汗を流す。


 ネアはじっと彼(妹)を見つめたまま、重々しく口を開いた。




「きっと、どこか具合が悪いんだ。もう遅い時間だけど、すぐ治しに行こう!」


「は?いや、テリは元気だよっ!はぁ、はぁ」


「息切れしてる…テリ、大丈夫だから。私が付いてるから…!」




 姉たる者の責任を一身に抱えながら、ネアは妹を背負う。


 なぜか病気かなにかだと思われてしまい、読み聞かせが中断になったフレイズからすると、この展開は…




(ぶひひ、ネアちゃんの髪の匂いサイコぉふぉぉぉ!しかも触り放題ぃ…)




 フレイズは変態であるがゆえに、ネアのプライバシーに干渉さえ出来ればまったく問題にしない。


 


「テリ、大丈夫だからね…!おねえちゃんがついてるよ…!」




 妹のため、ネアは治療を受けられる施設へと必死に走る。


 もしもテリがいなくなったらと考えると、彼女は気が気ではなかったのだ。




 しかし、既にテリはいなくなっている。




(あぁあぁぁぁあ、今おじさんテリちゃんなんだぁぁああ…大事にされてるんだぁぁあああぁぁぁぁへへあへあ)




 背中で悪魔のような白目を晒すのは、醜い犯罪者。


 ネアの慈愛は男にすべて吸い取られ、肝心のテリへはただの一滴も通わない。




 フレイズは懸命にひた走る彼女の髪を弄び、その匂いを豚のように嗅ぐ。


 彼女のうなじへ鼻を近づけて、じわりと流れる汗を嗅ぐ。


 何者にも得られぬ背徳感を占有している事実に、彼は黒い想いを沸々と湧き上がらせた。




「おねえちゃん…テリは、おねえちゃんのこと、大好きだよ…?」


「…テリ…!辛いでしょ!?無理しないでっ、喋らなくていいから…!」


「ネアおねえちゃんも、テリのこと、好き?」


「…っ!当たり前だよっ…テリは…私の、たった一人の妹だよ…!!」




 わざと辛そうな演技までして、卑劣にもネアから愛の言葉を引き出す。




「…ぐひひっ」




 他者への愛を不当に独占する悪どさは、フレイズを大いに高揚させた。


 間違いなく、ネアの愛情はテリにしか向いていない。


 しかし、今の彼は紛れもなくテリなのである。


 絶対に得られぬ無償の慈しみを、彼は何度も刹那的に味わった。




 ――そのうちに、ネアは冒険者ギルドへとたどり着いた。


  ここならば、治療術師がいると信じたのである。




 もちろん、街にも治療院はある。


 しかし、彼女の泊まっている宿から距離を測ると、ギルドの方が明らかに近い。


 一早く妹を助けたいと、緊急クエストという形で依頼しようと考えた。




「すみません、テレサさんっ!クエストを依頼させてください!!」




 ネアは早口で、相当慌てた口調で捲し立てた。


 受付にいたテレサは、その勢いに少しだけ驚く。


 しかし、すぐに冷静な落ち着きを取り戻し、諭すように言った。




「ネアさん、落ち着いてください。クエストの依頼であれば、まずは…」


「このままじゃテリが…っ、妹が死んでしまうかもしれないんですっ!!」




 死という言葉を聞いて、テレサは事態の切迫していることを悟る。


 今にも泣きそうな顔で詰め寄るネアを諫めつつ、彼女は深刻そうに眉を顰めた。




「分かりました。では、」




 テレサは手を差し伸べ、治療術師のいる方向を示そうとする。


 だが、その必要はなかった。




「やあ。私はかなり耳聡いよ。」




 治療術師は既にこの事態を把握し、ネアの隣へ到着していたのだ。


 ネアは治療術師の彼女を見ると、崩れかけの涙腺で懇願する。




「キョウガさん…!お願いです…この子を助けて…っ!」


「無論だ。少し待ちたまえ。テレサ、治療室を借りるとケビンへ伝えておいてくれ。」




 キョウガはいつも通り余裕のある笑みを浮かべたまま、ネアの背からテリを預かる。


 治療室へ向かう間際、妹の容態を心配そうに見つめるネアに対し、軽いウインクをした。


