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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
試練の章
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水底の感傷

文章ですが、閲覧注意?

 『アクアガーデン』というパーティ名の由来。


 水の庭を意味するこの名前は、あるダンジョンの風景から取られた。


 魚の姿をした魔物が優雅にゆらゆら泳ぐ、浅い海の水底のような景色。


 名付け親である少女・ネアは、そこを己の庭として散歩していた。




「やっぱり、水の底は落ち着く。」




 彼女は海藻だった。


 否、海藻ではない。


 揺れつつ踏み出すので、その姿から海藻がイメージできるだけ。


 彼女は後ろを振り返ると、妹のテリへ言った。




「テリ、おいで。ここなら魔物も少ないみたい。」


「待って、ネアおねえちゃん…怖いよ…」


「私もいるよ。大丈夫…平気、平気。」




 異界のような景色に怖がる妹のために、ネアは立ち止まって待った。


 テリは懸命に彼女へ歩み寄り、彼女の差し出す手を掴もうとする。


 愛しい妹のため、ネアがもう一歩だけ下がると、その手は触れ合った。




 テリは幼い顔を天使のように和らげて、大好きな姉に眩しく笑った。




「えへへ、一緒…!」


「そう、一緒。」


「一緒っ!」




 繰り返し、手の温もりを何度も確かめるように、テリは手のひらをくっつける。


 ネアはそれを自由に、妹の気の済むままにさせる。


 彼女も温もりを感じるたび、優しい気持ちが溢れた。




 景色は二人の少女のため用意された、舞台装置のようだった。


 しかし観客はどこにも存在しない。


 舞台上の女優は、お互いと触れ合うだけの即興劇を楽しむ。


 そうして、誰にも見せることない美しさを、閉塞の迷宮内に余すことなく降らせた。




「ネアおねえちゃんと一緒。わたし、嬉しい。」




 妹の可愛い声を聞くと、ネアは思わず微笑んだ。


 どうしても彼女を一人にさせたくないと、切実に思うのだった。


 できることなら、恐ろしい魔物なんて一生見せたくないとも願った。




「ちょっと歩きましょうか、テリ。」


「うん!」




 いつまでもこの時間を続けたい。


 水の底ならば、己の庭ならば、それが出来るような気もした。


 しかし、それもまた、泡のように空に浮かび、すぐに弾ける妄想だと分かっていた。


 彼女には、ほとんど分かっていた。




「どうして時間には限りがあるのかな…」


「かぎり?」


「どうしても、昨日には戻れない。ほら、ここを歩くテリだって、もう私は見ることが出来ないんだよ。」


「おねえちゃんはテリが見えなくなっちゃうの?」


「ううん。だけど、そう。見えなくなっちゃう。」


「テリはとーめーになるの?」


「透明になる。過ぎれば過ぎるほど、過去は透明になる。」




 感傷過剰と取るか、本質であると頷くか。


 妹には、そのどちらもできない。


 純粋ゆえの優しい寄り添いに癒されつつ、やけに明日を嫌うネアだった。




「帰りましょう。ここにいるのは気持ちいいけど、気が遠くなる。」


「ふしぎだね。とおくなったり、とーめーになったりするの?」


「そう。だけどこの話は、もうおしまい。」




 ただ言葉を繰り返しただけの疑問を、ネアは肯定したが、それと同時に打ち切った。


 この頃のセンチメンタルを、少女は厭らしく思いながら、ダンジョンの入り口に戻る。


 魔物の出ない順路を、慎重に一歩ずつ、テリの小さな手を引きながら行った。




 終末のような空間の入口だった穴は、今では橙の光を通す出口だった。


 それを見ると、ネアは途端に熱が冷め、心の中に残ったのは灰になった気持ちだけ。




 それと、もう一つ。


 振り返ると、妹が自らを見つめている。


 なぜだか熱はチリチリ再熱しかけたが、しかし今度は、自ずから水を振りかけて鎮火させた。




「明日はお留守番。いい?」


「うん。おねえちゃん、ボーケンがんばってね。」


「もちろん。おねえちゃん、頑張る。」




 寂しそうな妹を元気づけようと、ネアは少しだけ大袈裟に身振りをした。


 おどけた仕草に、テリは笑う。


 少女の笑みを経て、ネアはようやく安心し、平静に回帰するのだった。




 ~~~~~~~~~~


 翌日。


 近くの優しいおばさんの家に残され、テリは退屈そうにあくびする。


 彼女の思考は、




(ネアお姉たんの乳房が揉みたい、ネアおねえちゃん大しゅきしゅき酒気帯びのようにしゅき過ぎて死ぬ、むしろ俺は死んでも構わない)




 彼女の思考?


 これが、彼女の思考なのか。


 無論、そんなはずがない。




「ネア姉たまぁ~、テリをどうぞめちゃくちゃにして下さいっ!テリはっ、テリはっ、ネアおねえちゃんを愛してりゅうううううーーーー!ぐひひひっ!!」




 気味の悪い下劣な妄言を放つ、幼女の姿がそこにあった。


 魔物のように唾液を垂らし、幼女どころか女とは思えないような顔を晒し、彼女は言った。




「おじさん、テリちゃんに憑依して正解だったよぉ~…ぐひひっ、『テリはおじさまにヒョーイされて、幸せですっ!』なんつってぇぇぇ」




 中身は男。


 犯罪者のレッテルである、密人みそかびとの肩書を持つ呪術師・フレイズである。


 彼は自らの身体を捨て、気に入った少女の身体で遊んでいた。


 その者の人生を根こそぎ奪い取ることに、彼は非常に大きな快感を得ていた。




「げひひっ、次はネアちゃんに憑依しても面白そーだけど、やっぱりそれよりなにより!!絶望させたいなっ!!ダンジョンであんな感傷的なこと喋っちゃって、テリちゃんに罵倒されたらどんな顔するのかにゃぁぁああ?」




 彼は幼気な者をいたぶる趣味があり、中でも絶望させ、その顔を拝むことを狂気的なほど好んでいる。


 倫理観などそもそも持ち合わせておらず、人を人と思わぬ危険な存在であった。




「ネアおねえちゃーん、とーめーにも、とおくにも、テリはさせないよ~?真っ暗にしてあげるよぉ~…廃人になるまで呪っちゃうぞ!」




 他者を殺めることにも、なんの躊躇いもない。


 しかし、彼は苦しめたまま眺めるのが一番好きだった。

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