平和
………
中二病の魔導師・ライリーと、トラブルメーカーのアーチャー・エリン。
そして、声の小さな治療術師・シェヴィ。
彼女たちはなぜか、魔法学院図書館の前で一緒にいた。
「なんで私たち、一緒にいるのかなぁ?」
「歯車の鳴動か…いや、あるいは闇に誘われたか?」
「………」
なんとなく、普通に過ごしていたら、いつの間にかこうなった。
みな等しく初対面だったが、なんとなく仲良くなって、お互いの名前を知っていた。
そして、なんとなく話していると、自然にこういう話題になった。
「そういえばさ!歯車の音って怖くない?」
「貴様にも歪なる軋みが観測できるのか。フン、合格だ。」
「………」
エリンが話題を提供すると、それにライリーが応える。
もちろんシェヴィも応えているが、その声は聞こえないのであった。
ちなみに、導入部の話題はもう終わった。
「やったね、合格!…なにに合格したんだろ?」
「聖なる試練はもう開始されているのだ。」
「………」
「シェヴィ、今の言葉を再び唱えてくれ。」
「………」
「まさかサイレント・ノイズの使い手か!?…合格だっ!」
「シェヴィも合格したんだね!えへへー!」
「………」
3人は暇なのである。
エリンは友達のアリエルと図書館に行ったのだが、館内で騒ぎすぎたために彼女だけ追い出された。
ライリーは一緒に遊んでいた友達のニックとはぐれ、彼が待ち合わせ場所に帰るのを待っていた。
シェヴィは相方のウェドに急用ができてしまい、今日のダンジョン攻略がなくなった。
奇遇にも全員、図書館の前に立っていたのである。
そして、なんとなく声を掛けたら、成り行きでこうなった。
特に目的のある話をするでもなく、暇つぶし的な会話が続く。
「ライリーも合格しないと!」
「いや、我は原初の合格者なのだ。フッ。」
二人はライリーへ不服そうな視線を送る。
「………」
「ちょっとズルーい!」
「原初なら仕方あるまい?夢幻の神々に選ばれた者の特権だ。」
「ムゲン…?なにそれ!」
「永遠と瞬間を往来する不死鳥の呼称だ…」
『永遠と瞬間を往来する不死鳥』がなんなのか、シェヴィはとても気になった。
なので、右手を自らの目の前に持ってきて、右往左往させてみる。
「シェヴィ、なにそれ!?よーし、私もやるよ!」
エリンは彼女の不思議な行動を模倣する。
しかし、それはオリジナルと少し違うものになっていた。
エリンの腕の振りは大きく、やたらと素早い。
シェヴィの好奇心までは模倣できないため、そうなったのであろう。
「ほら、ライリーも!1、2、1、2!」
「オリジナルにはそんな掛け声なかったではないか!完璧に模倣しろ、こうだ!」
こんな下らない戯れに、なぜか真面目に取り組むライリー。
彼女は最初のみ腕を大きく振って慣性を付けると、その後は夢心地のような表情で揺らす。
シェヴィはそんな顔していなかったので、別に完璧ではなかった。
「おおー!凄ーい…の?」
「シェヴィは沈黙を固く守っているし、我々もそうすべきではないか。」
「確かにそうだね!」
それでもなんとかオリジナルに近付こうと、二人は努力する。
気付けば、彼女らは変顔をして黙って腕を振っていた。
道行く人は、怪しい儀式を訝しむようにして通り過ぎて行った。
「………!………!」
「………フッ。」
「………」
沈黙一つ取っても、各々の個性が出てしまう。
そもそもの話、触れられざる他者を完璧に模倣することなど出来ない。
それはともかく、3人は非常に楽しそうであった。
とはいえ、エリンは既に、この遊びに飽きてしまっていた。
彼女は動作を中断すると、腕をだらんと垂らして唸る。
「うー…疲れた。」
「なに?エリン…軟弱者だな。」
「なんじゃくなんじゃい!えへへ、もうやめ!」
フリーダムなエリンの一声で、調子の上がってきたライリーは仕方なく腕を静止させた。
二人が真似を始めたので、終わり時が分からなくなっていたシェヴィも、ようやく終われてホッとする。
暇仲間の視線を集めつつ、エリンは良い汗かいた感じを出していた。
「ライリー語講座やろうよ!」
「なっ、急だな!」
「私とシェヴィが生徒ね!」
「………」
「我の言葉をマスターするには、それ相応の修練が必要だが?」
「え!じゃあやめよ。」
「おい、やめるな!開始だ!」
「………」
シェヴィはワクワクした顔で、ライリー語講座を受けようとする。
講師としても、そんな顔をされればやる気が出るというものだ。
敬虔なるシェヴィに多めに目配せしつつ、ライリーは話し始めた。
「まず、第一のSTEP!!一人称は我!!」
「一人称ってなに?」
「私・俺・僕などの、自らを指し示して使用するワードだ。」
「ワードってなに?」
「単語だ!」
「そういえば、タンゴって踊りあるよね。そうだ!前に教えてもらったステップがあるんだけど…」
「待て!今は貴様のSTEPターンではない!」
「ターンできるよ!はいっ、ターン!」
タンゴのステップと、軽やかなターンを披露し、エリンは再び良い汗かいた。
「………」
望んでいた展開から外れてしまい、残念がるシェヴィ。
二人の賑やかなセッションを眺めつつ、不死鳥について再び思考を巡らせた。
巡らせたが、やはり彼女には実像が掴めなかった。
「………」
ふと、彼女は窓の外に目を向けた。
学園の外の景色が、そこには広がっている。
鮮やかな緑が波打つように風に揺れたとき、シェヴィは平和を謳歌しているような気分になった。
………