 それにより、彼女の表情は少し和らいだ。


 ~~~~~~~~~~


「…さて、と。」




 治療室の扉を潜ったのち、キョウガは険しい顔をする。


 簡易的なベッドへ寝かされたフレイズは、彼女の顔に心当たりがあり、笑った。




「…なぜ、君はこうも悪趣味なのかね。」


「キョウガちゃぁ~ん…おじさんのこと覚えてくれてたんだねぇ?ぶひひっ!」




 キョウガは一目見た瞬間、テリの身体に呪いが掛かっているのを見抜いた。


 そして、常人には感知できない禍々しい魔力から、その呪いの使用者を特定した。


 最後に憑依している事実を確定させたのは、さきほどのフレイズの歪んだ笑い方だ。




 幼いテリの身体を戯れに穢すフレイズに対し、キョウガは言いようもない憎悪を感じる。


 強い憎しみを込めて彼を睨むと、冷えた声で言った。




「黙れ。君は処刑だ。」




 そう宣言するや否や、彼女は青い魔法の剣を展開させる。


 寝転がったままのフレイズに対して、その大剣を両手で振り下ろした。 




「ぐひひっ…ランボーモノだねぇぇ、キョウガおねえちゃあーん…」




 しかし、その一撃はフレイズの俊敏な動きに躱された。


 空ぶった大剣は、ベッドを真っ二つに割ることは出来たが、敵を捉えるには至らない。




「なにかおこってるにょ~ん?こわいよーーー。」


「実に不愉快だ、実に。実にだ!!」




 再び剣を持ち上げ、キョウガは素早く再攻撃を仕掛ける。


 フレイズもテリの身体では運動しにくいのか、今度の攻撃は彼の胴を掠めた。




「きゃあ、こわぁい!」


「なにやら侮っているらしいが、この剣が掠めた時点で終いだ。」


「…はぁ?」




 キョウガの不敵な笑いに、納得のいかない様子のフレイズ。




「ぐえっ!?」




 すると突然、彼の身体はがくりと膝を着いた。


 咄嗟に動かそうとしても、まったく言う事をきかない。 


 彼が焦って目前のキョウガを見上げると、彼女はその顔を見下しながら語る。




「いいかね?呪術というのは魔法なのだよ…つまり、解呪もアンチ・マナさえ通せば容易いわけだ。」


「キョウガちゃんは回復魔法しか使えないはずではぁっ!?」


「回復したのだ、テリの生命力をね。無理やり割り込んだ君の魂には、一切干渉せずに…」




 アンチ・マナとは、一つの魔法を構築する要素に対する、別ベクトルの魔力だ。


 呪術魔法の場合、その魔法式には闇属性のマナが多量に含まれている。


 そこに光属性を持つ回復魔法をぶつければ、闇と光は反作用を引き起こす要素となり、互いに消滅する。


 そうして呪いを消し、初めて干渉できるようになったテリの魂へ、回復魔法を流し込んだのだ。




「精神内に対して魔法を使用するとはねぇ…驚いたよ、犯罪スレスレじゃないかぁ…げへひひひ。」


「卑怯なことだ。自らを棚上げし、さも正論を言ったつもりか…まぁ、ただの負け惜しみだが。」


「そんなこと言っても、効いてるじゃなぁい…やっぱり君だけ生かしたのは正解だったよぉぉ!」




 テリの精神に巣食う邪悪なヘビを、忌々しそうに睨むキョウガ。


 少女の侮蔑を込めた表情を見て、フレイズは真新しい興奮を覚えた。




「いいねぇ、いい顔だよ、はぁはぁ!もっと睨んでよキョウガたんっ!ぺろぺろぺろぺろぺろぺろ!」




 彼が舌を出したり引っ込めたりする様子は、罪のない少女を不当に貶める行為に他ならない。




「刺す。」




 最大限の断罪精神を込め、キョウガはフレイズを殺すつもりで、大剣を突き刺した。


 その途端、テリの身体はフレイズの意思を受け付けなくなり、ぴくりとも動かなくなる。




 やがてテリの表情は、一切の悪心が消えたように安らかになった。

元のサブタイは「変態」。

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